フィモーシスの人々【5】
次の目的地はフィモーシスから東へ3日歩いた地にある都市モントレイ。都市規模は中程度。大きくも無ければ小さくもない。特記事項無し。たぶん普通の都市。
今回も魔物素材を潤沢に揃えいざ出発。
素材の他にも水や食料など持ち運ばなければいけないが、デブス開催地獄のパシリレースをこなした俺にとっちゃ軽いもんよ。あの時は両手両足背中腰と体全てを酷使して荷物を課された。今となっては良い思い出である。
そして今回の旅にはスペシャルゲストも追加された。それも2名。
朗報である。朗報なのだが、何か釈然としないものを感じるのは傲慢だろうか。
「イケダっちさー、ボク疲れたよ。そろそろ休憩しない?」
「何言ってるニャ。まだ1時間も歩いてないニャ。それよりもイケダっちニャ、そろそろお腹空かないかニャ?お肉食べようニャよ」
「…………………」
終始この調子である。
出発して1時間、早くもウザさMAX。
「あと3時間程度歩いたら休憩します。食事もその時取りましょう」
「えー!?イケダっちそりゃないよー。職権乱用だー!」
「お腹空いてもう歩けないニャ。イケダっち、ほら見てニャ。足震えてるニャよ」
とにかくうるさい。セレス様の100倍騒がしい。賑やかさは歓迎だが文句や不満はいらぬ。
あとイケダっち言うな。
「行きましょう」
「ちくしょー!我が魔王に訴えてやる!!」
「ブリュンヒルデに告げ口するニャ!イケダっちがうちらに横暴を働くって」
先行きが不安でしょうがない。
☆☆
相変わらずブーブー言いつつも夕食を終えた。
「ふぁぁ……眠くなってきたよ。夜の見張りはどうするの?交代制?」
「いえ。必要ありません」
「ひょ?野宿だよ。魔物が襲って来るかもしれないよ」
行動で示すこととする。
まずは左右前後に高さ3m程度の土壁を創出。
「うぉ!?」「んにゃ!?」
次に先程創った土壁を支えとして屋根を作成。もちろん土製である。
「うぉ!?」「んにゃ!?」
最後に空気穴を数か所掘って竣工。簡易防衛施設の完成である。当初はアイスドームを試みたのだが、あまりにも中が冷えるので断念。こうして土製に落ち着いた。
「これなら寝ずの番は必要ないでしょう?」
「た、たしかに…………おらぁ!(ドガッ)てりゃあ!(ドゴッ)。おお、ビクともしない。さすがイケダっち、我が魔王の下位互換だけある!!」
その言い方腹立つな。
たしかに家屋建築はフランチェスカに後れを取っているけれども。
「イケダっち有能~だニャ。マジ使えるんですけど、だニャ」
その言い方腹立つな。
デブスを思い出すわ。
「イケダっち!イケダっち!寝る前に1つだけお願いきいてちょ!」
「なんですか」
「おしっこ行くから土壁どけて」
「…………………」
殴りてぇ。
☆☆
布切れに身を包み数分。
あぁ、これ寝るなぁと微睡んでいたところ。
「ねーねー起きてるだニャ?」
右隣からチチャの声が聞こえてきた。
「起きてるーよ」
次は左隣からコタローの声も。
「イケダっちはだニャ?」
とても無視したい。
何故俺が修学旅行の夜みたいな雰囲気に付き合わねばならんのだ。隣のクラスのだれだれがだれだれを好きとか話し出しそうじゃん。27歳だぞ?かなわないよ。
ただ無視したとて。あの手この手で起こしに来るやもしれん。くすぐられたり肩パンされたり。それは避けたい。
ということで仕方なく返事する。
「………起きてますよ」
「こんなところで話すのもどうかと思ったんニャけど、いい機会だから。うちの恋愛相談に乗って欲しいニャ」
ほら。修学旅行の夜だろ。皆の会話にハハハ笑いを挟むことしか出来なかったイケダに何が答えられるというのだ。1部屋に11人って多すぎない?
