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フィモーシスの人々【9】

 ☆アナザー視点☆ 


 都市フィモーシスの一室。


 ここにミノタウロス族が十数名集まっていた。


 「モーモウ(全員集まったか)」


 リーダらしきミノタウロスが話し出す。他のミノタウロスより一回り大きい体躯をしている。


 「モモーモモー(左から報告しろ)」


 ミノタウロス族は全員が2m越えの巨漢だが、20名弱が収まってなお余裕のあるスペースで彼らは話し合う。まさか彼らのいる場所が1人の女性によって創り上げられたとも知らずに。


 「モーモーモモーウ(おう。住民は全部で300ほどだ。ニンゲンが数人で他は魔物だな。魔物の中で俺らより強い種族はいねえ)」


 「モーモウモモ(ここにいる人数で掌握できそうか?)」


 「モウ(可能だ)」


 冒険者ギルドが設定した討伐ランクにおいてミノタウロス族はCランク。フィモーシスの治安を担っているリザードマン族がEランクとなる。彼らの間には2段階もの壁がある。


 客観的に見てもCランクの魔物20名弱がEランク以下の魔物約300を破るのは不可能でない。


 これが人間同士の戦いだと話が変わってくる。いくら個々が強かろうと集団には勝てない。なぜなら人間には戦術が存在する。かたや魔物は戦うか逃げるかの2択しか知らない。人類が世界の中心となっているのも必然と言える。


 「モーウモ(ニンゲン共はどうだ?)」


 「モモーッモモモモモー(女子供とひょろい男しかいねえ。問題ないな)」


 「モウ……モ(そうか………いけそうだな)」


 彼らには力がある。その反面、知能は低い。そのため、調査が調査しきれていない事に気づく者はいない。


 ただ前述のとおり彼らには力がある。全ての弱点を力で補うことができる。そうして彼らは今まで争いに勝ってきた。


 「モウモ(ここには我らを守る高い壁があり、立派な建物があり、そして畑がある。以前の住処と比べると雲泥の差だ。そう、この地は全てが揃っている。ならば奪わない手はない。ニンゲン共に支配されるなどまっぴらごめんだ。そうだろう?)」


 『モー!(そうだそうだー!!)』


 「モーウ(ニンゲン共を殺し、我らがここの王となる。決行は今夜だ。異論のある者はいるか)」


 『……………』


 「モウ(よし。では早速準備に取り掛かれ。目指すは領主の館だ。各自武器だけは忘れるなよ!)」


 『モウ!(了解!!!)』


 広い室内にミノタウロス族の号令が響く。


 獅子身中の虫が今まさに動き出そうとしていた。




 ☆☆




 「うーむ」


 魔王館のドアを後ろ手で閉める。


 とても濃密な時間だった。


 これで元魔王様に知られていないのは前世の記憶と性癖くらいだろうか。


 もはや丸裸にされたも同然だが、元々裸のようなものなので気にしない。知られたところで死にやしない内容ばかりだ。むしろ秘密を共有出来て安心感さえある。


 誰かが自分を知っているという現実はとても心強い。


 「さて」


 辺りはすっかり暗くなっている。フランチェスカが設置した外灯がほのかに地面を照らす程度だ。


 ヒルデさんへの報告は夕食の席で良いだろうか。セレス様やお豚さんも同席するが問題ないだろう。聞かれて困ることではない。


 あ、いや、待てよ。いつも通りならフランチェスカも飯をたかりに来るはず。本人の前で「断られちゃいました」と報告しても大丈夫か?


