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南の王【6】

 「強襲案、つまりスタークを殺すということでしょうか」


 ハブられたお豚さんはひとまず置いておいて。気になる点を確認する。


 「元帝国民としては有難いお話ですが、ダリヤに身を置く立場としては否です。絶対に殺してはなりません」


 駄目らしい。


 なぜだろうか。


 「あくまで我らの目的はフィモーシスの発展です。ですがスターク候を殺めてしまえばダリヤ南地区の治安が一気に乱れ、フィモーシスどころの話ではなくなってしまいます。そもそもスターク候は軍事、政務ともに実績のある御方であり、彼を殺したのが広まればこの都市は完全に孤立するでしょう」


 「むむ、それは厄介だな。殺しはまずい、うむ」


 ここぞとばかりに相槌を打つお豚さん。


 殺しはNG。ではどうする。


 「……………………脅す?」


 「そうですね。それが正解かと思われます」


 先ほどからセレス様の正答率が高い。どこかの豚野郎とは違う。


 「脅迫でスターク候を屈服させます。最善は彼の経済圏に加えてもらい、かつ対等かそれ以上の立場を確立すること。それが無理でもフィモーシスへの過干渉禁止を約束させれば、ひとまずの問題は解決するでしょう」


 つまりこの機に交易相手を増やそうという腹積もりだろう。さすがヒルデさん、ピンチをチャンスに変える気だ。


 「では早速乗り込みますか」


 氷魔法をチラつかせれば良い。高い確率で屈服するだろう。


 俺やフランチェスカ以上の逸材を隠し持っているなら話は別だが、年齢不詳がスターク含む南地域の住民を退却させたあたり可能性は低い。彼らだけでレニウス軍を撃退できたならそうしていたはずだ。


 「そうですね。人選は―――」


 と、ヒルデさんが続けようとしたとき。


 1人優雅にコーヒーブレイクをしていたあの女が再び口を開いた。


 「やめよやめよ。方向性は間違っておらん。だがやり方が稚拙よの。まるで教養の無い力馬鹿が取り得る手段よ」


 フラン様から謎のストップがかかった。


 こいつ、人類には干渉しないとかほざく割にしょっちゅう絡んでくるよな。


 「ではどうすればよいと思いますか?」


 「話し合いで解決するのが良かろう」


 皆でポカン顔をさらす。この魔王は何をおっしゃっているのだ。


 「よいか。頭ごなしで抑えつければ、その場はよくともいずれ反発する。永遠の従属など有り得ん。フィモーシスを受け入れて欲しくば、それ相応の対価を用意すべきよの」


 「なるほど。脅迫ではなく交渉、ですか。しかし今のフィモーシスに払える対価など市長の身柄しか…」


 「え」


 この女もこの女で急に何を言い出した。


 俺を売る気?


 「………それは駄目」


 「確かに。イケダの武力は喉から手が出るほど欲しいだろうが、論外よの。そもそも対価を払うのは1度でよい。交易が始まれば互いに利するところがあるからの」


 セレス様とフラン様が止めてくれた。


 ホッと一安心。


 「ではなにを?」


 「無いなら調達すればよい。そうだの………イケダ、それとコック長を半日ほど借りる。お主らもよいの?」


 「いえ、良いかと聞かれても」


 「………何する気?」


 「カカカカカ!着いてからのお楽しみよの。では帝国女よ、後は任せるぞ」


 と、俺とセレス様の足元が急に光り出した。


 なにごと!?なにごと!?


