南の王【2】
「我が都へ訪れし者に告ぐ。名を述べよ!」
居丈高に言い放つ。
すると集団から1人、金髪の女性が現れた。
「イケダごらぁ!!早く入れろや!!!」
「ひぃっ」
予想外の恫喝に思わず息をのむ。相変わらずの大声量、そして罵詈雑言である。
通称デブス。何故お前が出てくるのだ。お姉ちゃんをよこせ。
「あー、我が同胞を傷つけたな。申し開きはあるか!」
「そいつがわけわからん事のたまうから、ちょっち脅しただけやろがい!その証拠に死んでないだろ。つーかあーしの剣返せよ!そこらへん転がってるっしょ」
めちゃめちゃ逆ギレされた。どういうこと?
周囲に視線を走らせると、リザードマンの1匹が大事そうに剣を抱えていた。ほのかに青く光っている。奴のソードに違いない。
リザードン殺傷事件は、やはりデブスの仕業だったようだ。本人曰く殺すつもりはなかったらしい。どこまで本当か分からんが、少なくとも狙って急所を外すテクは備えている。
なるほど。これで大体は把握できた。
デブス達ならばフィモーシスへ入れても問題ないだろう。
若干の懸念があるとすれば、彼女達ではなくその部下、またはクマキャラバンの面々か。ヒルデさんの言うフィモーシスを狙う者が彼らへ接触を果たしていたら、自ら内憂を招くこととなる。かと言って1人1人尋問するのもめんどい。難しい所だが、ひとまず金髪女騎士に預けるか。彼女ならいい感じに検査して、いい感じに峻別してくれるだろう。
そうと決まれば。
「分かり――――」
言葉を止める。周囲の面々はどうした?という表情を見せているがそれどころではない。
俺は気付いた。そう、このタイミングで気づいてしまったのだ。
今ならデブスに仕返しできるんじゃね?と。
彼女が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。ただそれとこれとは別。辛酸をなめさせられた過去も存在するのだ。人前で童貞とバラされたり。事あるごとにパシリをさせられたり。決して許せるものではない。
そういう意味ではまさに絶好の機会だ。
今こそデブスに報復する時ぞ。
「あーゴホン。セリーヌに告ぐ。今すぐここから立ち去れい!!」
「あ?おいてめー。なに名指しでカマしてんだおい!」
「我が同胞に剣を向けておいてその態度は何だ!そもそもこの都市の大半は魔物だ。再び刃を向けぬ保証があろうか!」
少々のざわつきを見せる金髪女騎士と愉快な仲間たち。魔物の住まう都市という事実は知らなかったようだ。
さてデブスよ、次はどんな反応を見せるかと余裕綽々で待ち構えていたところ、デブスではなくその背後から声が発せられた。
同じ金髪だった。
「イケダ殿よ、ルシア、ルシア・マーガレットだ!まずは妹の非礼を詫びる。本当にすまなかった。イケダ殿が市長を務める都市と聞いていたにもかかわらず魔物が出てきたものだから、まさか占拠されたのではと思い剣を向けてしまったのだ。理由はどうあれ本当にすまない!」
まさかのここでお姉ちゃん登場。
ズル過ぎる。弟の喧嘩に年の離れた兄貴が出るようなものだ。
ええい、デブスを出せデブスを。
「ルシアは分かった!セリーヌよ、貴様はどうなのだ!何か言わねばならぬ事があろう!」
強引にデブスが謝罪する流れを作る。
くくく、奴め今頃はらわた煮えくりかえっているに違いない。これで少々の溜飲が下がる。
「はいはい。さーせんさーせん。これでいいっしょ!早く開けろや!!」
軽く流された上に再び恫喝された。リザードマン族がめちゃめちゃビビっている。奴の威圧感は種族共通らしい。
震える足を強引に抑えつつ、何とか一矢報いようと再び口を開く。
「土下座!土下座したまえよ、セリーヌ!!」
謎の口調になりつつも土下座を要求する。
果たして。
「あぁ!?いくら何でも調子に乗り過ぎだろーが!あーしに食わしてもらった恩を忘れたとは言わせねーぞ、おい!下りて来いよイケダ、ここで決着―――」
「やめないかセリーヌ!!今は立場が違う。我々は礼を尽くさなければならない」
「いや、だってあいつ童貞だし!!」
え。
「ちょっと」
それいま関係ないよね?あと大声で言う必要ないよね?
