南の王【10】
☆ジークフリード視点☆
セリーヌ・マーガレット。
首都マリスではしばらくの間、第一騎士団と共に行動を取った私ですが、セリーヌさんと会話したのは数える程度です。どんな御方なのか掴めていない状況でした。
それがこんな暴言を吐くヒトだったとは。騎士団のほぼ全員が彼女を慕っていたという話は嘘なのでしょうか。
「セリーヌ、余計な茶々を入れるな」
「でも実際の話、魔物と暮らすとか考えられないっしょ。イケダが国王になるくらい不可能案件ですわ」
そうでしょうか。イケダさん程の力があれば国を手中に収めることも不可能ではないと思います。今は帝国元ナンバー2のブリュンヒルデさんも抱えていますし、益々可能性は高まるでしょう。
「俺はそんなに気にならんけどな。やられたらやり返してもいいんだろ?だったら問題ねえよ」
「わたしも~」
「自分もです。ジークフリードさんで慣れましたので」
グリルスさん、金髪の女性、ビックマラ氏は抵抗を覚えないようです。肝が据わっていますね。
セリーヌさんも実際に暮らしてみれば意見が変わると思います。本当に優しい者達ばかりで危険性はほぼ皆無です。ブリュンヒルデさんがおっしゃった通り、人類側が敵意を見せなければ決して襲ってきたりしません。
むしろ最近では知恵の回る人類の方に潜在的恐怖を覚えています。
「ヒルデ殿よ。私やここにいる面子は忌避感を覚えないが、中にはセリーヌのような意見を持つ者もいるかもしれない。ただし今の話を聞く限りでは、慣れれば問題なさそうだと感じた。ゆえに最初の方は既存住民と離れた場所に住処を頂ければ、後は時間が解決してくれると考える」
ルシアさんは私と近い意見のようですね。少し嬉しいです。
「なるほど。セリーヌさんはどうでしょう?」
「間違って魔物を殺した場合はどうなんの?」
「照らし合わせる法が存在しない以上ハッキリとしたことは申せませんが、たとえ不可抗力でも理由なき暴力は罪です。都市追放はもちろん、死刑も有り得るでしょう」
重いですね。ここまで魔物を厚遇する都市は今までありませんでした。
人類にとっては住みにくいかもしれませんが、魔物にとっては天国のような場所かもしれません。
「フィモーシスではニンゲンより魔物が上なん?」
「上下はありません。住民を傷つけた場合は相応の罪を償ってもらう、それだけの事です」
オークの私でも少々気後れしているというのに、ブリュンヒルデさんはセリーヌさんの高圧的な態度にも負けていません。さすが元帝国ナンバー2と言ったところでしょうか。
「もしも納得がいかないようであれば…」
「いや問題ない。セリーヌの事は姉の私が責任をもって監視する。万が一害をなした場合は、こちらも責任をもって殺す」
「え、酷くない…?」
ルシアさんの殺害宣言に流石のセリーヌさんも若干引いています。責任感が強い御方なのは知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。
騎士を辞めても騎士、ということでしょうか。
「承知いたしました。住居については魔物たちと離れた区画にご用意いたします。仕事についてもお任せしたいものがいくつかございます。イケダさんの決定が下り次第お願いする形となりますがよろしいでしょうか?」
「問題ない。ところで―――」
ルシアさんが言葉を続けようとしたとき。
領主邸の玄関ドアが開き、彼らが戻って参りました。
「あ、皆さんおはようございます」
イケダさんは少し驚いた表情を浮かべながら挨拶をしました。背後にはトランスさんが佇んでいます。あの怖い女性はいません。
一通り彼らを見分しますが目立った怪我や傷は見当たりません。果たしてあの怖い女性はイケダさん達をどこへ何のために連行したのでしょうか。謎は深まるばかりです。
「おいイケダ!」
ずいっとルシアさんを押しのけたセリーヌさんが、イケダさんの前に立ちはだかりました。
イケダさん、表情は変わっておりませんが後ろ脚に体重が掛かっています。
「あの女なんなの?さっきからあーしにガン飛ばして来るんですけど!それと後ろの女も誰よ。新しく雇った家政婦かなんか?」
ブリュンヒルデさんを指しながら吠えます。どうやら貯め込んだ怒りをイケダさんにぶつけたようです。
「えー、昨日もお伝えしたかと思いますがヒルデさんは市長代理です。フィモーシスのほぼ全権を委任しておりますので、私と……領主を務める女性に次ぐ立場です。フィモーシスにいる以上は彼女の言葉に従っていただきたいです。背後の女性は、えー………身内のようなものです」
トランスさんとの関係についてはとても言葉を濁しています。私から見ても判断がつきません。紅魔族領から行動を共にしていたはずですから、長い付き合いであることに間違いありません。イケダさんは好意を抱いていると思うのですが、トランスさんの心情が全く見えないのです。私もまだまだ経験不足ですね。
