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南の王【3】

 ☆アナザー視点☆


 領主邸。


 普段は程よい静けさと安心感を与えるこの家が、本日は重苦しい空気と緊張を占めていた。


 原因は1つ。内通者発覚の件である。


 「つまり、ルシアさんは何も知らなかった。そういうことでしょうか」


 「ああ。先程も申し上げた通り既に騎士団は解散している。彼ら1人1人は無所属で自由の身だ。以前の名残で私が集団の長を務めているが、それも形だけだ。彼らがどこで何をしようとも私が関与できることはない」


 互いの自己紹介を軽く済ませた後、池田達は早速ルシア達の尋問に入った。ここに集ったのはルシアとセリーヌ、フィモーシスの面々である。フランチェスカは不在だ。


 「心当たりはありませんか?」

 

 「直接の現場を見ていないので確実な事は言えない。ただ首都マリスで取引があったのは確認した」


 「マリスですか。なるほど」


 ブリュンヒルデが顎に手を当てる。思考する彼女を見てフィモーシス陣営は静かに待機していたが、ルシア側には1人我慢できない者がいた。


 「つーかさっきから気になってるんですけど。敵ってだれよ。フィモーシスとか言うふざけた名前の都市はどこの誰に狙われてんのよ?」


 率直な疑問であった。


 いかにも知っていますといった表情を見せる池田も、実のところ詳しい話は聞かされていない。ガッポ・エンマークもしくは他都市の市長が関わっているのではないか、程度の認識だ。


 「どこのだれ、というよりも狙うに足る価値が存在するのです」


 フィモーシスは奪う価値がある。


 ブリュンヒルデの婉曲的な回答に対して、またもや恫喝するそぶりを見せたセリーヌだったが、そんな彼女をルシアが右手で制した。そしてそのまま話し出す。


 「フィモーシスが他都市より優れている点は2つだろう。1つは交通の要衝であること。経済破綻する前はこの地を経由して首都マリスへ向かう商人も少なくなかったと聞く。やり方さえ間違えなければ第二の首都を築くのも夢ではない。そんな要地に今まで他の商人や市長が手を出さなかったのはガッポ・エンマークの支配下であったことに加え、荒廃した地を再生させるのに莫大な金と時間を要するからだ。それがもう1つの利点に直結する。いわゆる堅牢な外壁だ。マリスに匹敵する壁が張りぼてではないことは先の戦が証明した。10万の攻撃を耐えた都市を誰が陥落できようか。交通の要所、市長交代、そして圧倒的な防衛力。お膳立ては整った。あとは奪うだけだろう」


 「ええ。凡そその通りです」


 ブリュンヒルデは少々の驚きを隠せなかった。ルシア・マーガレットがボボン王国元第一騎士団団長というのは先程の自己紹介で聞いた。だが今の説明は騎士団長の域を超えている。


 レニウス帝国元ナンバー2の立場から、第一騎士団が首都マリスを活動拠点としていたのは知っている。そのためルシアがダリヤ事情に詳しいのは不思議でない。


 だが着眼と考察が一軍を率いる将のソレとは異なる。彼女の発言は明らかに為政者目線だった。


 (ボボン王国のマーガレットと言われて一番最初に思い浮かぶのは、王国南西部を治めるマーガレット侯爵。そして彼には娘が1人、もしくは2人いたと記憶しています。もしも"そう"であれば上の視点を持つのも頷けます)


 「ふーん。狙われる理由は分かったけどさ、結局だれよ。だれが奪おうとしてんのよ。ガッポ?」


 結局はそこに行き着く。今回仕掛けてきたのはどこのどいつか。


 「バックパンツさんでしたか。彼は知らないという話でしたね」


 「ああ。マリスで顔を隠した男に渡されたらしい。"この魔報でフィモーシスの内情を報告すれば、貴殿の口座に一生遊べる額の金が舞い込むことだろう"と唆されてな。国に仕える騎士から一般の冒険者になり危機管理が薄れたのだろう。あっさりと引き受けてしまった。今回の顛末はそのような感じだ。嘘をついているようには見えなかったが、もしも"足りない"と言うのであれば拷問紛いも辞さない」


 ルシアは若干責任を感じていた。騎士団を脱退した以上、彼女に監督責任など存在しない。だが前職は上司と部下の関係だったことに加え、バックパンツをこの地へ招いたのも彼女だ。ゆえにやれと言われたら自ら拷問する覚悟はできていた。


 しかしそこで待ったをかけたのは予想外の人物だった。


 池田である。


 「必要ありませんね。使い捨てのバックパンツに自分の所属を伝えるほど馬鹿な陣営ではないでしょうし、拷問するとしてもあなたじゃない。適役がいます。ただ、まぁ、無償で引き受けて下さる方ではありませんが」


