プロローグ
「戦争」、それは同族殺しという生物として最大のタブーの代名詞。
領土、資源、権利などの所有権を武力によって主張するこの世で最も悪とされる事象。
しかし、そんな「戦争」は無意味に引き起こされるわけではない。そして、無意味に終幕することもない。
「戦争」をすることによって人々が多くのものを手にしてきたことは明白だろう。
勝つために科学力を研鑽し、捕虜を用いて人体実験を行い、医学を発展させた。
そう、人々は「戦争」を通して成長してきたのだ。
そんな「戦争」を教育に応用した高校があった。
国立雲見谷高校。ここではクラス対抗の「戦争」が行われている。
とは言っても実際に死者を出すことはない。いわゆるサバイバルゲームのようなユルい「戦争」である。
「いいかぁー、てめぇらー」
気の抜けるような覇気のない声がクラスに響き渡る。今は帰りのホームルーム中だ。
「俺たちX組は、来週より全クラスに対する宣戦布告をする」
教壇に立った男子生徒、桐塚 龍がのんびりと口にした言葉がクラスを騒然とさせた。
「はぁ!!?」
「アホか!!!」
「んなことして勝てるわきゃねーだろ!!!!」
怒声とも罵声ともとれる声がクラス中に反響する。
「うるっさいなー。やるったらやるんだよ。黙ってクラス代表についてこい。カスども」
生徒たちは憤怒の形相で騒ぎ立てている。しかし、それも無理からぬことだろう。
ここ、雲見谷高校で戦争が行われる理由は大きく分けて2つある。
1つはクラス同士のいざこざ。あのクラスのアイツが何々したから気に食わねぇ。クラスごと叩き潰す。というような理由。
もう1つは、「クラスの権利書」を奪うために戦うという理由である。
「何か気にくわないことでもあったの?」
優しく、されど呆れ気味に問うてくる声に振り替えると、一人の女子生徒が首をかしげていた。
「いや、別に」
龍がそっけなく返すと、ずいっ、と顔を近づけて不愉快そうな表情を見せつけてくる。
近づいた顔はまつげが長く、ぱっちり二重、桜の花弁を思わせる薄ピンクの唇、どのパーツをとっても美少女としか言い様のない美しいものだった。
その女子生徒の名は、葵井 翠。
龍とは幼少期の頃からの付き合いだった。俗にいう幼なじみである。
「ならどうして宣戦布告をするなんて言い出したの?しかも、全クラスにって」
「強いて言うなら、暇だから」
「……真面目に答えなさい」
翠が半眼を作りながら、小さな子供に言い聞かせるようにして頭を撫でてくる。
「いや、本当に理由なんて無いんだって」
頭に置かれた手を避けるようにして上体を反らす。
そんなやり取りをしていると翠の後方から笑い声が上がる。
「はっはっは!! いいじゃねーか!! 全クラスに対する宣戦布告なんて!!!」
机が軋みをあげるほどに叩きながら爆笑している男子生徒、名は小口 辰馬。180後半はあろうという背丈にがっしりと筋肉のついた体格をしている。
「すいません、うるさいので静かにしてもらえるとありがたいです」
その辰馬の右隣。持参した枕から顔をあげて、見るからにやつれている女子生徒が辰馬を半眼で睨んでいる
そんな不健康そうな女子生徒の名は、浅村 みくろ。彼女もまた整った顔立ちをしているはずなのだが、目元のクマのせいで陰鬱そうに見える。
「とにかく、やるったらやる。以上解散」
龍が無理やり締めくくる。
「「ふざけるなーーーーー!!!!!!!!」」
近所に迷惑になるレベルの叫びが辺りにこだました。