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南の王【7】

 「ふ、ふ、ふふふらんちぇすかさん。冗談が過ぎますね」


 「冗談ではない。コック長が戦う。そのために連れてきたよの」


 フランチェスカの口からとんでもない言葉が発せられた。あんなバケモノとセレス様を戦わせるなど正気の沙汰ではない。


 「イケダ。お主はコック長の実力を知っておるか?」


 未だ戸惑いを隠せない俺に新たな質問が来た。


 「このくらいかなと想定はあります」


 「今後のためにハッキリさせておくべきよの。でなければいざという時、背中を預けられんだろう」


 「それは………そうかもしれませんが」


 紛うことなき正論。


 だがフラン様が心配する事ではないし、強さを測る指標としてアポカリドラゴンは度が過ぎる。


 まるで意味が分からない。


 「だからといってフランチェスカさんが気を遣う必要はないですし、相手がアポカリさんである理由もございません」


 率直な意見をぶつけてみる。


 するとフランチェスカはいつものしたり顔を浮かべ。


 「ククク、お主の疑念に対する回答は1つ。面白そうだから。それだけよ」


 「…………………」


 ああ。


 駄目だこいつ。


 やっぱり頭イカレてる。



 その時、くいっと服の裾を引っ張られる感覚を覚えた。振り返るとジャージ娘が佇んでいた。


 「……………いいよイケダ。やるから」


 「しかし」


 セレス様が横を通り過ぎる。その瞬間、全身が光に包まれ、数回瞬きする頃にはマークⅡ形態から覚醒状態へ変態を遂げていた。日中に見るのは久々である。


 少々ジャージが窮屈そうだ。


 「…………スタークへの、脅し材料が必要なのは、事実。目の前のドラゴンなら…………確実に彼を落とせる。それに………………………」


 セレス様が立ち止まり振り返った。美人になっても無表情、と思いきやほんの少し下がった目じりが次の言葉を強調させた。


 「―――――――いざとなったら、あなたが守ってくれるでしょう?」


 「………………」


 それだけ言い残すと彼女はドラゴンの元へ向かっていった。俺はただただその後姿を見守るしか出来ない。


 身体が震えている。心もだ。


 これはあれか、あれなのか。


 相思相愛と捉えて問題ないのかな?


 「……………」


 待て待て。早とちりは良くない。それで何回失敗してきたと思っているんだ。いやそもそも失敗と呼べるほどの経験は皆無だ。だって、あなたが守ってくれるなんて言われたの初めてだし。そこまでの信頼を置いてくれた女性は今までいなかったし。


 これは判断に迷う。戦友、もしくは身内と思われている可能性は否定できない。お尻を拭いてもらった仲だ。もはや男として見られていないまである。


 分からん。分からんぞ。こうなってはもう恋愛マスターのお豚さんに相談するしかない。


 「ん?なに。だれその女。どういうつもりだ魔王!」


 「………悠久たる深淵の王よ、黒き翼に命を宿したもう」


 カプサイシンがセレス様に気づいた。しかしセレス様はカプサイシンの呼びかけを無視して詠唱を始める。先手必勝だ。


 そしてこの中二チックな詠唱。聞き覚えがある。あれだあの、闇のやつに違いない。


 「えと、何する――」


 「黒よりも黒く闇よりも深く絶望を与えよ――――DARKER THAN BLACK」


 出た。ネイティブ発音魔法。


 セレス様の足元にどす黒い魔法陣が現れ尋常でない速さで回転を始めた。以前と同じ光景である。ベビードラゴンは未だ頭の上にはてなマークを浮かべている。あいつは馬鹿なのか?それとも。


