プロローグ2 異世界召喚と出会い
「――っ!」
目覚めるとそこはまるでファンタジー小説によく出てくるような西洋の城の大きな広間のような場所にいた。
周りを見渡せばクラスメイト達が少々おびえた感じで、博希と同じように周りを見渡している。
「ようこそいらっしゃいました勇者様方」
「な、なんだあ?」
鈴の音のようなかわいらしい声が聞こえ、クラス全員がそちらに向く。
そこには淡い金髪で青い瞳のいかにもプリンセスが着ていそうなフリフリのドレスを着た美少女がいた。
少女は頭を下げながら続ける。
「あなたたちに私たちの国を助けてほしいのです!」
博希は思った、どうやら面倒事のフラグが立ったようであると。
○△□
姫様がこの世界のことについて説明してくれた。
この世界は【トライデント】という名の世界で、「人間族」「獣人族」「魔人族」が上位種族として君臨している。他にも「亜人族」という種族もあるそうだがこれは下位種族として蔑まれているそうだ。トライデント、三叉の矛とは調子に乗った名前である。というかありきたりな感じが否めないなとオタク知識が豊富である博希は思った。
そんな世界では現在上位種族三つが戦争を起こそうとしているそうで、身体能力に優れた「獣人族」と魔法に優れた「魔人族」に対抗するために、この世界に来ることで素晴らしい力を持った勇者たちの力を借りたいのだという、これもまたありきたりな、異世界召喚物で言うなら『普通』な展開だった。
で、神殿みたいな場所で自分の力を計測する神託なるものを受けてみると、本当にみなチート能力を秘めていることが分かったのだ。
そして、この話を聞いて俄然やる気になった二つのグループがいた。
「みんな、この世界の人たちは困っているって言ってるんだ、助けたいと思わないか」
一つ目のグループは、こんな感じに気障なセリフをのたまうのはヒロキのクラスのリーダー的存在。頭脳明晰、スポーツ万能、さらにはイケメンで性格も優しいという、最近では少女漫画でも登場しないだろうリアル出○杉君こと、空井翔太(役職 光の勇者)とその幼なじみの男子一人、女子二人のメンバー。しかも、女子二人は一年生にして学校の二大プリンセスという。何というかまさに勇者一行を体現している。ちなみにショウタ以外のメンバーの名前と役職は、寺原颯太(役職 拳闘士)、成瀬いのり(役職 治癒術師)、天河流美(役職 雷の勇者)
「よっしゃ俺たちの時代が来たぜ!」
「な、マジ来たよな!な!」
「ふ、やっと我々の力を見せるときが来たようだ」
「おい、この場で厨二発言はやめろ。まあ、テンション上がるの分かるけど」
次いで説明こんな感じで若干残念そうな発言者を含んでいるのは、いかにも異世界召喚されそうなオタク集団。名前は田中雄介(役職 火の勇者)、佐藤公大(役職 水の勇者)、鈴木隆文(役職 風の勇者)、桧山健斗(役職 土の勇者)だ。
ちなみにヒロキが犯人とされている、エロゲ・エロ同人誌大量持ち込み事件の犯人は彼らで、かつてはオタク仲間としてヒロキとも仲良くやっていたのだが、まるでトカゲのしっぽ切りのようにしてはぶられたという経緯がある。まあ、博希としてはその点についてはもう割り切っているのだが、心の奥底ではやはりなんとなく納得いかない気持ちもあるので、全く会話をしないようにしている。
その前に説明しておくと、この世界の魔法には七つの属性(火、水、風、雷、土、光、闇)というものがあるそうで、○の勇者の役職の人はその属性に特別高い適性があり、身体能力も高い。いわゆるチートの中のチートだ。闇の勇者は居なかったが、そもそも「人間族」は闇よりも光の属性のほうが適性が根本的に高いようで、逆に「魔人族」は闇のほうが光より属性の適性が高いそうだ。
さて、そんな感じで計六人もの勇者がいて自分たちもそれぞれ強力な力を持っていると言われれば、別に厨二な人じゃなくてもテンションが上がるもので、みんなやる気になってしまいましたという感じになったのだ。
ここでとりあえず主だったメンバーがどれくらいチートなのかを説明しておこう。
この世界にはステータスプレートと呼ばれるものがある。
これは身分証であり、自身のステータスを知ることができるものだ。
具体例として光の勇者である空井翔太の能力を見てみよう。