 「……………」


 大丈夫クサいな。むしろヒルデさんから追及されたところで、俺がモゴモゴしている間に元魔王がカカカ笑いながら全てをねじ伏せる気がする。願ったりかなったりだ。


 「おーけー」


 夕食の席で話そう。そんでヒルデさんが納得しなかった場合はフランチェスカご本人に論破してもらおう。あいつ舌戦も無敵そうだし。


 再び歩き始める。


 安心したらお腹空いてきた。今日の献立は何だろうか。


 久しぶりに生姜焼き食べたいな。




 【イケダ】


 「………ん?」


 呼ばれた気がした。


 しかもフィモーシス中に聞こえるような大音量で。


 【根掘り葉掘り聞いておいて何も返さぬのは流石に不憫と思っての。ゆえにお主の求む形で返そう】


 いわゆる元魔王様の拡声器ボイスである。久々に聞いた。


 お礼を頂けるらしい。それは有難いのだが、なぜ全住民へ向けて公表する必要があるのだ。直接ここへきて伝えるのが億劫なら心話でいいじゃないか。謎だ。


 【だが勘違いするな。これ1回きりよ。後は己で何とかせよ】


 何やら勝手に話が進んでいる。


 果たしてフランチェスカは何をしでかすつもりなのだろうか。


 【ククククク……恨むなら己らの馬鹿さを恨め。―――――天罰】


 「え」


 元魔王なのに"天"罰とかどういうこと?と思っている間に事態は動き出す。


 黒の世界に一筋の雷光が走ったかと思うと、一瞬にして地上が明るくなった。


 というか赤い。尋常じゃない勢いで煙が上がっている。


 「燃えてらぁよ」


 完全に炎上案件である。しかもあの区域はフランチェスカが自ら建てた建物が並んでいるはずだ。つまり自分で作ったものを自分で崩したこととなる。


 どういうこと?


 彼女は何がしたいの?


 【カカカカカカカ!!確かに返したぞよ。ではの】


 そう言うとフラン様の声が聞こえなくなった。


 その代わりに遠くの方からパチパチと火の燃える音が聞こえる。


 「…………………」


 よく分からん。


 とりあえず現場へ向かってみよう。




 ☆☆




 ぼーぼーと。


 一軒家が燃えている。


 「………………」


 少し考えてみたのだが。


 フランチェスカは俺の望む形で返すと言った。


 先の席で彼女へお願いしたのはフィモーシスの守護。


 つまりフィモーシスの危機を未然に防いだ、という見方が出来る。


 どうだろう。


 「…………イケダさん」


 振り返る。


 いつの間にか来ていたようだ。ヒルデさんとセレス様、背後にはリザードマンが20匹ほど控えている。


 「セレスティナさん、ヒルデさん。こんばんわ」


 「こんばんわ。ひとまず消火して頂けますか。延焼を防ぎたいので」


 「承知です」


 燃え上がる家へ両手を向ける。


 「はっ」


 ほいっと。氷で全体を包み無理やり消化する。ジュ―っという音と共に一瞬で鎮火した。


 一応数秒待つが、再び火の手が上がる様子はない。


 「ありがとうございます。さて、何点か確認したい事があります。よろしいでしょうか」


 表情はいつも通りだ。どうやら怒っているわけではないらしい。


 「どうぞ」


 「目の前の光景は領主様が生み出した。そうですね?」


 「ええ。間違いありません」


 「先程の"声"を聴いた限りではあなたも関わっているとお見受けしましたが、如何でしょう」


 分かっていた事だが、元魔王様のビックボイスは都市全体に聞こえたっぽい。


 「そうですね。例の件で早速動いてくれたらしいです」


 ブリュンヒルデには伝わるだろう。フランチェスカとのパイプを望んだのは彼女なのだから。


 「………例の件?」


 セレス様はピンと来ないらしい。話しても問題ないだろう。


 「緊急時の対策としてフランチェスカさんにフィモーシスの守護をお願いしたのです」


 「…………そうなの。でも……彼女が、頷くとは思えない」


 鋭い。さすがセレス様。口数の割にはヒトの心に敏感よ。


 「ええ、まぁ、結論から言うと断られました。ただその、ある秘密をお伝えしまして。その見返りとして、1度だけ何らかの危機を未然に防いでくれたと、そう思います」


 嘘は言っていない。先程のビックボイスが証拠だ。


 ただここで秘密の内容を話すつもりはない。元魔王という異次元の存在が相手だったから吐露したのだ。セレス様やヒルデさんへ伝えるのはもう少し時間を置きたい。気持ちの準備が出来ていない。


