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0.2ルクスの地球

作者: 夏野陽炎

 (そら)を眺めていた。 

 ただ一つ浮かび続ける灰色の星の、細密画のような模様すらしっかりと、瞳に焼き付けてしまう程に、ただひたすらに見つめていた。

 月と呼ばれるその衛星(ほし)は、妖しい光を帯びて輝いていながらも、ただ静かに眠り続けているかのように穏やかな活動をしている。ただし、月自体に活動できるような生き物は存在しない。僕が知っている知識上だと、そもそもあの星は生物が生き残れるような環境ではない。

 それでも、僕は〝死の星″の(きら)めきが好きだった。白いようで僅かに黄金色(こがねいろ)のかかった光。きっと無意識に、その光に魅入られてしまったのかもしれない。この輝きを見ている時だけは、僕の中の意識という意識が打ち消されたようで、時間や周囲の風景が静止しており、その空間の中にいる僕はとても正気では居られなかった。どうしてだろうか。自分でもそれが不思議だった。

 夜の静寂と純粋な闇だけが辺りを支配している中で、誰かの足音がした。この場所は僕以外の人間はあまり来ないはずだ。なぜならここは最果ての町の、またその最果てに存在する、薄気味悪いススキの草原だから。そもそもこんな夜遅くに一体誰がこんな所に来るのだろうか。この町の住人は陽が昇ると共に目覚め、陽が沈むと共に眠りに就くのに。

 僕はじっくりその足音の正体を探り、足音のする闇の中をじっと見た。

 しかしおかしい。いくら暗闇の中とはいえ、月の光は僅かに大地を照らしているというのに、影さえ少しも見えない。ただ延々と、誰かが近くを歩く足音だけが続く。僕は根気よく待ってみようと試みた。

 だが、いくら待っても足音しかしないので、僕は堪え切れずに足音の正体へと声をかけた。

「誰かいるの?」

 僕の声は真夜中の、特に最果てのこの場所ではよく響いた。きっと相手も聞こえたに違いない。しかし返事はすぐには返ってこなかった。まるで返答するか否かで迷っていたかのように思えた。

「ええ、いるわよ」

 声は女性の声だった。いや、女性というよりももっと若い声、少女の声と言うべきだろうか。こんな真夜中に、特にこんな所に独りでいるなんて随分と不用心だ。

 ただ、少女の声ははっきりと、そして空間の中に溶けていくようなもので、僕はその一言がどこか心地よく、何度か頭の中で反芻(はんすう)させた。

 やがて声の主の姿は、揺れるススキの穂をかき分けるようにしながら、唐突に現れた。まるで最初からそこにいたのに、姿だけ隠れていたかのではないかと錯覚するほどにだ。唐突に現れたとしか考えられなかった。

 微かな月光に照らされた彼女のシルエットは、強いて言うのならそれだけで十分に美しかった。月影に反射する髪は白雪色で、腰の辺りまで伸びており、どこか遠くを見据えるような瞳は人形のように蒼く、華奢(きゃしゃ)な身体は太古の彫刻のような整ったラインを描いていた。

 こんな人は、この町にはいなかったはずだ。少なくとも住人は全て把握しているつもりだと自負している。ただそれほど美しい彼女には、人には出せないような妖しさや妖艶さがあった。僕と彼女はそう年齢は変わらないくらいだと姿を見て判別出来たのに、それだけが違和感や浮世離れと言ったイメージを生じさせた。

「今夜も綺麗ね。哀しいくらいに」

 その声は確かに哀しそうだった。憐れむようで、慈しむようで、嘆くようで、やはり哀しそうだった。そして何よりも彼女の声はよく透き通ったガラス同士が、軽くぶつかりあった時の繊細な音に類似している。

