南の王【4】
「答えはノーです。あまりに下らない提案だったので逆に深読みしてしまいましたよ」
「なっ………」
魔報の向こうで呆気にとられる様子が目に浮かぶ。
スタークだけではない。ブリュンヒルデやジークフリードも驚きを隠せなかった。一方でルシアとセリーヌは落ち着いていた。彼女たちは対レニウスの軍議で総大将へ啖呵を切った様子をまざまざと見せつけられている。イケダならやりかねない、そういう思いはあった。
「貴様は、自分がいま何を言ったか、理解しているか?」
「ええ、もちろんですとも。魔報越しでしか話せない腰抜け隠居野郎へ与するなど到底考えられない。そう言ったのです」
「き、きさま…」
「我らの土地と力が欲しいのなら、なぜ自ら会いに来ないのです。本気ならば、どんなに忙しくとも直接の対話を望むはずです。それを魔報で済ませようと言うのは我らの力を恐れているか、もしくはフィモーシスを舐めているか。いずれにしろ礼儀に反します」
堂々とした反論である。だからこそ通話の相手と同等かそれ以上にフィモーシス陣営が動揺していた。ヘヘヘ笑いを浮かべた事なかれ主義者はどこへいったのか。
「いくら実効支配地域が大きかろうと、多くの部下を抱えようと、立場に変わりはありません。あなたは市長、私も市長、そこに上下はない。ダリヤがダリヤたる所以は独立した都市の集合体でありますから」
池田の言葉は正論だが真実ではない。本当に独立している都市など数える程度である。様々な理由から多くの都市が自身よりも巨大な力を持つ都市に従属している。名ばかり市長も少なくない。
だが池田は言った。俺とお前は対等だと。新興都市の主張ではない。
「はっ、ふふふ……無知ゆえの傲慢か。若いな」
対するスタークはここに来て落ち着いたトーンを披露した。
「いいか市長よ、なにもフィモーシスを狙っているのは俺だけじゃない。レニウス軍を撃退したことにより、その地は多くの有力者の耳に入った。市長もいれば商人も、将又他国の貴族まで。貴様の思う以上に欲する輩が存在する。そんな奴らから守ってやろうと言っているのだ、この俺が。言わば慈悲よ。天より差し伸べられた救済の手を振りほどくほど馬鹿な行動はない」
聞えの良い言葉で惑わすスタークに対し。
「………………」
池田はきっちり迷いを見せていた。
勢いよろしく南の守護者を拒絶したが、果たして間違った道へ向かっていないだろうか。そこまで強い意志があるわけではない。そもそも自分で自分を信じ切れていない男なのだ、権力者の言葉には心を動かされてしまう。
池田はふとセリーヌを見た。常に自信満々の彼女は、いまどんな表情を浮かべているだろうか。気になったのである。
「………あ?なに、早く終わらせろよ。しょーもない」
「…………………」
けんもほろろであった。知り合いとはいえ一都市を治める市長に放つ言葉ではない。
だからこそ池田は安心を覚えた。どんな相手、どんな状況でもセリーヌは変わらない。不変の強さを持っている。そんな彼女だからこそ池田は好感を抱いているのだ。
予想外の人物のお陰で池田の心は決まった。先程の声が届いたのか、「そうだな、そろそろ終わらせるべきだ」とのたまう守護者に対し、冷静さを感じさせる声色で言葉を返す。
「なるほど。あなたの話が本当ならば我らは危険な状況にあると言えましょう。救済の手も間違った表現ではありません」
「そうだろう。ならば――――」
「もしもあなたの傘下に加わった場合、我が住民はどのような扱いを受けるのでしょうか」
「…………………」
中に入らずとも外から見える。城壁の上に立っているのはリザードマンだ。更に言うとフィモーシスヘ誰が入り誰が出ていったかは多少調べれば分かることだ。
池田は相手が知っているのを見越して住民―――いわゆる魔物の扱いについて尋ねた。
しかし向こうから帰ってきたのは沈黙のみだった。
「沈黙こそ雄弁な答えです。あなたは先程この都市を守ると言った。しかしそれは外見の話であって中身が伴っていない。いずれ訪れる魔物達を淘汰する未来は想像に難くありません。そんな相手を信用することが出来ましょうか」
「………ふ、は。本気で言っているのか?魔物とニンゲンが共に暮らすなど考えられんぞ」
