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南の王【9】

 究極進化。


 いわゆるワープ進化のようなものだろう。本来なら通過する進化段階を飛ばす超進化。


 今の今までお笑いスタイルを貫いたオレンジ君がここに至ってシリアス展開へ持って行こうとしている。まさに緊張と緩和。漫画やゲームだと王道のストーリーである。


 まさか最終形態までもベビードラゴンのフォルムを維持するわけがない。恐らく正真正銘の最強ドラゴン、つまり今まで遭遇した中でも最大サイズへ変貌を遂げるはずだ。


 アポカリプシスイオアノドラゴン。


 どうやら前座は終わりを迎えたようだ。


 「ふむ。究極か……………のうイケダよ、1つ尋ねるがお主はコック長がここまで善戦すると想像できたかの?」


 究極進化が始まろうかというタイミングである。


 フランチェスカから謎の質問が来た。この瞬間に聞くことか?と思いつつ素直に答える。


 「いえ。アポカリプスが圧倒すると思っていました。というのも両者の強さを表す数値には大きな開きがありましたので」


 「そうか………よいかイケダよ、お主には何らかの数値が見えておろう。だがあくまで指標に留めよ。数値だけで判断するでないぞ。本物の強さは見えぬ部分にあるぞよ」


 「はぁ」


 何やら金言を頂いた。


 ステータスだけで相手を分かった風に言うなと。


 確かに肝心のスキルはまったく見えない。相手がどんな技や魔法を使うのか、戦ってみなければ分からない部分はある。


 ただし。フランチェスカが言いたいのはそう言う事ではない気がする。ステータスの数値自体に全幅の信頼を置くな、とおっしゃりたいのだろう。


 今思えば元魔王の平均ステータスが10万というのは少ない気がする。もうちょっとあってもいいような。もしやフランチェスカもオレンジ君で言う究極進化を控えているのだろうか。


 うーむ。


 とにかくステータスだけで相手の強さを判断するなということだろう。


 おーけー。


 「承知しました。肝に銘じます」


 「うむ。そうは言ったがコック長は特殊よ。トランスでもあるしの。妾の場合は再確認だが、お主もコック長の強さを理解できたのはないか?」


 「そうですね。今のを見せられたら、あなたの攻撃を長時間防いだというのも頷けます。攻撃は多種多彩でありながら、防御に関しては言う事なしですね。これなら安心して背中を預けられます」


 「ならばよし。帰るぞ」


 「え」


 フリーズする。


 どうしよう。


 こちらの陣営にも訳が分からない存在がおったぞ。


 フランチェスカは2人の戦う方向へ数歩歩くと、決して大きくはないがよく通る声で高らかに宣言した。


 「ここまでよ。これにて両者引き分けとする。帰るぞコック長」


 自由過ぎる裁定が下った。


 セレス様は1度チラッと俺の方を見た後、元魔王の言葉に従いこちらへ歩いてきた。


 しかしオレンジ君は納得がいかぬようで。


 「どらどらん!?むしろ勝負はここからだよ!勝手に決めるな阿婆擦れ夫人!」


 フランチェスカにここまで言える奴はそうそういないと思う。


 またもや地団駄を踏み悔しがるオレンジ君に対し、フラン様はいつものスマイルを浮かべるのみ。まるで相手にしていない。


 そうしているうちにセレス様が戻ってきた。赤ジャージには汚れ一つ付いていない。鉄壁の防御だったと言っていいだろう。


 「お疲れ様です。お怪我はありませんか?」


 「………………あると言えばある」


 「え」


 再び全身をチェックする。しかしそれらしき痕跡は見当たらない。覚醒Verはスタイルがいいなぁと思った程度である。


 「えーと」


 「…………守ってくれると、思ったのに……イケダは、何もしなかった。だから、心が………痛い」


 「え」


 恐らく驚異の数字をたたき出しているだろう。俺の「え」発声率。


 まさかセレス様が責任を追及してくるとは思ってもみなかった。というか約束は「いざというとき守る」だったはずだ。主観だがセレス様の変態魔法により「いざ」は訪れていない。つまり守る機会は皆無だった。


