南の王【8】
「今度こそ行くよ!ドラゴンファイアボール!」
セレス様へ向けて炎球が放たれる。直径1m程度。だが見た目で侮ることなかれ。異様な質を内包している。
フランチェスカの忠告を無視して氷壁を構築するべきか。
悩む間もなくセレス様が動く。
「…………ブラックウインドウ」
セレス様の前に長方形の真っ黒な空間が生まれる。
炎球はその闇に吸い込まれていき、跡形もなく消えてしまった。
「ふっふっふ、やるじゃないか女!」
ベビードラゴンは依然として余裕を保っている。小手調べで倒れられては敵わん、といったところだろうか。
[じゃあこれはどうかな?ブラックファイアボール!」
ドラゴンが再び口の中から炎球を吐き出す。先程と比べても大きさは変わらない。だが今度は毒々しい色になっている。黒炎弾とかいうやつか。
対するセレス様はと言うと。
「…………ブラックウインドウ」
数秒前と寸分も違わぬ位置に黒い窓が出現する。
黒炎弾はその闇に吸い込まれていき、跡形もなく消えてしまった。
「なっ、これも防いだだと……?」
ベビードラゴンさんは驚き呆れている。まぁまぁショッキングだったようだ。
「…………」
いや。
そりゃそうだろう。
炎弾を防いで黒炎弾が防げない道理はない。ブラックウインドウの見た目から判断できるだろう。
オレンジ君は何を期待したのか。ブラックウインドウの許容限界値を超えられるとでも思ったのだろうか?それならば一応は頷ける。果たして許容量の概念があるかは謎だが。
もしくはただの馬鹿か。恐らくこっちだと思う。
「………………」
うーむ。
この様子なら大丈夫かもしれん。
「……………」
よし。
決めた。
「フランチェスカさん」
隣に話しかける。
「なんぞ」
「あなたを信じます。信じさせてください」
ホールドアップをしつつ手を出しませんよアピールする。
俺自身の力でセレス様を救いたい。その思いは噓偽りない真実。だからといってフランチェスカの言動をまるっきり無視するわけにもいかない。いざという時は守る、そう彼女は言ったのだ。今までフラン様が虚言を弄したことは皆無。つまり彼女が守ると言ったら守る。そこに疑念は生まれない。
ゆえに俺はフランチェスカを信じる。身を挺してセレス様を御守りするのは次の機会に取っておこう。
「ほう、手を出さぬか。忠言したとはいえ、てっきり茶々を入れると思っておったが」
「恐らくですが。あなたが想像するよりも、私はあなたを信頼しています。出来ないことは言わない人ですし、守ると言ったら守るでしょう。一抹の不安が無いとは申しませんが、あなたの言葉に勝るものではありません。セレスティナさんをお願いします」
少々こっぱずかしかったので隣を意識しないよう正面を見つつ話した。そのためフランチェスカがどんな表情をしているか分からない。怒ってはいないと思うが。
「ふん…………ニンゲン風情が」
「え」
と思ったら怒ってるよ。
恐る恐る表情を伺うもやはり怒気を孕んでいる。
いや、これはもしや……照れているのか?それとも本当に怒りを覚えたのか。人生経験の乏しい池田には判断がつかぬ。
「だったらこれでどうだ!ビックブラックファイアボール!」
戦闘は続く。
オレンジ君が再び吐き出した弾は名が示す通り以前と比べて数倍の規模を誇っていた。いわゆる直径10m程度の黒炎弾である。
これは大きい。ブラックウインドウに収まるだろうか。
しかしセレス様の口から放たれたのはくだんの魔法名ではなく。
「………………かまいたちの夜」
「え」
本日3度目の「え」である。俺自身どれだけ驚いているんだと思わないでもないが、こればかりは「え」と言わざるを得ない。
轟々と唸りを上げた黒炎弾がセレス様並びに背後の我らへ向かって来る。しかしセレス様が唐突にベストセラー作品を呟いた直後、黒炎弾に数本の亀裂が走り、最後にはバラバラに分裂してしまった。
なんと直撃回避である。
「ふ、防がれただと!?」
大げさな驚きを見せるオレンジ君。
奴の驚愕フェイスは見飽きた感がある。
それにしてもかまいたちの夜とは恐ろしい魔法だ。恐らく闇魔法版のかまいたちに違いないが、オレンジ君渾身の黒炎弾まで切り裂くとはお見事である。そもそもかまいたちって何なの?から始まるのだが、なんか切り裂く現象の認識で問題ないだろう。もしくは妖怪のしわざ。
「………………」
"夜"とは?