「たかが一都市がレニウス軍10万を撃退するなど考えられますか?」
うまいこと言ってやったぜ、としたり顔を見せる池田にセリーヌは舌打ちした。池田は一瞬で真顔に戻った。
「女よ、市長はこう言っているがいいのか?為政者は感情と理性を切り分けるべきだ。明らかに市長は感情で動いている。貴様が止めるべきではないか?」
スタークは矛先をブリュンヒルデへ向けた。実権を握っているのが彼女だと気づいているのかもしれない。
ブリュンヒルデはその場から一歩も動かずに声を張った。
「この都市では市長の決定が全てです。反対する術はありません。それに………私の理性は市長の言葉を受け入れています」
ルシアは目を見張った。なぜなら池田の発言がその場の思い付きのように聞こえたからだ。そして彼女もスタークと同意見だった。池田は理性的ではない、と。ダリヤ南地域の支配者に喧嘩を売るなど馬鹿げている。ここは嘘でも従順な振りをするべきだった。
だがブリュンヒルデは池田を肯定した。果たして目の前の女性がどんな経緯でフィモーシスの運営に加わったか定かではない。事前の自己紹介で「ヒルデ」と名乗っていたが心当たりもない。しかし話し方やその内容で只者ではないことを承知している。スタークが彼女に話を振ったのも理解できる。
(何を考えている………)
次の一手が読めない。そういう点では池田に近しい印象を覚えるが、彼女の場合はかなり深いとも感じられた。一手どころではない、数手先まで見えている。
(期待し過ぎか?それにしては雰囲気がある)
そこまで考えてルシアはかぶりを振った。何を思ったところで今はまだ部外者、静観するほかない。
再び彼らの会話に耳を傾けた。
「なるほど。よーく分かった。フィモーシスには馬鹿しかおらん。もはや慈悲も無い」
スタークは彼らの態度にほとほと呆れかえった。全く現状を理解せず理想事しか話さない池田達とこれ以上言葉を交わす気力が失せてしまった。
「幾ばくか後、貴様らは私の前に膝を折ることとなるだろう。その時に泣きわめいてももう遅い。震えて眠れ」
言いたい事を言ってスタークは魔報のディスプレイを押した。すると池田達の魔報に広がっていた波紋が徐々に小さくなり、最後には消えてしまった。
すなわち、通話終了である。
『…………………』
領主邸は静寂に包まれた。
大多数がこの結果をどう捉えるべきか測りかねていた。ジークフリード然りルシア然りセレスティナ然り、もちろん池田も含まれている。ある程度確信をもって行動へ移しても、後になって不安を覚えるのは彼の性分である。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。1度小さく息を吐いた池田はキリッとした表情を作り、静寂を壊した。
「えーひとまずお疲れ様でした。互いに聞きたい事、話したい事もあると思いますが、ルシアさん達は長旅でお疲れでしょう。お風呂とご飯、そして寝床を用意しますので今日はゆっくりお休みください。いいですよね?」
チキンハートを自負する池田はきっちりブリュンヒルデとセレスティナに確認を取る。すると彼女たちはほぼ同時に頷いた。
「それは助かる。だが我らは60を超える大所帯だ。無理をするつもりならやめて欲しい。迷惑をかけるために訪れた訳じゃない」
だったら何のために来たのか。非常に気になるところだが池田は聞くのを我慢した。全ては明日で良い。
「大丈夫です。大したおもてなしは出来ませんがゆっくりしてください」
「分かった。ありがとう」
こうしてルシア達は無事に目的地へ到着した。だが彼女達の表情は決して明るいとは言えなかった。色々な事が起きて、色々な事が宙ぶらりんの状況だったからだ。
結果的にルシア達は安心と不安が入り混じった夜を過ごす事となる。
大事な事は全て明日へ持ち越しとなった。
☆☆
バタンと扉が閉まる。
室内に残っているのは俺とヒルデさんのみだ。お豚さんは寝所の手配、セレス様は夕食の準備へ向かった。
夕食は魔物お母さんズが作る。普段も給食センターっぽい所で食事が必要な住民全員分を一括調理している。最初の頃はセレス様も厨房に立っていたが、今ではお母さんズだけで回るようだ。今日は普段の分+60人分なのでセレス様もお手伝いに向かった次第だ。
