第一章5 女の攻防?
遅れて申し訳ありません
山賊の男たちが夢の中に入った直後、《映す瞳》を使ったヒロキは不意に倒れる。ルナはすぐさま動いて、ヒロキを抱いて、支えるがかなりの疲労を伴っているように見えるため、ルナは心配になってヒロキを抱く力が無意識に強くなってしまう。
「ヒロキ!」
ルナは自分自身でもヒロキがこの程度の敵を相手に自分の命を危険にさらすようなことはしないとわかっているが、それでもヒロキの左の瞳の中によく分からない青白い刻印があるので、少しばかり焦ってしまっている。何より、ヒロキとの手を介した意思疎通では「今回は俺一人でほぼすべてを倒す。バックアップよろしく」としか言われていないので、この展開はルナにとっても予想外だった。
しばらくするとヒロキの左目の光が収まり、すぐにヒロキが笑顔を向けてきた。
「大丈夫だよ、ルナ」
「……そう」
ルナはヒロキの顔が本当に大丈夫だと物語っていたので頷いた。
「な、これはいったい……」
王城からヒロキに気があるのであろうとルナが睨んでいるアランがやってくる。アランは眼前に広がっている光景を見て驚愕していた。百人もの山賊が、一瞬にして倒されたのだから、驚くのは無理もないかもしれないとルナも思う。
「ああ、もう全部片付けたから大丈夫だ」
「そ、そうか。やはりすごいな」
ルナがヒロキのことを尊敬のまなざしで見る。まあ、ルナにはアランの感情の中には尊敬以外の者も入っているような感じを受けるのだが……
ヒロキは自分の足でしっかり立つと、そんなこと全く気にすることなくルナの右手をいつものように握って、
「じゃあ、後始末はよろしく」
「へ?」
あっさりと城の中に戻っていってしまった。アランはなかなかに不憫だなあとルナも思ってしまう出会った。もちろんルナとしてはヒロキを渡すつもりは全くないのだが。
ヒロキとともに自分たちに与えらえた部屋に戻ってくると。ヒロキは突然ルナを抱えてベッドに座らせてくる。
一体何事? と首を傾げる行為のみでヒロキに意思疎通を図ると、ヒロキは笑顔で言ってきた。
「ひざまくらよろしく」
断る理由もないため、ルナはすぐに布団の上で正座して、ポンポンと「おいで」という意味を込めて太ももを叩き、ヒロキは「ありがとう」と言ってルナに頭を預ける。やはりヒロキは先ほどの一戦でかなりの体力を消耗していたようだ。
ルナがヒロキの頭をなで、ヒロキがルナの長く綺麗な黄金の髪をいじる、そんなのんびりした時間をしばらくの間過ごしたあと、ヒロキが魔法を使ったので、ルナは何をしたの? と頭をなでる感触だけで伝える。ヒロキはそれをちゃんと理解して答える。
「俺の能力の話を聞きたいんだろ? なら一応音を遮断しとこうかと思ってな。風魔法の応用だ」
「そう」
「違ったか?」
ヒロキが答えを確信しながらも聞いてくるのでルナはふるふると首を振る。
「そう、正しい。あの能力はいったい……魔眼?」
「そ、正解。あれは魔眼の一種なんだよ。《映す瞳》っていうんだけどな俺の目を見た瞬間に幻術に嵌めることができるんだ……まあ他にもいろいろと機能があるんだけど」
笑顔でそう言うヒロキに対して、ルナはしかし心配そうに尋ねる。
「どうしてあれほどの力を発動したの? すごいマナを消費してたみたいだけど」
そう、ルナにとってはそこがよく分からなかったのだ。なぜあの程度の雑魚相手にヒロキが大きな力を使ったのか。最初にアランに出会ったときも幻術をかけていたみたいだと、今の説明を聞いて納得したのだが、同時にその時はあまりマナを使わずとも発動できていたような気がするのだ。それも、たとえ人数が今回は六人であったとしてもここまでの消費量になるとは思えないほどのものだったのだから、なおさら不思議なのである。
「ん? まあ、今回は自分の力の限界がどこら辺にあるのか知りたかったからな、かなり余裕のある相手だったし今回なら丁度いいと思って試したんだよ。だからそこまで心配することはないよ」
ルナはその答えを聞いて納得した。ルナ自身もまだ新しい力は試していないので、そろそろこういう機会が訪れないものかなどと考えていると、ヒロキが説明を終えて閉じていた目を開けて、まさに恐る恐るといった様子で聞いてきた。