「うちもそろそろいい年だし、交尾相手を見つけなきゃと思ってるニャ。家族もそれを望んでるニャ」
勝手に話し出した。
「でも近くにイイ人がいないニャ。かと言って出会いのために引っ越すのもどうかと思うのニャよ。フィモーシスはやっと巡り合ったうちらのユートピアニャから」
フィモーシスがユートピアなんて今までどれだけ酷い生活をしていたのだろう。盗人家族にも歴史ありか。
「だったらボクんちの長男あげようか?父親のボクが言うのもなんだけど結構頭良いぜ」
「コタローの息子ニャと?ちなみに今何歳ニャ」
「11歳」
「まだまだクソガキニャよ!うちに少年性愛の気はないニャ」
「ひとんちの息子をクソガキ言うなし!こっちだってお前みたいなニャーニャーうるさい奴を家族に迎えるつもりなんて更々ないからな!」
「ニャー!ニャー!」
「ワンだふる!ワンだふー!」
人の頭越しに喧嘩しないで欲しい。しかも低レベル。夫婦喧嘩は犬も食わないとよく聞くがこの場合はどんな言葉が正しいのだろうか。
あとワンって言えよ。わんだふるってなんだ。
「チチャさんはどんな男性が好みなのですか」
「ふしゃー!……ん?好みの雄かニャ。そうニャの……特にこだわりはニャいけど、家族を守ってくれる人が良いニャ。あと入り婿。あとうちの発情期に付き合ってくれる人。あとイケメン。あと金持ち。あとうちより長生きしてくれる人」
「え、それってもしかして―――」
「ボクのことじゃん…」
「………………」
うそだろ。
まさかコタローと同じボケを思いついただなんて。しかも先に言われた。
なんだろうこのモヤモヤとした気持ちは。
「いやコタロー既婚ニャし。あとうちのボケに突っ込んでからボケてニャ。「こだわりないとか言う割に条件多いだニャ!?」とかニャ。ボケが重なっちゃったニャ。あとコタローは結婚している云々の前に男として終わってるニャ。魅力が見当たらないニャ。コタローを選んでくれた今の奥さんに感謝した方がいいニャよ」
「言い過ぎじゃね…?」
さすがの犬っコロもちょっぴりショックを受けている模様。
とはいえ俺も同意見だし、むしろ俺が言われたいまである。「選んでくれた今の奥さんに感謝した方がいい」って。
選ばれたいなぁ。
「え、じゃあイケダっちはどうよ?」
コタローの質問に対して「んー」と一呼吸置いた後口を開いた。
「悪くないニャ。極端なブサイクじゃニャいし、市長ニャから高収入だし、噂によると強いらしいし、いいとこ押さえてるニャよ」
おお。予想外に高評価である。まさかチチャから支持を受けているとは思わなんだ。
これは魔物姦の前に獣姦いけるか。
「ただなんて言うか、キナ臭い?一見、女気ないように見えるんニャけど、ちょっとでも近づいたら背後からガブって感じかニャ?あんまりうまく表現できないけどそういう雰囲気があるニャ。だからイケダっちには必要以上に近づかないニャよ」
「何ですかそれ」
マジで何言ってんだこいつ。
後ろからガブって何よ。俺の周囲には何が潜んでいるのよ。
俺にどうしろと言うのよ。
「あー、それ分かる。うちのワイフも言ってたわ。イケダっちと話し過ぎるとガブやられるって」
確かにコタローの嫁には市長秘書っぽい仕事を任せているが、こちらも全く要領を得ない。
ガブって何なのよ。
「まぁまぁイケダっち、気を落とさずに頑張るニャよ。ニンゲン30歳からって言うし、まだまだこれからニャ」
「はぁ、ありがとうございます」
こういう時どういう反応をすればいいのだろう。
ガブについてもう少し詰めたとて三度要領を得ない説明が返って来そうだし、かと言って「30まで結婚できないって、馬鹿にし過ぎでしょー!」と突っ込むのもどうかと思うし。
27歳男性(独身)の正しい返答が分からん。
知恵袋で聞きたい。
「そういやイケダっち。あんまよく知らないんだけど、レニウス軍って撤退したの?」
「え?ええ、そのようですね。ある筋からそのように伺っておりますし、そもそもダリヤに留まっていたとしても集団魔法を防いだ都市へ再度侵攻する気概はないでしょう」
「そっか。よかったー、戦争なんて良い事ないからね。早く終わるに越したことはないよ」
「そうニャね。少なくともうちたち一般市民は徴兵されて死地に送られるか、ただただ敵軍隊に脅かされるかしかニャいニャ。そういう意味でもうちたちを守ってくれた我が魔王とイケダには感謝しかないニャ。ありがとうだニャ」
「いえいえ。市民を守るのが市長の役目ですから」
とそれっぽい事を言ってみる。
フィモーシスを集団魔法の脅威から防いだのはフランチェスカだが、ヒルデさんを拉致してレニウス軍を撤退に追い込んだのは俺の功績と言ってよいだろう。ゆえに俺も胸を張っていいはず。いいよね?
