第一章6 男の攻防?
「へえ、このオレンジ肉まんっていうやつ結構うまいな。食べると口の中に肉汁が広がりその旨味で幸せな気分になるし、柑橘系の酸味のおかげで後味もさっぱりしている。餡の中には肉とともにオレンジピューレでも入れてるのかな? オレンジの皮特有の渋みと触感もいいアクセントになっているしすごくおいしい」
「……ヒロキ、なんでそんなに詳しく解説してるの?」
「? そいえばなんでだろ? おいしかったからちょっとテンションがおかしくなったのかな?」
「ん。ちょっとおかしい」
ヒロキはルナに強引に引っ張られて城下町に入ったあと、普通にデートしていた。
現在はこの町の商店街のような場所に来ており、いろいろな店を見て回っている。お金はアランを助けた褒賞としてそれなりにもらっているため、いろんなものを食べ歩いている感じだ。ちなみに人も町も店の中も、商品も何もかもがオレンジ色なのは言うまでもないことだ。
さて、そんな場所を二人でのんびり歩いていると、二人の格好ゆえに結構目立つ。なにせ一人はこの世界にはない制服(ルナが作った、町を歩く用のもの。なんだそりゃとツッコミたところだが聞いてはいけない気がしてヒロキはスルーした。もちろんなぜかサイズはぴったりだ)とルナはいつものメイド服(どうやら汚れない仕様になっているらしい)だ。目立たないわけがない。
まあ、目立っているのは主にルナだ。彼女の腰までのびる美しい金糸の髪と、ミステリアスな雰囲気と妖艶さをたたえた紫紺の瞳。顔は若干幼さも感じさせるため、何というか非常に男心をくすぐるのである。もちろんヒロキも大好きだ。しかも吸血鬼の力を強化したあとは特に色っぽさがました印象がある。
実はすでにテンプレが発生していたりする。テンプレといえばもちろん……
「よう、そこのガキギャアアア!!?」
いつものように手をつないで歩いている二人に、ルナにいやらしい視線を向けながら近づいてきた禿げ頭の大男が話しかけた瞬間に発狂して倒れるというテンプレが発生していた。ん? テンプレではない?
ルナは発狂した男のことなど視界に入れずにヒロキの方を向くと、
「無理してないの? はむ」
「いや、心配してるならそんなにかわいらしく食べるなよ。まあ、大丈夫なんだけどさ」
ルナが左手に持ったオレンジあんまんを食べながら尋ねてくるので、リスみたいでかわいいなと思いながらも、半眼でツッコミを入れる。
「……そう、ならいい。……食べる?」
「いただきます」
ルナはジーとヒロキを見て嘘がないことを確認すると、すぐにかわいらしく聞いてきたのでそのまま口の中が甘ったるくてしょうがないような二人だけの空間を作り出す。
その後もあっちでイチャイチャこっちでラブラブしていると、ヒロキが手を引いて店に入っていく。実はここまで出始めてだったりする。ヒロキは基本ルナの言いなりのようについて歩いていたのだ。
ヒロキがすでに尻に敷かれているのは置いておくとして、入った店は武器屋だった。それもかなり大きめのもので、防具や指輪にブレスレット、ネックレスなどの装飾品を扱ってる場所である。
「……ヒロキ、武器が欲しいの?」
ヒロキが武器屋に入って、魔術師でありながらワンドやロッドなどだけでなくいろんな武器をジーと見ているので、ルナが質問する。ルナは全身が武器なため、ここまで必要性を感じなかったゆえに、何か意味があるの? と思うのも当然だろう。
初めて魔物を髪の毛一本で倒したのをヒロキが見て驚愕した後に行った言葉は「私の髪の毛のほうが聖剣よりもよく切れるから」だった。ルナのトンデモナイ能力と言葉にさすがのヒロキも開いた口がふさがらなかった。ちなみに聖剣を携えた人物と直接戦ったことがあるそうだ。ヒロキがそのあとすぐ「それいつの話?」と聞いて後悔したことは言うまでもないだろう。「そういえばルナって年いくつ?」と言って「永遠の16歳」と言われたことも言うまでもないだろう。
そんなルナさん(永遠の16歳)の質問にヒロキは歯切れの悪そうに「う~ん」というと、
「まあ、何というか……一応そういう意図がないわけではないけど、それがメインじゃないんだよな」
「どういうこと?」
「俺の左目の能力はまだ他にもあるって言ったよな?」
ヒロキの言葉にルナがうなずく。
「で、能力の一つに武器鑑定ってのがあって、それを実行してたんだ」
「どんなふうに見えるの?」
「そうだな……こんな感じ」
そういうとヒロキが剣の一つ(もちろんオレンジ色だ)を取って、ルナに幻術をかける。今回ヒロキは幻術にかかったとわかるようにしているため、ルナもそれを理解して身をゆだねる。その効果でルナには本来見えないものが見えてきた。
武器名 ただの剣
レア度 1
「これだけ?」
「そ、この世界ではこの程度の情報しかないみたいだな。じゃ、幻術を解くぞ」
