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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

封印

虚構格闘浪漫譚 柔道人クレイジー

作者: 都築優

 俺は物心ついた頃からいつも戦っていた。

 時は未来世紀。

 今日もまた近所の悪ガキにぶちのめされて、俺は道ばたに転がっていた。

 俺は幼く、そしてとても弱かった。

 悔しくて悔しくて涙が堪えきれず地面の土を固く握りしめた。

 その時、声が響いた。


「力が欲しいか?」


 見あげれば、白い前開きの服を着たジジイが立っていた。


「聞こえないのか? お主は、強くなりたいのかと聞いておる」


「もちろんです」


 俺は答えた。

 連れて行かれたのはドージョーと呼ばれる場所だった。

 ジジイはここで格闘技を教えているそうだった。

 そして辛い修行を経て様々な技を身に付け、ひ弱だった身体もいつしか盛り上がる筋肉で覆われていった。



 最初に戦ったのはいつも俺をいじめていた悪ガキだ。

 殴りかかってくる拳を、俺はあえて避けなかった。

 ずっと恐れていたその打撃は、痛くもなかった。

 そのまま腕を掴むと引き倒し、アームロックで這いつくばらせた。

 抵抗をやめなかったので力を入れて折った。



 数日後、奴は自分の兄貴を連れて復讐に来た。三角巾で右手を下げて、


「こいつだよ、やっちゃってくれよ」


 と、刺青にタンクトップを着て自慢の体を見せびらかしている大柄の兄貴に頼む。


「こんなチビにやられたのかよ、情けねえな」


 その数分後、引きずり倒されて何度も頭を殴られ白眼をむいていたのは兄貴の方だった。マウントを取って組み伏せ、地面に頭が付いているので打撃の威力を吸収する事すら出来ない。弟はそれを助けようと、片手で俺を引きはがそうとする。


「お願いだよ、もうやめてくれよ」


 しかし俺は止まらない。猛り狂った獣のように、何度も敵の横面を叩き続けた。



 奴はちょっとしたギャング団の下っ端だったらしい。学校の帰りに待ち伏せされ、次は十人に囲まれた。

 顔をミイラのように包帯で巻いた男、タンクトップ兄貴が仲間を連れて来たのだ。

 流石に一度には無理だ。稽古の乱取りを思えば不可能ではないが、確実性に欠ける。

 後ろを向いて駆け出し、追い付いて来た奴から投げた。


「待てコラ」


 と手を伸ばされ、捕まる直前に急停止して、投げる。投げる。

 どんな服でも着てさえいれば掴める。ならば彼らは格好の餌食だ。

 とどめを刺したり関節を決める暇はないものの、受け身を知らない敵には必要さえなかった。

 一人ずつ宙を舞い、アスファルトに叩きつけられる。

 足の速い奴から順番に、八人目までリタイアさせたところで追っ手はなくなった。やっと諦めたようだった。


 誰かがその様子を見ていたようで、次の日の学校では俺の噂でもちきりだった。


「何でもねえよ見間違いだろ」


 と誤魔化したが、それから何かあるたび頼られるようになってしまい、上級生といざこざがあるたびに喧嘩に駆り出されるようになった。


「面倒臭えな」


 とか言いながらもまんざらではない。

 小柄で強そうに見えないのに全戦全勝。

 あまりにえげつないその戦いぶりに、クレイジーだと言われるようになり、いや単にジュードーをしているだけだと否定するとクレイジー柔術とからかわれるようになった。

 ビーチでストリートファイトもこなした。

 その度に勝って、相手が何人居ても最後に馬乗りになって殴りつけているのは俺だった。

 だからモテ出して彼女が出来たのだが、攫われた。



 港の倉庫に呼び出され、出て来た相手は前に倒したギャング団のチンピラだった。

 怪我のまだ治っていない奴もいる。

 人数は減って7人、あの時投げなかった二人はリーダーと助役で、ここにいない他の男はまだ入院中だという。

 メンツがどうこう言う問題らしい。

 ナイフをちらつかせ、縛った彼女を人質にしていた。


「お前が抵抗をすればこの女を殺す」


「分かった、だが彼女には指一本触れるんじゃねえぞ」


 と了承する。そして寄ってたかって殴られた。


「止めて! 私はどうなってもいいから!」


 彼女が叫ぶのが聞こえる。だがそんな訳にはいかない。


「うるせえぞクソ女!」


 横殴りに張り倒される彼女。


「テメェ、約束が違うじゃねーか!」


 リーダーはニヤつきながら無視する。


「よく見りゃなかなかいい体つきしてるじゃねえか」


 とナイフで彼女の服を切り裂いた。

 俺は羽交い締めにされ突き倒されたまま、それを見ているしかなかった。

 最後まで。


「二度と調子に乗った真似するんじゃねーぞ」


 何度も何度も責められ、飽きるまでされた末にやっと解放され、泣いている彼女とトボトボと帰った。足を引きずりながら。破れた上着を彼女に掛けて。

 無言だった。

 掛ける言葉が見つからなかった。

 誰も助けになんて来ない、これが現実だ。俺はそれを知っていた筈だった。

 二週間後に彼女は自殺した。



 俺は復讐の鬼になった。

 闇討ち、そして他の奴の居所を聞き出し、次々に狩っていった。


 一人目は例の兄貴だった。治った腕をまた捻りあげ、次に折ると二度と使い物にならなくなるぞと脅すだけで、ペラペラ組織の情報を喋り始めた。全て聞き終えたあとで折った。



 二人目は酒場で飲んでいたところを捕まえた。ホロ酔い気分で出てきたところを地獄に突き落とす。投げる。そして立ち上がらせてまた投げる。足腰が立たなくなり、いくつもの骨が折れて柔らかくなってくると、服を剥いて全裸にして放置した。



