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フィモーシスの人々【1】

 ヒルデさんとの話を終え1度領主邸を出ると、偶然か何なのかドラゴニュートと女魔法使いに遭遇した。


 「ん?まだいたのか」


 こちらがん?である。どういう意味だろうか。


 「えーと…」


 「報酬を受け取るためマリスへ向かうのだろう?」


 「あー」


 なるほど。既に伝えたとばかり思っていたが、どうやら転移魔法が使用できる旨を知らないようだ。


 「実はですね…」


 「この地での戦闘が終わった以上もう用はない。私達もそろそろマリスへ戻ろうと思う。一緒に行くか?2人までなら背中に乗せることが出来るぞ」


 なんと。


 この口ぶりからするとバルカ氏がドラゴン宜しく飛行形態を取ってアリス氏と俺を乗っけてくれるらしい。


 魅力的なお誘いだがマリスでの用事は既に果たしている。それに女性の背中に乗って移動するなど恥ずかしすぎる。


 「いえ、大丈夫です。ちなみにですけど…」


 レニウス軍は撤退したのでマリスでの戦闘は回避されましたよと、伝えようと思ったがよくよく考えてみると何の証拠もない。全てヒルデさんとフランチェスカの推論に基づく。無いとは思うが嘘の情報を伝えてぬか喜びをさせたくない。


 言わないでおこう。


 「あー、何でもありません。気を付けて行ってください」


 「ああ。戦争が終わったら再び訪問するかもしれん。その時は貴様かトランスに手合わせいただこう」


 ここでフランチェスカの名前を出さないあたりドラゴニュートさんの成長を感じる。


 ちなみに何時でも全力魔法を使用出来るようにと、首脳会談の場には真・セレスティナ(覚醒)で登場したため、ドラゴニュートには給仕の女=勇者候補が執拗に迫っていた女という事実が露呈している。一応口止めはしたが脳金な女性なのでボロっと漏らさないか心配である。


 「では、また」


 「ええ。この度はありがとうございました。お気をつけて。……あっと、トランスの件もそうですが、ブリュンヒルデさんの生存や絶対障壁の事など諸々秘密でお願いしますね」


 「ははははは、任せておけ」


 バルカとアリスの背中へ手を振る。どうしても帝国の強者と戦いたいと言うから会談に出席させたが、中々良い働きをしてくれた。後で保護者にもお礼を言っておこう。


 「…………………あ」


 彼女たちの姿が見えなくなったころ、どーでもいいことを思い出した。


 お豚さんと女魔法使いの関係はどうなったのだろうか。




 ☆☆



 