「どうして哀しいのさ。こんなにも綺麗なのに」

「そうね」

 ふふふ、と唇に手を当てながら小さく笑う。彼女の笑う仕草はやはり上品で、僕の想像した通りだった。

「あの星が何て言われているか、あなたは知ってる?」

「月でしょ? それくらい、誰だって知ってる」

 僕はどうしてか彼女のふわふわとした雰囲気が苦手だった。雲というか、霧の中でもがいているようで、掴みどころがない。僕はどこか滑稽なピエロを演じている気さえした。

「そう、月。今あの星はそう呼ばれてる。みんながそれを常識だと思って月と認知してる。灰色の、かつて色を失った星」

 言っている意味が判らず、思わず首を捻って考えてしまう。彼女は何かの比喩として言っているのだろうか。僕にその真意が汲み取れない。それどころか、どこか恣意(しい)的な彼女に僕は一種の失望さえ覚えつつあった。いや、そもそもこんな時間に独りでふらふらと現れた彼女に、一つでも裏心が芽生えつつあった自分がおかしいのだろう。きっとこれは、月の狂気にでも憑りつかれたからだ。

「君が言おうとしている事は僕には理解できないよ」

「それは君が〝一般的に正しい″と言われる道を歩んできたからこそある違和感よ。わたしは少しばかり普通の人とは違う。ひと時の狂気のようなものではなく、本質的に普通の人と違うようにできているから」

「普通の人と違う……?」

 そう、と彼女は頷き肯定する。僕はただ首を傾げ、彼女の意図を考えてみたが、ちっとも浮かばない。

「いろんなところがね。だからここではわたしは異端者。言い様によってはもっとひどいモノなのになるかもしれないけどね」

「じゃあ、君は何を知ってるの? 僕たちが知らない事を、君は知ってるって事でしょ?」

 名も知れない彼女が頷く。頷くたびに白い絹のような髪が揺れて垂れ下がると、その都度彼女は前髪を律儀にかき上げた。

「ええ、知ってるわ。いろんな隠された真実。人類が忌み嫌った本当の時間、全てがまやかしや春の夢だと思えてくるようなものをわたしは知ってる」

 僕は随分とおかしくなってしまったのだろうか。月に魅了され、彼女の美貌に魅了され、理性という理性がことごとく破壊されたのだろうか。ほんの少しだけ、僕は彼女の話を聞いてみたいと思っていた。例えそれが彼女の勝手な妄想だとしても、彼女の歌のように続く物語を聞いてみたいと思ってしまっていた。

 僕は静かに頷いた。彼女もそれに続いて、微笑を浮かべながら頷いた。

 彼女の紡ぐ歌が、穏やかな闇の中で始まった。


 かつて、地球という蒼い星が存在していたの。それは今の人類が住んでいる地球とは違う、本来の地球。この星とは違って、もっと大きくて、雄大な大地と自然と、その中に人類を含めた多くの生き物たちが存在していた。人類同士の狂ったような争いも時代の中に溢れていたけど、それらで人類が滅びる事は無かった。むしろそれが人類の進化を生んだ事さえあった。それだけならきっと人類は今でも、その惑星で生活し続けていたと思う。――いや、今でもきっと、そこに人はいたはずでしょうね。

 でも星の平和は永く続かなかった。地球全体で天地を揺るがす程の変異が起きて、人類に致命的なダメージを与えた。続いて食糧難が起きた。富を持つ者だけがまともな食事を採る事ができ、貧しい者は土すら食んだ。さながら生き地獄のような泥沼の状況となった世界で、とある人物が地球によく似た惑星を見つけた。

 季候や生態系だけではなく、自分たちと同じような、遺伝子的にも大差の無い人類が存在する惑星。人類は最後の希望をその惑星に託して、その惑星へと向かう宇宙船を造り上げ、そこに住む人類へと協力を要請した。

 初めのうちは話し合いから始まった。まずお互いの事を知りあう必要があったから。ただ、度重なる話し合いばかりで、未だに地球側は一つも援助をしてもらえない。その間にも人は餓死していく。地球圏で食糧を巡る内乱も収まらない。そんな膠着状態に痺れを切らしたどこかの誰かが、その惑星ごと乗っ取ろうと考えた。乗っ取った上で、もともと惑星にいた人類を虐殺するか隷属化させ、惑星の資源の全てを奪いつくそうと考えた。