剣を置いたヒロキがルナに触れると触れられたところから元の世界に帰っていく感覚が起きる。
「……んっ」
ルナが目を覚ますと、ヒロキが自分を胸に抱えていた。
そのままキスしたくなる衝動を二人は抑えて(見境がなさすぎるなあというのが最近のヒロキの悩み)、元の体制に戻る。
「他にはどういう能力があるの?」
「他には、人物とか魔物の鑑定もできるし、熱探知もできるな。あとは大気中にあるマナの流れなんかも見えるぞ」
「便利」
「まあ、な」
ルナの発言にヒロキは不満そうな表情をする。気になったルナはコテンと首を傾げて「どうしたの?」と目だけで訴える。それを見たヒロキはなおも不満そうな顔をしながら、
「いや、俺がオプションでもらったのは《魔眼創造》っていうやつだったんだけど、俺の作ったやつは《映す瞳》じゃないんだよ」
ルナはその言葉に余計にはてなマークが浮かんでしまう。具体的には最初は一つだったのが三つになった感じだ。そこまで詳しく言う必要はもちろんないが、ヒロキはなんとなくルナの表情からその様子を幻視した。
ヒロキはそんな「どういうこと???」なルナも可愛いな、抱きしめたいなと思いながら(本当に節操がない)説明を続ける。
「たぶん今の俺の左目の能力は、俺が作った魔眼の下位互換なんだと思うんだ。で、これは推測なんだけど、多分俺の作った魔眼が想像以上に強力で、現段階での俺の体で処理しきれないレベルなんだと思う。まあ、徐々にできることとか左目の能力自体が上がっているような感覚があるから体になじませている段階といった感じかな? ……まあそんなわけで、まだまだ能力の一部しか解放されてないから満足いってないんだよ」
「なるほど」
「で、それを早く解放したいから今までず~と魔眼の能力を使いっぱなしにしているわけなんだが……」
ルナがふむふむと納得の表情を見せたところで、ヒロキの表情が真剣なものとなる。
何だろうかとルナが思っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「やあやあ、綺麗なメイドさん」
現れたのは全身オレンジ色の魔導士のような恰好をしたイケメンだ。ただしなんというか品がない感じの残念イケメンのような印象を受ける顔立ちである。また、残念イケメンの背後には綺麗な顔立ちをした侍女が二人いる。
「あなたは本当に美しい。ぜひとも僕の従者になってはくれませんかね?」
残念イケメンはヒロキなど無視してルナにそう言いながらルナに触れようとする。
が、それをヒロキが許すはずもない。
「おい、俺のルナに手を出してんじゃねえよ」
その手が触れる前にヒロキは前に出て挑発を入れる。この残念イケメンはどう考えてもプライドが高そうだから、食いついてくるだろうという判断だ。
案の定、残念イケメンは食いついてきた。
「なんだ、愚民? このオーリンジ王国の貴族の中でも最も力のあるネイズ家の次期当主であり、王国筆頭魔導士として最も優秀な男である。このザンネン・ネイズに喧嘩を売っているのか?」
残念イケメンさんはヒロキを睨んで自分の出自を語る。実際、この国ではとても有名な人物で、誰も彼には逆らおうとしないような人物である。店員さんや店の中にいた客たちの顔も真っ青になっている。
そんな相手を前にしてヒロキはというと……
「ぷふっ……ザンネンってまんまじゃねえか、くくくっやべえ何こいつの名前超おもしれえ。くくく」
笑いをこらえようとして失敗していた。
「き、きさまぁ! 絶対強者であるこの私のことを侮辱したな! 表に出ろ! 私の魔法で殺してやる!」
「は? なんでてめえの言う通りにしなきゃいけないんだよ?」
「ふざけるな! この下賤な平民が! 全てを砕き! 万を壊すは業火の一撃! 爆ぜろ! ”爆砲”」
激高したザンネン(人名)は、バックステップでヒロキと距離を取ると、掌をヒロキに向けると直径五センチの小さな赤い球体を打ち出した。ザンネン(人名)が発動したのはこの世界では最上級の爆発魔法である”爆砲”。球体自体は小さいが、当たったれば爆発で半径五百メートルの範囲が消滅してしまうような強力な魔法だ。正直に言えば店の中でやるものじゃないし、超遠距離殲滅魔法なので、こんな近距離で放ったら自分も危ない。ザンネン(人名)は頭もザンネンなようだ。
ヒロキは仕方なしに魔法を詠唱する。
「マイナスケルビン」
ヒロキは”爆砲”よりも一回りほど大きい青白い球体を放つ。
すると、赤い球体に青い球体があったった瞬間に消滅してしまった。
「なっ!」
目の前の不可思議な現象に驚愕したザンネン(人名)は、そのまま呆けてしまった。
ヒロキはそのザンネンな顔をしたザンネン(人名)を一瞥すると、笑いをこらえながら立ち去るのだった。
ちなみにルナはザンネンがしゃべり始めた瞬間に、変身によって鼓膜をなくして音を遮断していたので、会話を全く聞いていなかった。いろいろと残念なザンネン(人名)だった。
