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フィモーシスの人々【3】

 やればできる子宣言から5日後。


 交渉は難航を極めていた。


 「ハーピーの羽根帚を1つ300ペニーで買い取ってくれなんて、お客さん馬鹿を言っちゃいけないよ。それにラミアの鱗が350ペニー?ちょっと高いね。頑張っても250ペニーだな」


 場所はらんこう都市フィモーシスから東へ歩いて5日の位置にある都市パンパ。その地の商店。


 俺の正面には難しい顔をしているおっさんが1人。


 ヒルデさんの提案を受け入れ早速魔物の素材を売り捌く運びとなったが、初っ端から問題が発生した。俺の転移魔法は1度訪れた場所にしかワープできない。つまりダリヤ南地域はほぼ全滅という事になるのだ。


 それを聞いたヒルデさんは少々の逡巡を見せた後、声色一つ変えずに「往路は徒歩でお願いできますか」とおっしゃった。行きは歩きで帰りは転移して来いと。


 ということで徒歩で向かう事に。


 まぁよい。目ぼしい都市を回り終えたらこちらのものよ。転移し放題になるまで我慢するんだわ。


 そんなこんなで都市パンパ。ここではハーピーの羽根帚とラミアの鱗を売ることとした。ヒルデさんが設定した売値上下限は羽根帚が250~400、ラミアの鱗が300~500であった。つまり最低でも250×35+300×31=18050ペニーを稼がなければいけない。とはいえ"可"で満足できはずもなく。目指すは"優"である。つまり上限額で売り捌き29500ペニーを手に入れることこそが今回の合格ラインだ。


 だがしかし。


 「本当は400ペニーのところを300で譲歩しているのですよ?ラミアの鱗だって実際は500ペニーです」


 「話にならんよ。お客さん、この辺りの相場分かってる?」


 「それとこれとは別でしょう」


 「いや別じゃないよ」


 難航を極めていた。


 「ハーピーの羽根帚は単価250ペニー、ラミアの鱗は単価300ペニー。買い取るとすればこれが限界だね」


 ジャストで下限値を言い渡された。これは偶然か、それともヒルデさんが凄いだけか。


 しかしこの額を許容してしまってはヒルデさんに合わせる顔がない。彼女の事だからどんな金額でも顔色1つ変えずに受容するだろう。だが内心では「全部下限額で売り捌くとか有り得んwwガキの使いじゃないんだから」とイケダの評価ダダ下がりは間違いなし。領地経営できない市長に次いで買い物すら満足にこなせない失格の烙印が押されてしまう。


 そんな未来はウソである。


 「ハーピーの羽根帚は400ペニー。ラミアの鱗は500ペニー。これ以上は譲れませんね」


 「お客さん、さっきより値上がりしてるよ」


 「こちらも商売ですから」


 「だったらこっちも商売だ。250ペニーと300ペニー。この金額から買値が変わることはないよ」


 「では、交渉決裂ということですね」


 「おととい来な」


 こうして初の買取交渉は失敗に終わった。




 ☆☆




 都市パンパの酒場にて。


 俺は分かりやすく頭を抱えていた。


 「ぬぅ……」


 感触は悪くなかった気がする。羽根帚も鱗もいらないという感じではなかった。ならば後は話の持って行き方次第でどうとでもなろう。


 「すみません、炭酸系のお酒を1つ下さい」


 ちょうど後ろを歩いていたウェイトレスに話しかける。酒をがぶ飲みして、気を大きくした状態で再度交渉に臨んでやるんだわ。


 「お客様、申し訳ありませんがお昼は定食のみのご提供となっております」


 「……………あ、そうですか。でしたらその、ミルクはありますか?」


 「お酒以外の飲み物でしたらご提供可能です。今お持ちいたします」


 パタパタと小走りで去る店員の後姿を見つめる。もはや名前すら忘れたが、マリスの大衆食堂で知り合ったお嬢さんは元気にしているだろうか。


 「……………」


 今の恰好でもう1度商店を訪問しても門前払いを食らうだろう。変装する必要がありそうだな。


 ミルクを飲んだら呉服店に行こう。




 ☆☆


 