 それとも心意気の話をしているのだろうか。実際に氷魔法でアイスドームを造らずとも何らかのアクションは起こしてほしかったと。ただ突っ立っている朴念仁には失望したとか。


 有り得るな。


 となるとまずい。


 「いえ、あのですね。何もしなかったと言いますが、敢えて何もしなかったのであり、その……」


 池田のしどろもどろ説明が始まる。こういう状況で上手な返しが出来ないから、平社員止まりであり童を貫く者であるのだ。


 だがセレス様に嫌われるのだけは何としてでも避けたい。この異世界は彼女で成り立っているのだから。


 と、ここで気づく。若干、ほんの少しだけ、セレス様の口角が上がっているではないか。


 まさかとは思うが。


 「………………冗談。驚いた?」


 「…………」


 呆然とする。


 どうやら久々にセレス様の茶目っ気ジョークが炸裂したようだ。盲目だった頃、紅魔族領の森で置いてけぼりドッキリを食らったの思い出したわ。当時程の恐怖はないが、今回も十分に動揺を引き起こす言動だった。


 セレス様の冗談には気を付けろ。肝に銘じておかなければならない。


 とりあえず彼女にはぎこちない笑みで「ちょっとだけ」と返しておいた。


 

 「よし。ではフィモーシスヘ戻るぞよ」


 フランチェスカへ向き直る。


 「彼はよろしいのですか?」


 プンスカ怒っているオレンジ君を指さす。


 「ふむ。先程ドラカリスを指して馬鹿者と言ったな。あれは嘘だの」


 「え」


 「奇天烈な行動を取るが本物の馬鹿ではない。その証拠に突然攻め込んできた妾達に対し明確な敵意を示しておらん。コック長の攻撃がかゆみを覚える程度というのもあるが、言葉だけを重ねて行動に移す回数が少ないのは目に見えて明らかだろう」


 「敵意を示さないのは何故でしょう」


 「無論、妾に動かれたくないからよ。1度本気に近い力を見せつけた故、警戒を覚える様子が見て取れるわ。痛みを知った強者は馬鹿になれんということよ。そしてあのふざけた遅延行為は妾達の目的を探るためよの」


 「はぁ」


 つまりどういうことだろうか。


 オレンジ君は策に長け忠義に厚い軍人系ドラゴンだった?


 あいつまさか、最終的にはオレンジ農家に就職するつもりか。


 「しかしコック長を戦わせる以外に何の反応も見せぬ妾達に我慢できなくなったかの。究極進化という最後の手札を切ってきおった。妾とお主がいて勝利を逃すことはあるまいが、この時機に奴を殺す必要はない。ゆえに都市へ戻る」


 「いえ、あの」


 フランチェスカこそ言っていることが滅茶苦茶だと思うのは気のせいだろうか。


 俺の覚えている限り彼女の発言はこうだ。交渉はスマートにいこう、無言の脅迫材料を手に入れよう、最強のドラゴンを手土産に持って行こう、ドラゴンが本気を出しそうだからフィモーシスへ戻ろう。


 まるで分からぬ。親戚の小学生が出したなぞなぞを解くのに3つのヒントと30分という時間を費やした池田には難問過ぎるぞ。


 「ん、何だその顔は?まさか本気でドラカリスを殺すと思っておったのか。奴を仕留めれば竜の山領におけるドラゴン共の序列が白紙となり竜騒動が幕を開ける。その影響は山領に留まらず隣接するダリヤ商業国へ深刻なダメージを与えるぞよ。まぁ、お主がその事態を望むなら止めぬがの。カカカカカ」