 次は場末のビリヤード場で確保した二人組だった。キューを手に手に殴りかかってくるのを、玉を足元にぶちまけて転がし、当身で一人気絶させる。もう一人はトライアングルラックで絞め落とした。


「ワンサイドゲームだな」


 股を広げるように縛り上げてビリヤード台に乗せ、金的を目標にブレークショットを何十回も、不能になるまで続けた。



 五人目は見つけた瞬間、泣いて謝ってきたので骨の五、六本で勘弁してやる事にした。



 助役はなかなか見つからなかった。次々に仲間がやられている事を知って、逃げ回っているようだった。

 だが運良くR16号線をど派手なキャデラックで流しているところを見つけた。近づいてくる車の前に出て、道を塞ぐ。

 奴は何度もクラクションを鳴らし、しかし俺が一歩も退かないのでギリギリで急停車する。

 そこでやっと、目の前の歩行者が俺だと気付いたようだ。轢き殺す気で奴はアクセルを吹かした。

 加速するキャデラックに正面から飛びかかり、俺は窓ガラスを蹴破って突入した。

 車はハンドルを切り損なって立木に激突し、助役は開いたエアバッグの衝撃で鼻血を流す。


「興奮しちゃったのか? 相変わらずの助平野郎だなァ」


 車から引き摺り出して、殴りつけて鼻を折る。何度も何度も殴る。

 気絶するたびに水をかけ、起こしてからまた殴る。

 仕上げのボーナスステージに、ご自慢のキャデラックを粉々に廃車した。



 とうとうリーダーを一人残すだけとなった。最後の戦いのその手前、死んだ彼女の両親に会った。


「ここには顔を見せるなと言った筈だが?」


「……」


「お前が何をしようが、お前が何を言おうが、娘はもう帰っては来ない」


「……」


「もう二度と、私たちに笑いかけてはくれないんだよ」


「……ですが」


「帰ってくれ」


「もう終わりです。もうすぐに終わらせます」


「私たちも辛いんだよ。お前を殺したいという気持ちが、とても抑えきれない。そうなる前に、どうか早く目の前から消えてくれ」


 母親はずっと泣いていた。

 俺は深く頭を下げ、その場を後にした。



 すでにリーダーの居場所は掴んでいた。

 俺はそこに潜入した。やかましく音楽が流れている、そして入り乱れる男女たち。

 街のダンスホールで、ケバケバしい女と踊っているリーダーの手を、その手首を俺はとうとう捕まえた。


「踊るなら、俺と一緒じゃ嫌かい?」


 顔色を変えるリーダー。その腕を捻りあげる。

 追い詰めたのだと思っていた。

 しかし罠だった。


 銃声が響き渡り、ミラーボールが粉々に砕け散る。

 逃げまどう女達。


「ヘイボーイ、お遊びはここまでだぜ」


 黒服の男が何人も、銃を向けていた。なんとここは奴らの根城だったのだ。

 俺はリーダーを捉えるつもりで、敵の巣窟にまんまとおびき出されてしまったのだ。


「坊ちゃん、こいつの始末は私らがやりましょう」


 ギャング団には、上部組織のようなものがあった。

 リーダーはそこのボスの息子で、腕試しの出向でこの弱小ギャング団を任されていたとの事だった。



 殺されるのだと思った。しかし実際は、さらに酷かった。

 それから俺は地下格闘技場に放り込まれ、毎日無理矢理闘わされる羽目になったのだ。

 全戦ノールール、ノーリミットのセメント試合だ。

 昨日友達になった奴が今日は消えているような事が当たり前のように起きる。

 明日のない生活。未来のない職場。

 安いファイトマネーと引き換えに命を散らしてゆく男達。

 掛け金が跳ね上がり、リングは殺気を帯びる。

 寝技主体の地味な戦いぶりに不人気だった俺が勝つと暗殺されそうになり、なんとか返り討ちにする一幕もあった。

 それでもどうにか勝ち続け、もう何人を倒したのかも忘れそうになった頃、ヨーガの達人と出会い親交を深める機会を得た。インド人の彼はチャクラを開くという能力を持っていて、闘いには別に役立つとも思えなかったが精神的には救われた。

 その瞬間、涙がとめどなく流れ出した。

 遊び半分の気持ちでチャクラを開いて貰った時だ。控え室のベンチに横になったまま俺はしばらく起き上がれなかった。

 浄化でもなく、今迄溜まった澱のような、力でねじ伏せ、ねじ伏せられていった自分とまわりの人々、ジジイ、あの時の彼女やお父さん、泣いていただけの母親。俺を形作っているそれら全部の記憶が、共鳴していた。


「アナタはトテモ強イ、きっと世界の誰よりモ強イね。沢山敵ヲ倒したネ。でもアナタまだ自分自身ヲ倒せていナイネ」


 と彼は言う。


「うるせえや、ちゃんと喋れ!」


 と言いながら、心の奥ではその通りだと知っている。こいつは一番の強敵だ。


 プロモーターに呼び出されて総合格闘技というカテゴリーでプロレスラーと闘い、テレビにも出た。

 しかし俺の戦いはまだ、始まったばかりなのだ。



終わり


この物語はヒクソンです。

いかなる実在の人物・団体とも一切関係はありません。






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