 それがすべての過ちの始まりだった。

 人類は地球上の軍事力の全てを一点にかき集めて、惑星へと侵攻を開始した。当然相手は何も知らない。完全に地球側の不意打ち、随分と卑怯なものだったわ。

 当初の戦績は快調で、次々と惑星の土地を手に入れては、その土地の物資や資源、そしてそこに住む人たちを支配した。労働力として使えそうな人や、年頃の……そうね、ちょうどわたしくらいの女の子は地球へと拉致された。女の子たちがどういう結末を辿ったかなんて、君にだって容易に想像できるはずよ。そして自分たちによって使い物にならない、必要としないと判断された人たちは、次々と殺された。何の抵抗も出来ない人たちを、まるで作業のように次々と殺していったわ。無表情でね。

 ただ既に疲弊しきっていた地球側の人類の優勢は長く続かなかった。相手の圧倒的技術力と物量で負けたの。持久戦なんてもともとの状況を考えればとても出来る状況じゃなかったのに、悠長にやっていたのね、自分たちが勝てるのだと信じ切って。それどころか、地球側には壊滅的な被害が及んで、戦後にはもともとの地球全体の人口の二割しか残らなかった。

 地球に残されたのはただの瓦礫の山と、相手側兵器の汚染物質、そして僅かな環境資源だけ。もはやそんな状況で、人類が地球で生き続けられるわけがなかった。終わりの時も目と鼻の先だったわ。

 絶望的な状況を打破するために、人類は残った兵器をもとに、当時『月』と言われていた場所への移住を計画した。月という星は地球の衛星で、地球の何分の一しかない、とても小さな星だった。それでも、当時の人類からすれば十分な大きさだった。月には汚染も一切無かったし、他の太陽系惑星のようなめちゃくちゃな環境になるわけでもない。ただ環境さえ整えてあげれば、月は十分に人が住める星だったから。

 残された人類は地球にある資源の全てを輸送機に積んで月への移住を開始した。植物や食料、金属は当然、地下資源の石油や地球の水という水の全てを何とかして運んだ。向こうの惑星も、そんな状況で地球がこれ以上の被害を及ぼして来る事は無いと判断したのか、追い打ちはかけてこなかった。

 結局、自ら滅びに拍車をかけただけの愚かな戦争は、自然に終結した。それから移住した人類は、必死になって月を人が住める環境へと変えていった。長い年月がかかって、それからようやく擬似的な地球ができ上がった。その時にきっと、当時の人たちは決めたんでしょうね。この愚かすぎる歴史を、永遠に封印しようと。今ある世界が〝もともとこうであった″かのように語り継ごうと。そしてかつての歴史は禁忌とされ、永遠に人類の中で封印された。

 やがて約二千年の時が流れて、今に至ったの。


 そこで彼女は全てを語り終えると、少し疲れた様子で深く呼吸をした。ずっと話し続けていたのだから無理はない。

 僕は彼女の語る歴史を疑わざるを得なかった。当然だろう、これまでの僕の蓄えてきた世界の歴史が、一変とせざるを得ないような内容だ。彼女の妄想も甚だしいと言っても過言ではない。しかし、そうであると思っているのに、どうしてか強く否定は出来ない。彼女は確実に僕とは違う視点から、いろんなものを見ているような気がしたからだ。それは実際にその時代にいたかのようにも思えるほどに。

「なんというか、僕にはよく判らない。君の言っている事が正しいか正しくないか、ちゃんと判断出来ないんだ」

「信じるか信じないかはあなた次第だから。ただわたしはわたしの想う歴史を紡いだだけ。わたしが嘘をついていると思ってもらっても構わない。きっとわたし自身が、はっきりとした輪郭を持たない存在だから」

 その言葉の意味を僕は理解しかねた。輪郭を持たない存在とはどういう事なのだろうか。そういえば彼女がここに現れた時、まったく存在感を覚えなかった。むしろ幽霊のようにぼんやりとしていて、突然そこに現れたかのような感じだった。

「それで……今あそこに浮かんでいる星が地球って事になるんだっけ」

 途端に不気味になって、僕は話を逸らす事にした。

「ええ。今はあんな姿になってるけど、蒼い宝石のような色をしていたわ。それに本当の衛星(えいせい)だってこちら側。ここは単なる縮図に過ぎないの。海ももっと広かった、大地はもっと果てしないものだったわ」