 「はわわ……」


 動揺する間に全身が光に包まれ。


 視界がブラックアウトした。



 ☆☆



 パチパチと。


 眼を開ける。どうやら生きているらしい。


 しかし眼前に広がるは今まで見た事の無い景色だった。左に山、右にも山、四方を山々に囲まれた地点に立っていた。どうやら自分のいる場所が一番標高が高いらしく、周囲の山は一段階下に位置している。


 「ここは……」


 「竜の山領よの」


 背後から回答を頂く。振り返るとフランチェスカが立っていた。セレス様もご存命だ。


 竜の山領。聞いた事がある。たしかダリヤ商業国の北に隣接する山岳地帯だったような。以前そこから竜が迷い込んできて、ルシア率いる第一騎士団と共に討伐した記憶がある。


 ということは。


 「どら、ドラゴンがいるのですか?」


 「間違いないの。ここにはおよそ全種のドラゴンが揃っているよの」


 うわぁ。


 なんちゅう所に連れてきたんだこの女は。死亡必至かよ。


 「南に見える赤い山。あそこがレッドドラゴンの(ねぐら)よの。東の青い山はアクアドラゴン、西はアースドラゴン、北はブラックドラゴン。他にもサンダードラゴン、ヴォルケーノドラゴン、ガイアドラゴン等々、より取り見取りよ」


 「はぁ」


 セレス様と視線を交わす。こ奴は俺たちにいったい何をさせようと言うのか。


 ん?まさかね。


 「もしかしてですけど、レイニー・スタークへの対価というのは……」


 「コココ。スマートな交渉とは言葉を交わす前に結論が出ているものよ」


 スタークにドラゴンを献上すると言うか。なんとぶっ飛んだ発想だ。


 確かにドラゴンを差し出されては何も言えないだろうけど。そもそもドラゴンを捕殺しようとは思わない。


 というか交渉とは言いつつも脅しには違いないじゃないか。


 「………目的は、分かった。けど、ドラゴン1匹程度じゃ………驚きはしても…屈服までは、至らない。南の守護者なら………猶更だと思う」


 そうなのか。1匹で十分かと思ったが意外とハードルは高いらしい。


 思い返してみるとルシア率いる第一騎士団でレッドドラゴン1匹を倒していた。つまりダリヤ南地区を率いるスタークにしても1匹程度は問題ないということか。


 「そうよの。レッドドラゴンやアクアドラゴンではインパクトに欠ける。かと言って数を揃えるのも煩わしい。ならば圧倒的な質で勝負よの」


 「質、ですか」


 「ああ。ところでこの地は中心へ近づくに従ってドラゴンの脅威が増すのだ。つまり、ど真ん中にはドラゴンの王者がおる」


 改めて周囲を見渡す。赤い山や青い山が遠くに見え、近くでは紫の山や赤黒い山などを見下ろすことが出来る。


 これは、激しく嫌な予感。


 「ちなみにですが、フランチェスカさんが転移くださったこの場所は、竜の山領ではどの辺りに位置するのでしょう」


 「愚問よの。見よ」


 フランチェスカが空を指さした。


 見上げるとそこには立派な太陽。今日もカンカン照りである。そういえばと以前から疑問に思っていた事を思い出す。この世界には四季は存在するのだろうか。少なくともダリヤは温暖な気候が続いている。もしかすると日本ほどハッキリした違いはないのかもしれない。異世界人としては真夏と真冬が来ないのはとても有難い。


 とか思っていると。


 「…………別に何も―――」


 セレス様の声を遮るかのように一瞬にして光が消えた。何事かと思えば、何やら巨大な物体が太陽を遮っているではないか。


 「えーと」


 目を凝らす。しかし実態はつかめない。


 とはいえある程度見当はつく。ただ単に認めたくないだけだ。


 あんなにデカいの?って。


 「来るぞよ」


 フランチェスカの声が合図かのように巨大な影が動き出した。


 徐々に圧迫が強くなる。しかし太陽は未だ見えない。


 そうして数秒、もしくは1秒にも満たない時間を経て、ズドン!という音と共にようやく太陽が顔を出した。


 「おお。明るいなぁ」


 「…………いや、こっちこっち」


 セレス様の軽めツッコミを嬉しく思いつつ、視線を右に向ける。




 そこになんかいた。


 「ぞ、ゾンビだぁぁ!!」


 「違うよ!!!」


 場を和ませようとよく分からないボケをかました。しかしそのボケを拾ったのはセレス様でもフラン様でもなく。


 正面に佇む謎の物体だった。


 「みんな!ボクだよ!ボクが来たよ!」


 どうやら来たらしい。


 率直な感想を言うのなら、とてもチンチクリンな竜である。まさしくベビードラゴンと言ったところ。あの攻撃力1200のやつ。体長1m程度、オレンジ色の鱗に小生意気そうな目、翼も小さく角も未発達である。