 高笑いするフランチェスカに引きつった笑みを返す。


 もちろん竜騒動など望むはずもない。自領さえガタガタなのに国を混乱に落とし込むなど狂気の沙汰である。小さな悪事を隠すために大きな悪事に手を染めるようなものだろう。


 とはいえダリヤ商業国への嫌がらせ方法を知れたのは僥倖だ。ガッポ・エンマークとの交渉テーブルで効果的なカードとなり得る。あとでヒルデさんに教えとこ。


 「ドラカリスについては理解しました。ですがこのままだとスターク家へ手ぶらで向かうこととなります。当初の話では脅迫材料を手に入れるためにここを訪れたと記憶しておりますが」

 

 「分かっておる。要はスタークとやらの敵愾心を削ぎ落すブツを用意すれば文句あるまい。見ておれ」


 なにを?と問いかける間もなく隣から人の気配が無くなった。


 何処へいったと周囲をキョロキョロすれば、なんとプンスカ怒っているドラゴンの背後に現れた。お馴染みの瞬間ワープである。


 オレンジ君はまだ気づいていない、と思いきや一瞬にして劇画タッチの驚愕フェイスを晒すと同時に背後を振り返る。


 しかし数コンマ遅かったようで。


 バリ!!という衝撃的な音がこちらまで聞こえてきた。


 「ぐはっっ!?え、うわ、いった!うそでしょ。え。とってもとってもとってもとってもとってもとっても痛いんデスけど!!!!!」


 そしていつもの叫び声。ただし今回は若干お笑いテイストが薄い。本当に痛かったようだ。


 オレンジ君は痛みに叫びつつも振り向きざまにファイアブレスっぽい攻撃を襲撃者に繰り出した。無用とは思うが少々の心配を覚えてしまう。


 しかし。


 「ククク……やはり子供形態の姿では捉えられぬよの」


 背後からククク声が聞こえた。


 「おかえりなさい」


 「うむ。これでどうだの」


 渡された。橙色のアロエっぽいやつ。重さはそれ程でもない。少々じめッとしていて触り心地は良くない。


 「これはまさか」


 「アプカリプシスイオアノドラゴンの鱗よ。希少価値は伝説級、好事家に売れば10億は下らぬだろう。恐らく現存する人類では誰も所持しておらん。ダリヤの一地域を治める領主への土産としては余程相応しくないが文句はあるまい。のう?」


 「え、えぇ」


 どうやらあの一瞬でオレンジ君の鱗を引き千切ってきたようだ。デンジャラスでクレイジーなヒット&アウェイである。


 文句はない。ないが、ダリヤの一都市を治める市長の所有物としても余程相応しくない。脅しに使うのはいいがその後はどうすればいいのよ。持っているだけでよからぬ輩を引き寄せる呪いのアイテムだろう。手土産の言葉通り、スタークに渡すか。そうしよう。 


 とはいえお手伝いしてくれたのは事実。お礼を言う。


 「ありがとうございます」


 「よい。面白いモノが見れたしの。見料として受け取っておけ」


 「はぁ」


 セレス様VSオレンジ君の戦いを指しているのだろう。


 果たしてフランチェスカの本来の目的は何だったのか。何個か思い浮かぶが確信には至らない。こうなったらダメもとで直接確認してみようか。


 「フランチェスカさん。1つお伺いしたいのですが、なぜセレスティナさんをアプカリプシスと戦わせたのでしょうか」


 「お主はどう考える」


 逆質問が来たので自分の意見を述べる。


 「例えばセレスティナさんの実力を図るため、とか」


 「図ってどうすると言うのだ。そもそも妾はマリスでの攻防によりある程度把握できておる」


 確かにそうだ。フランチェスカがセレス様の実力を知ったところで何もない。ほぼ確実に脅威とは成り得ないだろうし。


 「此度の遠征は日頃妾の胃袋を満足させる働きをするコック長への褒美よ。何故褒美となるか。分かるかの?」


 「えーそうですね、例えばそのー」


 「カカカカカ。女っ気のないイケダでは辿り着けまい。自覚なき愚鈍はある種病気のようなものだの」


 言葉を遮られた上に滅茶苦茶否定された。


 とはいえ反論の余地はない。


 自分では鈍感と思わないが気づかぬうちに他者を傷つけることもあるだろう。ましてや女性関係となると実戦経験の少なさから自身の考えが確信に至ることなどほぼ無い。もしかしたら違うかもしれない、で終わることが多々だ。