 彼女はどこか後悔しているようにも見えた。彼女自身が時代の当事者と錯覚してしまそうなくらいに。

「……やけに君は苦しそうな表情をするね」

「人は自分にとって都合の悪い記憶を失いたがるから。そうやって自分自身を騙して、正当化したがる。あなただってそうでしょう? わたしはそれがとてつもなく嫌なの」

 確かに間違いではない。自分にとって都合の悪い記憶なんて、好き好んで思い出そうと思わない。自分を追いつめて、自我を破壊しかねないから。

「でもそうしないと人は生きていられないよ。人の心はそんなに丈夫じゃないから」

「だとしたらあなたはかつての歴史を正当化するの? 人類の、誤った歩みの歴史を」

 訝しげな表情を浮かべて訊いてくる彼女に、僕は首を横に振って答える。

「仮に君の語ったものが正しいとしても、僕は今更歴史にとやかく言える立場じゃない。それにここで僕が過去の歴史に頭を抱えて、人類が何らかの動きを見せるわけじゃないでしょ。知ってるのは君と僕のただ二人だけなんだから」

 それにもう、当事者である人類でさえこの世界にはほとんど残っていない。この世界に……彼女の言う月に住んでいる人類は、この最果ての町だけだ。

 僕が今まで知っていた人類が荒廃し、衰退した理由は、進化の限界に辿り着いた人類が、生殖活動の意義を問い、子孫を残すという生物上基本的な本能を失ったからだと言うものだ。技術が人の欲望を満たし、他者との密接な関わりを必要としなくなった。やがて人口の激減した人類の最後の成れの果てがこの町だ。

 ただ真実が明かされ、後悔しても、もう遅い。それを知るべき人も、もはやほとんどいないのだから。

「君も知っていると思うけど、もう人類は終わりかけてる。僕が君を見た時に一番驚いたのは、僕と同じくらいの人がまだいたからだよ。この町の人の事は皆把握しているつもりだったし、まだこの町以外に人がいたなんて知らなかったんだ」

 その言葉に彼女の紅い瞳が揺らぐ。僕は好奇心と探究心に掻き立てられ、たじろぐ彼女へ続けざまに訊いてみた。

「君は何者なの? 本当の歴史だとか、存在しないと思ってたこの町以外の人だったりとか……」

 彼女は沈黙を続ける。黙ったまま、じっとその場に立ち尽くして、ここに現れる前の、どこか困惑しながら僕の声に返答して姿を現した時のシーンを思い出させた。

「だったら、せめて名前くらいは教えて欲しい。それでもダメかい?」

 彼女は依然として沈黙を続ける。答えを出し渋って、言うべきか否かを悩んでいるのだろうと容易に判断出来た。なぜ自分の事だけは語ろうとしないのだろう。隠し通さなければいけない理由があるのだろうか。

「そうね。わたしはこの町の人間じゃない……そもそも人間という種族じゃないわ。いや、種族というのもおかしいわね……」

 迷いを決して打ち出した彼女の答えに、僕はしばしの間その場で硬直し、愕然とした。

「人間じゃない……?」

 ええ、と彼女は肯定し、続けた。

「或る時はセレーネ、或る時はディアナ、或る時はアルテミス――或る時はルナと、人の子からは呼ばれたわ」

 僕は彼女の陳列した名前の共通点にすぐ気付けた。

「月の女神……?」

 彼女は静かに頷く。

「でも女神なんて大層な者じゃないわ。わたしは月自身、月の意思そのもの。この姿は人の心が映し出したわたしをわたし自身が複製して具現化しただけの、仮初(かりそめ)のもの。つまりはもっと淡くて稀薄な、ひと時の火の粉のような存在、それがわたし。星の魂、概念と言うに相応しいもの」

「……そんな莫迦(ばか)な」

 蒙昧(もうまい)な僕の頭には、それだけの言葉しか出てこなかった。いや、博学な人が同じ事を言われて他に何を言えるだろうか。――それすら想像できないから、僕は魯鈍(ろどん)な人間にすぎないのだろう。