 なんなんだこやつは。


 ベビードラゴンを指さしながらフラン様を見つめる。こいつ?と。


 「ん?そこの人間族の女……いや、この魔力は…………魔王だ!おまえ魔王だな!ノコノコまた現れやがって。前の恨みは忘れていないぞ、この阿婆擦れ!」


 ベビードラゴンさん、とてもお怒りの様子。


 どうやらフランチェスカとお知り合いらしい。視線で答えを催促する。


 「あれは数百年前の話だったか。一時期ドラゴン狩りに入れ込んでの。思うがままに蹂躙し尽くしてやったわ。カカカカカ!」


 「何言っちゃってくれてんの。1年前の話だよ!!」


 1年前。フランチェスカと出会ったのもその頃だ。更に言えば竜の山領からドラゴンが逃げ込んできたやらで金髪女騎士達とドラゴン退治に向かったのも同時期である。


 なるほど。一連の流れには元魔王様が関わっていたようだ。


 というよりかダリヤ商業国内で起きた個人事件簿のほとんどでフランチェスカの名前が出るんですけど。凶悪な魔人フランチェスカとの半日間戦争、初のドラゴン退治、首都防衛、フィモーシスリニューアル等々。もはや元魔王イベントの連続と言っても過言ではない。


 それに対を成すのはマーガレット姉妹イベントだ。元魔王様が関わっていないイベントではほぼ金髪のどちらかが出演している。


 つまり池田異世界物語の7割以上はフランチェスカとマーガレット姉妹で埋まることだろう。


 「………………」


 セレス様にも出演オファー出さないと。


 「ところで今度は何しに来たの?また虐殺?」


 「ククク、そうだの……」


 フランチェスカが揺らりと右手を差し出した。ベビードラゴンは頭の上にはてなマークを浮かべながら彼女の挙動を見つめている。


 と、次の瞬間。


 「―――――天罰」


 聞き覚えのある技名を放つとともに、天上から一筋の雷光がベビードラゴンへ襲い掛かった。


 「な、お、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 逃げる暇もなく。雑魚キャラの叫び声と共にドラゴンは光の向こうへ消えた。


 「………………あ」


 どうしよう。


 全く以って意味が分からない。急展開過ぎる。


 異世界を訪れて数々の想定外を目の当たりにしてきた。それでも未だ驚きは尽きない。特に元魔王関連イベントでは顕著だ。


 ほんと、楽しませてくれるぜ……とでも思えたらいいのだが、雑魚メンタルの池田には不可能。精々驚いていない振りをする程度だ。


 数秒して、天罰とやらの効果が消えた。光の波は消え視界が徐々に回復する。


 ミノタウロス族20名を一瞬で消し炭にした魔法。直撃を食らったベビードラゴンが平気なはずもなく。


 身体中から煙を出しながら元の位置で喘いでいた。


 「はぁはぁ………急になにさ!死ぬところだったじゃないの!」


 とか言う割には元気そうだ。胴体や翼から煙が噴き出ているものの火傷したようには見えない。むしろどこから煙出てるの?といった感じである。完全に漫画入ってる。


 フランチェスカはドラゴンを見て満足そうに頷き、こちらへ振り返った。


 「と、いうことよ」


 「はい」


 はい?