「どらどらどらーん!どらいち!まんがん!残念だったねトランス、聡明たるこのボクがお前の弱点に気づいてしまったよ。いわゆる一方向の防御は万全だけど多方向には対応できない。そうでしょ!」
オレンジ君がドヤ顔でチェケラのポーズをとる。
対するセレス様は。
「………ブラックレイン」
ガン無視して魔法を唱えた。またまた聞いたことのある名前だ。
要チェケポーズをしているオレンジ君の頭上に魔法陣が現れ、そこから黒い点がポツポツと落下した。
「へいへいへい!言い返す言葉はないのかい?つまり図星―――――あっちゃぁぁああ!?」
黒い点が着弾した瞬間、ジュジュと溶ける音と共にオレンジ君が飛び上がった。そのまま地面を転がり、なんとか黒い点を避けようとする。しかし全回避とはいかず5回以上は「あっちゃぁぁ!?」の叫びが上がった。
黒い雨が止む。うつ伏せで震えていたオレンジ君が緩慢な動作で立ち上がり、思いの丈を言い放った。
「はぁはぁ………急になにさ!死ぬところだったじゃないの!」
『………………』
全身を見渡す。多少変色しているものの、傷として数えられる個所は1つもない。
つまり今回もご多分にもれず無傷である。
[ふむ。どうやらその顔は奴のカラクリに気づいておらぬようだの」
「フランチェスカさん」
機嫌が直ったらしい。いつもの仁王立ち腕組み微笑みスタイルでやんや騒ぐオレンジ君を見つめている。
「当然の話だが奴は無敵ではない。そもそもそんな存在はこの世におらん。どの生物にも限界はある。ならばなぜコック長の攻撃が通らぬのか。理由は2つ。1つは異常なまでの防御力。そしてもう1つは異次元の回復力よの。奴がこの地で王様ごっこをしていられるのもその2つのお陰よ」
「防御力と回復力ですか」
なるほど。納得できる。
攻撃は当たっている。若干だが効いてもいる。だが瞬間的に回復するため見た目は変わらない。多少肌に残る程度なのだろう。
「彼の城壁を崩すにはどのような策が考えられるでしょうか」
「あ?城壁とはなんぞ?格好をつけるなへっぴり腰」
「………………」
ちょっとオシャレな表現を使いたかった結果がこれである。
緊迫した状況で試す俺も俺だが、すかさず突っ込んできたフラン様もおかしい。普通は流す。
気を取り直して分かりやすい表現を使う事とする。
「彼をぶっ倒すにはどのような方法が考えられるでしょうか」
「そうよの。防御力無視の攻撃か、圧倒的な火力を持つ攻撃よ。単純な魔力で劣るコック長が勝利を得るためには前者を行使するほかあらん。本人はもちろん気づいておろうがの。カカカカカ」
防御力無視の攻撃か。確かに闇魔法ならありそうだ。
対して俺は確実に後者。圧倒的な火力を持つ氷魔法で押していくしかない。
すごく脳筋っぽいのは気のせいだろうか。
「はぁはぁ……仕方がないね、終わりにしよう。………いや、こう言わせてもらおうか。お遊びはここまでだよ!」
ビシッと人差し指を向けるオレンジ君。マスコット感が強すぎて脅威に感じない。
「今度こそ防げまいよ!さぁ、オールブラックファイアボールアタック!」
ブラックファイアボールは変わらないんかいと思いつつ動向を見つめる。
例のごとくオレンジ君の口内から黒炎弾が発射され――――――ない。口は閉じたままだ。
その代わりにセレス様を囲うよう四方に魔法陣が出現し、そこから黒炎弾が放たれた。数は4つ、全方位からの攻撃である。
「ふ、ふふふら」
「問題あらん」
思わずフランチェスカに助力を請おうとしたところ、モーマンタイだと。
その期待に応えるかのようにセレス様が口を開いた。
「…………オールブラックアシッドウォール」