「さてイケダさん」
魔物が魔物に対して料理を作るのは斬新だなぁとか思っていると話し掛けられた。気持ち背筋を伸ばす。
「改めてお聞きします。マーガレットさん達は信じるに値しますか?」
何の質問かと思えば金髪女騎士に関する事だった。答えに窮する類ではない。
「信じるに値します。集団を率いるルシアさんは騎士団長……いえ、元騎士団長ということもあり清廉潔白な淑女です。弱きを助け強きを挫くを具現化したような御人で彼女の行いに間違いはないと言えましょう。共に戦ったこともあって、極限状態で味方を庇う彼女の姿はまさに騎士そのものと感じました。まずフィモーシスを害することはない、そう断言できます」
「なるほど。信頼は厚いようですね。ちなみに差し支えなければですが、どこで共に戦ったか教えて頂けますか」
差支えはない。正直に話す。
「2度ありまして、1度目はドラゴン退治ですね。ダリヤの北地域に第一騎士団の方々と共に向かいました。2度目は先のボボン王国対レニウス帝国の戦場ですね。彼女の率いる部隊に配属されました」
話しているうちにヒルデさんの表情がどんどん険しくなる。
話を盛っていると思われたのだろうか。確かに荒唐無稽感は否めないけど。
「えー、ドラゴン退治も気になりますが、それよりも後者について確認させてください。先の戦場とはココハナ平原のことでしょうか?」
「確かそのような名前だった気がします。敵の総大将はハイデンベルクという方でした」
「ハイデンベルク、ですか。しかしそんなはずは……………………まさか、転移魔法で行き来したのですか?」
「ええ、まぁ」
正確にはココハナ平原までを徒歩、そこからフィモーシスまでは転移だから"行き"はしていない。そんなことは些細な事だろうけど。
先ほど以上に表情が険しくなるヒルデ嬢。彼女も美人の類なのでずっと見ている分には問題ないが、何を考えているかは知りたいところ。
「………………は」
もしや。
ハイデンベルクが彼氏とか。有り得るな。ヒルデさんは元帝国ナンバー2、ハイデンベルクはナンバー3。地位が近ければその分互いの距離も近くなろう。やがては彼氏彼女の関係となるのも不思議ではない。
その彼氏が敗北した戦争に俺が参加していた。しかめっ面にもなる。
この予想は良い線行ってるんじゃないか?
早速確認だ。
「あの、もしかしてハイデンベルクさんと恋仲だったり、なんて」
「はい?突然何の話ですか?」
「少々怖い表情をしていらっしゃるので、彼氏の敗北を思い出したのかなぁと」
「全く違います。他人の夫を奪う趣味はありません」
どうやらハイデンベルクは既婚者らしい。
つまり俺の予想はノーチャンス。それどころか謎の積極性でヒルデさんの評価を下げるという結果。聞かなきゃよかったよ。
「イケダさん、もう1つお尋ねします。ボボン王国の戦場でドラゴンと遭遇しませんでしたか?」
「ああ、遭いましたね。ブラックアイズブラックドラゴンとやらです」
「遭って、それから?」
「戦闘になりまして、何とか倒すことが出来ました」
正直死んでもおかしくなった。元魔王様以来の強敵と言えよう。
「なるほど、そういうことでしたか…………どおりでハイデンベルクともあろう者が敗北を喫したわけです。帝国は、あなた1人に負けたのですね」
「見方によってはそうですね、そうなりますか」
薄々は気付いていた。あれ、おれ結構重要な働きしてね?と。
ただ自ら言い出すのは控えた。これ以上の厄介事に巻き込まれたくないから。
「………………」
自分から事件に首を突っ込んでいるような気がしないでもないが、いやいや、気のせいだ。偶然2度の戦争に巻き込まれただけ。そうだろうよ。
俺の告白を聞いたヒルデさんは何故かくっくっくと笑い続けている。とても珍しい光景だ。むしろ初めてかもしれない。おかしくなったのか、もしくは諦めスマイルか。
こうしてみると普通の女の子だから困る。いわゆるギャップ萌えというやつだ。
いつもクールな女がたまに見せる油断って最高だよな。
「ふふふ………はぁ。王国での参戦は自分の意志ですか?」
