第一章1 なぜこんなことに?
博希をこちらに事情でヒロキにします。
プロローグも随時修正していきますのでよろしくお願いします。
ヒロキは『普通』という言葉が嫌いだ。
だからこそあの勇者一団の元を雑な方法ではあるが死んだと見せかけることで飛び出してきた。
しかし、その後のことはあまり考えておらず、とりあえずルナと一緒に大きな迷宮を全制覇しようかなどと考えていたのだが……
ヒロキは隣にいる金髪紫瞳の超美少女メイドさんルナと手をつなぎながら、後ろから俺の服を引っ張って何やら懇願してくる自称女神を見て思った。
「なぜこんなことに?」
○△□
時間は少し戻って迷宮内。
ギャアアアアア!
目の前にいる十体もの魔物が、またしても同時に真っ二つになって死んでいく光景をなんとも可哀想な目を向けながら、ヒロキは斬った張本人であるいつものメイド服を着たルナを見た。
「すごいな。この階層でも敵無しか」
「ん。これくらいは余裕。ヒロキ」
ルナがヒロキにしかわからないような甘える表情と声音で聞いてくる。ヒロキは笑いながらその要求を呑んで右手をルナの頭の上にのせる。
「よしよし」
「……ん」
ルナは頭を優しくなでられて気持ちよさそうに目を綻ばせる。
ルナはどうやらクーデレというタイプらしいとヒロキはこの迷宮内での三日間というわずかな時間の中で把握していた。
ヒロキが自身の死を偽装してから三日、ルナとヒロキはそれぞれの右手と左手を指を絡めるタイプの手のつなぎ方、いわゆる恋人つなぎをしながら休憩の時以外は一歩も止まることなく迷宮内を歩いている。
全く止まることなく進んでいけている理由はルナの能力である「変身」の力だ。
ルナは七十層以上からノンストップでエンカウントし始めた魔物たちを全て髪の毛を鋭い刃に変化させて斬り裂いている。
変身能力は全身に使うことが出来るそうなのだが、その中でも特に自在に操れるのが髪の毛なのだそうだ。髪の毛は最大で一キロほど伸びるそうで、さらにそれを一本一本自在に動かしたり変化させたりして戦うことができる。さらに、髪を束ねることで斬撃にしろ殴打にしろ一撃の威力は増すのだそうだ。万能過ぎて恐ろしいとヒロキは思った。
現在は七十五層、人間種の王が命じて攻略している最前線の軍団が今のところ二十五層を攻略中との話なので、ヒロキたちはその三倍も深いところにいる。
ひとしきり撫で終わったあと、ルナがほんのちょっと悔しそうな顔で言ってきた。
「でも、そろそろ髪の毛一本だと厳しくなってくるかも」
「……そうか」
ヒロキはその言葉を聞いて考え込む。
自分はルナのことが好きだ。あの栗色から黄金への変化を見たときにはすでに好きになっていた。メイド服が世界で一番似合うと思う。いや何を着ても一番だ。何よりも愛おしくて、ずっと一緒に居たいと思う。
傍から見れば「リア充死ね」とか「爆発しろ!」などと言われそうなのろけみたいなものをなぜ考えているのかと言えば、ヒロキが現在の状況に不満を覚えているからだ。
こんなかわいい子と一緒にいて何が不満なんだ! と思われるかもしれないが、ヒロキが不満に感じているのは、そんなかわいい子に”守られている現状”だ。今もルナが目の前や背後からひっきりなしに襲ってきては死んでいっている。
ルナは強い。でもヒロキにとっては守りたいと思う存在だ。だからこそ、この現状に不満なのである。
「どうしたのヒロキ?」
ヒロキが上の空になっていることを心配してルナが聞いてくるので、あわてて笑顔で答えた。
「いや、そういえばこの制服みたいなのは何なんだ?」
ヒロキの服装は黒のロングコートと黒を基調としたブレザーの制服のようなものだ。しかし、ヒロキの学校では黒よりもどちらかと言えば青みがかった色合いのほうが強かったし、何よりも左胸のあたりに金の刺繍があったりとデザインが違う。ちなみに刺繍は月と眩く光る星を組み合わせたようなものだったやたらと凝っている。コートのほうにもところどころ金色の刺繍が入っている。
「そ、それは……」
