沈黙の君【11】
獣人国。
首都の名前はビースト。
ベア村の宿屋主人によると、村から北に歩き10日程の位置にあるとのこと。またベア村から首都ビーストまではある程度道が舗装されているため、余程のことが無い限り道に迷うこともないと言っていた。
そして、ベア村から出発して13日目。
俺たちは、きっちり道に迷っていた。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
歩く。歩く。
ただ、ひたすらに歩く。
舗装されていない道を歩く。草木を踏みつけながら前に進む。
どうしてこうなったのか。話は5日前にさかのぼる、ようなことはない。気づけば道なき道を歩んでいた。ただそれだけ。
今思うと急に足裏の感触が土から草木に変わった辺りで1度確認を取るべきだった。舗装されているとは言っても全部が全部ではないだろうと思い進言しなかった。
その結果、ご覧のありさまである。
獣人との邂逅もあの村以降ない。それはそうだ、獣道を進んでいるのだから。
反対に、魔物とはよくエンカウントするようになった。なんだろう、トランス家は戦いに生を見出している戦闘民族なのだろうか。1日5匹以上の魔物を倒さなければいけないと自分に制約を課しているとか。であればわざわざ人気のない道を選んだのも頷ける。
だが残念なことに、交戦的な御方でないことは周知の事実。つまり、つまりは。
三度道に迷われてしまった、それが正解であろう。
「セレスティナさん」
「…………なに」
「我々は、どこへ向かっているのでしょうか」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「………………………哲学?」
「いえ、そうではなく」
最近、たまにボケてくる。良い傾向だ。我々の関係も中々親密になってきたのではないかと。
「…………獣人国、首都」
「そうですね。そうなのですが、こちらの方角であっているのかなぁ、と思いまして」
「………………」
「………………」
「………たしかに、ちょっとだけ、迷った。認めます。ん?」
なんだこいつ。先日の宿屋迷子事件に引き続き、またもや悪びれる様子が見えない。むしろ少々逆ギレしていないか。それがどうした?みたいな。まぁ、あれだ、相変わらず可愛い反応じゃんよ。ギャップ萌えという奴かもしれない。
「今はどうなのです?」
「…………大丈夫。もう軌道修正……したから」
ほんとかよ。何度この言葉に騙され、てはいないか。過程はともかく、結果は出しているのだ。結果は。
「分かりました。信じていいんですね」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
おい。
「………………」
「………………」
「……あ、止まって」
「え、あ、はい」
この嫌な空気。十中八九魔物の出現だろう。前方30m先くらいに3匹くらいだろうか。そろそろスキルに気配察知1なんかついてもよさそう。
「……氷壁は、いらない。瞬殺……する」
「ええ、分かりました」
瞬殺、格好いい。一度は言ってみたい。
セレス様が詠唱を始める。
「万物に宿りし炎よ、全ての力の源よ、我は願う、我は請う、煌めきをこの手に、我に集え。ファイヤーボール」
え。
なんか詠唱変わってね?長くなってね?最初の頃もっと短かったよね。
ボワッと一瞬熱気を感じた後、離れたところ「クギャァァ!」という声が3度程聞こえた。
「………………」
ああ。魔物の気配が消えた気がする。
どうやら戦闘終了のようです。
「お疲れ様です。セレスティナさん」
……………………
……………………
……………………
……………………
あれ。
「セレスティナさん?」
……………………
……………………
どうした。というか。
セレス様の気配が消えた。
「………………」
え、どういうこと。なに、池田パニック。
パニックパニックパニック。
「えー、セレスティナさん?どこに隠れているのですか」
………………
「今なら怒らないから、出てきていいですよ」
………………
まずい。
これはひじょうにまずい。
どのくらいまずいかって、某国のミサイルが日本に直撃した結果日本国憲法第9条が撤回され国民に赤紙が出回ってくる程度にはまずい。
俺は盲目。盲目のアラサー池田。介護無しでは生きられない男。童貞。
しかもこのような魔物の跋扈するファンタジーな世界では、目が見えていたところで生存率の低下は免れない。盲目ではさらに倍率ドン。死亡率、倍プッシュだ。
死ぬ。
というか死んだ。
池田の異世界ハートフルストーリー。ここに堂々の完結。
……………………
「いやだぁぁぁぁ!!!せめて童貞失ってから死にたいぃぃぃ!!最悪風俗でもいいからぁぁぁぁ!エイズ怖いけどぉぉぉ」
地団駄を踏む。もう、これでもかというほどに。
くやしいのう。くやしいのう。
「セレスティナぁぁぁ!!どこに行ったーーーー!!何でも言うこと聞くから出てきてぇぇぇ!!!うぉぉぉぉぉぉ!ヤラせてくれぇぇぇぇぇえええ!」
俺は足掻く。みっともないほどに。死にたくないから。
「………………ここに、いるよ」
「うぉっ!!!」
耳元にボソッと。
この声は。
「セレスティナさん!」
「……………はい」
いきなり気配が濃厚になった。どうやら俺の右後ろにいるようだ。
「…………闇魔法:隠蔽で、気配消してみた……………驚いた?」
「…………………」
こやつめハハハ。
「見捨てられたかと思いましたよ」
「…………そんなことは、しない」
ええ、ええ、分かっていますよ。ただ今回の悪戯は少々度が過ぎている。こんなことする子だった?