「嘘を言っても仕方ないわ。それに嘘は大嫌いだもの」

 寂しげな表情と細かく震える声で、彼女は苦笑を浮かべた。妙に痛々しい彼女の雰囲気に、僕は一歩後ろへと引き下がる。

「わたしが本当の歴史を知っていたのは、わたし自身が月からの観測者だったから……肉体を持たない魂は、星という空っぽの器を借りて永久とも言える長い時間存在する事が出来る。わたしは月が生まれた時、同時に概念として生み出された、魂という永遠の概念に限りなく近いものだから、人類の進化も衰退も、この目で見る事が出来たわ」

「だったら、月の女神がどうしてこんなところに。よりによって僕なんかに関わってきたのさ……」

「さあ、判らないわ。ただ地球をじっと魅入るあなたに惹かれたのかもしれないわ」

 揺れるススキと闇の中、彼女が身を翻すと真っ白な髪が風になびいた。

「結局人は、本来の場所に帰りたがるのかなと思って」

 帰巣本能とでも言うべきなのか。確かに僕は、あの星の光に囚われてしまっていた。思い入れがあるわけでもないあの星に。あの光に。

「どうしてだろうね……僕にも判らないや……。でも……」

 そこで、僕は急激な眠気に襲われる。いつもはこんな事は無いのに、目の前がぐらりと揺れて、足元が覚束なくなる。彼女の姿も、月光が――地球光が照らす地平線の先も、上も下も判らなくなるくらいに朧になって歪んで、やがて頬が柔らかな草に触れた感触と、仄かな土と草の入り混じったにおいを理解した。

「あれ……急にどうして……」

 意識が遠くなる。生温い秋風が僕の髪を揺らし、身体を包み込む。不気味な眠りの中に、徐々に墜ちていく。身体は動かない、どうしようもない。抵抗しても指一本すら動かないし、眠りは深くなる一方だ。だが薄れゆく感覚の中で、彼女の声だけははっきりと聞こえた。

「この世界はね、誰かが見ている夢の中なの。そしてあなたはその夢の主――そしてやがて目覚める。あなた自身の本来の世界に。この世界ではないずっと過去のあの地球(ほし)の中に、あなたの意識は還って往く。時間と空間の概念を越えて、あなたは人類に叡智を授けなければならない。今日という哀しすぎる結末を迎えないように」

 何を言っているんだろう。それ以前に、僕は誰だっただろう。名前は何だっただろうか。あれ? おかしい、何一つ思い出せない。

「あなたとわたしは似て非なるもの。意識の中で生きているけど、あなたには確かな器と命がある。その手で欲しいものを掴み取る事だってできるんだから」

 そうだ、思い出した。ここは僕が見ている夢。僕が創り出した仮想の世界だ。遠い未来を夢を通して覗いていた。そして彼女が僕の夢に干渉できたのは、彼女が僕と似ているから。

 そこで、彼女は自分の事を異端者と言ってたのを思い出し、その意味がようやく判った。彼女は自信と僕を似て非なるものと喩えた。それは僕に器と命があるからだと言った。僕は彼女と同じく、魂のような概念だけの器を持たない存在なのに、器なんて或るわけがない。命もまた同様だ。それなのに、どうして? 僕に一体何が出来る?

 真っ白になった景色の中で、問いかけには誰も答えてはくれない。彼女の声も、姿も、世界も、いつの間にか消えていた。

 あの夢はいつか来るべき未来の、そして誰かが見た未来の姿。終焉へと向かって往く世界を映したもの。そんな未来を変えるための僕の命。でもどうやればいいかなんて判らない。判る人なんていないから。

 夢は覚め、遠い過去へと跳躍する。時間と空間の壁を乗り越えて本来の次元を取り戻し、光は逆流して渦を巻き、再び僕はあるべき姿と配置へと戻っていく。その使命を果たすために、新たな姿へと覚醒していく。あの〝0.2ルクスの光を放つ地球″の未来を変えるために。


3年ほど前に直感だけで書いた、オムニバスシリーズの第一弾。

サイトの名前も「月幻楼」とあり、昔から月が好きな性分で、この作品だけでなく、自分の執筆する物語の中にはいくつも月というワードが出てきます。

ここから始まる「少年」を追いかける物語、どうか最後まで読んで頂けると幸いです。


ちなみに某鍵作品の設定と似ていますが、偶然ですよ。

いや本当に……。

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