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situation.4 土の詰められた上履き

 翌朝。セーラー服に予備のリボンを身に付け、洗面台の前で髪を結い上げる。急いで化粧も施し、学校へと向かった。今日は朝から日差しが強い。ありさは出来るだけ日陰を選んで歩いた。家から駅までは徒歩十分。そこから電車を一本乗り換えて学校の最寄り駅までが二十分。ありさの働く喫茶店フェリーチェは、乗り換えで降りる駅のすぐ近くにあった。


「ありさ、おっはよー」


 今日は御下げを垂らした美波と合流する。


「おはよう。あんたは朝からテンション高いわね」

「えへへ、明るいのが取り柄ですからー」


 予定時刻通りに電車が出発する。その際に一瞬だが、喫茶店が見える通過ポイントがあるのを最近発見した。喫茶店の出入口で誰かがこちらを見ている。それは見てはいけない物を見てしまったかのような気分にさせ、ありさは反射的に目を伏せた。


「どうしたの?」

「な、何でもないよ」


 心を落ち着かせるように胸に手を置く。何だか嫌な胸騒ぎが全身を駆け巡った。




「嘘……」


 下駄箱を開けた途端に、ありさはその場で硬直した。自分の上履きに、何故か土がぎっしりと詰められている。


「ありさ? ……どうかしたの?」


 美波がこちらに来たので、ありさは咄嗟に「何でもないよ」と言って下駄箱を勢い良く閉めた。


「ごめん、悪いけど先に教室に行って。私、先生に呼び出されてたの忘れていた」

「……わかった、じゃあ先に行ってるよー」


 美波が何か言いたげな表情で階段を上がっていく。もう一度覚悟を決めて下駄箱を開けてみるが、やはり土が詰まった上履きが置いてあった。

 どうして。急に立ちくらみがきたかのように視界が歪んだ。慌てて周囲を見渡し、この状況を気付かれていやしないかと探る。


 誰? 誰がこんな事したのよ! ありさは目にうっすらと涙を浮かべて、上履きを抱えると一人体育館裏へと走った。全く身に覚えのない嫌がらせに、ありさの心は大きく揺らいだ。本当に身に覚えがないのだ。つい昨日までは何不自由なく、毎日を過ごしてきたはずなのに。


 ありさはどうして良いのかわからず、一先木の枝で上履きに詰められた土を掘り返す。今までこんな酷い仕打ちすら受けたことがない。惨めさに涙がこみ上げて来た。涙でメイクが落ちないようにと、度々上を向きながら土を取り除く。そして何事も無かった風に装い、再び昇降口へと向かった。自分の所に靴を置いたら、また土を詰められるかもしれない。そう思い、即座に戸棚付きの来客用靴箱に隠した。ここまでしてもし土が入れられていたら、相当に質の悪い悪戯に違いない。

 一体誰が、何の為に自分に嫌がらせをしたのだろうか。本当に誰が犯人なのか分からなかった。恨みを買った覚えもない。

 何かの間違いではないだろうか。きっと誰かに仕返しをしようとした馬鹿な奴が、間違えて自分の上履きに土を詰めた。……いや、上履きには自分の名前を書く事を義務付けられているから、そんなはずはない。


 吐き気をもよおしながら、ありさは教室に入った。まっ先に自分の席を見る。……よかった、普通だ。机の中身を全て取り出して、教科書まで念入りにチェックしていったが、何処にも悪戯された形跡はなかった。やられたのは上履きだけか。

 教室は普段通りにホームルームが始まる直前の騒々しさ。自分の席に座ったまま、ありさは周囲を見渡した。もしかしてこの中に自分を陥れようとしている人物がいるかもしれない。いや、その可能性が高い。ありさは眉を潜め、懸命に心当たりを探そうと思考を巡らす。虐めなんて、自分には関係のない事柄だと思っていた。自分は派手なグループでもなければ、地味なグループにも属していない。クラスでも比較的中立な立場にいたはず。その自分が被害に合うなんて、信じられなかった。


 疑心に一人一人の生徒の顔をチェックしていく。皆自分の事や会話に夢中で、誰一人ありさの方へ注意を払う者はいなかった。先に教室に行かせた美波でさえも、大人しく席に着いて教科書をめくっている。

 美波に先程の出来事を告げるべきなのだろうか。ありさは素知らぬ顔で座る美波が急に忌々しく感じた。あんな惨めな思いを自分がしたのに、一緒にいる美波は何ともないだなんて。理不尽だ。

 もしかして美波がやったのではないか。一瞬疑った自分を慌てて否定する。そんなはずがないか。自分が嫌いなら、避ける仕草を見せてくるだろうし、何よりバイト先まで一緒の所を選ぶ訳がない。平気で友達を傷付けるような子ではないはずだ。


 ありさはもう一人の友達、木元由香里の姿を探した。机の上で電子辞書と睨めっこしながら、暑そうに忙しなく下敷きを扇いでいる。幼い頃から剣道を続けているせいか女子にしては体格が良く、あまり華やかな子ではないが、ありさは由香里の面倒見の良さと頭の出来を買っていた。要は自分が面倒でわざとやってこなかった宿題を写させてもらうのだった。三人の中でも一番頭が良く、運動も出来るので非常に頼もしい存在だ。


 比較的ありさはこの二人と行動することが多い。同じグループの二人には何事もなかったようだ。ありさは釈然としないまま教科書をぱらぱら捲った。自分一人だけが恨みを買われている。しかしその肝心な心当たりが見つからないのでイライラする。誰かと間違えられた線も捨てたくはなかった。今時あんな嫌がらせを受けた自体恥ずかしかったし、そんな自分を知った所で、二人からも仲間外れにされてしまうかもしれない。それが一番怖かった。


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