 経験か。少しでも好意を寄せられたらルックス性格問わず、とりあえず付き合ってみれば良かったのだろうか。何事も経験だと。


 ただ、それが出来ないから今の俺がいるのだけれど。



 「さて。そろそろ帰ろうぞ。ドラカリスよ、また遊びに来てやろう」


 「はぁ!?ちょ、どういうこと?急に来て攻撃してきて鱗を剥ぎ取ってさ。やられっぱなしで終わると思ってるの?ねぇ!!ちょっとボクのこと舐めすぎじゃない?」


 このドラゴン、怒るか調子乗るかしかしていないな。


 「舐めておらんからこのあたりで退散するのだ。ではの」


 「ちくしょーーー!!!ああ、いいよ、だったらいいさ!そっちがその気なら今度はこっちから―――」


 地団駄を踏むオレンジ君。


 その光景を瞼に焼き付けながらフランチェスカの転移に身を任せた。




 ☆☆




 ☆ジークフリード視点☆


 イケダさん達が去ってから1時間。


 マーガレットさん達が領主邸を訪れました。面子はルシア・マーガレットさんにその妹、ビックマラ氏、熊人族の男性、金髪の女性の計5名です。


 昨日は皆、旅の疲れを感じさせる様相でしたが、本日は幾分元気そうです。疲労回復が望めるお風呂と充実した食事の効果が表れていますね。


 「ご足労いただき申し訳ありませんが、ただいま市長は席を外しております。本日中には戻る予定ですが、皆様をお待たせするわけにはもいきません。彼が不在でも決定できる事案について話し合いたいと思います」


 ルシアさんが頷きます。やはり彼女が集団のリーダー的存在のようですね。


 「まずは今後について。イケダさんへ借りを返すため来訪したと昨日おっしゃっていましたが、具体的に何をどうするおつもりでしょうか?」


 「具体的にこれというものは無い。彼に決めてもらおうと思う。ただ我らマーガレット一族とボボン王国元騎士団の団員は住所不定無職だ。都市関連の依頼事であれば住処と幾ばくかの給金を頂ければ幸いだが、難しいようなら構わない」


 「そうですか。熊人族の方々はどうでしょう?」


 「グリルスだ。キャラバンの長を務めている。俺たちも基本的には姉御らと同じだ。だがこっちには食わせていかなきゃいけない存在がいる。イケダには申し訳ないが、もし仕事が無いなら他の地へ移るつもりだ」


 どうやら皆さん、フィモーシスで働く気満々のようです。私個人としては有難いお話だと思いますが、ブリュンヒルデさんはどうお考えでしょうか。


 「分かりました。もしこの地で働いて頂くこととなれば、少なからず住民と接触する機会が訪れます。彼らは非常に従順で正当防衛以外で暴力を振るう機会は無いと言っていいでしょう。ですが魔物です。人類共通の敵と認識された存在です。彼らと共に生活することに忌避感を覚えるならこの地で暮らすことは困難でしょう。皆々様、問題ないでしょうか?」


 魔物。フィモーシスに居を構える上で一番のネックと言えましょう。そういう私も魔物ですが、個と集では捉え方や感じ方がガラリと変わります。街中にオークが1匹紛れ込んでいても脅威に値しませんが、数十匹が列をなして闊歩していれば恐怖を覚えるでしょう。


 300以上の魔物に囲まれて生活できるのか。まず間違いなくイケダさんやブリュンヒルデさんは少数派でしょう。



 ルシアさんが口を開きかけます。


 しかし彼女が声を発する前に、彼女の背後から回答が届きました。


 「いやいや。魔物と暮らすとか無理っしょ。イケダが童貞捨てるくらい不可能案件ですわ」


 えっ。 

  


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