「………………なんか、怒ってる?」
「いえ、怒っているというよりかは、ホッとする気分の方が強いですね。ただ、そのですね、このようなことをされると心臓が縮み上がるので、できれば控えて頂きたいです。ええ」
池田は1度、セレスティナ・トランスに殺された。精神的な意味で。
「………ごめん」
「あー、その、もうちょっと軽いのであれば、全然ウェルカムですから」
「……………………うん」
ふぅ。
あーびっくした。
あー。
あー。
びっくした。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………ヤラせてって、どういう意味?」
「………………………………………………………………」
何時如何なる時も隙を見せてはいけない。心に刻んだ出来事であった。
☆☆
数日が経過した。あれからセレス様がドッキリを仕掛けてくることはなかった。ただちょっとだけ、ほんのちょっとだけ口数が増えた気がする。気のせいかもしれない。
「えーと、冒険者」
「…………」
「…………」
「……………焼きレンヒト」
「えー……逃走者」
「…………」
「…………」
「………焼きジャガッツ」
「えと、追跡者」
「…………」
「…………」
「……焼きタイカ」
歩きながらしりとり中。全く耳にしたことのない食べ物の名前ばかり挙がっている。恐らく実在するのだろう。恐らく。
「えー回答者」
「…………焼きメンティコ」
「んー………殺し屋」
「…………や……や……」
「…………」
「…………」
セレス様が立ち止まる。手を繋いでいる弊害で身体まで接近してしまう。
あ。フワッと、良い香りがした。香水でもシャンプーでもない、女の子特有の匂い。何なんだろうな、この甘くて優しい感じは。加齢臭の対極に位置している。ひいては何日間もお風呂へ入っていない身体とは思えない香りの高さ。良い、実に素晴らしい。勢いそのまま抱きしめたくなる。
「………………やっと着いた」
何だったか。ああ、そうだ。しりとりをしていたんだ。
「着いた、とは」
「………獣人国首都、ビースト」
「おぉ」
最初に去来したのは感動でも驚きでもなく、「本当か?」という疑念の感情だった。
☆☆
セレス様に連れられ門らしきところに到着、したようだ。
圧迫される感じが強烈。おそらく圧倒的に巨大な門であろう。これは、本当に到着したか。
人の気配もする。前方十数メートル離れた位置に2人ほど、だろうか。配置的に門兵っぽいな。
セレス様が門兵へと近づいて行く。自動的に付随される。
「失礼します。身分証のご提示をお願いいたします」
門を真ん中に左右分かれた2人のうち右側が話しかけてきた。結構な低姿勢。獣人が皆こんな感じであれば嬉しい。
「えと、すみません、持っていないのですが……」
俺が答える。
「では仮身分証を発行します。発行料金は1人につき2万ペニーとなります。有効期間は7日間です。期間内は何度も入退場が可能です。それ以降の滞在をご希望でしたら、延長料金が発生します。ただし、7日間のうちに身分証を用意できればその限りではありません」
なるほど、短期間のパスポートみたいなものか。1人2万ペニー、宿屋の宿泊料金から考えると少々割高に感じるが。致し方あるまい。
そういえばと思い出す。獣人国へ入国する際は、トランス家の家伝魔法を用いて辛くも通行が許可された。だが首都の場合は身分証が無くともお金で解決できるという。つまりは国境を越える際もお金を支払えば入国できた可能性が浮上する。だからどうということはないが、お金さえあれば大抵の事案は片付くことが分かった。あぁ、やはりどの世界でも行き着くところは銭なのか。
「……………はい、これ」
「4万ペニー……ですか」
とか言ってる間に、セレス様が俺の分まで払ってくれたようだ。ありがてぇ。もうあれだ、ここに至っては彼女への恩が一生ものと相成った。お世話になった月日は数える程度だが、その濃密さ足るやひと時の青春が如く。果たして受け取りし恩を完全なる奉公で返せる日は訪れるのだろうか。お金だけでは足りえない、人の根幹にある真なる優しさは何物にも代えられない気がする。
「2人分で、お間違いないでしょうか」
「……うん」
「3人分ではなく?」
「………………」
なんだこいつ。話し方からして常識人かと思っていたが、視える系の人だったのか。あなたの後ろにもう1人、みたいな。
「背後の大木からこちらを覗いている御方は、お連れではございませんか」
なんだと。
「セレスティナさん。確認して頂いてもよろしいですか」
「……うん」
セレス様が微妙に態勢を変え、背後を振り返った。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……………………大木から、顔だけ出して、こっち見てる………………オークがいる」
「……………」
おいおい。あいつだろ。
絶対あいつじゃん。あのなんちゃってオークだろ。セレス様が大橋から落としたというのに。不死身かよ。盲目時にプリーストと出会った事にしろ、謎の幸運持ちだよな。
というかなぜここにいる。まさか、尾行されていたのか。
「あの………」
門兵が困った感じの声色を出した。まずいまずい。とりあえずこの場を何とかしなければ。
「後ろにいる生モノは赤の他人です。気にしないでください」
「はぁ、そうですか」
「ちなみに、オークでも入国許可は頂けるのですか」
「入国規定に人種類は記載されておりません。ただし、入国するためには最低でも2万ペニー用意する必要があります。お金を稼ぐまたは手に入れるという手段を取る必要があります。つまりそういうことです」
下等な生物は金という概念が無いため自然淘汰されるということか。
「話を戻しますが、2人分でよろしいでしょうか」
「………うん。これ」
「……はい、確かに受領しました。こちらが仮身分証となります」
「…………ん。……………しゃがんで」
「あ、私ですよね?はい」
しゃがむ。
すると頭の上に何かを感じ、その後、首元にひも状のものが巻かれた気がした。苦しくはない。
恐らく、仮身分証とやらを装備してくれたのだろう。
「では、お通り頂いて結構です。ようこそ、獣人国首都ビーストへ」
こうして、旅の終着点へと足を踏み入れた。
長かった旅が、ようやく終わりを迎えようとしていた。