 直後。


 ベビードラゴンが闇に包まれた。それと共に一辺が数mある正方形の真っ黒い箱が空中に出現する。ここまで来てしまってはもう抗えない。


 ダーカーザンブラック。対象者を1日闇の中に閉じ込める折檻魔法。勇者パーティーに属していたドラゴニュートでさえ逃れることが出来なかった代物だ。


 果たして。


 「ククク………」


 フランチェスカが不吉な笑みを浮かべる。その姿を見た瞬間理解した。


 これ駄目なやつだと。


 ピキ――パキ――


 俺の思いに呼応するかのように闇部屋が変化をきたす。まずは一筋、そしてそこから何本もの亀裂が走った。


 終いには何かが砕け散る音と共にダーカーザンブラックが完全に解除された。


 静寂の中、橙色のドラゴンがぬッと顔を出す。何故か肩で息をしている。


 「はぁはぁ………急になにさ!死ぬところだったじゃないの!」


 そしてテンプレの反論メッセージを披露。先程と一字一句変わっていない。


 「…………………」


 セレス様の背中を見つめる。動揺しているようには見えない。だが少なからず驚きはあるだろう。


 「…………」


 いや待てよと。ここに至って記憶の混濁に気づいた。


 あの時もそう。ドラゴニュートにダーカザンブラックを破られたのだ。ドラゴニュートを闇の檻に閉じ込めたのはセレス様ではなくフランチェスカのダーカザンブラックだ。


 そうそう、2人して同じ魔法を使ったゆえ混同してしまった。


 ならばベビードラゴンにセレス様のダーカザンブラックが通用しないのも頷ける。むしろ当たり前だ。ドラゴニュートとベビードラゴンでは抵抗力に大きな差がある。ドラゴニュートに通じなかった魔法をベビードラゴンに放っても無駄だろう。


 謎が解けてひとまず安心である。


 「…………………」


 いやいや。安心ではない。結局どうすればいいのだ。


 「ちょっと魔王!これどういうこと?本気でボクを殺すつもり?だったらこっちも反撃させてもらうけど!」


 「カカカカカカカ」


 いや答えろよ。ベビードラゴンも困惑しているぞ。


 その隙を突くようにセレス様が再び詠唱を始めた。


 「………悠久たる深淵の王よ、黒き翼に命を宿したもう」


 そしてこの中二チックな呪文。聞き覚えがある。というかさっき聞いた。


 これには俺も困惑の表情を浮かべる。ダーカザンブラックが通用しないのは分かっているというのに。


 何を考えているのだ。


 「罪を罪とし断罪を受けるべくここに――――アギトの調べ」


 とか思っていたら後半は違った。まさかの新魔法である。


 ベビードラゴンの立つ地面がもこもこ脈動する。怪訝な表情を見せるドラゴンだったが次の瞬間、地面から巨大な顎が現れ奴を飲み込もうとする。パッと見た感じではカバの口内に近いだろうか。立派な牙が何本も生えており、あの口で咀嚼されては跡形もなく消え去るだろう。


 「な、お、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 相変わらず反応の良いベビードラゴンさん。何とか逃れようとするものの、空へ飛び立つ前に顎に追いつかれ、結局大きな口内にその身を投じてしまった。


 巨大顎はベビードラゴンを口に含んだまま地面の中へ沈んでいった。


 「………………」


 なんという魔法だ。極悪すぎる。もしも無詠唱だったら俺でさえ防げないかもしれない。技のデパートとは彼女を指す言葉だろう。


 アギトの調べか。今度どういう魔法か教えてもらおう。


 「ククク……」


 何やら終わった雰囲気が漂う中、フランチェスカのククク笑いが発動された。


 彼女のクククには様々な意味が込められている。今回は恐らく"油断するでないぞ"あたりだろう。まぁ今の解説はほぼ妄想だが大きく外れてはいないはず。


 そして俺の仮説は立証された。ものすごい勢いで地面から何かが飛び出してきた。その何かは橙色の身体を上下に揺らし肩で息をしている。


 「はぁはぁ………急になにさ!死ぬところだったじゃないの!」


 聞き慣れた台詞だ。もはや"急"でも"死ぬところ"でもないというのに。その証拠に、身体に大きな噛み跡は残っているものの血が出た様子は見られない。あんな大きな牙に噛まれ無傷とはどんな柔軟性を秘めているのだ。