ショウタ・ソライ(男・16歳)
役職 勇者
レベル 1
能力
マナ 70
攻 100
防 100
敏 100
魔法 ライトスラッシュ (20)
ライトボール (20)
技能 両手剣 言語理解
称号 光の勇者
なんともシンプルであるため説明しなくても分かるような気がするが、攻は攻撃力で防は防御力で敏は敏捷力だ。この世界の平均はレベル10で全ての能力が50程度とすでに翔太は倍の能力がある。魔法は書かれて言葉を詠唱することでマナを消費して発動できるようになっている。カッコ内にあるのはマナの消費量である。
そして、この世界において最も重要なのが実は技能だ。
これはゲームなどではスキルと呼ばれているもので、これが多ければ多い程出来る事が増える。またそれぞれの技能には熟練度というものがあって、その技能を使い続けると、より強力なことができるようにもなっている。
普通技能をレベル1で二つも持っているのは普通ではないのでこれまたチートである。
そんな感じでチート能力に浮かれたクラスメイト四十人はあれよあれよという感じで戦闘訓練が開始されて、一か月でそれなりに力を付けていった。
さて、普通嫌いこと我らが博希君は何をしているかというと。
「ふ~ん。こんなのもあるんだ」
訓練をさぼって王宮にある書斎の本を片っ端から読んでいた。
まず言っておくと、博希の役職は魔術師だ。
この役職は複数人いるので特別なチートというほどでもないが、それなりに強いのは言うまでもない。
それに加えて博希は全属性に適性がある。これはすごいとしか言いようがない感じなのだが、本人がなぜおまえらにステータス教えなきゃいけないの?馬鹿なの?死ぬの?と言って一向にステータスを見せようとしなかったので全員が博希のことを弱いから見せられないんだと思っている。
あげく訓練では一番最初に昨日の復習として行われる模擬戦で魔法をフルバーストしてマナがすっからかんにして、後衛職なので近接戦闘の訓練も最小限しか必要ないからなどと言って、このように途中で訓練を抜け出し本を読んでいるというわけだ。
実際は、すべてはさぼるための口実なのだが。なぜなら、クラスメイトがたくさんいる場所にいても自分にはそもそも居場所がない。それどころか、最初に生意気言ったのでこの城にも居場所がないのだ。
まあ、最近は面白い本を見つけたのでそっちの理由でここに入り浸っているのだが。
「一ノ瀬君。今日も訓練をさぼっているのですか?」
「……さぼってないですよ。今は魔法の勉強中ですから。先生」
そんな感じでひっそりと本を読んでいると書斎に一人の大人の女性が話しかけてくる。、あちらの世界で授業を行っていて巻き込まれてしまった高橋晴先生だ。
博希はそれに対し今読んでいた面白い本を他にカモフラージュとして置いておいた本の下に隠して、毎度同じ言葉で返す。
「はあ、それ何度目ですか……えっと」
「何の本を探してるんですか?」
「はい。今回は穀類についてちょっと気になる点がありまして」
「それなら、そっちの棚の五段目の左から三番目と四番目あたりがいいかと」
「相変わらず、すごい記憶力ですね。有難うございます」
身長170センチと女性の中では割と高身長で、クールな雰囲気を感じさせる……というか結構怖い感じの印象を受ける先生だ。実際ここまでの会話も「何さぼってんだ殺すぞ」とか「そんだけの能力あるのに何でさぼってんだこらぁ」って言われているような感覚を覚える。
晴先生は理系科目を主に教えている先生で自分たちのクラスでは化学の先生だ。
怖い印象を受けるが印象を受けるが真面目で、目の前に困っている人がいたら放っておけないという優しさがあるのに、その怖い印象を受ける顔が全てを台無しにしてしまうというなんとも難儀な人だ。かの事件で避けられがちな博希に対しても平等に接してくれるので、博希自身としても先生に話しかければ真面目に返すし、困っているなら自分に出来る範囲で協力したくなる、そんな人だ。もちろん怖い印象が抜けきらないのは博希も一緒だが。
この世界に召喚させられて彼女が得た能力は薬師、これは戦闘職ではなく鍛冶師などの生産職で読んで字のごとく薬をつくる職業。割と一般的なものだ。実際晴先生は巻き込まれただけなのでマナが高いということ以外に特徴はない。