「イケダさん。彼女達にはフィモーシスに住居を持っていただき、この地に関わる仕事をお任せしたいと思っております。よろしいでしょうか?」
「いいですよ」
軽いです。特に何も確認せずあっさり承諾しました。それだけブリュンヒルデさんを信頼していると言えば聞こえはいいですが、市長としてはどうなのでしょう。
「ありがとうございます。つきましては領主様の建てた家を貸与しようと思っています。彼女の許可を頂くことは可能でしょうか?」
「あーなるほど。いえ、大丈夫です。許可は不要です。フランチェスカさんが何か言ってきたら自分に繋いでください」
「承知いたしました」
フィモーシスで唯一怖い女性と対等に渡り合えるのがイケダさんです。恐らくその高い実力を買われてのことでしょうが、外から見ると中々気に入られている様子です。私が言うのもなんですが、彼は特殊な生き物に好かれる特性を持っているのではないでしょうか。その分一般人には見向きもされませんが。
「ルシアさん、とお連れの方々。申し訳ありませんが、私はこれからスタークの治める都市へ向かい、彼との小競り合いに決着をつけようと思います。大したおもてなしも出来ず大変心苦しいですが、フィモーシスに関する事はヒルデさんに一任しております。彼女の指示に従っていただければ幸いです、はい」
どうやらイケダさんはこのままスターク領へ発つようです。市長にも関わらず都市にいない時間の方が多いのは問題かと思われますが、これも適材適所でしょう。そういう意味では市政をブリュンヒルデさんに委任したイケダさんは素晴らしい市長と言えます。
「どなたを連れて行くのですか?」
市長代理はイケダさんを1人で行かせるつもりはないようです。理性的と思わせて追い詰められたら何をするか分からない怖さが彼にはあります。万が一プッツンした場合に彼のストッパーとなり得る人材が必要、ということかもしれません。
そうですね……と言ったきり10秒ほど沈黙した彼から発せられた名前はと言うと。
「ではセレスティナさんと向かいます。よろしい、ですか?」
イケダさんが選んだのはトランスさんでした。個人的には最善の選択と思います。ブリュンヒルデさんは都市に残る必要がありますし、私では門前払いの可能性が高いです。それにトランスさんであれば絶対に彼の奇行を止めることが出来ます。
「トランスさん、引継ぎは問題ないでしょうか?農作業、給食、狩猟等々」
「……………問題ない」
どうやらイケダさんとトランスさんが交渉に向かう事となりそうです。
無事に終わってくれればいいのですが。
「ちょっと待って欲しい」
場の視線を集めたのはルシアさんでした。
「私も行こう」
『!?』
驚きの発言です。開いた口が塞がらないとはこの事でしょうか。いえ、違いますね。この場合は声を呑む、が正しいですかね。
イケダさんも珍しくポーカフェイスが崩れています。いえ、違いますね。彼の場合は少なくない頻度で表情が変わっています。対照的にトランスさんは全くの無表情です。彼女こそポーカフェイス界の女王と言えましょう。
イケダさんが口を開きかけます。しかしそれよりも前に場が動きました。
「じゃああーしも」
「わたしも行く~」
「団長とセリーヌ様が行くなら自分も」
「だったら俺も」
ルシアさんの背後全員が手を挙げました。まるで村で一番人気のオーク娘に告白すると言った男に、じゃあ俺もとその後8人も告白する者が現れたマリアーヌ連続告白事件を見ているかのようです。当のマリアーヌは既に彼氏がいて、しかもセックスフレンドを数人ほど抱えていたという素晴らしい落ちでした。
「えー、そうですね」
イケダさんがブリュンヒルデ氏をチラ見します。どうやら彼女の判断を仰ぐようです。
ブリュンヒルデさんは立候補者の顔を1人1人見た後、ルシアさんに焦点を合わせて問いかけました。
「あなたは集団の実質的統率者です。新たな地へ到着して早々別行動を取るのはどうかと思いますが」
「実質であって本質は独立した個の集まりだ。それでも多少ざわつくだろうが問題ない。元副団長のビックマラを置いていく」
「えっ」
ビックマラ氏、非常に驚いています。どうやら事前に話が通っていなかったようです。それはそうですよね、先程手を挙げていましたし。
「なるほど。元騎士団の方々は問題なさそうですね。キャラバンはどうでしょう?」
皆の視線がクマの御方へ集まります。
「あーそうだな。じゃあうちはクマゴローを後任に……」
「はい、無理。グリルスは居残り決定よ。恨むなら後継者の育成が遅い自分を恨みな」
セリーヌさんの言葉にぐぬぬと睨みつけるグリルスさんでしたが、自分でも無理だと思ったのか肩を落としました。