 「何らかの危機……そうですか。つまりイケダさんは、領主様が何をしたのか把握していないのですね?」


 「そうですね。自分で建てた家を謎魔法で燃やしたくらいしか分かっていません」


 この家には何かがあった。それは分かる。だが燃えてしまった以上、自ら見分することは難しいだろう。


 「なるほど。ではご説明いたします。結論と過程、どちらから聞きたいですか?」


 どっちでもいいが、物語チックに過程から聞いとくか。


 「過程で」


 「私がフィモーシスに関わり始めてまず1番に心配したのは治安です。平和が保たれているように見えましたが、住民は魔物です。いつ我々に牙を向けてもおかしくない、そう思っていました。実際は領主様を頂点に綺麗な三角形が出来上がっていたのですが、ひとまず置きます」


 市長ではないのね。領主様なのね。


 実際そうだから何も言えんけど。


 「そこで私は内密に"目"と"耳"を作りました。目は猫人族の娘、耳は犬人族の息子ですね」


 つまりコタローの息子とチチャリートの娘を自分の配下に加えたのか。


 いつの間にそんなことを。全く気づかなかったぞ。


 「………………」


 まぁ、ヒルデさんが来てから外に出ずっぱりだったし。気づけないのも無理はないだろう。たとえ市長だとしても。そうだろう?


 「彼らに監視させたのは新規参入者。先日西の地より訪れた魔物達です。古参に目や耳は必要ありません。領主様の存在を知っているからです。ですが新参は違います。口頭で伝えたところで信じる者は極少数ですから。一応、念のため、監視を置く必要がありました」


 話が見えてきた。


 氷に包まれた家を見つめる。生きたまま焼けるのは相当な苦行だ。


 「何も起きないことを祈っていましたが、そうはならなかったようです。耳からミノタウロス族の反乱をもたらされた私は、彼らを止めるためにトランスさんとリザードマン族を連れ現場へ向かいました。しかしあと少しという所で、例の声が聞こえてきたのです。後はイケダさんもご存知でしょう」


 「なるほど。つまりあの家にはミノタウロス族がいると」


 「"いた"の表現が正しいかもしれません。先の魔法を拝見した限り、存在ごと抹消された可能性が高いでしょう」


 「…………なるほど」


 確かに異次元の魔法だった。


 アイスドームで防げるだろうか。そもそも再びフランチェスカと刃を交える機会は訪れるだろうか。


 彼女の人となりを知った以上、もはや嫌悪の対象とは成り得ない。願わくば今の関係が続きますように。


 「アノ、ドウナッタノデショウ」


 セレス様の背後から片言が聞こえてきた。


 「…………リザードン」


 聞き覚えがある。たしかリザードマン族のリーダーだったはず。前回は全身に包帯をぐるぐる巻きだったが、今日は両腕にしか巻いていない。どうやら順調に回復しているらしい。


