VRMMORPGのせいで兄がおかしくなってしまった件について
ニッチな内容ではあると思う
わたしが兄と二人でこのVRMMORPG『ファンシークラフトワークス』(通称、ファンクラ)を始めたのはもう二年くらい前になる。
当時、お互い初心者であったけど、幸いなことに、親切な廃人の知り合いがわたしにも兄にもいた(その二人の廃人同士も仮想世界で知り合いだった。世間って広いようで狭い)ためスムーズに始めることができた。ところが、事件はそもそもはじめから起こっていた。兄が、ネカマとしてログインしたのだ。
どういうことなの。あのとき、わたしは本気で意味がわからなかった。
呆気にとられるわたしをよそに、兄と廃人二人の三人はひとしきりわらったあと、兄のキャラクター造形や、もしやるならどんな設定か、などなど今となっては理解できるが当時のわたしではまるで理解できない話で盛り上がっていた。
正気に戻って慌てて兄に問いただすと、
「いや、ほら、せっかくのVRMMORPGなんだし、さ。現実では無理ななりたい自分、なってみたい自分になってみようかな、って。
それに、これはRPG、ロールプレイングゲームだぜ? ネカマだって問題ないさ」
そんな風にわたしに言い聞かせたのだ。
なるほど、とわたしは思った。これはしょせんはゲームだ。MMORPGというジャンルは古来よりネカマも多いと聞く。問題はなかった。無いと、思ってしまった。
廃人の導きもあり、わたしたち兄妹は大いにファンクラを楽しんだ。
強くなってボスを兄と二人で倒したり(二人でヒャッハーした)、廃人に付き合わされて物欲センサーの恐怖を味わったり(もうやりたくない)、ギルドを作って副ギルマスになったり(兄がギルマス)、変な男に粘着されて肝を冷やしたり(俺は姉妹丼を食べるんだとか言ってた基地外。クソが)、ファンクラ内でも一二を争う激レアアイテムをゲットしたり(驚きすぎて息が止まった。死ぬかと思った)、それ目当てのPK祭が起こって対人戦闘スキルが半強制的に身に付いてしまったり(思い出しただけでもムカついてくる。あのビチクソビッチムシがぁ……)、PK祭の元凶を粘着PKしたり(危うくアカバンされるとこだった。危ない危ない)、etc.etc.
本当に、楽しかったな……本当だよ?
そんな中、兄のネカマぶりはどんどん上達していった。その内、言わなければネカマだとわからないくらいに女性らしく振る舞うようになっていった。
わたしたちは姉妹としてそれなり有名になっていった。廃人二人の力も多分にあったけれど。
ところで、わたしは兄が好きだ。愛しているといってもいい。ブラコン? わたしをその程度に見てほしくはないと常々思う。わたしは、兄を、愛している。男として!
そもそも、このファンクラを始めたのも元を質せば兄に一緒にやらないか、と誘われたからだ。わたしも、現実と言うものをわかっている。現実ではわたしは兄と結婚することは出来ない。だがしかし! ゲーム内では関係無いのだ! 嗚呼、素晴らしきは結婚システム!
そんなわたしの淡い期待は、結局兄のネカマで打ち破られてしまった訳だけど。
ただ、それならそれで良かった。楽しそうな兄を見るのは脳汁が噴き出すくらいに好きだし(兄に結婚申し込んだやつは一人残らずPKしてやったけど)、二人で、あるいは兄と仲間とでファンタジーな世界を冒険することも楽しかったから。
そんなある日、現実世界で事件は起こった。
いつものように兄のベッドに潜り込もうとしたとき、ベッドの下からスカートが顔を覗かせているのを見た。わたしは恐れおののいた。まさか、兄に彼女が出来たのか、と。確かに、兄は線が細くて顔も小さい。華奢だけど背の高い宇宙一のイケメンだ。引く手あまたであることは火を見るよりも確定的に明らかだ。お兄ちゃん素敵! 抱いて!
そこまで考えて、わたしは正気に戻った。
兄に彼女がいないのは確認済みだし、兄は寄り道することも友人を連れてくることもなく、大学が終われば直帰で即ファンクラだ。彼女ができるなんてあり得ない。
わたしは気にしないことにして兄のベッドに潜り込んだ。
それ以来、兄の部屋では女性ものの服を見掛けるようになった。流石に気になって尋ねると、大学祭で女装することになったとか。
写真を見せられてわたしの思いは天元突破。ハナヂを抑えるの大変だった……。
わたしはほっとした。兄にわたし以外の彼女なんてあり得ないのだ。
女性ものの服を見ることも大学祭終了以降は見なくなった。
ただ、それ以来、少し、兄の性格が柔らかく穏やかになっていったようには感じた。体つきもほんのちょっぴり丸くなったような?