ふと視線を感じた。振り返ると女性と目が合った。セレス様かと思えばなんとヒルデさんである。
「そうなのですか?」
何やら得体のしれない汗が噴き出る。だがここで表情を崩してはならない。そう、ジェントルマンを気取るからには童の真実を隠蔽する必要がある。
今までのポーカフェイスはこの時のためと言っても過言ではない。
「錯乱しているのでしょう。所謂戯言です。気にする必要はありません」
「そうでしょうか?かなり自信満々に言い放っていましたが」
「ははははは」
笑いながらヒルデさんに背を向ける。
9、1で誤魔化せたはず。8、2かもしれない。もしかすると7、3も有り得る。だが誤魔化せたことに変わりはない。そうだろう?
気を取り直して金髪女騎士に呼びかける。デブスは駄目だ。あいつ余計な事しか言わん。もう謝罪とかどうでもいい。放置放置。
というかもう大声で話すの疲れてきたから、とりあえずフィモーシスに入れよう。
「ルシアよ、入都させてやってもよい。ただし2つ守ってもらわねばならない事がある。1つはフィモーシス内で刃傷沙汰を起こさない事。住民はほぼ魔物だ。いつもの常識は通用しない。絶対に殺すな、殺させるな。もう1つはセリーヌの手綱をしっかり握っておく事。いいな!!」
「あんたあーしを―――」
「承知した!!厳守させる!」
「よーし。では…」
そろそろ入れてやるかと思ったその時。肩をトントンと叩かれた。
この感じはセレス様かと振り向く。しかしそこに立っていたのはまたもやヒルデさんだった。
「先程お願いした件はいかがでしょう」
「あー」
スパイ確認の件だろう。
「団を率いる長に一任しようかと思っていたのですが」
「それでは遅いです。都市へ入れる前に検査する必要があります」
駄目らしい。かなり注意を払っている様子。
未だ見えぬ敵はそれ程の相手なのだろうか。
「では1人1人口頭で確認しましょうか」
「それでは意味がありません。身体検査をするべきです」
なんと。お身体チェックが必須と言うか。
「そこまでする必要がありますか?そもそも密偵だとして、何を持っていると言うのです?」
確実にスパイである証拠が見つかるわけでもあるまいに。
「私がガッポひいては他都市の市長だとして、フィモーシスを攻略するとすれば。まず内情を欲します。客観的に見てこの都市は謎だらけなので。そして内情を知るためにヒトを遣わします。そのヒトが無事に入都し情報を手に入れたとして、次は連絡手段が必要となります。そのヒト自身が情報を持ち運ぶことも考えられますが、時間がかかりますし何より確実ではありません」
「つまり、何らかの連絡手段を所持していると?」
「ええ。それも見当がついています。ずばり、"魔報"です」
聞いた事がある。特定の人物が特定の人物と通話できる魔具だったはず。前世で言う携帯電話のようなものだろう。ただし連絡先は1つだけ、しかも1度登録したら上書きできない。とか言っていた気がする。
なるほど。たとえしらを切ったとしても、通話相手が特定できるため言い逃れは出来ない。立派な証拠となり得る。
とはいえ徒労に終わるだろうけど。
「分かりました。念のため身体検査を実施します。男性は私がやるので女性はお願いします」
「心得ました」
再び金髪軍団に向き直る。
「待たせてすまない。これより門を開く。1人1人順番に入ってくれ!また入口で簡単な身体検査を行う!それほど時間はかけないので素直に従ってくれ!」
さぁ、これでよし。
「………………」
と思ったが。少しビビらせてやろう。
やはり最初が肝心だからな。内外ともに舐められぬために、改めて俺は怖い存在なんだぜと思い知らせなければならない。
「ちなみに、身体検査で変なものを持っていた奴は殺す!たとえば、"魔報"とかな!」
おーけー。さすがに殺す発言はビビっただろう。言った俺でさえちょっと怖かったし。
「イケダさん、ちょっと―――」
「承知した!全て受け入れ―――」
前後から同時に声が発せられた。
どちらに反応しようか一瞬迷ったが、事態はさらに動く。
「あ、おい!」
「どこに行くんだよ!」
「え?え?」
そんな声と共に金髪女騎士の背後が乱れた。隊列から1人、猛スピードでフィモーシスから遠ざかる者を確認する。
いや。
「ほんとかよ」
思わずつぶやいてしまう。
こんなことってある?
「バックパンツ、どこへいく!………ちっ!」
その様子に気づいた金髪女騎士は呼びかけに答えない彼、バックパンツを追いかけ始めた。瞬く間にトップスピードとなり、次第に距離が近づいていく。
もう少しで捕えられる。その時である。
「あ、おーい!」
「お前までどこに行くんだよ!」
「は?どうなってんの?」
そんな声と共にクマ団長の背後が乱れた。隊列から1人、鈍足の走りでフィモーシスから遠ざかる者を確認する。
いや。
「2人もいたの?」
思わずつぶやいてしまう。
こんなことってある?