 無敵かおい。


 「もう怒った!怒ったよボクは。このボクを怒らせたのは大したもんだよ!名を聞こうか!」


 豚の前足を彷彿させる両腕をぶんぶん振り回し癇癪持ちの子供を見事演出している。


 本当に怒っているのか定かではないが良い感情は持たれていまい。


 「…………トランス」


 律儀にセレス様が答える。


 「トランスか。トランク、トランクス、ランス、トラノアナ、トライアル、トランプ、トラ………トランス?まさか!?」


 何か心当たりがある様子。驚愕の表情を浮かべて大げさにのけ反っている。


 ベビードラゴンさんとトランス家に接点があるとは思えないが。それとも俺がトランス家を知らなすぎるのか。たしかに、セレス様が寡黙な沈黙ガールな事と両親が戦争で死んだ程度の知識しかない。ああ、あと家伝魔法とやらがあったような気がする。


 「ほう、ドラカリスよ。この娘を知っておるのか?」


 「知らないと言えばウソになる。だけどここは敢えて知らないと言わせていただきたい!ボクは知らない、トランスなんて変態族は全く知らないよ!」


 は?


 「相変わらず支離滅裂な馬鹿者よ。いつどこで知り合ったのだ。正直に申せ」


 言いたい事は全てフランチェスカが代弁してくれた。ありがたし。


 「むむぅ、ま、まぁいいでしょう。そうだね、あれは何百年も前の話、ボクが駆け出しの男娼だった頃のことなんだけど……」


 「え?」


 「長々と聞くつもりはない。簡潔に話せ」


 とても興味をそそられるワードが出てきたのでちょっとだけ前のめりになってしまった。


 たしかにドラゴンの昔話に付き合うつもりはない。だが、だが。


 ぬぅ。


 「むかし、お前の祖先に嫌なことされた!だからボクはトランス家が嫌いだ。今こそ復讐の時!殺して、殺してやるぞ!どらどらどらーん!」


 どらどら喚きながら胸をドンドコ叩いている。


 先ほども怒ったと言っていたが、今回もかなりお怒りの様子。ただし相変わらず怒っているのかふざけているのか判断がつかぬ所作である。


 なんでドラゴンなのにゴリラの物まねしてるの?どらどらどらーんってどういう鳴き声?それとさっきの流れで嫌なことをされたと言われたら、男と男のアレなアレしか思い浮かばないのだけど。しかも獣姦て。トランス家のご先祖様、レベル高すぎる。


 「どらどらん!馬鹿共め、見た目でボクを判断したな?これは仮の姿だよ。今こそしんかを見せるとき!いくよ!」


 誰も何も言っていないのに勝手にどんどん進めていく。実社会でもこういう奴が一番厄介だったりする。


 「うぉぉぉぉぉ!ドラカリスしんかぁぁぁあ!」


 ベビードラゴンがセルフ回転を始めた。とてとて足を動かしながら、うぉぉぉ言ってる。


 何度も言うがこいつは何なのだ。言動と能力にギャップがあり過ぎる。ドラゴンはドラゴンらしくどっしり構えてくれよと思う。「矮小なるニンゲン共よ」とか「崇高にして最強たる我」とか言ってろよ。何だよどらどらんて。興覚めにも程があるわ。


 「うぉぉぉぉぉ!」


 ドラゴンの回転は止まらない。最初はただの見世物だったが、徐々に彼の身体が光に包まれていく。どうやら本当に進化するらしい。


 これはもしや……こいつ何なの?と思った過去を悔やむことになるかもしれない。


 ハラハラしつつドラゴンの動向を注視する。


 そうして数秒経過して。ドラゴンを包んでいた光が消えた。


 「なっ……」

 「………………」

 「ほう」


 光の向こうに現れたのは。


 「はぁはぁ………どうだ!これがボクさ!」


 肩で息をするベビードラゴンだった。


 あれ?