 フィモーシスの人達は一斉にある人物を思い浮かべた。たしかに彼女ならば真実を吐かせることなど造作も無さそうだ。


 「そうですね。それに"これ"で分かるかもしれません」


 そう言ってブリュンヒルデがテーブルに置いたのは板状の道具と白い布だった。道具に関してはバックパンツが所持していた"魔報"だろうと見当がついた。だが布は何のために取り出したのか。何かを包んでいるのか、少々膨らんでいる。


 「どうせガッポやろ。あぁ?」


 何故かキレ気味のセリーヌに呆れを見せるルシア。ポーカーフェイスを自称しながらビクっと身体を震わす池田。そしてブリュンヒルデはそれらを気にせずにセリーヌと視線を合わせる。


 「当初は彼も想定しておりましたが、今となっては違うと断言できます。ガッポにしてはやり方が稚拙すぎます。というよりも、敢えて"そう"している節が見られます」


 「む。どういうことだ」


 ジークフリードの問いに答えたのは似たようなフォルムの女だった。


 「あー、にゃる。つまり喧嘩を売られたってことっしょ」


 「そうですね。宣戦布告のようなものでしょうか。こんなことをする人物に1人心当たりがあります」


 池田が眉をひそめる。最近ダリヤに来たばかりなのに、なぜこの地を狙う人物まで想像できるのかと。


 だが口に出して問う事はしなかった。ブリュンヒルデがレニウス帝国出身という事実が2人に伝わってしまうからだ。北の国々には、何度も侵攻戦争を起こすレニウス人に忌避感を覚える人達が少なからず存在する。マーガレット姉妹もつい先日攻められたばかりだ。


 そういう意味では池田、セレスティナ、ジークフリード、フランチェスカと重鎮の中に北出身が1人もいなかったのは僥倖と言える。


 「では、そろそろ」


 ブリュンヒルデはおもむろに先程テーブルに置いた白い布を開いた。


 するとそこから出てきたのは、ニンゲンの人差し指だった。


 「ひぃっ」


 市長が悲鳴を上げる。まさかそんなモノが包まれているとは夢にも思わなかったのだろう。他方でセリーヌやジークフリードは落ち着いていた。布の正体を予測できていたからだ。


 魔報は登録された人物しか使用できない。その登録方法とは指の指紋認証である。つまり登録者の指さえあれば、他の者も使えるようになっている。


 「あの、その指は……」


 ビビりながら尋ねる市長。反応したのは金髪の元団長だった。


 「バックパンツのモノだ。私が斬りおとした。魔報を使用するのに必要だったのもあるが、此度のケジメも含まれている」


 「はぁ…」


 池田は思った。きっちり拷問してるじゃんと。本人をこの場に連行していれば指なんて必要ないだろうとも思った。ただ彼女はケジメと言った。つまりスパイの罪はこの指で許してくれと言う意味である。


 元々どうするつもりもなかった池田は当惑しか覚えない。騎士の世界も厳しいなぁと見当はずれな感想を抱きつつあっさり下がった。


 「先のダリヤ―レニウス戦争ではガッポ・エンマークの大胆な戦略により戦争史に名を刻む機会は訪れませんでした」


 バックパンツの指で魔報の表面をポチっと押す。すると画面には一定の間隔で波紋が現れ始めた。


 「もしも彼が自身の領地に留まっていたら、レニウス軍にとって最初の難関となり得たでしょう。かの軍も十分に警戒していたはずです」


 ブリュンヒルデの話が終息へ向かうとともに波紋も緩やかにその輪を縮めていく。


 「ですが第一戦功、というよりも戦争を終わらせたのは突如現れた謎の都市でした。気性が荒いことで有名な彼が戦争後にどんな行動を取るか。疑う余地もありません」


 画面から波紋が消えると同時に、その向こうから野太い声が聞こえてきた。


 「首尾はどうだ」


 一気に緊張が高まる領主邸の中で、まるで友人に語り掛けるようにブリュンヒルデが声を発した。


 「上々ですよ。南の守護者、レイニー・スターク候」


 『!?』


 そのとき池田は思った。だれだそいつ、と。


 一方でセレスティナはこう思っていた。今の人口から60人も増えたら食糧供給が間に合わないなぁと。


 そしてジークフリードは一番の驚きを見せながらも心の奥底ではこう考えていた。セクロスってどんな感じなんだろう、と。


 各々がそれぞれの反応を見せる中、画面の向こうでは少々の沈黙が続いた後、突如として笑い声が聞こえてきた。


 「………くくく、ははははは!!」


 まるでよくぞ見破ったとでも言うような、そんな感情が籠った声だった。


 「っふっふ、そうか、なるほど。流石、と言っておこう。察しの通り俺はレイニー・スタークだ」


 「あっさり認めるのですね。目的をお聞きしましょう」


 ルシアは声の主を知っていた。ダリヤではかなり有名な人物である。他国にも名声は届いているだろう。にもかかわらずフィモーシスの面々に動揺が見られないということは、今の事態が想定済みであったに違いないと彼女は推論付けた。