 「あ」


 領主邸へ戻るとセレス様達がいなくなっていた。その代わりに豚の置物がテーブルの上に転がっていた。


 「うぅぅ……」


 何やら唸っている。


 周囲に誰もいないことを確認し、ため口モードへ移行する。


 「どうした」


 「イケダか………聞いてくれるか」


 お豚さんが顔を上げる。ただでさえ醜悪面なのに汗やら涙やらでもっとひどい事になっていた。


 「ブサイクだな」


 「聞いてくれ」


 「いいよ」


 承諾の意を示すと、お豚さんがただの一言だけボロっとこぼした。


 「……………ふられた」


 「………………ん?」


 ふられた。フラれた。振られたとは。まさか。


 「ミンティア殿に告白したのだが……駄目だった…っ」


 「あーなるほど。なるほどね」


 この豚、俺の与り知らぬところでやっちまったらしい。テーブルの上で頭を抱えだす。


 お豚さんが女魔法使いへ好意を寄せていることは知っていたが、まさか出会ってひと月も経たぬ内に告白するなど誰が予想出来ようか。


 「……………」


 そんなに珍しい事でもないか。前世では出会って数日で結婚する奇特なタレントもいたし。明日の命さえままならないこの世界は結婚へのハードルが一層低く設定されるだろう。


 それにしたって普通告白など出来ない。絶望的なまでの種族差が存在するからだ。オーク族と人間族が一緒に暮らすなど。


 「…………」


 そんなに珍しい事でもないか。現に俺は同じ建物内で生活している。セレス様も嫌な顔を見せていない。要は心の持ちようだろう。


 あら。


 お豚さんと女魔法使いを阻む障害が無くなってしまったぞ。では、なぜ振られたのだろうか。


 「お豚さん。聞いてもよろしい?」


 「……なんだ」


 「何と言われて振られたの?」


 再びグチャグチャとなった顔を上げる。


 うわ、キモ。


 これは拒絶しない方がおかしい。


 「………あなたのことは、嫌いじゃないけど……私には、アイスがいるから…って」


 「は?」


 嘘だろ。


 全く以ってアリエンティーな返答ではないか。


 だって集団魔法からお豚さんに庇われた時、満更でもない雰囲気を出していただろう。あの瞬間思ったよ、"あ、こいつら付き合う"って。漫画や映画なら絶対の展開なんだから。主人公の知らないところで愛を育み、変なタイミングで"実は俺たち、結婚するんだ"の発表するところまでがデフォだろう。


 それに言いたい。お前とドラゴニュートは他の2人と比べて桐生さんと距離を取っていただろうに。だからこそ今回は別行動を選択したのではなかろうか。


 なのにやっぱり好きって。


 意味が分からん。女魔法使いの頭の中はどうなっているのだ。そもそも女の思考回路が理解できない。だからこそ今の俺がいるわけだが。


 ともかく意気消沈しているお豚さんを励まさなければいけない。落ち込んでいる暇など無いのだから。


 「ドンマイドンマイ!!いつもの事じゃん!気を取り直して次の女を犯そうよ」


 「いつもの事て。貴様に振られた報告をするのは今回が初めてだぞ。それに犯したことなど無い。全て合意の上だ」


 いやいや。あんた経験ないやん。


 「まぁ確かに。後悔は無駄だ。切り替えよう、うむ。……あ、そろそろ講義の時間ではないか」


 そう言って立ち上がった豚面は元の表情へ戻っていた。


 この立ち直りの速さ、熟練失恋師の妙義だろうか。


 「そういえば我に用事があるのか?」


 「いや、外の空気を吸うためにちょっと出てただけで……そうだ。後でブリュンヒルデさんにこの都市の事を色々教えてくれないか」


 「は?それは貴様の仕事だろうに………まぁいい、承った。ではまた」


 講義へ赴くお豚さんの背中を見つめながら考える。世の中はままならんものだと。あれだけ気のある素振りを見せていたというのに、結局は元の男を選ぶなどバブル期のトレンディドラマかよと思う。むしろ男女の機微については俺の価値観が幼稚なのかもしれない。


 それで言うなら大学時代に再放送で視聴したあんちゃんの出てくるドラマもそうだ。ヒロインっぽい奴が序盤から不倫していたり、主人公の身内がレイプされたり、めちゃめちゃ交通事故起きたり、三角関係四角関係当たり前だったりと、当時はフィクション盛沢山だなぁと見ていたが、それは俺の勘違いで本当は現実に起こりうる事ばかりだったのかもしれない。その証拠に異次元の視聴率だったらしいし。


 経験、経験か。


 「………………」

 

 はぁ。



 

 ☆☆




 数日が経ったある日の朝。


 ヒルデさんより召集を受けたフィモーシス経営陣は領主邸の食卓へ雁首を揃えた。


 お豚さんが顔にはてなマークを浮かべている。市長の俺でさえ集められた理由を聞かされていないのだから、ヒルデ以外は何が何だか分からないだろう。


 そして当の本人は開口一番、眠気も吹っ飛ぶようなどぎつい一言を言い放った。


 「皆さんはいつまで茶番を続けるつもりでしょうか」


 『!?』


 思わずヒルデさんの顔を凝視してしまう。こいつは突然何を言い出したんだと。しかしそこにあるのはいつも通りのクールビューティー。あいにくセレス様マークⅡとフランチェスカが両脇を固めているゆえ存在感はそれほどだが、帝国ナンバー2の頃はアイドル的存在だったこと間違いなしだろう。髪色は黒に近い青でショートボブ。素晴らしきかな、素晴らしきかな。髪コキしたい。


 「ど、どういう意味だ」


 「言葉通りです。あなた達のやっていることは統治でも経営でもありません。ままごとです」


 「んなっ!?」


 素っ頓狂な声を上げるお豚さん。それに対して何の反応も見せないブリュンヒルデ。セレス様もいつも通りジト目でやり取りを見守っている。フランチェスカもニヤニヤ笑いを浮かべているだけ。