 「あの……」


 変わったようには見えない、と言いかけてはたと気づく。


 よくよく見ると確かに進化している。


 50cm~1m程度大きくなったようだ。以前と比べて目つきもキリッとしているような……


 これがベビードラゴンの進化体。


 「…………………しんか、したの?」


 何とか自分を納得させていたところにセレス様の素朴ツッコミが入る。


 まぁそうなのだけれど。これが進化とか片腹痛いわ状態だろう。


 「え!?したよ、すごくしたよ!見てこの爪、5センチ伸びてるでしょ?」


 いやそこかい。


 「…………分からない」


 「な……なんて女だ。こんなことなら一気に最終形態になればよかったよ。究極進化ってやつ。あ、でもやっぱり女にはもったいないね。ボクの最終形態を見た奴は今まで16人しかいないし!最終形態を見たいとか、この第二形態を倒してから言いな!」


 相変わらずのコントテイストである。しかもツッコミどころ満載。もはや存在から何から全てボケなのでは?と思っても致し方なしだろう。


 「まぁいいさ。御託はそこまでだよ。とりあえずこの攻撃を食らえ!ドラゴンファイアボール!」


 何が何だか分からぬうちにベビードラゴンが攻撃を仕掛けてくる。


 安直な技名から察せられるように口からファイアボールを放ってきた。直径1m程度の炎球が真っ直ぐこちらへ向かって来る。


 そう、こちらへ。つまり俺とフランチェスカが立つ位置である。


 「ちょ」


 これには俺も焦る。


 何故だ。セレス様と戦っていたのではなかったか。観客席にファーストアタックする奴があるか。


 横のフランチェスカを見る余裕はない。どうせカカカ笑っているだけだろうと諦め、ひとまずは2人を守るように氷壁3枚張りを構築する。過剰防衛かもしれないが死ぬよりは良い。


 ドラゴンファイアボールが氷壁に着弾する。


 1枚目パリン。2枚目パリン。3枚目ジュワー。


 「………………」


 おわかりいただけただろうか。


 魔法力6万越えで構築した氷壁をあっさり2枚抜きである。あわや3枚目もといったところ。


 思わずフランチェスカへ視線をやる。


 「カカカカカ。こうでなければ面白くなかろう」


 安心の高笑いだ。元魔王的には予定通りらしい。


 いやいや駄目だ。これはまずいよ。


 「あー、ごめん!打つとこ間違えた。次はちゃんとトランスを殺すよ!」


 こちらも無邪気に笑おておる。殺人級の魔法をぶっ放してごめんで済ますとは厚顔無恥にも程がある。


 999歳なのになんてガキ臭い奴だろう。年齢と言動が伴っていない。俺と同じかよ。


 「フランチェスカさん、これは駄目です。今すぐ撤退しましょう」


 「ならぬ。もう少し待て」


 「いえ、ですがその、情けないばかりですが、自分の身を守るので精一杯でセレス様まで手を回す余裕がないと言いますか。察するに先程のドラゴンファイアボールは小手調べで、それ以上ともなれば倒すどころか防ぐので手一杯と申しましょうか」


 「お主という奴は……コック長の事となると落ち着きを無くすのう。少しは考えよ。妾がコック長を見殺しにすると思うてか?あ奴の他に誰が妾の胃袋を満足させられるのだ。ゆえに心配あらん。お主はいつものように作った真顔で観戦でもしておれ。カカカカカ!」


 「はぁ、えー……ありがとうございます…………」


 果たして元凶たる女に感謝の言葉を述べるのはどうかと思ったが、セレス様を守ってくださるというので一応謝意を伝えておく。ありがたやありがたや。


 しかしそうなると新たな問題が浮上する。


 あなたが守ってくれる発言を無視することとなってしまう。ボクの力不足でフランチェスカに頼ることになりましたヘヘヘ状態だ。ジト目で失望されるのも悪くはないが、間違いなく取り返しはつかないだろう。


 しかしフラン様の忠言を無視するわけにもいかない。


 「…………………」


 うーむ。


 どうしよう。

 


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