はじまり3
中に入るとヨイチは驚いた。
そこにはとてつもなく広く美しい庭、お城のような大きな建物と今まで見たことのない世界が広がっていた。
「ぼーっとしてどうしたの?」
固まっているヨイチにロイスは心配そうに声をかける。
「僕、今までこんな広くてきれいなところ見たこともないからびっくりしちゃって。」
「確かに、はじめは驚くかもしれないけど慣れちゃえばどうってことないよ。
それより、ほら、はやく中に入ろう!」
ヨイチはまだこのきれいな場所を眺めていたい気持ちを抑え、ロイスの後に続いた。
建物の中もこれまた素晴らしいところばかりだった。
きれいな教室に、広い図書館、メニューが豊富な食堂などどれも村にはないものばかりだ。
「これで、一通り学校内の施設の紹介は終わりかな。次は君が住む予定の寮に行こうか。」
中庭に近道があるから、そこを通っていこう。」
そう言ってロイスは中庭に連れてきてくれた。
するとそこには何故か人だかりが出来ていた。
「ねえ、この人だかりは何?」
ヨイチがそう聞くと、
「多分だけどあの子のせいかもね。」
とロイスは言い、目線をずらした。
「あの子…?」
そう言ってヨイチもその方向に視線を向けた。
その瞬間ヨイチは時間が止まったかのように感じた。
視線の先には木陰に座り、本を読んでいる少女がいた。
しかしこの子は普通の少女ではない。いや、もしかしたら人間でもないかもしれない。
そのくらい彼女は美しかった。
スラリと伸びた手足。雪のような白い肌。
艶やかな長い黒髪に、吸い込まれそうな大きな黒い瞳。
彼女はこの世の人間とは思えない、まるで女神のようだった。
どれくらい見つめていただろう。
「ヨイチ君、また固まってるよ!」
というロイスの声でヨイチはハッとした。
「あの子は誰?」
ヨイチはあの少女のことをもっと知りたくてロイスに聞いた。
「彼女の名前はサイカ。成績もこの学校で1番だし、あの見た目だから学校の誰もが彼女に近づけない。
まあ、別の理由もあるかもしれないけど…。」
「別の理由って?」
「君は聞いたことないかい?
むかし、むかし。国王様と女王様は花びら舞い散る、晴れた日に城門の前で大きなかごを見つけました。
何が置かれているか気になった女王様が中をのぞくと、そこにはとても愛らしい小さな女の子の赤ん坊がいました。
かごの近くには誰もいなかったのでひとまず2人は赤ん坊を城に連れて帰ることにしました。
赤ん坊の親を見つけるため、国王様は兵士に探させましたが、いくらたってもみつけることはできません。
国王様が困り果てていると、女王様が、
『この子がここに来たのはきっと何か大きな意味があるのよ。ご両親がみつからないのであればお城で育てることにしましょう。』
と言いました。
こうしてこの赤ん坊はお城で暮らすことになりましたとさ。
これが16年前の話。君も噂で聞いたことあるだろう?」
ロイスは話し終わるとそうヨイチに聞いた。
「たしかに、そんなようなこと聞いたことがある…。でもそれはただの噂だと思ってた。」
「村に住んでいれば彼女を見ることもなかっただろうから、信じられないのも無理はないよ。
でも今の話は事実で彼女も実際に存在してる。
それがサイカだよ。」
「そうなんだ。でもなんでそれが近づけない理由に?」
ヨイチは不思議に思って聞いた。
「みんな彼女に対してわずかながら恐怖を抱き、軽蔑もしてるんだ。」
「恐怖と軽蔑?」
「うん。彼女は捨て子だったからどこの家のものかわからない。
高貴な位の人間かもしれないし、村で育った平凡なところの子かもしれない。
でも彼女はとてつもない魔力を持っている。
それゆえに黒の国の人間ではないかと疑う人もいる。」
黒の国とはベルクール王国の隣にある国のことだ。
本当はキルク王国というのだが皆黒の国と呼び、ベルクール王国もまた、皆から白の国と呼ばれている。
この2つの国は昔からお互いを憎みあい、決して交わることもなかった。
そして現在も争いはないにしろ両国の険悪な関係は続いていた。
「黒の国の人間かどうか本当のところはわからない。でもわからないからこそみんな怖いんだ。」
「そうなんだね…。」
ロイスとヨイチの間に少し重苦しい空気が流れる。
「それはさておき!君がこれから住むところを見に行こう。」
ロイスはその空気をかき消すように明るい声でヨイチに言った。
「そうだね!」
そうして2人は寮に向かうことにした。