ちょっとした言い訳のような感じでヒロキは答えたのだが、なぜかルナが顔を赤くしている。それに何やら不安そうな表情でもある。
普通なら感じ取れないようなそのルナの表情の変化を敏感に感じ取ったヒロキは優しい表情で尋ねた。
「どうしたんだ? このデザインなかなかいいと思って聞いてみただけなんだけど、何かふつご――」
「ほんとに?」
いつものように淡々と、しかし食い気味にかつ言葉に圧力をかけた状態で聞いてくるので、ヒロキはただコクコクと頷いた。ちなみに、ちょっと厨二っぽいかもとヒロキが思ったのは秘密だ。
するとルナがだれが見ても分かるほど表情を輝かせて、この服について説明してくれた。
「それは私が作った」
「これを?」
「ん。この世で最も丈夫な繊維と、私が持ってたので一番頑丈な皮なんかを使って、ヒロキが持ってた制服を参考にししながら私の髪のフル活用して作った」
「ほ~。すごいな」
「ん。ヒロキが来た時にに似合うようにと思ってたら、元のとだいぶデザインが変わってたからちょっと不安だった」
「なるほど。でも俺はこの服が好きだよ。ありがとう」
予想以上に愛情がこもっていてヒロキは思わずほおが緩んでしまった。
しかし、ルナの愛情はヒロキの予想の斜め上を行っていた。
「そういえばこの世で最も丈夫な繊維って具体的には何?」
「私の髪の毛」
「ほぁ? 今なんて?」
「私の髪の毛」
「……」
思わず絶句してしまったヒロキ。ルナは続ける。
「刺繍は全部私の髪で出来てる」
「う、うん。ルナの髪ってそんなことできるんだね」
「違う。繊維としてしか扱えない。一応伸ばして切って伸ばして切ってってやれば髪は無限に出せるけど、金属とかにすることはできない」
「そうなんだ。まあ、ルナの金髪は綺麗で好きだから刺繍に関しては文句はないと言えばないけど」
「あぅ」
照れるルナが可愛くて頭をもう一度なでてあげようとしたのだが、そこではたと気がついたことがあった。
ヒロキは恐る恐るルナに聞く。
「あのさ? どうしてこの服サイズピッタリなんだ?」
「? 採寸したから?」
ルナはキョトンとした表情で聞いてくる。ヒロキは頬が引き攣る。
「えっと、どうやって? というかいつの間に?」
「? 夜に、ヒロキが寝てるときに髪の毛で全身をくるんで?」
「いやいや! 全然気がつかなかったんですけど!?」
「サプライズにしたかったから? うれしくなかった?」
「いや、うれしかったけど! そういう問題でもなくてね!」
「私だと思って大切に使ってください」
「勝手に話を纏めただと!? いや、そもそも”私だと思って”じゃなくて”私そのもの”も入ってるよね!?」
この装備はルナの一部である髪の毛も入ってるのだから、とツッコミを入れた。しかも途中から口調が変わってしまっている。ヒロキが相当驚いている証拠だ。
しかも、ツッコんでいる間に自分でもどうでもよくなってきてしまったヒロキ。大好きなことに変わりはないがルナがちょっと怖くなってしまったのだった。
あれから数時間が経ち、八十一層あたりに来た時の事。
まともに戦闘をしていないものの、ルナが魔物を容赦なく殲滅してくれた恩恵がヒロキにも来ていたようで、レベルがそれなりに上がっていて、ステータスはマナが600を超え、攻・防・敏の三つも全て200を上回り、使える魔法の数もマナの上昇とともに増えていた。
自分が何もしていない状況でレベルが上がっていくことにまたしても不満なヒロキは強くなる方法を頭の中でいろいろとひねり出していたところ、ルナが突然立ち止まる。
「どうした、ルナ? 何かあった?」
「ん。ここから左に外れたところの行き止まりに何か変なマナの反応がある」
「トラップ……じゃないんだよな?」
「ん。たぶん違う」
「そうか……行ってみよう」
「ん」
ヒロキの言葉にルナはうなずいて、その反応があるという場所に連れて行ってもらった。