 「領主様のご尽力により危機は去りました。各自持ち場に戻ってください」


 「オオ!サスガワガマオウ………ワカリマシタ。モドリマス」


 リザードンはお空へ「キョエー!」と鳴いた後、部下を引き連れこの場を去った。


 なんとなく彼らの後姿を見つめていたが、くいッと服の袖を引っ張られる感覚を覚える。


 「……………あの家、どうするの?」


 「どうしましょうか。放置でもいい気はしますが」


 と言いつつもヒルデさんをチラッと見る。


 「そうですね………戒めの意味も込めて、このままにしておきましょうか」


 題名は「反逆者の末路」だろうか。反逆と言っても計画段階で頓挫したが。


 それに関してはフランチェスカもそうだがヒルデさんも凄い。もしもフランチェスカが動かずとも、セレス様の力を借り被害ゼロで鎮圧しただろう。


 フランチェスカとブリュンヒルデ。この2人がいればフィモーシスは安泰だ。


 「…………………」


 はぁ。




 ☆☆




 ミノタウロス暴動未遂事件から一夜明けた。


 いつもの面子に2人の獣人を加えた朝食が始まる。


 献立はパンと豆のスープ、サラダ。華やかさには欠ける。だがこれでいい。むしろこれが良い。


 前世は朝食抜きで出勤していたイケダにとって丁度いいバランス、そして量だ。更に言えば1つ1つのクオリティが高い。


 うまうま。


 「………どう?」


 「美味しいです。とても」


 「……そう」


 もはや儀式と成り果てた問答をいつも通りこなす。


 答えはいつも同じだ。何故なら本当に美味いから。そして圧倒的なボキャ貧だから。美味い以外の表現が思いつかない。


 「うま!うまし!見た目に反して美味過ぎだよ!イケダっち、これいつも食べてるの?ズルくね?ボクもこの家に住んでいい?」


 「本当に美味いニャよ。猫人族料理最強決定戦の試食で食べたスープにそっくりだニャ。この腕ならすぐにお店出せるニャよ。あ、妹たちの分も貰えるかニャ?」


 いつもはもう少し静かだ。今日に限ってはこの2人が加わったことにより騒がしい。


 朝食は静かに食べたい派の俺にとって結構な苦痛である。


 「ヒルデ殿よ、この2人を呼んだ理由はなんだ?」


 お豚さんもコタローとチチャのテンションに辟易したのか、早速用件を片しに来た。


 「確認したい事がありまして。それはお二人だけでなくここにいる全員です」


 「我らもだと?なんだ」


 俺も聞かされていない。何やら大きい事業でも始めるつもりだろうか。


 「皆さんの中で人族のパーティ、もしくはそれに類する人達を知り合いに持つ方はいらっしゃいますか?」


 「パーティ、ですか」


 「ええ。1人や2人でなく、複数規模で動く集団です」


 はて。いるだろうか。


 今まで出会った顔を思い浮かべるが、適合する人達はいない。ボボン王国第一騎士団は論外だし、クマキャラバンはギリ知人と呼べるかもしれないが、連絡手段が存在しない。


 「いるにはいますが、連絡は取れません」


 「そうですか。他はどうでしょう?」


 「個人なら思い当たるがパーティはいないな」


 「……………知らない」


 「コソ泥3人衆の知り合いならいるぞ!」


 「うーん、複数ってことは少なくても10人以上だニャ?それもフィモーシスに呼べなきゃダメニャよね。1人や2人なら都合つくニャけど、2桁は難しいニャ」


 誰も彼もヒルデさんの期待に応えられないようだ。


 そもそもこの中で一番可能性がありそうなのがお豚さんという時点で人選ミスである。俺とセレス様は口下手、コタローはお調子者、チチャは基本的に単独行動。パーティやキャラバンの知り合いなどいるはずもない。


 「そうですか………ちなみに領主様は如何でしょう」


 1人だけ優雅に食後のティータイムを楽しんでいたフラン様。


 ヒルデさんの問いかけにニヤッと笑みを浮かべた。


 「呼べばいくらでも用意できるが。恐らく貴様は追い返すよの」


 いや。


 絶対、元配下の奴らだろ。そりゃあ元魔王様の招集は断れないだろう。だが確実に黒魔族だ。彼らを大量に招く危険性はヒルデさんも理解しているはず。


 いや違うか。ヒルデさんはフランチェスカが元魔王だと知らない。つまり彼女がどこのだれを連れてくるか分からない。


 あえて受け入れる選択肢もあるか。


 「そうですか。あなたがそう言うのなら間違いないでしょうね。となるとどなたも心当たりは無しですか」


 市長の俺よりも領主のフランチェスカに信頼を置いているのは気のせいだろうか。


 「分かりました。皆さん、朝からありがとうございます。後程、再びお集まりいただくかもしれませんのでよろしくお願いいたします」


 ササっと食器を片付けてヒルデさんは出ていった。


 「………どうするつもりだったんだろ」


 「あ、そうですね。何のためにパーティを招くのか聞いていませんでした」


 ヒルデさんの事だ。


 確実にフィモーシスの発展のために必要な人材なのだろう。


 気になるから後で聞いておこう。



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