フィモーシスの人々【2】
「正しいやり方、正しい論理で導かれた数字は嘘をつきません。本日は数字からフィモーシスの現状を読み取っていきたいと思います」
茶番発言から幾分も経たないうちに早速ヒルデさんに拘束されることとなった。ちなみに領主邸リビングには俺と彼女しかいない。他3名はそれぞれの仕事へ向かった。
「まずはこちらをご覧ください」
そう言ってヒルデさんが出したのはごわごわの紙に書かれた文字の羅列だった。1行目から読んでみる。
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フィモーシス概要
総面積 : 25km2
総人口 : 338
内訳 : リザードマン・・・・・・・25
シープ・・・・・・・・・・31
ゴートン・・・・・・・・・29
コボルト・・・・・・・・・34
アルラウネ・・・・・・・・33
スライム・・・・・・・・・34
ハーピー・・・・・・・・・35
キラーアント・・・・・・・22
ホブゴブリン・・・・・・・30
ラミア・・・・・・・・・・31
キャタピラー・・・・・・・19
オーク・・・・・・・・・・1
人類・・・・・・・・・・・13
フランチェスカ・・・・・・1
人口密度 : 13.12人/km2
建物数 : 128
内訳 : 木造・・・38
石造・・・37
鉄筋・・・33
謎・・・・20
うち未使用 : 77
食料自給率 : 現在・・・・・35%
3か月後・・・66%
6か月後・・・92%
農作物 : イモ
カボッチャ
麦
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1度顔を上げる。
「全て調べ上げたのですか」
「一部です。前任のベアトリーチェ・エンマークさんが残してくれた資料や、ジークフリードさん、トランスさんが独自にまとめたものが大半を占めています」
それでもすごい。
というよりも基本的な情報さえ欠落していた昨日までに絶望を覚える。ヒルデさんも漏らしていたが、よく今日まで成り立っていたな。
「さて。こちらの資料から読み取れますように、まず第一に考えなければいけない事案は食糧問題です。住民の9割が魔物という特殊なケースなため通常の都市に比べ3割の生産量で問題ありません。魔物は魔素が主食ですので。ですがその3割でさえ現状到達出来ておりません。半年後には9割を都市内で賄う予定ではありますが、如何せん甘めの見積もりであり初めての挑戦、天候不良、害虫の存在などを考慮すると、良くて8、悪ければ5、6割が妥当でしょう。更に言うと基本的に農業は初年度に比べて次年度の収穫量が減少します。その辺りはトランスさんが色々と考えて下さっておりますが最善で前年維持と捉えた方がよろしい。以上を以って食料による自給は困難と考えます」
流れるように言い切って1度水を口に含む。今のところ反論の余地はない。
「ではどうするべきか。方法は1つ、他都市からの輸入です。そして食料を買うにはお金が必要。つまり継続的にお金を生み出す仕組みの考案が急務という事です」
「継続的な収入、ですか」
以前にチロっと考えたが結局良いアイデアは浮かばなかった。
「イケダさんもご存知かと思いますが、この地は交通の要衝です。ダリヤ商業国の南に位置する都市はフィモーシスを経由して首都マリス並びに北の都市へ向かう事となります。そのため一番手っ取り早いのはこの地を宿場化することです。奇しくも巨大な露天のお風呂もありますれば名所として栄える可能性も秘めています。ですがこの方法は選択困難な状況にあります。何故だか分かりますか?」
「住民が魔物だからでしょうか」
「正解です。世界の共通認識で魔物は倒すべき存在です。帝国ほどの憎悪は生みつけられていないようですが、それでも好んで接することはないでしょう。つまりこの都市の存続を望むうえで一番のネックは守るべき対象である住人という非常に複雑な状況にあります」
改めて思う。なぜここは魔物の住まう都市と成り果てたのだろうか。気づかぬうちに出来上がっていた気がする。犯人探しをするつもりはないが原因は突き止めた方が良いかもしれない。
「更に言えば他を圧倒する異様な外観も問題です。入りにくいを通り越して攻撃されるかもという不安に駆られます。防衛拠点としては優秀ですが、他者を招くには優しさが足りていません。ところでイケダさん、貴方がこの地へ赴任してから人間族の訪問はありましたでしょうか」
「えーと、そうですね。冒険者のパーティが1つだけですね」
そういえば勇者ハーレムしか訪れておらんな。はて。
「そうですか………常識的に考えて訪問人数が少なすぎます。確かに外観に問題は抱えておりますが、交通の要所なのです。周辺を生業としている商人や冒険者が興味本位で訪れても不思議ではありません」
言われてみたらそうだ。なんだ、いつの間にか陰謀に巻き込まれていたとでも言うのか。
「…………ダリヤ商業国の権利関係は馴染みが薄いので憶測になりますが、この都市はガッポ・エンマークから下賜されたのでありませんか?」
「え、ああ、凄いですね。その通りです」
「恐らくですが、彼から冒険者ギルドや商業ギルドへ密命が下ったはずです。誰もフィモーシスに近づけさせるなと。理由はいくつか考えられますが、最大はレニウス帝国の侵攻を限界まで耳に入れさせないためでしょう。その影響もあって、あなた達は首都マリスまで逃げるという選択肢が選びづらくなり、最終的に防衛戦を挑むこととなった。結果はこの通りでガッポの戦略勝ちと言えるでしょう。………レニウス軍としては、マリスとフィモーシスの間で連携が皆無だった事実に驚きですがね」
「なるほど。そうでしたか。なるほど」
薄々は気付いていたが完全に戦争の駒として利用されているやんけ。
俺さ、年齢不詳と出会ってからずっと奴の手のひらで小躍りさせられてない?