「クマゴロー!どこ行くつもりだてめぇ!」
その様子に気づいたクマ団長は呼びかけに答えない彼、クマゴローを追いかけ始めた。しかし団長もまた鈍足、全く距離が縮まらない。
「イケダさん」
「ええ、分かっております。ちょっと行って来ますね」
まずは金髪女騎士の方だ、と転移しようとした瞬間。腰をがばっと掴まれた。
まさかセレス様の熱い抱擁かと期待を込めて振り返る。
「ボクも行くよ!!」
犬っコロがしがみついていた。
なんでお前?
「どうして?」
「面白そうだから!」
はい。
激しくどうでもいい。
とはいえ引きはがすのも面倒なので添付ファイルとして連れて行こう。
「では行きます」
一瞬の集中。そして瞬く間に景色が変わる。先程まで広がっていた青空はなく、前方にはこちらへ走ってくる男とそれを追う女が視界に映し出された。
「なっ!?」
突然現れた俺たちに驚きを隠せない騎士団員。そこでスローペースとなったのが運の尽き。スペシャルダッシュで追いついた金髪女騎士がダイブするように背中を押し倒した。
「げふっ!!!」
男はそのままうつ伏せで倒された。その背中をルシアの両膝が抑えている。
「なぜ逃げた、バックパンツ!」
「いや違うんです団長!逃げたわけではなくてその、なんというか」
しどろもどろのバックパンツ。金髪女騎士は容赦なく詰める。
「まさか、"魔報"を所持しているのか?」
「あ、いえ、違うんです!持っていません!そんなものは知りません!」
汗が止まらぬ様子。これは、クロか。
「ルシアさん、そのまま抑えていてください。ゴー、コタロー」
「任せなよ!!」
珍しく察しの良い犬っコロ。俺の合図とともにバックパンツへ駆け寄り、一瞬の躊躇もなく身体をまさぐっていく。
「ぬあ!やめろ、やめろーーー!!」
荒ぶる声とは対照的に身体は全く動いていない。ルシアの押さえる力が強いのだろう。
「ここか?ここがええんかー!」
「うあぁぁぁあひゃあああああ!!」
何故か脇の下に手を入れてこちょばしている。遊んでいる暇はないのだけど。
そういうしているうちに。
「ん?あ、なんだこれはーーー!!!」
コタローが天高く掲げたのは板状の何か。わりと小さい。スマホ程度だろうか。厚さもない。
ギルドカードかと疑ったが、そうでもなさそう。色が違う。
「"魔報"だ」
何とも言われぬ表情でルシアがつぶやく。
どうやらビンゴらしい。あれが魔報。
あんな板切れで遠くの人物と通話できるらしい。ほぼスマホと言っても過言ではない。
「違う!違うんです団長!こんなものは知らない!誰かが勝手にポケットへ入れたんだ!」
テンプレな言い訳をボロボロこぼすバックパンツ。
「よしわかった。じゃあ死刑」
ニンマリ笑顔でコタローがブッコむ。それを聞いたパンツはガタガタ震え出した。
「違う!知らない、お、俺はただ…………クソ!!」
とりあえずこいつがクロだということは分かったので次へ移ろう。
「申し訳ありませんがルシアさん。そのヒトを拘束してもらえますか。後で取り調べします」
「承知した」
金髪女騎士ならば任せても問題ないだろう。
ということでいつの間にか腰にへばりついていたお犬様と共に第二の現場へ向かう。
「転移パート2!」
「ひょーー!」
本日2度目の転移実行。
暗転を迎えた後、視界に入ったのは追うクマと追われるクマ。必死の形相でこちらへ近付いてくる。唯一金髪女騎士たちと違う点は両者の距離が全く縮まっていないこと。このままでは永久に追いつけないだろう。
クマ団長もっと頑張れよと言いたいところだが、あのなりで俊足なのも引く。鈍足で間違いない。
「ということでクマ団長が追い付くまで奴を足止めします」
「いったれ!いったれ!」
まずは追われるクマの両足を氷魔法で固める。
「はぁはぁ……うわ!前に誰かいるっす!そういう感じ―――――ぐなっ!?っす!」
両足を地面に縫い付けられたクマゴローとやらがつんのめる。
「いったぁ……あ?あ、んなっす!?あ、足が動かないっす!あああ、そういう感じっすか!」
必死に抜け出そうとするがもちろん不可能。