「なあルナ? お前のマナを感知する力って物理感知だよな? なんで俺のマナの消費量をそこまで把握できてるんだ?」
「……………………知らない」
「なあその間は何だ? そしてなぜ目をそらす? え? もしかしてずっと俺の体に髪が繋がってるの? いやでも一本じゃそこまで正確に測れないよな……まさか全身に? いやいやまさか……なあ、一体どういうことだ? 新しい能力なのか?」
「知らない」
実はヒロキの予想通りで、目には見えないように全身に髪の毛を絡ませているというのは秘密である。風呂に入る時もお手洗いに行く時もいついかなる時もつながっているのも秘密である。実は髪の毛のいくつかを目と似たような機能を持つものに変身させずっと観察しているのも秘密である。あとは……いや、これ以上はやめておこう、世の中には知らないほうが良いことがある。
○△□
ルナになぜ自分のマナの状況を把握しているのかという質問をのらりくらりとかわされながら、それでもあま~い時間を過ごしていると、ドアをノックする音が聞こえた。ヒロキはそれに答えようとして、ルナに口を押えられる。ちなみにヒロキの魔法はすでに解除されているので外からも中からも音を伝えることはできる。
「ヒロキならいない……帰って」
俺はここにいるのに何言ってんの? そもそもなんでそんなこと言うの? という疑問をヒロキは言おうとしたがルナに手を抑えられているので「んむむ」としか連呼できない。さらに起き上がろうとしても、どういうわけかがっちりと体を固定されていて全く動かない。
ヒロキがルナに完全に拘束されて内心「どういうことだ!?」とわめいていると声が聞こえてきた。
「む。そうか話が合ったんだが……部屋に入って待っててもいいか?」
どうやらアランが来ていたらしい。話があるために来たようで、部屋に入って待っていたいというほどのものだようだ、かなり重要な案件なんだろう。
ヒロキとしてはあと六日のうちに試練をクリアするために塔と指輪について聞こうと思っていたところでの来訪なので、非常に好都合なのだがいかんせんルナが開放してくれない。
あげく……
「ヒロキは町に行ってしまっているからしばらく戻らない。要件があるなら伝えておくから」
「む? そうなのか……なら戻るとしよう。ヒロキが戻ったらアランが話があると言っておいてくれ」
「分かった」
その後、しばらくルナが何やら物凄い雰囲気でドアを睨みつけているのをヒロキは冷や汗を流しながら見ていると、ふっとその女性特有の怖さを解いて、今だ動けないヒロキを強引にキスをしてきた。
「んむ!?」
艶めかしい音とともにヒロキはそのままベッドに押し倒されて、その上からルナが乗ってくるのでキスと女性の柔らかさで頭がクラクラ来てしまう。
もはや、アランの要件とかなぜ追い返したのかなどどうでもよくなってしまったヒロキは身体が開放されたと思った瞬間に体の位置を逆転して、今度はヒロキがルナに乗りかかるようにする。その後、一度唇をはなし、ツーと垂れた
「心配かけた責任とって?」
「ああ、悪かった」
自分的にはあの魔眼の全力開放のことは大したことではないと思っていたのだが、どうやらルナにとってはかなり心配になることだったらしい。まあ、どこか口実のような雰囲気をヒロキはルナから感じているのだが……
ともあれヒロキとしてもここまで来たら男じゃないということでもう一度唇を奪おうとして、
「昼前から何をしとるんだ貴様らあああああああああああ!」
バタンッでは生ぬるい、ドガンッという音とともに扉を開いてオレンジ色の髪と瞳の美少女アランが乗り込んできた。
ルナがチッと舌打ちをしたような気がしたが、ヒロキはそれに気がつかなかったふりをして話を聞くことにしようと思った。ルナが舌打ちをするはずがない、だからそんな殺気をぶつけてはいけない。アラン姫が今にも気絶しそうだから本当にやめてほしい。というかヒロキ自身が一番恐怖を感じているから本当にやめてほしい。
「で、何か話があるんだろ?」
「そ、それよりも――」
「いいから要件を言って消えろ変態プリンセス」
「だ、誰が変態だ貴様!」
「人様の情事を扉の前で耳を当てて聞いていた人が良く言う」
「うぐ!」