さて、なぜここでルナがマナの反応が分かるのかと言えば、これは髪の毛を最大の長さまで伸ばして物理感知を行っているからだ。実はすんなりと迷うこともなく道を通っていけた理由は、行き止まりを髪の毛で感知し続けてそこを避けていたからだ。
さらに、髪の毛には伸ばして動かすためのマナが流れているため、魔法に関するものについても感知できる。魔人族の依頼で禁書を探していた時も、魔法による何らかの仕掛けがあるのだろうと思ってこの方法で探していたのだそうだ。まあ、禁書のありかについては単なるからくりの様な物だったので意味はなさなかったのだが。
しかし、迷宮内ではこの感知が役に立っていて、事実ここまで一切トラップに引っかかっていない。
そんなとんでもない感知能力を持っているルナが変だと言ったのだ、絶対に何かがあるとヒロキは確信して、その場所に訪れた。
一見なにもないただの行き止まりのように見える場所で二人は止まると、ルナが指をさす。
「ここに、魔法の力が感じられる」
「……封印とかの類か?」
「たぶん。でも、よく分からない」
「……」
そこでヒロキは初めてルナにおんぶにだっこの現状を打破するために、あの禁書に書いてあって、現在の自分でもできる魔法を使用することにした。
「ルナ、ちょっと試したいことがあるんだけど、少し時間がかかるから――」
「分かった」
周りの警戒を頼む、と言う前に理解して了承してくれたことに感謝しながらヒロキは右腕を前に出すと目を閉じて集中する。
この世界の禁書は、二つのタイプに分かれているらしい。一つはやってはいけない魔法、いわゆる禁術をが書かれた本。もう一つは普通の人間はできないために使われなくなった魔法だ。
後者に関してなぜ禁書として扱われているのかと言えば、出来ない魔法を無理にやろうとすると暴発、ひどいときには術者が命を失ってしまうことがあるほど危険なものだからで、下手に力を求めるあまり多くの死人を出さないようにとのことで禁書扱いされている。
それ故にヒロキは慎重にマナを練り上げる。魔法を扱うときはイメージが重要になるらしく、イメージが不完全だと魔法は発動しない。
そして、今回のイメージはあらゆる力が一つになるイメージだ。
マナが徐々に右手の人差し指に集まってくる。
そして、ヒロキが目を開くと、指が青く優しい光を放っていた。
「きれい……」
ルナが思わずつぶやいてしまう。
ヒロキはそのまま集中を維持して何もない行き止まりに触れる。
ガラガラガラ
触れた瞬間、ただの行き止まりだった場所が崩壊していき、新たな道が現れた。
「おお、隠し通路か」
「ん……行ってみる?」
「? むしろ行かないのか?」
「愚問だった」
ルナがヒロキの表情を見てそう答える。ヒロキがルナのあまり変化しない表情から感情を感じ取れるように、ルナも博希の表情や態度から感情を察することができる。だからこそ、隠し通路を発見したときのヒロキの表情が行こうと言っていたので、この問答は文字通り愚問だったのだ。
しかし、二人はこの後圧倒的なまでの理不尽にさらされることになるのだった。
二人はいつものように恋人つなぎで歩きながら会話をしていた。
「ヒロキ、あの魔法は何?」
「ああ、あれか……う~ん。あれは魔法の前段階なんだよなあ」
「? どういうこと?」
「この世界の魔法には七つの系統があるだろ?」
「ん。それがどうかしたの?」
「あれはその七つの系統のすべてを混ぜて出来るものなんだ。で、俺が読んでた禁書にはその全系統を混ぜ合わせた”セッテ”っていうものを扱った魔法が多く書いてあったんだ。だからまだあの状態は前段階なんだ」
「ふうん……でもそれが何であそこを開くことにつながるの?」
「それはだな」
ルナは大量のマナを有しているが、再生と変身の能力のせいで魔法が扱えないため、説明を聞いてもあまり分かっていないようで、ちょっと気の抜けた返事になっている。
そんなルナのことを見て可愛いなあ、などと思いながら説明を考えつつ歩いていたところで、
「「――っ!」」
二人同時に全身がこわばる。
二人が感じているのは圧倒的なまでの殺気だ。