「そういえば、知っていたらでいいんですけど」
戦争の話で思い出した。ヒルデさんに聞けば一発だと思うが、一応こいつらにも確認してみよう。
「ダリヤとレニウス、ボボンとレニウスはそれぞれ大橋で繋がっていますよね。レニウス軍はその大橋を経て両国に攻め込んできたと思われますが、なぜダリヤとボボンは大橋の通行を制御しなかったのでしょうか。極論を言えば大橋さえ無ければ攻め込まれることもないですし、最悪壊してしまってもよいと考えてしまうのですが」
首脳が腐っていると噂のボボン王国はともかく、ダリヤ商業国にはガッポ・エンマークがいる。敵に攻め込ませない手段があって活用しないとは思えないのだが。
「イケダっちは大橋の神秘を知らんのかニャ?その歳で珍しいニャよ」
大橋の神秘とな。結構有名な話らしい。
「遥か大昔、南の国々と北の国々が大きな川で断絶していた頃の話ニャ。その時代には伝説の魔法使いと呼ばれる存在がいたニャ。その人の功績は色々あるんニャけど、その中の1つに大橋建造があるニャ。今でいうボボン王国とレニウス帝国、ダリヤ商業国とレニウス帝国、獣人国と紅魔族領の間にそれぞれ大橋をかけて、大陸の繁栄を促進させたニャ。当時の人々は交易相手が広がり、また様々な文化を体感できると大層喜んだそうだニャ。ただ後世になって1つの問題が浮上したニャよ。何か分かるかニャ?」
「えー、そうですね。もしかして誰にも破壊できなかった、とか?」
それっぽい返答をする。
わりと良い線行っていると思うが果たして。
「半分正解ニャ。偉大過ぎた魔法使いによって造られた大橋はその創造主の力を遺憾なく発揮したニャ。どの国がどれだけの人材を用意しても小さなヒビを入れるので精一杯だったという話ニャよ。それだけ強固な大橋らしいニャよ」
「なるほど。もう半分というのは?」
「破壊できないだけではなかったニャよ。ある時、ある国の王様が大橋を介した敵国の侵入を防ぐために大橋の目前に巨大な砦を建造したニャ。これで防備は完璧ニャと当時の王様も思ったそうニャよ。だがしかしニャ。砦を建造した次の日、強い風が吹いたかと思うと、一瞬にして砦が崩れ落ちてしまったニャ。それはもう滑稽な光景だったらしいニャ。それからというもの、大橋の通行を阻害すると思われる建物は橋の方角からやってきた風によって崩れ去り、また時には通行を阻害したヒトまでも強風の被害を受け、その身を川に投じたらしいニャ。そういうことが続いた結果、何処の国も大橋の通行を制御することを止めたニャ」
「はぁ………すごいですね」
凄すぎて上手く言葉が出て来ない。
大昔にも元魔王並みのチート野郎が存在したという事だろうか。もしかすると俺や桐生さんと同じ転生者かもしれない。正確には桐生さんが"転生者で"俺は"転移者"だけれども。
「……………」
思い出したら腹立ってきたわ。なぜ奴はイケメンの勇者候補として生まれ、一方は元の世界そのままの姿で紅魔族領スタートという違いが現れたのだろうか。
初回特典セレス様とスキルポイント制は魅力的だ。そこに不満はない。
だがイケメンにはなれなかった。子供の姿で大人の頭脳を持つチート生活を送れなかった。
桐生さんと俺では召喚方法が違うのだろうか。一方はダリヤ商業国の大魔導士が執り行い、もう一方は紅魔族領のよぼよぼじじいが趣味がてら異世界から呼んでみた、とか。
うーむ。
分からにゃい。