そうこうしているうちにクマ団長が追い付いた。
「はぁはぁ……おおう、イケダか。久しぶりだな。積もる話もあるが今はそれどころじゃねえ。おいクマゴロー!何故逃げやがった!」
「い、いや、逃げたとかそういうアレじゃないっす!ほんとうっす!おいらはそういう感じの男っす」
「わけわかんねえよ。どういう感じなんだ」
こいつの語尾独特だなと、その瞬間思い出した。
クマゴロー。ブラックアイズブラックドラゴンのブレスから助けた記憶がある。当時も訳が分からない言葉を発していたような気がする。
まさかあのおっちょこちょいが敵の策略に加担しているとは驚きである。むしろ敵さんの人選ミスが否めない。なぜこいつを内通者に選んだ。そういう感じの男っす、しか言わんぞ。
「グリルス団長、お手数ですが彼が暴れないよう抑えてください。コタロー、ゲッラウェイ」
「僕に任せて!」
勢いよく飛び出すチワワのお父さん。団長はこちらの要望通り彼を羽交い締めにした。
「うわー!離せ、離してくださいっす!」
「こら、暴れるな!何も出て来なけりゃ無罪放免だ。何もねえんだろ?ああ?」
「そ、そういう感じっす……」
めちゃめちゃ何かありそうな声色である。コタローも同様に感じたようで。
「汗が噴き出てるぜクマのお坊ちゃん。何かあると言っているようなもの………んあ!?こ、これだぁぁぁぁぁ!!!!」
早くもビンゴ。
先程と同じ態勢でコタローが天に掲げたモノは。
「…………ハンケチ?」
黄色い布切れであった。綺麗に折りたたまれている。タオルほどの大きさも無ければハンケチで間違いないだろう。
いや、間違いないだろうではなくて。
「魔報はありませんか?」
「んーんー………ん!他にはない!これだけ」
「えー…」
まさかの展開である。
魔報がない以上、彼はほぼ無罪だ。少なくともヒルデさんの想像する内通者ではないだろう。
そうなると全く異なる疑問が浮上する。なぜ彼は逃亡を図ったのか。
今のところ見当もつかないが果たして。
「結局なんでお前は逃げ………ん?待てよ。その黄色いハンカチ、どこかで見た覚えがあるぞ」
クマ団長が何やら引っかかった模様。
「いや見てないっす。団長は何も見てないっす!」
「あー…………あ?ああ!!お前それ、キャサリンのハンカチだろ!無くしたって喚いてたやつ。黄色地に微かな花模様、間違いねえ」
それを聞いた瞬間、クマゴローはザ・絶望の表情を浮かべた。まるで国士無双イーシャンテンの状況でまだ持っていない4枚目のハクが場に捨てられたような、そんな感じである。
「グリルス団長、キャサリンとは…?」
「キャラバンの一員だ。この間そいつのハンカチがねえってひと騒動あってな。結局見つからなかったんだが、まさかクマゴローが隠し持っているとは思わなんだ」
なるほど。
察するにキャサリンとか言うクマ女のハンケチをクマゴローが盗んだ、ということか。
動機は明白だろう。
「はっは!今時好きな女のハンカチを盗むとか純情過ぎて反吐が出るね!よっ、クソ童貞!」
ここだと言わんばかりにコタローがめちゃめちゃ煽る。クマゴローは既に涙目である。
そして俺も若干傷ついている。クソ童貞って言うなよ。
「ちくしょうっす!おいらは、おいらはただあの娘の臭いが染みついた布でシコシコやりたかっただけっす!本当っす!本当っすよ…………」
「まるで理由自体は悪くないとでも言うような口上だが、それ完全に犯罪者だぞ。つーかお前、そんなもののために逃げ出したのか?」
「………身体検査で自分の罪がバレるくらいなら、潔く逃亡を図るっす。おいらはそういう男っす」
「カッコよさげに言ってるけど全然だよ。むしろ女物を盗んで捕まるとかダサすぎ。とりあえず君、フィモーシスの地下牢で幽閉ね」
「ひぃぃぃぃ!そんな、そんな殺生なっす!ただ好きな女のハンカチを盗んでシコシコやっただけなのに!っす」
終いには地面に顔を押し付けてギャン泣きする始末。
どうやら決着がついたらしい。何故かコタローが処分を決めているが窃盗罪のクマなどどうでもいい。
つまるところ、このクマはスパイじゃなかった。完全に徒労である。