が、化学を学校で教えていて、本人は生物系の科目も大学で専攻していた彼女がマナ多めの薬師になると、地球の現代科学の知識を用いて画期的な薬をつくったり、化学肥料を作って農業を活性化させたりと、割とすごいことになったりしていて、現段階では勇者たちよりも活躍している。
晴は博希にもらった本を持って書斎を出ようとする。博希はそれを横目で確認して、先ほど隠していた本を取ろうとして、一ノ瀬君、と声をかけてきた。
博希はそちらにもう一度向くと、晴が普段は見せない心配そうな表情で言ってくる。でもやっぱり怖い。
「明日は迷宮での訓練だそうですね」
「……はい、そうですね」
【トライデント】には各地に迷宮がある。迷宮は下に向かって何階層もある構造になっており、そこにはたくさんの魔物がいて、時には迷宮を出て襲ってくるようのものもいるため、迷宮がある場所は即刻攻略せよというのはどの種族も共通の認識だったりする。ちなみに、攻略というのは最下層にいる、迷宮のボスを倒すことだ。どうやらボスが迷宮の核になっているようで、それを壊すことで迷宮がただの洞窟になり、気がつけばなくなってしまうのだそうだ。不思議な現象である。
ともかく迷宮は下も階層に向かうほど魔物の強さも上がっていくので、徐々に強くなっていく敵を相手に実践経験を積めるいい場所だ。
しかし、もちろん実践であるのだから危険はあるわけで、そのことについて晴は先生として心配しているのだ。怒っているような印象を受けて怖いが心配しているのだ。「まじめにやらないなら死ね」と言われているような気がするが心配してくれているのだ。
晴は先ほどのこの国の情勢についてと博希たちにやってほしいことの説明を受けたとき、この国が困っていることについてもかなり心を砕いていたが、それでも彼女は博希たち生徒のことをすごく心配しているのだ。怖い印象が抜けきらないが。
目の前で困っている人を放っておけないためこの国のために出来る事はやりたいが、何より生徒たちを守らなければならないという二つの感情で板挟み状態になっている。そんなところからも優しさを感じさせてくれて、さおさら生徒たちが頑張れているのを晴は知らないだろうが、博希も彼女がいてくれることで安心させられているところはあるので感謝している。彼女を目の前にするとどうしても怖いと思ってしまうが。
だから、博希は自分にしては珍しく笑って答えた。
「大丈夫ですよ。俺はともかくみんな優秀ですし、俺は後衛職なんで基本怪我せずに済みますから。騎士の人もいて守ってくれるそうですし、何も心配いりません」
「…………そう、ですか。……そう、ですね。頑張ってきてください」
この笑顔に晴は一瞬、より不安そうな表情をしたが、それでもすぐにいつものこわ……クールな印象のある顔に戻して立ち去る。ただし、やっぱり怖い。だって「頑張らなかったら殺すぞごみカス」って言われてるように感じるのだから。
晴先生が出ていくのを確認し、手元に面白い本を開いて、博希は意識をそちらに向ける。
○△□
それからしばらくして、一人の若い少女のメイドが書斎に入ってきた。
栗色の短髪をしたメイドは博希を発見すると一礼する。
「お疲れ様です。一ノ瀬様」
「ああ、あんたか」
「はい、私はこれからこの場所を掃除いたしますが――」
「別に構わないよ」
「かしこまりました」
博希ははたきを持っているメイドを一瞥すると、手をひらひらと振って仕事をするように促す。
このメイドさんとは毎日顔を合わせている。どうやら彼女はこの書斎を掃除する係のようだ。もちろん違う場所でも仕事をしているのだろうが、毎日同じ時間に来ていることからこのメイドさんの仕事がきっちりしているのだろうと博希は感心していた。
ちらりと博希がそのメイドを見ると、彼女も自分を見ていることに気がついた。
何だろうかと思って、珍しく自分から話しかけてみることにした。
「俺に何か用があるんですか?」
「いえ、別に――」
「どうして真面目に訓練しないんだ、ですか?」
「……」
彼女はメイドスマイルを欠かしていないが、博希の言葉に若干表情がこわばる。
そして、虐められ続けてそれを回避するために人の表情や呼吸、会話のリズムの変化、およびその時の感情がどんなものかを把握できるようになった博希からしてみれば、それが図星であることは明らかだった。