 頭にはテンガロンハット、顔には変な芸能人がしていそうな馬鹿でかいサングラス、全身は黒のPコートといういかにもな出で立ちで再び戦場に降り立つ。ちなみに全部で2万ペニーかかった。


 「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう」


 目前にはニコニコ笑いの店員が1人。どうやら気づかれていない様子。


 よし。


 再チャレンジいくぜ。


 「えーそうですね、えー本日は買取と言いますか、えーそうですね、買い取って頂きたく思います。えー」


 口調もガラッと変える。えーえーが口癖のヒトで勝負だ。


 「買取ですね。対象の商品を教えて頂けますか?」


 「えーそうですね、えーあれです、何と言ったかな、えーハーピーの羽根帚とラミアの鱗です。えー、はい」


 「………………」


 「………………」


 突然に静まる店内。


 嫌な沈黙。そして。


 「お客さん、さっきのヒトだろ」


 「えーそうですね、えー、え?」


 交渉開始から30秒。無念の強制終了。


 何故だ。


 完璧な変装と口調だぞ。


 「お客さんさぁ、ピンポイントで羽根帚と鱗だけを売りに来る奴なんざ滅多にいないんだわ。何故ならハーピーとラミアは生息地が微妙に違うからさ。ハーピーとピジョットンとか、ラミアとキラースネークの素材を一緒に持ってくるなら分かるけど」


 そんなん知らねえわ。だってあいつら勝手に住み着いてたし。今の話を踏まえれば結構仲良さそうにしてるのも謎だわ。あいつらマジで。身体は魔物だけど顔は人間っぽいから思わず目が行っちゃうんだわ。結構ルックス良さげだしさ。あいつらマジで。


 「…………」


 モンスター姦か。


 「変装までするなんてお客さんも必死だね…………まぁそうだな、その努力に免じて考えてあげないこともないよ」


 「お」


 何やら風向きが変わってきたぞ。


 目の前の人の良さそうな親父も継続の力の前では無力という事か。


 「マンドラゴラの葉を10枚納品してくれたら、羽根帚と鱗を希望の値段で買い取るよ。羽根帚が単価400、鱗が500、そしてマンドラゴラの葉は1000ペニー支払おう。それに加えて2回目以降の買い取り額はそれぞれ350、450、950を維持しようじゃないか。どうだろう?」


 なんとも驚いたことに向こうから条件を追加してきたではないか。これが抱き合わせ販売か。ちょっと違う気がする。


 マンドラゴラの葉。これまた聞き覚えの無い魔物素材だが単価1000ペニーは大きい。更に言えば羽根帚と鱗を恒久的に期待以上の価格で買い取ってもらえる条件は破格である。


 どうしよう。是非とも引き受けたいクエストだが如何せんマンドラゴラとやらがよく分からない。他の商品の価格を上げてまで欲するくらいだ、入手方法が特殊なのかもしれない。


