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3 交対話


「いやあ、敵対国への輸出禁止品目録の作成と、経済封鎖を議会に提言する行為に関しては、本当に面白い関連性があるな。はっはっは」

「しかも、平時でも戦時下でも、本質的に同一であることがまた面白ぇ。ははは」


 眼をえぐられた男と、アンドーは快活に笑い声をあげた。

 二人は今、人気アイドル・グループAKX48について、雑談をしているのだ。ちなみに、アンドーはモッシー、男はヨシにゃんが一番かわいいと思っていた。

 行き詰まったブレイン・ストーミングを解決するのは雑談だと読んだことがあったが、雑談は監禁下の密室でも、絶大な効力を発揮したのだ

 密室に閉じこめられた二人が、和気藹々と過ごしていた。





 ほんの十五分前に、男はアンドーを殺す気で迫ってきていたのではなかったのか?


 要は、男はアンドーに触れることができなかったのだ。

 この世の大半の人間は、部屋のどこかでバイブしている携帯を見つけることすらできないのだ。男もその手合いの一人だった。


 男はアンドーの縛り付けられたベッドをニアミスして、そのまま直進していって、壁にぶつかった。

 そして、ありったけの殺意を壁に向けて発散したのだ。


 アンドーは、その狂態を阿呆面で眺めていた。やがて、身震いして思った。ーーもし、自分に向けて発散されていたら、どうなっていたことだろう?

 ……自分の身体は鎖から自由になっていたかも知れない。手足がちぎれるという形で……。

 壁を殴り、ひっかき、噛みついていた男は、見る間にスタミナを消耗していった。


 やがて、壁を背にして崩れ落ちた。


 人間が火事場のバカカを発揮していられるのは、ほんの数分間でしかない。人間のその真の暴虐性は、普段、厳重にリミッターをかけられている。


 肝心の壁には、ろくに傷もついていない。

 密室を密室足るものとしている、密室性は完全に保たれていた。この密室は頑丈なのだ。


 男が疲労のあまり床にのびるのをみながら、アンドーは考えた。

 そのまま、黙っていることもできる。それが一番リスクの少ない道だろう。密室では、リスクの少ない安牌こそが重要なのだろうか。


 いや、だが、それだけでは、状況が進まない。

 自分たちは両方とも被害者だ。そして、両方とも密室を脱出したがっている。

 アンドーは独力で脱出している手を思い付いていないし、男もそうだろう。


 ここは、危ない橋を渡る他ない。アンドーは決心した。

 まずは、対話することから始めよう。

 アンドーは口を開いた。


「話をしよう」






 話してみると、男はなかなかジェントルであった。アンドーが社会に対して感じている見方に対して、興味深い点から反論してきた。

 さして社交的だという自覚のないアンドーが、自然に話に花を咲かせることのできる雰囲気を発しているのだ。


 男はベニガタと名乗った。


 彼は白いタートルネック・セーターに、黒っぽいジーンズを纏っている。体にぴったりとしたサイズなので、痩せた体型が強調されている。

 髪の毛は、丸刈りに近いほど短い。ファッションなのか、遺伝形質のせいで髪があまり生えないせいなのかは分からなかった。

 頬から顎にかけて、灰色っぽく無精髭を生やしている。

 顔には瓶底メガネをかけていた。


 何よりも特徴的なのは、眼球を喪失していることだろう。

 だが、それについて男は深い口調で言った。


「人間は目に頼りすぎている。それを失って初めて見えてくることもあるんだ」

「なるほど」


 なかなか考えさせられることを言うではないか。


「でも、こうやって会話ができてうれしいね、ベニガタ。俺は密室に閉じこめられると、人間は攻撃的になって、互いに殺し合うものだと思っていたよ。人間は思っていたよりも高等動物だという結論なのかな?」

「密室だからと行って、他人と仲良くなれないことはないさ。体は密室にあっても、心は通じ合うのだよ」


 ベニガタは語った。

 彼は、一緒にいてそれなりに気持ちのいい御仁であることがわかった。その言葉には、コメディアンのような低俗でちゃらちゃらした響きもなければ、俗物が知識の少なさをごまかそうと、虚飾で上塗りした感じもない。

 男は、考えて喋れるのだ。


 もっとも、ベニガタがその全身から発している、しょぼくれた感じのオーラはいただけなかった。

 まあ、贅沢はいえない。

 密室に、見栄っ張りで自己中な奴と一緒に閉じこめられたら、その憂鬱さは並大抵なものではないだろう。

 この点で、アンドーは実に幸運だった。





 アンドーは静かに語る眼前の男を見やる。

 これが先ほどの、殺意を滴らす狂人と同じ人間とは思えなかった。

 会話を始めたのがよかったのだろう。会話とは、読んで字のごとく、会って話すことである。アンドーは殺意を向けてきた男と話したのだ。そして、和平を得たのだ。アンドーは自らの機転が誇らしかった。

 これを、ピンチを知性でもって切り抜けたと言わずに何と言おう?


 ……それはどうかな?


 自分の胸の内で皮肉っぽい言葉が問う。


 ……奴は単に壁を殴ってストレスを発散できただけだ。やがては、密室の怪物は目を覚ます。そして、動けないおまえを引き裂くのさ。


 アンドーは歯噛みした。

 くそ、ネガティヴ・イメージを持ってはだめだ。

 それに、ちゃんと対策もたててある。

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