しかも、あのルナまでもが表情に緊張を宿している。
すると、一瞬にして地面が落ちた。
「なあ!」
突然自分の体を支えるものがなくなって宙に投げ出されるヒロキ。
そのまま落ちるのかと思ったその時、自分に優しく包み込まれるような感覚がやってくる。
「大丈夫!?」
「ルナか! ああ、大丈夫だ」
ヒロキはルナにまたしてもお姫様抱っこされていた。ちなみに手はつないだままだったので、する意味はなかったのかもしれない。
そのことに気がついたヒロキはおろしてもらおうと思ったのだが、ふとルナの背中から漆黒の羽が生えているのに気がつく。
「ルナ、飛べたのか?」
ヒロキはルナに驚きの表情とともに聞いたのだが、それに答える声は届かなかった。
ギュワアアアアアアアアアアアァァァァ
「くうっ!?」
「ルおわああ」
突然禍々しい青の光線が襲ってきて、ルナの羽に当たり、二人は吹き飛ばされると、壁に当たって地面に落ちる。
「いったいな――」
ギュアアアアアアア
またしても真っ暗な空間から光線が飛んできて二人同時に右へ跳ぶ。
「く、ライトフラッシュ!」
ヒロキが光系統魔法の中で、灯り代わりになる魔法を詠唱する。
「な、なんだありゃ」
「ん。あんなの見たことない」
そこにいたのは、ヤマタノオロチやヒュドラなど歯牙にもかけないというような数の首がある全身が禍々しい藍色の魔物だった。実際、首の数は百八ある。煩悩の数だ。
そのあまりの異様にルナが先の衝突で離れてしまった手を握ってくる。ルナでさえもあの存在には恐怖を隠せないのだろう。
「ルナ、傷は大丈夫か」
「ん。再生したから問題ない。けど」
「けど?」
「あれを一回まともに食らったら危ない」
「!」
出会った中で最強のルナでさえ危ないということにヒロキは絶句する。
そしてまたしても光線が放たれる。
しかも、今回は……
「はは、これはやっちまったな」
襲ってきた百八の光線に二人は一瞬で飲み込まれた。
○△□
ヒロキはボーッと何もできなかったあの戦闘を思い出していた。
あの光線が一直線に自分たちのもとに向かってきたのは不用意に灯りを付けてしまったからだろう。
そもそも、あの階層にあれほどの魔物がいるなどとは予想外だったとしても、もっと警戒するべきだった。
何よりルナを……
「ルナ!?」
ヒロキは自分と一緒にルナも光線を浴びたことを思い出して体を起こす。
「んむ……ヒロキ?」
「!?……ルナ無事だったのか!」
後ろからルナの声が聞こえて、安堵とともに振り向くと、
――そこには全裸のルナがいた。
「のわぁ!」
ヒロキは思わず顔をそらした。もちろん頬は赤くなっている。ルナは巨乳とまではいかないまでも、男を十分ドキドキさせられるほどの大きさなのでこうなるのも当然である。何より好きな人の裸なのだ余計に赤くなる。
ルナは自分の様子と、そして博希の様子を見ると、
「やるの?」
「何をだよ!」
「何って、ナニ?」
「ネタをどうもありがとう! そうじゃなくてだな――」
「でも、私もヒロキも裸」
「え? ほわ! 服はないのか!?」
そう言うといつの間にかルナが作ってくれたという服を身に纏っていた。
「な、なんだこれは?」
「……む、私も服が出てきた」
ルナもいつものメイド服に戻ったようだ。
「いったいここは何なんだ? というか俺たちは死んだのか?」
「ん。あの光線を受けたはずだから」
ヒロキたちがいるのは真っ白な空間だ。
右も左も、上下の間隔さえも狂いそうな、何もない空間。
自然と二人は手をつなぎながら立ち上がると、
「ようこそいらっしゃいました」
後ろから声がした。
声が聞こえた瞬間にヒロキは嫌な予感がしたので、
「私はこの世界の女神『帰るか』ちょとまてえい!『ん』いや待って本当にお願いしますから~」
後ろから聞こえる声を無視して立ち去ろうとしたら全力で服をつかまれて泣きつかれた。
「なぜこんなことに?」
異世界にきて初の冒険でいきなり別の世界に行くという展開。
次回はヒロキが異世界召喚にありがちな展開に巻き込まれます。