「となると、戦争が終わり次第訪問者が現れるかもしれません。お金を落とす人達ですから通常は歓迎すべきですが、少なくとも今は難しい状況です。対応者を決めておかなければいけませんね」
「はぁ」
なんとなくは分かる。人族の奴らを魔物と会わせてもロクな事にならないので追い返す算段だろう。で、誰を矢面に立たせるか。人類言語を話せるコタロー家かチチャリート家が無難かな。
「横道に逸れて申し訳ございません。話を戻します。住民の存在により宿場として機能させるのは困難です。同様に観光地とするのも現実的ではありません。よってこの地を利用した収益事業は現状考えられません」
「なるほど」
分かっていた事だが魔物を抱えた時点でマイナスからのスタートである。元魔王様に建築頂いた世界の建物観光ツアーや湯治商法で儲けることは不可能のようだ。
「ではどうするべきでしょうか」
「イケダさんは何かお考えですか?」
「え、えーと、そうですね。何か特産品があれば集客も見込めるかなぁと思いましたが、その内容については模索中ですね、はい」
それっぽい事を言う。一応色々と考えているんだぜアピールは重要である。
「流石、と言えばよろしいでしょうか。方向性は決めていたのですね」
何故か褒められたぞ。これは喜んでいいのだろうか。
「私もイケダさんと同様、特産品に目を付けました。何故なら容易に用意できるモノがこの地に存在するからです」
「よういにようい、ですか」
一瞬、くだらねえダジャレ挟みやがってと少々の呆れを覚えたが、そんな真似をするおなごではない。更に言えば途轍もなく大事なことをおっしゃった。
既にフィモーシスは特産品を生んでいると。そのように聞こえた。
だがそんなはずはない。市長の俺だからこそ知っている。何もない都市なのだ。強いて挙げるなら無駄に建っている元魔王謹製のオブジェ群とセレスティナ畑のみ。特産品と呼べる代物ではない。
この娘は何をほざいているのだろう。
その疑問に答えるかのようにヒルデさんが口を開いた。
「特産品とは、魔物の特定部位です」
「んなっ」
まさかの回答に思わず"んなっ"とか言ってしまったではないか。んなって。漫画か小説の字面でしか見たことねえわ。どうやらお豚さんのリアクション芸に感化されてしまったようだ。気を付けないと。
ああ違う。そんなことよりもヒルデさんの衝撃発言についてである。
「住民を間引いてドロップを手に入れると、そうおっしゃっているのですか?」
とんだサイコ野郎だった。自分は違うと言っていたが、実際はしっかりとした魔物嫌いではないか。評価ガタ落ちだよ。
「勘違いするのも無理はありません。これは前例無き試みですから。特定部位というのは魔物たちが定期的に排出する素材を指します。例えばシープの場合はシープ糸、アルラウネの場合はアルラウネの滴り液、アルラウネの蔦などがあります。これらは殺さずとも手に入るのです」
「なんと、なんと!」
完全に大きな平城京。まさか魔物共にそんな使い道があったとは思わなんだ。ただの守るべき存在とばかり考えていたものを。
先入観とは恐ろしいものである。これでは魔物絶対殺す主義に染められた帝国兵を笑うことなど出来ない。
とはいえその事実に気づいたヒルデさんもまた恐ろしい子である。
「なぜこの産業に誰も手を出さないか。理由は3つあります。1つ目は単純に思いつかないから。特に魔物廃絶の帝国では発想さえ阻まれるでしょう。2つ目は魔物と共に生活するなど考えられないから。人類にとって魔物は未だ謎多き生物です。同じ敷地内で共に活動する事は恐怖しか覚えないでしょう。まぁはぐれオークなどイレギュラ-は存在しますが、それも認知されるまでかなりの時間を要しています。3つ目は魔物の協力を得ることが究極的に困難だから。大多数の個体が意思疎通不可能なうえに人間を見れば一目散に襲い掛かってくる種族も少なくありません。友好的に素材のみを受け取るなど机上の空論にしか思えないのです」
「フィモーシスではそれらが全てクリアされていると?」