 (恐ろしい…)


 ルシアはフィモーシスがポーカフェイス集団だと知らない。


 

 ブリュンヒルデの問いに対する回答は明瞭にして簡潔だった。


 「単刀直入に言おう。俺の傘下に入れ。悪いようにはせん」


 『!?』


 室内の半分が大げさとも呼べる反応を見せる。一方でもう半分は予想通りとでも言うかのように全く表情が変わらなかった。


 「既に知っているかもしれないが、俺はダリヤ商業国の南地域一帯を治めている。他国で言う辺境伯だ。10を超える都市が俺の庇護下にある」


 ダリヤの一般常識である。東西南北それぞれにレイニー・スタークのような者が存在する。俗にいう守護者だ。そしてその中心に位置するのが首都マリスであり、かの地のトップがそのままダリヤ商業国の頂点と見られている。


 王はいない。だが王らしき人物は確かに存在する。


 「"そこ"にフィモーシスも入れてやろう。決して悪い話ではないぞ。女、お前なら分かるだろう?」


 スタークと会話した人物は1人しかいない。


 皆の視線が集まる中、考える様子も見せずブリュンヒルデは口を開いた。


 「スターク経済圏への加入、相互扶助による防衛力増強、ダリヤにおける都市経営のノウハウ共有。大きく影響を及ぼすのはこのあたりでしょう」


 「ははははは!!やはり、やはり分かっているな。そこまで理解していれば話は早い。俺の傘下に入れ」


 「…………………」


 スタークの声からは確かな本気が感じられた。一方で答えを要求されたブリュンヒルデは即答を控えた。


 果たしてブリュンヒルデは何と回答するのか。彼女の一挙手一投足に皆が注目する中、何気ない動作で自身の右側へ視線を投げた。そこにいたのはフィモーシスの市長そのヒトだった。


 怪訝な表情を浮かべる池田に対し、ブリュンヒルデは1つ相槌を打つ。そうして自分は脇に移り、テーブルに置かれている魔報へ右手を向けた。


 一瞬ポカンとする池田だったがブリュンヒルデの意図を理解したのか、元々彼女が立っていた場所へ移動した。


 池田が動いたことで周囲も察した。どうやら最終的な判断は市長に任せるらしいと。当然と言えば当然なのだが、あまりにもブリュンヒルデが堂々とやり取りしていたため、彼女が決定しても何ら不自然ではなかった。むしろここで池田かよ、と思う者はチラホラいた。当の本人もそう思っていた。


 ブリュンヒルデをチラッと見る池田。しかし彼女は何も返さない。ジーっと池田を見つめている。


 ここで池田は察した。なるほど、ブリュンヒルデにとっては()()()()()()()()()のだろう、と。


 普通ならば都市全体に多大な影響を及ぼす決定をぺーぺー市長に即断させるはずがない。自身で判断を下すか、1度持ち帰り検討するか、何らかの助言を与えるか、何かしらあっても良い。


 だがブリュンヒルデは無言で池田を促した。そこには雇い主への配慮だけでなく、どう転んでも十全に対処できる圧倒的な自信が見え隠れしていた。


 そこに気づかないほど池田は馬鹿ではない。そうして少々強張っていた顔が一気に弛緩する。


 自分がどんな決断を下そうとヒルデさんが何とかしてくれる、そんな安心が彼に勇気とお茶目心を与えた。


 コホン、と1度咳払いをする。


 その様子を見たブリュンヒルデは少々の不安を覚えたが、彼女はまだ知らなかった。


 池田が意外と土壇場に強い男だと言うことを。


 「こんにちわスタークさん。市長の池田です」


 全く緊張を感じさせない声だった。そう、あんしん保証を得た池田に怖いモノは無かった。


 「ほう、貴様がイケダか。名前だけは聞いている。して、貴様が答えを返してくれるのか?」


 「ええ、単刀直入に申し上げます」


 顔が見えないという状況も有利に働いた。


 電話越しなら強気になれる電話弁慶の本領が発揮される。



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