またもや新魔法である。しかもオレンジ君に追随するかのように魔法名が長い。
新魔法の効果や如何に。俺とフランチェスカが見守る中、セレス様の周囲に黒い靄が現れた。靄は濃さを増しセレス様を覆い隠してしまった。
その直後、4方向から黒炎弾が黒い靄へ着弾した。
しかし。
「………………?」
黒炎弾が靄を突き破る様子はない。というか見えない壁に阻まれているような。勢いも削がれている。
なんだあの靄は。
「てっきり広範囲にブラックウインドウを張るかと思いきや。まさかオールブラックアシッドウォールまで習得しているとはの。腐ってもトランスだの」
フラン様にとっても予想外だった模様。うんうん頷きながら感心する様子は事情通そのものである。
分からん。トランス家の凄さもオールブラックなんちゃらという魔法も。ニュージーランド代表の愛称かよ。
そうしているうちに黒炎弾は徐々に小さくなっていき最後には消え失せた。
「あの、フランチェスカさん。先程の魔法は……」
「オールブラックアシッドウォール。世にも珍しい酸による防衛手段だの。あの靄に触れたモノは徐々にその身を溶かし最後には消えてなくなるのよ。ヒト型の生き物が使用するのは稀だの。使い手としてはブラックアイズブラックドラゴンが一番有名か」
「なるほど」
酸で炎が溶けるらしい。化学では証明できそうもない現象である。久しぶりにファンタジーを実感した。
しかしブラックアイズブラックドラゴンか。そんな魔法を使っていただろうか。思い出せん。
黒い靄が消える。すると見慣れたジャージ娘が現れた。
いや、ああ。おお。後ろ姿だけどかわいいな。
「オールブラックアシッドウォール……だって?お、おおおお前、ボクの魔法をパクったな!ほら、オールブラックファイアボールアタックとオールブラックアシッドウォールて。ほとんど同じじゃないか、ちくしょう!」
なぜか地団駄を踏むオレンジ君。奴はなにを悔しがっているのだろう。まるで理解が及ばない。ドラゴンにとっては日常茶飯事なのだろうか。
そうか。ドラゴンか。よくよく思い返してみるとドラゴンにも関わらず言語能力があること自体おかしい。やはり格は高いのだろう。今のところその幼稚な言動で相殺されているが。
「憎っくきトランス家め。小癪な真似をしやがって……ああ、いいさ。そっちがその気ならこっちにだって考えがある。ファイアボールに固執したボクは消えた。今からは岩石パーティーといこうじゃないか!」
相変わらずよく分からない思考回路をしているが、方向転換したのは理解した。
次は岩石魔法を用いるつもりか。
と思いきや。
「よっしゃー!ちょっと待ってて」
「え」
そう言ってオレンジ君は翼をはためかせどこかへ飛び去ってしまった。
『………………』
一同沈黙である。
これは。
今まで出会った中で一番イカれてる敵かもしれん。
オレンジ君を待つ間にセレス様へ話しかけよう、そう思い一歩踏み出したその時。
「…………………………ぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉおおお」
気持ちの悪いうめき声が聞こえた。視線を向けると早くもオレンジ君が戻ってきたではないか。
しかも手ぶらではない。いや、この場合は背ぶらと言った方が正しいか。
なんと小さな背中を支えにして自身の十数倍の大きさを誇る岩石を担いできたようだ。表面はデコボコだが形は球体に近い。直径20m以上の立派な岩である。
『…………………』
いや。
魔法じゃないんかい。
黒炎弾を見せられた後に岩石(物理)など誰が想像できるだろうか。突拍子もないとはこの事だろう。