「ルナさんや……あんまりいじめないでくれ。話が進まん」
ルナはもう一回舌打ちをアランにかましたような気がしたがヒロキは無視した。アランが「ひぃ!」ってなっているけど無視した。
無視して話を促す。
ヒロキの話を聞くよ、という表情に少し落ち着いたアランはコホンと咳払いをして、(まるで自分を鼓舞しているようでなんとも可哀想)話し始めた。
「以前、お前たちは塔に行きたいと言っていたよな?」
「? ああ、そうだけど……それがどうかしたのか?」
「そのことについて言ってなかったことがあるのだ」
「ふうん」
「……なんでそんなに反応が薄いんだ?」
「いや、別にそんなことはないぞ? で、話していなかったことって?」
実はある程度予想していたことがあるが、確信があるわけではないので先を促す。
「実はだな、その塔に向かう前にある守護竜の試練にはこの指輪が必要なのだ」
「へえ」
内心「やはりな」と「ありがたい」の二つの意味を込めてヒロキはそう反応する。すると、その反応にアランは眉をひそめる。
「……なあヒロキ、やはりヒロキはこのことに気がついていたのではないか?」
「いやいや、本当に知らなかったって」
「むう、そうか……私はそれなりに相手の心情を読み取ることに長けているつもりだったが、そうでもないのかもしれないな」
実際はその通りなのでこの少女は本当にすごいのだろう。逆になぜここまで疑っておいて納得したのかヒロキは分からなかったが。
「で、俺たちは塔に行かなきゃならないんだが、その指輪はどうやったら手に入れることができるんだ?」
「ああ、実は我々としてもこの国のために守護竜の試練を乗り越えて塔に向かいたいのだ」
「ふうん」
「……なぜ、とは聞かないのだな」
「まあ、政治関係とか神のためにとかなんだろうけどそこについてはそこまで興味がないかな……まあ、一番早く塔を攻略しろとか言うなら実際そのつもりでいるけど」
ヒロキの言葉に最初は暗い表情だったアランがパアアッと明るい表情になる。背後から再度舌打ちが聞こえたような気がしたが気のせいだろう。アランが自分に抱きつこうとして恐怖でやめたような気がしたがそれも気のせいだとヒロキは思うことにした。
「それで? まさか無条件で指輪が手に入るわけないよな?」
「そ、そうだ! そのことも話さねばならないな。実は明日に試練と塔への挑戦権を決めるための大会が行われるのだ。私が推薦するからそれに出てほしいと思ってな」
「ふうん……それって普通国の騎士とかじゃないとだめなんじゃないか?」
「それについては問題ない。姫である私が推薦するといったであろう?」
ある程度ヒロキが予想していた答えがアランから帰ってくる。彼女はこのように威風堂々としていた方がいい。先ほどの蛇に睨まれた蛙みたいな感じの態度はいけないのだ。だからルナさん睨むのはやめてあげてほしいとヒロキは思った。
「そ、ならいいけど」
「そうか!」
「じゃあ、とっとと消えてくれるか? 俺は早くルナとイチャイチャしたいんだ」
「むう! だからそういうことはひぃ!」
ヒロキの言葉にアランが反発したところでルナが殺気を強めた。ついに声に出てしまっている。なんとなく下着は濡れていないのだろうかと不謹慎な心配をしてしまった。
アランがビビり過ぎて声が出なくなってしまったので、ヒロキは仕方なく助け船を出すことにした。
「ルナ、ちょっくら街の方を見に行こうぜ?」
「む? デート?」
「そ、デート」
「ん。わかった」
最後にルナがもう一度ルナを睨んでアランが「ひっく」としゃっくりみたいな声を出させた後、満足したような表情でヒロキは強引に手を引っ張られて部屋の外へ向かった。
ヒロキはルナに引っ張られながら、
「明日どうなるか分からないが……とりあえずデートを楽しみますか」
そんなことを最後につぶやいたのだった。
ちなみにヒロキたちがいなくなったあと、アランはぺたんと腰が抜けたように座り込んで、ヒロキが心配したとおりになってしまったのは秘密である。
女の攻防が完全にルナに軍配が上がったのも秘密である。
これからしばらくの間は毎週水曜の18時くらいに更新する予定です。更新間隔が開いてしまい申し訳ありませんが、ご了承ください。