 つまり、先程『!?』と反応したのは俺とお豚さんのみ。フランチェスカはともかくセレス様はもうちょっと驚きを見せようよ。お豚さんのようなお笑いテイストはいらないけど表情1つ動かさないのはどうなの。まぁ、可愛いからいいけどさ。


 「この数日間でフィモーシスの全てを拝見させていただきました。結論から言うとあり得ません。よく今日まで持ったと逆に感心を覚えます」


 「ありがとうございます」


 「………褒めてないと思う」


 お礼を言ったところセレス様からツッコミが入った。


 狙い通りである。今日の目的はどれだけセレス様からツッコミを引き出せるかにしよう。


 「イケダさんに確認いたしますが、この惨状は意図的でしょうか」


 「いえ。皆が好き勝手やった結果です」


 「まるで自分に非がないような言い方をするよな、貴様」


 なんとセレス様のツッコミチャンスを失恋童貞豚野郎が奪いやがった。鬼畜の所業である。


 「そうは言うが帝国女よ、現状維持は不可能ではあるまい?」


 「そうですね。今回私を殺して得た報酬がありますし、トランスさんと住民たちが育てている畑も少なくない収穫が見込めるでしょう。現状維持は、可能と思われます」


 おお。ならば問題ないではないか。


 「それで良いのでは?」


 「………本当にそうお思いですか」


 信じられないほどの眼光でブリュンヒルデに睨まれる。


 こ、こわ。年齢不詳のニコニコと通ずる制圧感がある。これが為政者、これが帝国ナンバー2とでも言うのか。誰だこんな奴フィモーシスに置いたの。


 「現状維持は可能です。ただそれは数多の努力が重なった結晶とも言えましょう。例えば天災により畑が駄目になりました。例えば人口の増加により食糧生産が追い付かなくなりました。例えば流行り病によって住民が減少し働き手がいなくなりました。現状を破壊する要因は幾らでもあります。それらに対して有効な予防策、リスク管理がなされているでしょうか。内憂外患のない統治など存在しません。今のままでは遅かれ早かれこの都市は破滅します」


 「おぉ……ぅ」


 落ち着いた声色の中には確かな熱意が籠っていた。


 ぐうの音も出ないとはこの事だろうか。まぁいいやで海底に沈めた様々な心配事をドカンと釣り上げられた気分。全て陸に上がってしまった。


 他のお三方の表情を伺う。お豚さん、眉間にしわ寄せ顔。セレス様、謎の閉眼中。フランチェスカ、したり顔。


 果たしてセレス様とフランチェスカが普通の反応を見せる日はやってくるのであろうか。


 ヒルデさんは皆の反応を確かめた後、再び俺に視線を向けてきた。


 「さて。改めて確認いたします。いつまで茶番を続けるつもりですか?」


 「いえ、あの、ヒルデさん聞いてください」


 「聞いています」


 「正直に言います。ここにいる全員、誰も土地を治めた事が無いのです。つまり――」


 「妾はあるぞよ」


 いやそうだろうけども。元魔王ゆえ黒魔族領を統治していたに違いないけど。口を挟むんじゃないよ。


 「それにしては、フィモーシスは何も治められていませんが」


 「カカカカカ」


 「…………笑って誤魔化してない?」


 なんということだろう。会話を奪われたばかりかセレス様のツッコミをも引き出すなどダブル役満ではないか。完全にすっからけっちである。


 ヒルデさん1度小さくため息をついた後、再び話始めた。


 「私個人の意見を言わせていただくならば、どちらでもよいです。現時点ではこの都市に愛着などありませんし、住民である魔物達が死んでも心は痛みません」


 正直である。だからこそ真実だろう。


 「ただ、私はあなたと契約を結びました。それに従うならば進言せざるをえません。あくまでこれはフィモーシス市長補佐の意見です。今すぐにままごとを止めなさい。さもなくば前市長の二の舞となります」