○△□
王城に戻ってくると、ルナが質問してきた。
「あの魔法すごかった」
「? ……ああ、マイナスケルビンか」
「どんな魔法だったの?」
「う~んと……簡単に言えばものすごく冷たい球体をぶつける魔法だな、当たれば一瞬で凍死する。あの魔法は火属性の爆発系だったから、凍らせるのよりも冷たい魔法をぶつけることで爆発を防いだってところだな」
「ふむ」
ルナが納得の表情を見せる。
ざっくり説明してしまったが、まず0ケルビン=-273℃=絶対零度なのだ。絶対零度はいわばそれよりも冷たくなることはないということであり、マイナスケルビンはそんな絶対零度よりも冷たいことを表す。実際当たれば凍死レベルで済むものではない。最上級魔法恐るべしである。
「そういえば、なんで幻術を使わなかったの?」
「ん? 俺の左目にはあいつが魔術師だって出てたからな、あいつの実力を測りたかったんだよ。まあ、名前同様、実力も残念だったわけだが、それに……」
「それに?」
基本的に自分に対しては話してくれるときはすべて話してくれるヒロキが途中で止まったので、ルナは疑問に思って先を促すも、後ろからコツコツという足音が聞こえてきた。ヒロキの意識はそちらに集中している。
「ヒロキ!」
「……なんだ、アラン」
やってきたのはこの国の王女であるアランだ。ザンネン(人名)よりも普通に偉い人物である。
「あの、山賊のリーダーや幹部の面々が全く起きないのだがどうすればいいのだ?」
「え? 起きないけど?」
「え?」
「え?」
アランはヒロキの言葉に、ヒロキはアランの反応に戸惑い同時にキョトンとしてしまう。
先に再起動したのはヒロキだ。「あ~」とアランに何か申し訳なさそうに話し始める。
「いや、すまん。俺の能力の実験のためにあいつらには全力の幻術をかけてな。多分もう精神崩壊してると思うんだわ」
「ゲンジュツ? セイシン? ホウカイ?」
アランが子供みたいな片言で頭上に無数の疑問符を浮かべている。ヒロキはその様子にちょっとかわいいなと思――ってないのでそんなににぎにぎしないでほしいなルナさんと願いながら説明する。
「ああ、まあ簡単に言えば、五体満足だが死んでるっていうことだ。すまん、情報収集とかあたよな」
「いや、大丈夫だ。実は前々からあいつらが山賊のトップ集団で、アジトの位置も分かってたからな。今、残りのメンバーがいないかそっちに騎士数人を派遣している」
「そうか、ならよかった」
「「!」」
ヒロキは本気で安堵の表情を見せる。アランがドキッとした。ルナは若干殺気立っている。ヒロキとアランはルナから殺気が放たれているのに気がつき、同時に咳払いした。ルナがさらに殺気立った気がしたが、気にしないことにした。
「で、でだなヒロキ」
「な、なんだ?」
「さ、山賊の討伐をしてくれたのだからな。な、何か新たに、ほ、褒賞を与えたいと国王が言っていた」
アランが説明を入れてくれる。ただし、微妙に緊張している。アランは自分の父親を「国王」といつも呼んでいるのだ、いつものヒロキならば、女神の試練の攻略のためにそのことについて考察するために会話を長引かせるのだが、今回はそういうことはやめて、すぐに要求をすることにした。
「じゃあ、この城に魔術に関する本とかあったりするか? 出来れば国家機密みたいな本も読んでみたいんだが」
「本? それなら書斎にあるが……さすがに国家機密は無理だが」
「そうか、残念だ。なら、普通に書斎の使用権をくれ」
「そんなことでいいのか?」
「ああ、それでいい」
「分かった」
アランが去っていくと殺気が収まった。ヒロキはほっとしながら、正直なぜ起こっているのかわからなかったためその理由について聞こうとしたところで、
「おい。そこの、ヒロキ殿……だったか?」
話しかけられて中断させられる。
「はい、何かご用ですか?」
話しかけてきたのはやたらキラキラした鎧を着た身長190センチほどの騎士だ。もちろん全身オレンジ色だ。
「貴殿は守護竜の試練を受け塔を登りたいと聞いた」
「はい、そうですが。明日はその選定戦に出るつもりです」
「ならば。私は貴殿に負けるわけにはいかん! あったった時は全力で行かせてもらおう」
「? はあ」
「では、失礼する」
それだけ言うと騎士は去っていった。
あとで聞いた話だが、あの騎士はアランに惚れており、試練の挑戦権を得られれば結婚してほしいと言っていたのだそうだ。アランも「考える」と答えたそうで、本当に張り切っていたという。
ヒロキはその話を聞いて「なぜ俺に?」という顔をしたのだが、ルナに呆れた表情を向けられて、余計に疑問符が頭に浮かんだだけだった。
最後の男の攻防は、騎士に空回りと、ヒロキの思わず鈍感さが暴露されるという結果に終わったのだった。