「ダリヤ商業国は滅多に無いけど、ボボン王国とレニウス帝国は結構な頻度で戦争を仕掛けるからニャ。大橋付近で防衛できないのは面倒で厄介ニャンだってよ」
「でもマジで今回は危なかったよね。史上最高のナンバーズが揃ったって噂だったし、ボボン王国が中心近くまで蹂躙されたらダリヤも余波を食らうって話だったし、そもそも少数精鋭のダリヤが大軍のレニウスを撃退できるのかって不安視されてたし。滅茶苦茶細い綱渡りが成功した感じだよね」
「言えてるニャ。未だに勝った気がしないニャよ。そもそも戦争始まってた?って感じニャ」
綱渡り。確かにそうかもしれない。
ボボン王国での戦いにしても、ダリヤでの防衛戦にしても。氷魔法が通用しない相手だったら詰んでいた。こちらがパーを出したのに対してどちらの戦場でも素直にグーが出てくれたお陰で勝てたようなものだ。
運が良かった。その一言に尽きる。
とはいえ行き当たりばったりの行動で運に頼るのはもう終わりだ。何故なら我が陣営に軍師が加わったからだ。
今後はブリュンヒルデが俺たちを導いてくれる。
やったぜ。
「ねーねーそろそろ寝ようだニャ」
「地面が硬くて眠れないんだけど」
「慣れれば問題ないニャ。おやすみニャよ」
「ちぇ。ボク眠れるかな」
「おやすみなさい」
最初は鬱陶しいと思ったが、存外色々な情報を聞くことが出来た。特にチチャリートから。
ヒルデさんに尋ねづらい事はチチャから聞いてもいいな。
☆☆
そうしてワーワー文句を言われながらも旅は続き、ようやく目的地の都市モントレイに到着した。
「着いたニャー」
「よっしゃー!ベットで寝れるぞ!肉が食べれるぞ!」
2人とも大はしゃぎである。特にコタローのテンションが恐ろしい。チワワ顔で口元からダラダラよだれ垂らしてやがる。
モントレイの街並みはパンパとそう変わらない。中規模の街といった感じである。中世ヨーロッパそのまんまの雰囲気で迎えられた都市はマリスほどの盛況は無い。人もまばらだ。
とはいえ目の前の光景が本来の姿ではないだろう。戦争のため首都マリス近辺へ避難していた住民が戻って来れば元の喧騒を取り戻すはずだ。
「1度宿に行くのかニャ?」
「いえ。このまま素材の売却へ向かいます。そもそも売却費が無ければ宿へ泊ることも出来ません」
パンパで行った偽善により現在無一文である。
転移魔法でガッポ金融からお金を下ろす事も出来るが、現状困っていないのでやらない。
そもそもガッポ金融ではお金の出し入れが記録として残ってしまうので、後からヒルデさんに追及される恐れがある。最終的にはなぜ無一文なのかという問いに辿り着き、青臭い偽善を大っぴらにしなければならない。そんな恥ずかしい真似をできるはずがない。
よってギリギリまでお金は下ろさない。
「そういうことならうちに任せるニャよ。幼少の頃より鍛えし我がネコシエーションを見せる時が来たようニャ。くっくっくニャ」
自信満々に言い放つお猫様。
心なしかいつもより口元の猫ヒゲがピンピン立っている。
これは本当に期待できそうだぞ。
「ではよろしくお願いいたします。私は後ろで控えておりますので」
「チチャの交渉術か。ふん……盗むだけの女ではないことを証明してもらおうか!」
「くっくっくニャ。今日は豪勢な肉料理をご馳走してやるニャよ」
こうしてチチャを先頭にモントレイで一番の商店へ向かった俺たちは。
きっちり交渉に失敗し、全ての素材を最低売却額で売り渡すこととなった。