「ええ。1つ目は言わずもがなです。2つ目と3つ目はフィモーシスの現状が答えを表しています。では何故実現可能となったか、これも3つ理由があります。1つ目は生活環境です。大多数の魔物は魔素の濃いエリアでしか生きられません。しかしどうしてかこの都市では魔物たちが普通に生活できています。原因は不明ですが、人類の都市にしては珍しく魔素が濃いのでしょう」
言えない。元魔王なフランチェスカさんがマナをばら撒いているよなんて。
「2つ目はどの魔物にも反抗心が見られないことです。比較的温厚な種族が揃っているのもそうですが、全住民が領主様に絶対の服従を誓っている様子が感じられます。そこで全ての種族に素材提供の協力を持ち掛けたところ、二つ返事で了承を得られました。益々領主様の存在に疑問が生まれますが一先ず置いておきます」
言えない。元魔王なフランチェスカが元魔王な力で魔物たちを支配しているだなんて。
「3つ目はジークフリードさんの存在です。彼が間に入ることで魔物たちと意思疎通が図れます。また彼による人類言語教育を続けることで、今後彼を通さずとも会話可能な種族が増える事でしょう。ある意味ではジークフリードさんがこの都市を成り立たせているとも言えます」
言えない。そんなお豚さんが最近失恋しただなんて。
いや言う必要もないんだけど。
「以上です。いわゆる前人未踏の挑戦なので確実な収益額は算出できず、またやりながら細部を調整していく事となりましょうが、原価が掛からないため赤字の危険性はありません。素材の回収方法や回収頻度はこちらの方で考えます。何かご質問等ございますでしょうか?」
一通り話し終えたヒルデさんがこちらをグッと見つめてきた。
まさか住民の身体を特産品として売り出すなど想像の埒外だったが、悪くない。むしろ素晴らしい。特に原価0円の部分が最高。万が一失敗しても痛手にならない。
それにヒルデさんからはデキる人のオーラがバンバン出ている。未だフィモーシスでは実績ゼロだが、不思議と心配にならない。任せても問題なかろう。
あとは、そうだな、俺のやることか。
「特産品の件は承知いたしました。それで進めてください。1つだけ確認です。私は何をすればよいのでしょう」
「特産品事業に関してだけ言えば、商品の輸送、売買、消耗品や食料品の買い込み、商人の誘致、ですね」
「え?」
多すぎない?
しかもどれも重要ミッションじゃない?
「あの、それ全てを、1人でですか?」
「はい」
「えーと、他の市町村へ赴く際に1人というのは道中に襲われる危険性が全く考慮されていないと思われますが如何でしょう」
「問題ありません。何故ならイケダさん、あなたには転移魔法がありますから」
「………………」
とてもバレています。
いや、それはそうか。ブリュンヒルデ暗殺の報酬を受け取りに行った時に首都マリスから一瞬で帰ってきたしな。余程の馬鹿でなければ気づくだろう。
「売買に関してもお任せします。売値が判断できない場合は私の方で上下限を設定いたします。また全ての素材を一か所で売るのではなく、各都市へばら撒く形でお願いいたします。ここでの狙いは商人の誘致です。彼らを売り物から信頼させることでフィモーシスに関心を持っていただきます。ゆくゆくは流れの商人と直接素材を売買できる環境が整えれば宿場化にも繋がります」
「分かりました」
とにかく住民から得た魔物素材を商人に売り捌けば良い話だろう。難しい事ではない。
そう、難なくこなせるはず、だ。
「他にご質問あれば承ります」
「いえ、今のところは。都度都度確認させていただいてもよろしいでしょうか」
「構いませんよ。いつでもどうぞ」
うーむ。
改めてヒルデさんの顔を見つめる。
彼女のお陰でようやくフィモーシス始まったな状態に突入する予感である。これには市長の池田もニッコリせざるを得ない。一番欲していた人材が手に入ったようだ。
だが、すごく、すごく、多忙となる予感もするのは気のせいだろうか。
気のせいだといいな。
でも絶対気のせいじゃないよな。
「……はぁ」
仕方がない。
やればできる子たる所以をお見せしようではないか。