 「妾の天罰を食らってなおピンピンしておる。土産に相応しいと思わんか?」


 「えーと」


 つまり元魔王様はこうおっしゃりたいらしい。


 目の前でぷんすか怒っているベビードラゴンこそが、スタークに対する最大の脅しとなるだろう、と。


 本気かこやつ。


 「フランチェスカさん、少し落ち着きましょう」


 とか言いつつベビードラゴンのステータスを確認する。土産とするに相応しい能力かを確認するためであるが、それ以上に手に負える相手か見定めなければならない。本気を出したわけではなかろうが、元魔王様の魔法が効かなかったのだ。抵抗力は高いに違いない。


 久しぶりのステータスウィンドウ、かもん。




【パーソナル】

名前:ドラカリス

職業:きんぐ

種族:アポカリプシスイオアノドラゴン

年齢:999歳

性別:男


【ステータス】

レベル:1523

HP:180348/189348

MP:213988/216901

攻撃力:64193

防御力:83777

回避力:54406

魔法力:70869

抵抗力:89114

器用:16976

運:39891




 「……………………」


 あかん。


 「"視た"のだろう?どうだ、申し分ない相手よの」


 「いえ、あの、フランチェスカ先生」

 

 思わず挙手する。正解は分かっていたけど目立つのが嫌で手を挙げなかった学生時代を払拭させるような積極性である。


 「あ?なんぞ」


 「違う相手を所望します。それか帰りましょう」


 叶わぬと知りながらも一縷の望みをかけて提案してみる。


 果たして結果は。


 「ククク、問題あらん。死んでも数秒以内なら生還させるよの」


 「いえ、そうではなくてですね」


 なんなんだこいつは。正気の沙汰ではない。


 フラン越しにくだんのドラゴンを見つめる。未だ足をバタバタさせて怒っている。言動や姿形だけで判断するなら女子に人気が出そうな愛らしさを備えている。


 しかしこのドラゴン、見た目にそぐわずとてもお強いのですけど。俺が出会った中で2番目の高さを誇るステータスだ。もちろんトップは目の前でニタニタ笑っているイカレ女。


 それにきんぐとかアポカリプシスイオアノドラゴンとか。ラスボスもしくは裏ボス感が強すぎる。今の段階で出会っちゃいけないタイプのアレである。そういう意味では異世界生活序盤で元魔王様と遭遇したのも普通のRPGでは有り得ない展開だが。


「私がテキトウな強さの魔物を狩って、それをスターク候に献上することとしますから。わざわざアポカリプシスだかカプサイシンだかのドラゴンを討伐する必要はありません」


 「な、なんでボクの種族知ってるの!?あ、そうか、魔王め事前にバラしたな!」


 ベビードラゴンが相変わらずの甲高い声で茶々を入れてきた。


 最初はこの状況に混乱していたため気づかなかったが、このドラゴン若干コタローに話し方が似ているな。


 ハッキリ言ってしまえばそう、耳障りである。あまり口を開かないで欲しい。


 「それではつまらん。妾は心躍る見世物を所望する。何十何千と積み重なった妾への借りを1つ返してもらおうではないか」


 「………………」


 ここで黙ってしまうのがイケダの限界。何千は嘘だが、確かに借りはある。1つも返せていないのも事実だ。

 

 つまりこの状況は前門の虎後門の狼というやつか。


 戦うのは変わらない。その相手がカプサイシンか元魔王か、そういうことだろう。


 ぬぅ。


 もう少し粘るか?しかし元魔王ともあろう者が1度決めた事を覆すとは思えない。譲歩はあっても本命は譲らないだろう。


 ぬぅ。


 ちくしょう。


 毒にも薬にもなるな、この女は。


 「分かりました。私がアポカリ……カプサ……えー、ドラゴンを討伐します。ですからセレスティナさんはフィモーシスに戻して頂けませんか。そもそも彼女まで連れてきた意味が分かりません」


 これは受け入れてもらわなければならない。俺のサポート役として同伴させたならそんなものは不要だ。むしろ気になってしまうから逆効果である。


 セレス様をお家に戻して、フランチェスカが帰ってきたら戦闘開始かな。


 などと想定していたものの、フラン様から返ってきたのは思いがけないお言葉だった。



 「ククク……とち狂ったことを言うでない。奴と戦うのはお主ではあらん。コック長よの」


 


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