「最終決定権はイケダさんにあります。彼が必要だと思ったなら連れて行くでしょう。ところでイケダさん、サウスゲートを訪れた事はありますか?」
「サウスゲート、ですか。いいえ」
彼の表情から察するにピンと来ていないようです。
都市サウスゲート。かのレイニー・スタークが治める都市であり今からイケダさんが向かう場所でもあります。首都マリス以南では最大の都市ですね。私自身、都市の近くまで行きましたが中に入った経験はありません。
「では徒歩となりますね。場所は分かりますか?」
「いえ」
「トランスさんは?」
「………知らない」
2人ともどうやってスタークの元へ行こうとしたのでしょう。謎です。
ただこのコンビなら何となく到着しそうだと変な確信はあります。
「ということらしいですが、ルシア・マーガレットさん?」
ブリュンヒルデさんが再度ルシアさんに問いかけます。すると彼女は何かしら合点がいったようで、小さく頷きました。
「サウスゲートの位置は把握している。私が案内しよう。それと交渉の場に同席させてもらえれば、少なからず役立てると思う。これでも元公爵令嬢なのでな」
素晴らしい売り込みです。ブリュンヒルデさんが誘導したきらいはありますが、これでイケダさんは断れなくなったでしょう。
「そうですね。であれば、お手数ですが同行いただけますでしょうか」
どうやら3名でサウスゲートへ向かう事となりそうです。
イケダさんにトランス嬢、そしてルシア・マーガレット。
色々な意味で凶悪な面子です。
「承知した」
「じゃああーしも」
「わたしも行く~」
『………………』
ブリュンヒルデさんがイケダさんに視線を送りました。恐らくお前が決めろという意味でしょう。
「すみません、確認なのですがセリーヌ……お嬢様の隣の方はどなたでしょう?ルシアさんのお姉様でしょうか?」
イケダさんが金髪の女性に問いかけます。実は私も気になっていました。外見はルシアさんを柔らかくした感じでしょうか。非常にお綺麗ですが同時に何とも言えない色気を感じます。イケダさんが姉と判断したのも頷けます。
「マーガレット家の現当主ジョージ・マーガレットの実子は2人と記憶しております。つまり隠し子でもなければ姉の線は無いと言えましょう」
ブリュンヒルデさんの指摘が入りました。さすが元帝国ナンバー2、ボボン王国の貴族事情まで精通しているようです。
だとすると金髪の女性は何者でしょうか。
当の彼女は笑顔を引っ込めたかと思うと佇まいを正しイケダさんに向き直りました。
「こんにちわ。ルシアとセリーヌがいつもお世話になっております。2人の母でアネモネ・マーガレットです。今後ともよろしくお願いいたします」
丁寧なお言葉と綺麗なお辞儀を頂いたイケダさんは軽い硬直状態に陥りました。半開きの口が彼の驚きを表現しています。
「おいイケダ、お前かーちゃんならいけそうだと思っただろ?残念、既婚者でした!ノーチャンスです。ありがとうございました!」
ここぞとばかりにセリーヌさんが煽ります。対するイケダさんは未だに硬直から抜けていません。
「こらセリーヌちゃん!市長様になんてことを言うの。これからお世話になるのだから暴言は慎みなさい。イケダさんごめんなさいね、この子ったら気に入った相手には特に汚い言葉を使っちゃうのよ」
お母さんがフォローに入ります。しかしイケダさんは。
「いや、誰彼構わず暴言を吐いている気が……」
「それにねイケダさん、夫とは絶縁状態だからチャンスがない事も無いのよ?」
「え」
これはまた、ルシアさんともセリーヌさんとも違う系統の女性ですね。イケダさんが手のひらの上でコロコロ転がされています。マーガレット家恐るべしと言ったところでしょう。
「イケダさん。サウスゲートまでは片道7日程度ですので…………10日以内にフィモーシスヘ戻って頂けると助かります」
話の流れを切る形でブリュンヒルデさんが要請しました。
しかし計算がおかしいです。片道7日、往復だと14日は要するというのに10日以内に帰還しろとは無茶が過ぎます。新参の人達は訝し気にブリュンヒルデさんを見つめています。
「了解です。皆さん、1時間後に出発するので準備をお願いします」
迷うことなく承諾しました。転移魔法の力は偉大ですね。
「イケダさん、トランスさん、それとルシア・マーガレットさんも。スタークとの交渉についてお話があるので少々お時間をください」
皆がぞろぞろと領主邸を出ていきます。どうやら最終的にはイケダさんにトランスさん、そしてマーガレット家3人でサウスゲートへ向かう事となったようです。
パーティーの総合力はとても高そうですし、何よりイケダさんがいます。交渉(物理)は問題ないでしょう。もし何か起こるとすれば内部からに違いありません。
トランスさん対マーガレット家などにならなければいいのですが。