 眼光鋭く言葉は熱く。新参者であるにもかかわらず嫌われるのを覚悟で忠言する姿に嫌悪感や反抗心など生まれるはずがない。むしろ感服するばかりである。


 「待っていた、という言葉が正しいでしょうか」


 そうだ、俺は待ち望んでいたのだ。


 彼女のような。


 何でも任せられるハイパー超人を。


 「ヒルデさん、全てあなた様にお任せします。内政も外交も軍事も、この都市に関わるあらゆるものを委ねます。ですのでどうか我々を導いてください。どうか、どうか」


 ぺっこり45度、ザ・お辞儀を披露する。


 お願いします。たのんます。自分、タダの会社員だったんで何も出来ないす。もうそろそろ限界かなぁとか思ってたんす。これこそ渡りに船っす。おなしゃーす。


 「頭をお上げください」


 「あなたが頷くまで下げるのを止めない」


 「………いいから、上げて」


 セレス様の言葉には従う。何故なら好いた女だからである。


 そんな彼女が愛くるしい一重をヒルデさんにぶつける。


 「…………正直に言って、あなたを完全に信じきれない。でも……ここには、イケダとフランがいる。……………聡明なあなたなら、早い段階で………頭を、切り替えたはず。それを、踏まえて………私からも、お願いします。フィモーシスを………都市に、してください」


 なんとセレス様からも懇願の言葉が放たれた。更にはぺっこり60度のお辞儀を添える。これには俺が動揺を隠せない。ヒルデさんも目を見張っているが俺ほどではない。


 自腹での食料供給時も思ったが、まさかこんなにもフィモーシスの未来を考えていたなんて。これは胸が熱くなる。俺が市長でゆくゆくはセレス様が市長夫人という夢へまた一歩近づいた。


 「我からも頼む。誰がやっても同じならば、少しでも可能性の高い方に賭けたい」


 謎の上から目線でお豚さんが頭を下げる。


 残るは1人、というか1魔人。


 皆の視線が彼女へ移る。


 「カカカカカ。敗者に乞う必要はない。であろう?」


 「ええ。やれと言われたらやります。それがここでの役目なら尚更」


 全員が懇願?した結果か分からないが、ヒルデさんはあっさり頷いた。ウルトラレアカードげっとである。


 やったー。軍師兼副市長兼外交官兼内政官兼軍務官兼あと他色々な人材(1人)を手に入れた。


 何度も言うけどガッポに渡さなくて良かったー。わーいわーい。


 「ではお願いいたします。民のみならず自分にも命令頂ければ何でもやるので」


 「そうですか。市長という立場において現状になるまで手を打たなかったイケダさんの罪は非常に重いです。よって他人の数倍働いていただこうと思いますが、よろしいのですね?」


 「……………………」


 ぬぅ。


 確かに何でもやると言ったが。


 それにしたって脅迫が過ぎるぞ。どれだけのサービス残業を求めているのだ。


 「………私も、手伝うよ」


 「おぉ」


 これぞ天からの助け。地上にも確かに女神はおわすった。


 「それは認められません。トランスさんとジークフリードさんの場合、これ以上の仕事は過剰労働となります。コップから水が零れないよう何度も口を付けたとしても、いずれ限界は訪れます。今後を考えると2人に倒れられるわけにはいかないのです」


 しかしヒルデストップが発動される。こいつカウンター罠をめちゃめちゃ場に伏せてそう。とらっぷじゃまーとかさ。


 「自分にも限界は存在します」


 「大丈夫です。私が体調管理しますので。なりふり構わず全力で働いてください」


 「あの、えー、有難いです。やる気になって頂きありがとうございます。ただそのですね、もちろん私が言い出した事ですから力の限り労働に励む所存です。一方で適度な休憩も必要だと思うのです。だからですね、その、7日に1日は休暇を頂けないでしょうか…?」


 対して俺は恐る恐る手札からがーごいるを召喚。攻撃表示でいくぜ。


 「いつ休んで頂いても構いません。ただし決められた期間内で決められた作業をこなしてください。そして作業量は過去の数倍となります」


 だがヒルデさんはカウンター罠、フレックス制を発動。中間管理職へ幾時間ものサービス残業を強いる悪魔のカードである。


 「えーと、ですがその」


 「カカカカカ!よいよい、妾が許可する。以前から苦労知らずの顔をしていると思っておったゆえ。良い機会よの、死ぬ寸前まで働かせよ。なあに、たとえ過労で死んだとて数時間以内ならば妾が何とかしよう。のうイケダよ、これは思わぬ拾い物よの?」


 ここに至って罠カード、元魔王の気まぐれ後ろ盾が発動する。既にライフポイントがマイナス値に達していた俺に最早挽回の余地無し。


 あえなく膝を屈した。


 「そうですね……ヒルデさん、よ、よろしくお願いいたします」


 「こちらこそ」


 がっしりと握手を交わす。


 その様子を見ていたお豚さんが何故か憐れむような眼をしていた。




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