この場にお豚さんでもいれば「うおおおお!!!なんて大きさだ!いや、いや違う!魔法ではないのか!?」など大いに驚いてくれそうだが、生憎と今回の編成はチームポーカフェイスだ。反応1つ見せやしない。俺も必死に驚きを抑えている。
「はぁはぁ………い、いくぞトランス!くらえ、岩アタック!!!」
そしてセレス様の上空30m程度で止まったオレンジ君は、ぜぇぜぇ言いながら持参した大岩を落とした。
岩アタック。
オールブラックファイアボールアタックはどこへいったのか。ここに来て謎のネーミングセンスである。
しかしその攻撃は驚異的だ。100mを9秒台で走る人でも岩アタックの攻撃範囲から逃れられないだろう。大きいは正義!を具現化したようなものだ。
もちろんセレス様は一歩も動かない。徐々に自身へと近づく大岩をボーっと見上げている。
「………………っ」
声にならない叫びが胸の中で暴れ出す。
叶うならば今すぐに氷魔法でセレス様を守りたい。だが俺は言った。言ってしまった。フランチェスカを信じると。
ぬぉぉぉぉ。
これほど約束を破りたいと思ったのは、知り合いの引っ越し手伝いと人気ラーメン店のラーメン半額デーが被ったとき以来だぜ。
「……………ゼログラビティ」
と過去をしみじみ振り返っていたところにセレス様の呟きを拾った。
新手の魔法っぽい。次はどんな現象が起きるのか、肩ひじ張った状態で待ち構える。
待つ。
待つ。
しかし何も起こらない。
「………?」
いや、それはそれでおかしい。
いつまで経っても岩アタックが降りてこない。何が起きている。
恐る恐るセレス様の頭上を見上げると。
「おぉ」
なんと大岩が空中で静止しているではないか。まるでイリュージョンを見させられているかのよう。
しかしあれは明らかに重力を操作している。つまり重力魔法。なぜセレス様が使用できるのだ。
「あの、フランチェスカさん」
「勘違いしておるな?ゼログラビティは闇魔法ぞよ」
「えぇ……」
尋ねる前に回答を頂けたのは有難いが望んでいた答えではない。
闇魔法の範疇が分からない。どこからどこまでなのだ。何でもあり魔法かよ。
「………ブラックレイン」
続いてセレス様は黒い雨を降らした。
突如頭上に現れた魔法陣に対し、オレンジ君は悲鳴を上げつつエスケープする。雨はそのまま空中で静止する大岩に降り注ぎ、じくじくと溶かしていった。コンボというやつだろうか。
雨が止む。と同時に岩の時間が動き始めた。しかしブラックレインにより削られ小岩の集団と成り果てたことにより、ブラックウィンドウを頭上に掲げたセレス様を傷つけることはなかった。
お見事な対処である。
「な、なんということでしょう………2度ならず3度までも防がれるとは。ボクは夢でも見ているのでしょうか、ええ」
動揺を超えたのか、オレンジ君が丁寧口調で状況説明をしている。奴のキャラ崩壊は始まったばかりだ。
しかしセレス様は本当にすごい。オレンジ君がまだ本気を出していないとはいえ、ステータス上は3倍以上の開きがあるのだ。だのに今だ無傷である。なんなら余裕さえ見える。
覚醒前も謎に包まれていたが、覚醒後もベールが脱がれる様子はない。
セレスティナ・トランス。底が知れない女よ。
可愛くて無口なだけじゃないな。
そろそろオレンジ君もネタ切れか?と終戦ムード漂うところに、その空気ちょっと待ったと言わんばかりにキャラ変した彼が口を開いた。
「ええ、ええ。私とした事が油断を抱えていたようですね。これはいけません。ここに至っては仕方がない、そうするしかないでしょう、ええ。そうですね、はい。究極進化しますよ」
異色刑事ドラマの主人公っぽい語り口調で究極進化宣言をしおった。