「え、ああ。そうです。ボボン王国自体はどうでもいいですが、ルシアさんとセリーヌさんには借りがあったので。彼女たちのために戦いました」
「そうですか。であれば、彼女達を信じても問題なさそうですね。最後に1つだけ。ルシアさん率いる集団は個のイケダさんに勝りますか?」
まさる。要はどちらが強いかということだろう。
「謙遜なしで?」
「もちろん」
「でしたら……………自分ですね。ランクSが1名、Aが数名、CからBが50名の冒険者が揃っていますが、まぁ何とかなる範囲です」
金髪女騎士チームが倒せなかったブラックアイズブラックドラゴンを仕留めた。強さの証明としては充分だろう。
「つまり領主様も単体でルシアさん達に打ち勝てるということですね」
「ええ、まぁ」
反論する言葉は持たんが腹立つ言い方だな。
こいつ、絶対おれよりフランチェスカが強いと思っているだろう。実際は良い勝負なんだぜ?本当だぜ。
「トランスさんはどうでしょうか」
「ええ、どうでしょう……単純な力勝負ならルシアさんと五分、が妥当かなと。ただし彼女は闇魔法の使い手です。やり方次第では60人を無力化できるかもしれません。それが無理でも逃げるくらいなら問題ないかと」
現に竜人族のバーサーカーを無力化している。あいつのステータスは凄かった。たしか平均3万か4万あった気がする。だがセレス様はダーカザンブラックとかいう、いかにもガキンチョが考えそうな技名を使ってドラゴニュートの拘束に成功した。成功したよな?たしか。
その他にもセレス様には伝家の宝刀ダークワールドがある。あれを使われたら金髪女騎士とデブス以外は確実に戦闘不能となるだろう。俺が見た中でも上位に位置する極悪魔法だ。
「そうですか。それを聞いて安心しました。最悪の事態は免れることが出来そうです」
「と言いますと」
「現状の最悪はフィモーシスの崩壊です。では"なに"を欠いたら崩れ落ちるか。分かりますか?」
でた。ヒルデさんの唐突な質問タイム。
このひと結構おれの実力を試してくるよね。一応市長なんですけど。この都市で一番偉い人なんですけど。
まぁ信用されていないと言う事だろうな。それはしゃあない。
「そーですね、フランチェスカさん、とか?」
実質的に魔物を支配しているのは彼女だ。もしフラン様がいなければ、ここまで魔物たちが素直に従うことはなかっただろうし、反乱クーデターお祭りきゃっほー状態だったろう。想像しただけでカオスだ。
「半分正解です。もう半分はイケダさん、あなたです」
「え」
ここでまさかの嬉しいお答え。まさか俺の名前が出てくるとは思わなんだ。
あれ?もしかしてまぁまぁ信頼されてる?これは期待してもいいのかい。
「この両輪でフィモーシスは動いています。片方が欠ければ瞬く間に崩れ落ちます。とはいえお二人とも常識を超える強さをお持ちです。まず普通のやり方では傷つけることさえ叶わないでしょう」
そんな風に思ってくれていたのか。
これにはポーカーフェイス気取りの池田もニンマリである。
「ですが………………えー、あの、その前に。差し出がましいですが、その笑顔は公共の場で披露しない方が賢明かと思います」
「………………………」
一瞬で笑顔を引っ込める。辛すぎる。
「話を続けます。普通のやり方では傷つけられない二人ですが、それぞれ1つだけ急所が存在します。そこを突けば瓦解させることも不可能ではありません」
急所だと?
心当たりなど、あるに決まっているではないか。めちゃめちゃ思い当たる節あるわ。むしろなぜヒルデさんが弁慶の泣き所を知っているのだ。観察力がずば抜けている。
しかしここで1つ疑問が浮かぶ。俺はともかくフランチェスカに急所なんぞ存在するのか。元魔王様だぞ?弱みがあるとは思えない。
「あのヒルデさん、急所というのは……」
分からなければ聞くしかない。ということで恐る恐る尋ねたところ。
「既に答えは出ています。あとは組み合わせと思いつきです。では」
そんな謎の言葉と意味深な笑みを残して、彼女は領主邸から出ていった。
「……………………」
え、このタイミングでどこ行くの?と思いつつも彼女のなぞかけに頭を悩ませる。
「…………」
うーん。
これかな?という答えはあるが。
「…………いや」
そもそもボカす必要ある?