 そうだな……ここは一度姉御に相談するしかあるまい。


 「申し訳ありませんが少々考えさせてください。ちなみに期限はありますでしょうか」


 「特にないよ。まぁ、しいて言うなら私が死ぬまでだね。ははは」


 つまらないジョークで笑う店主に一言挨拶をしてお店を後にする。


 姉御のもとへ向かおう。




 ☆☆




 転移魔法でフィモーシスヘ飛び、領主邸のドアをくぐる。ちなみに5日ぶりの帰還である。


 「ただいま戻りました」


 リビングにいたヒルデさんが声に反応して顔を上げた。それと同時に怪訝な表情をこちらに向ける。


 「…………イケダさん、ですか」


 「ええ、池田です」


 「不審者かと思いました。どうぞ、お座りください。今お茶を入れてきます」


 そういえばダンディ親父の休日スタイルを継続中だった。テンガロンハットとグラサンをテーブルの上に置き、Pコートを背もたれにかけ椅子に腰を下ろす。


 するとヒルデさんがダイニングからお茶を持ってきてくれた。


 「ありがとうございます」


 ずずっと啜る。うーん、絶妙な温度。セレス様の次に美味い。


 「いえ。戻ってきたという事は売買が完了したのでしょうか」


 「それがですね、聞いてくださいよヒルデさん」


 「聞きましょう」


 事の経緯をかくかくしかじかで伝える。所々眉をひそめる彼女だったが最後まで口を挟まずに聞いてくれた。


 「ということでマンドラゴラの葉が欲しいのですが、生息場所も知らないので困っているのです」


 「なるほど。理解しました。マンドラゴラの葉でしたら何とかなるかもしれません」


 おお。話が早い。さすが帝国元ナンバー2。


 「アルラウネの葉で代用できるかと思います。商人の用途が不明なので確実とは言えませんが、帝国でもアルラウネがなければマンドラゴラを代わりに使用していたので代替可能でしょう」


 なるほど。しかしそれだと同じことなのでは?


 今度はアウラウネの葉が必要となる。


 「えーと、アルラウネはどこで狩れるのでしょう」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 「……………………」


 セレス様を彷彿させる謎の沈黙が広がる。


 心なしかヒルデさんの視線が冷たい。


 何故だ。もしや今更テンガロンハットとグラサンのセンスにケチをつけるつもりだろうか。格好よくないのか?格好いいだろう。


 「アルラウネはフィモーシスにおります。5日前に資料をお渡ししたはずですが」


 なるほど。


 住民におったか。


 怒るのも無理はない。


 「申し訳ありません。見落としました。では彼ら彼女らから素材を受け取ればよいでしょうか」


 「私がお持ちします。少々お待ちください」


 待つこと5分。ヒルデさんが戻ってきた。


 「こちらです。どうぞ」


 袋を渡された。中を覗くと数十枚の葉っぱが入っている。


 これがアウラウネの葉か。見た目は普通の葉っぱだ。何に使われるか見当もつかないが、売れるなら何でもよい。


 「ちなみにですがイケダさん。転移魔法で他人を転移させることは可能でしょうか」


 「現時点では不可能です。それが何か?」


 「いえ、可能であれば私自ら交渉に赴くのも吝かでないと思いましたが、無理ならば構いません。引き続きお願いいたします」


 「あ、はい。分かりました」


 スーパービジネスウーマンの交渉術を是非拝見したいところだが、転移させられないのは事実。非常に残念である。


 転移魔法のスキルレベルを上げれば同伴人数が増えるかな。増えるといいなぁ。これから先、交易品の運搬も大変になるだろうし。1人で何往復もするの嫌だよ。


 とりあえず隙間時間にレベル上げしとくか。




 ☆☆




 都市パンパのファミレスっぽい飯屋にて。


 俺はカウンターで1人、祝杯を挙げていた。


 「売買成功おめでとう」


 アルコール度数1%程度のぶどうカクテルをちびちび流し込む。ネゴシエート後の酒はうまい。ちなみにこのお店は昼飲みOKだった。


 商店にアルラウネの葉を持参すると店主の態度は一変。納品は10枚で1枚1000ペニーの約束だったが、33枚全部を単価2000ペニーで買い取るとのこと。マンドラゴラの葉よりも高品質なのだろう。


 これはもう少し値上げできるか?と欲深き池田が顔を出したが、そいつの頭を慎重過ぎる池田がぶん殴り2000ペニーでハンマープライス。


 合計95500ペニーの売上となった。原価や運搬費がかかっていないため、売上がそのまま利益となる。


 素晴らしい。魔物素材売買最高ではないか。


 酒が進むぜ。


 「あの、すみませーん。ぶどうのやつのおかわり下さい」


 思い切って2杯目に突入しちゃう。いつもの俺なら真昼間からお酒なんぞ嗜まない。その日を無駄にすることが分かっていて何故飲めようか。だが今日は違う。グイグイ行っちゃう。