博希は自嘲気味に笑いながら続ける。
「知ってますよ。王宮の人たちとか騎士の皆さんとかが俺がやる気がないって言ってるのは」
「それは……」
「でも、はっきり言っておきますけど。なんで俺がそんなことしなきゃいけないんです?」
「え?」
いつしか博希の笑みは自嘲的なものから苦笑いのようなものになっていた。
博希はさらに畳みかける。
「あんたらが俺にやらせようとしているのは人殺しだろ? それも自分が死ぬ可能性がある人殺しだ」
「……」
「俺の住んでいた世界は、少なくとも俺の国は戦争を放棄した国だった。そんな国にいるやつらが自分の命を懸けて戦えるとは思えない」
「……」
「まして、俺からしてみればあんたらの戦争なんて所詮は他人の争いだ。本気になる理由がない。というか本気になんてなれやしない」
実際、ここ最近でぐんと力を付けているオタク勇者四人組はおそらくゲーム感覚だろうと博希は判断していた。さらに、それに追随する形で力を付けている翔太率いるリアル勇者一行グループもどことなく自分たちを子供が読むような物語の勇者たちに重ねているように思う。
おそらく本当の戦争になったとき、あるいは一人でもクラスメイトが死んだとき、全員が心に迷いを浮かべるだろうことは想像に難くない。
そういう意味を込めて目の前のメイドに言い放つと、予想外にも冷静な表情をしていた。
ちょっと予想外の反応を見せたため、博希が戸惑っているとメイドがすごく冷たい声音で聞いてきた。
「では、なぜあなたはここで勉学に励んでいるのです?」
「……自衛のため」
「自衛……」
自身の言葉に何やらメイドが思案していると感じた博希は、ここまでぶっちゃけてしまったのだからいいかと思い、さらなる爆弾を投下することにした。
「自衛のためっていうのはですね。そのうち俺はこの城を出て一人でこの世界を旅しようかなあって思ってるからなんです」
「な、なにをっ」
「この世界で手取り早く生きてくためには冒険者になるのはベストだろうし、幸いそれほど強くはないけど一応チートがありますから。もうそろそろ、それこそ今回向かう迷宮でそれなりに俺の魔法が通用するなら出ていこうかなって思っているんで。あ、このことは他言無用で頼みますよ」
博希はすらすらと今後の予定について話してしまう。
そのあまりにもあっさりとした姿にメイドは戸惑いの表情を浮かべる。
「……一人でこの世界を歩き渡ると?」
「ああ」
「……死にますよ」
「死なないために、とりあえずここの本は読んでたんですけどね」
メイドからの忠告に、今度は博希が戸惑いの表情になる。
しかし、すぐにまた自嘲気味な笑みをたたえると、さらりと冷たい声で言った。
「まあ、別に死んでもいいし」
「――っ!」
想像以上に冷たく、重さのある声でそんなことを言った博希に、思わずメイドは息をのんだ。
「実際何度も自殺しようかとも思ったんですけどね」
「……」
「どうにもそれだと、虐めの負けたみたいでみたいでいやだったというか」
「……」
「……言い訳ですね。結局死にきれなかったっていうことは俺は死ぬのが怖いんでしょう……どうしたんです?」
何やら完全に黙ってしまっているので不思議に思い尋ねるとメイドさんが今までとは全く違う声で言ってきた。
「なら殺してあげましょうか」
博希は全く言葉を発することができなかった。理由は単純だ。目の前の栗色髪のメイドさんの姿がどんどんと変わっていっているからだ。
栗色だった短い髪は、長く、そしてこの国のプリンセスよりも濃く透き通るような金色に、同じく栗色の瞳は紫紺の水晶のようになり真白な肌によく映える。さらにもともとかわいらしい印象だった少女がどこか妖艶さも感じさせる印象になってしまった。
博希は思わず見とれてしまった。今まで出会ってきた中で、一番美しいと感じる。
突然変身を遂げた美少女メイドは冷たい声音で言ってきた。
「もう一度言います。なら殺してあげましょうか」
どうやらとんでもない人に出会ってしまったらしいと博希は思った。
次もすぐ出す予定です。
そして、ヒロイン登場です。
ステータスは随時後書きや本編に書いていきたいなあと思います。
あ、博希のステータスはプロローグ4で出そうかなと思ってます。