そんなある日の帰り道、わたしはあまりの衝撃にその場に立ち尽くすしか無いようなことに遭遇した。
兄を見たのだ。
決して、兄のかっこよさに陶然なっていたわけじゃない。
兄が、女装して、町を歩いていたのだ。
薄化粧で高身長モデル体型のクールビューティーだ。
立ち尽くすことしばしばし、わたしは女装した兄といたす妄想までしたところで、悪くない、思った。なかなか背徳的で興奮する。
そんな妄想で誤魔化しながらわたしはファンクラにログインした。そしてこうして相談している。
……お兄ちゃん。
気になる。でも、なんか、怖い。
〇×%&*@§☆
兄が、いなくなった。
突然。本当に突然に、だ。晴天の霹靂って言うのはこう言うことを言うんだろう。あまりの喪失感に、今のわたしの現実感がひどく薄い。
ここと現実、どちらも仮想世界みたいだ。
お兄ちゃん、どこに行ったの?
ギルメンのみんながわたしを慰めてくれる。
そうだ、ギルメン。お兄ちゃんの友人の廃人、廃人一号!
「ねえ!」
廃人一号はわたしの声に、驚き、持っていた紅茶のカップを取り落としたけど、そんなことは関係無い。
「一号さん、お兄ちゃん、のこと――」
でも、返ってきたのは、
「ごめん、アリナちゃん」
そんな。
ギルドの誰もが、わたしを気の毒そうに見る。
「あの野郎、本当に、なにやってんだよ……」
一号さんは苛立たしげに呟いた。
お兄ちゃん、本当に、どこいっちゃったの?
〇×%&*@§☆
お兄ちゃんがいなくなった日から三週間。わたしはギルドホームの隅、三角座りで虚空を見つめる。
信じられない。
いくらなんでもあんまりだ。
なんでこの世はこんなはずじゃないことばかり……。
ホームに来る誰もがぎょっとしてわたしを見つめる。
わたしの友人の廃人、廃人二号がおずおずとわたしに尋ねた。
「ど、どうしたのよ、アリナ」
二号の優しげな顔に、わたしの何かがけっかいした。
「……う、うわぁぁああん! サキエェェェエエエッ!」
「ちょっ、本名言うなおバカ!」
悲しみが溢れて、それをぶつけるようにサキエに抱き着いた。
「お兄ちゃんが、おにいちゃんがぁ!」
「っ!? お兄さんが、どうしたって?」
わたしの泣き声に誰もが動揺した。
その時、
「……おう、お前ら」
「みんなー、おひさー」
疲れきった様子の一号と暢気に笑う兄、だった人のキャラクター。
「うわぁぁああん! おにいちゃんのばかぁぁああっ!!」
わたしはホームから逃げ出した。
追いかけてきたサキエに捕まえられて、何があったのか、洗いざらいぶちまけた。
「……で、わたしはどうしたらいいんだろう?」
わたしの問い、固まることしばし、サキエは、
「……あー………笑えばいいとおも……いや、ごめん。わたしが悪かった」
本当に、ゲーム以外のことでは役に立たない。使えない。
「ちょっ、流石にわたし泣いちゃうよっ!?」
……声に出していたらしい。……これだから廃人二号は。泣きたいのはこちらなのだ。一号さんを見習え。
「ぐすっ……ずずっ、なら、何か案をちょうだい」
もう、キャパシティオーバーだよ。
サキエはえー、と頭をかき、考え込む。
ぽん、とサキエは手を打った。
「こういうときは、人に聞くに限る」
〇×%&*@§☆
わたしはサキエのアドバイスに従って、有名な掲示板にスレッドを立てた。
どうか、解決しますように。
お兄ちゃんが戻って来ますように!
【TSとかありえん】VRMMORPGのせいで兄がおかしくなってしまった件について【……ありえん】
TS好きなんですが、それについて考えているとき思い付いた突発的なネタ。
ネカマのできるVRって色んな意味で破壊力が高いと思うの。目覚めるというかなんというか。出来が良ければ良いほどに。
ブラコンアリナちゃんの明日はどっちだ!
評価、感想、批評等よろしくお願いします。