 やっぱり男の生きる道は仕事だよ。そして終わった後の一杯。


 最高かよ。


 「くぅ……」


 店員から2杯目を受け取り一気に流し込む。うおお、キンキンに冷えてやがる。これが-196℃の世界か。経営者の創意工夫は世界共通だな。


 「うまー………あ」


 酒とつまみを交互に味わっていたところ、ふと隣の席の会話が聞こえてきた。普段ならばスルーするところだが、これも余裕ある男の特権だろうか。耳を傾けることとする。


 さてさて、パンパの庶民はどんな話をしているのやら。





 「ねぇ、もうちょっと食べていい?」

 「駄目だよ。後はお母さんの分だから」

 「いー!もっと食べたい!いっぱい食べたい!」

 「わがまま言うな。絶対にダメだよ」

 「お兄ちゃんが稼いだお金なんだから、お兄ちゃんが全部使っていいと思うの。違う?」

 「同じ言葉をお母さんにも言えるかい?お母さんは稼いだお金のほとんどを僕たちに使ってくれているんだよ。だからあんなにも痩せているんだ。ミラはお母さんが嫌いかい?」

 「………好き」

 「だったら我慢できるよね。たまにはお母さんにも美味しいものを食べてもらおうよ」

 「うぅぅ……でも」

 「ボクが大人になったらもっと稼いでお腹いっぱい食べさせてあげるから。そしてお母さんもミラも幸せにするから。それまで待ってくれるかな」

 「…………………待つ。でも、でもミラもいっぱい仕事してお兄ちゃんを太っちょにするんだから!」

 「ははは、それは楽しみだなぁ」





 「………………」


 さり気なく周囲を見渡す。怪しい人物はいない。店員にもおかしな動きは見られない。


 なんてことだろう。ノンフィクションプアチルドレンストーリーに出くわしてしまった。思わず頭を抱えてしまう。


 美人局の子供バージョンかと思った。そうであれと願った。だが彼らは本物のようだ。確たる証拠はないけど俺が信じちゃった以上現実は覆らない。


 だったらさぁ。


 もう援助するしかないじゃん。あしながおじさんやるしかないじゃない。お金ばら撒くしかないじゃないの。


 なんなの?一仕事終えて浮かれモードへ突入しているときに発生するイベントがこんなんかね?しかもほぼ強制進行。中断は許されないやつ。後ろに貧乏神がついているんじゃないだろうな。


 ちくしょう。


 「………………」


 ちくしょう。


 「………はぁ」


 店員を呼びお会計を済ませる。合計1500ペニー。ちょうどで支払い、財布はそのままカウンターテーブルの上に置く。


 そしてスシャーーっと格好よく隣へスライドさせた。


 「よし、そろそろ帰ろう………あ、お兄さん。財布忘れていますよ」


 先ほどの子供が声をかけてきた。背中を向けたまま話す。


 「そろそろ買い替えようと思っていたのでお譲りします。もしかしたら中に何か入っているかもしれませんが、よろしければ一緒に貰ってやってください」


 「え、いや、でも」


 最後まで聞かずにお店を出る。扉を閉める間際、店内から大きな歓声が聞こえた気がしないでもないがどうでもよい。


 それよりも大変な事に気づいてしまった。


 「……さっき稼いだお金も渡しちゃった」


 全財産の40万ちょっと+魔物素材売却費95500ペニーが妹思いのあんちゃんの手に渡ってしまったようだ。元々所持していたお金はよい。だが売却費はヒルデさんへ渡さなければいけなかったのに。


 ちくしょう。


 格好つけすぎた。


 適当に歩きつつ考える。この難局を凌ぐ方法は3つ。1つはあんちゃんのもとへ戻り95500ペニーを返してもらう。1つはヒルデさんに平身低頭して許しを請う。1つは今から何らかの方法で同等のお金を稼ぐ。


 「……………………」


 冒険者ギルドへ行こう。


 そんでちょちょいと10万ぽっち稼ごうではないか。



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