邪神な彼女と出会った夜
ナイさん登場です。
「―――と言う訳なんですが、どうしましょう、真治さん」
「しーらね」
「ひどっ!?」
今しがた非道な返事を返してくれた人は件の叔父の息子さんで、名を蒼焔 真治と言う。
僕の家は父も(僕が生まれてすぐに事故で死んだらしい)母も(僕が10歳の時に倒れてそれっきりだ)死んでいるのでこの従兄である真治さんの援助を受けて生活している(まぁ、叔父の功績のおかげで国から援助金が出ているが)。真治さんは本当は優しくて家族思いのいい人なのだが、こういった系統の血筋関係の話になると少々厳しくなる。自分の血筋の問題は自分で解決しろと言う事なのだろうか。真治さんは恰好つけの嘘に悩まされている様子は無いのだし、自分で克服したのだと思う。
「……まぁ、さすがに、知りませんじゃひでぇわな。進斗、ほれ」ポイッ。
「のわっ!?って、鍵……ですか?」
真治さんが放り投げてきたのは銀製と思しき、20センチほどの長さの鍵だった。何やら不思議な文字が書かれていて、手にした途端に神秘的な雰囲気と重みが伝わってくる。
「『銀の鍵』だ。使え」
「いえ、分かりますし、どう使えと?」
「知らないか?ハーワード・フィリップス・ラヴクラフト著『銀の鍵』、『銀の鍵の門を超えて』」
「読んだことは………え?」
マジで?
「『夢の国』とか言う不思議ランドに行けるあれですか!?」
「父さんが作ったやつだけどな」
叔父さん…………?一体、どんな秘密を握っていたんですか………!!??
「死ぬ5年前からそんな謎アイテム作りまくってたらしいからなー」
ますますどんな人か分かんなくなってきた……。母さんの話じゃすごく優しいくせに計算高くて、奥さん大好きで、滅茶苦茶強くて、公務員のくせにヤのつく職業真っ青の人だったて言うけど…ますますどんな人か分かんなくなる。確かなのは、叔父さんは得体の知れない『力』を持ってたと言う事、それと、1999年と2012年に何かをしたと言う事。この2つだ。
「真治さん、叔父さんってどんな人だったんですか?」
「ん?そうは言っても俺が7つの時に死んでるしな。あーーーー………人、だったとしか言いようがねぇな。父さんはどんなに化け物じみていても、人であり続けようとした人だ。それは変わんねぇよ」
「そう、ですか……」
僕もそうなる日が来るのかもしれないな。
心の中で心配事を一つ吐き出して、真治さんに向きなおる。
「ありがとうございました。使ってみます」
「夕飯は?姫華が作ってんだが」
台所では真治さんの奥さんの姫華さんが料理を作っている。でも、今日は朝の残りが残っているのだ。もったいないので家で食べることにする、という旨の言葉を伝えると、「ん、分かった」と送り出してくれた。「真璃ちゃんまたね~」と手を振るとブンブンと振りかえしてくれたので満足。従兄姪は可愛過ぎて困る。
「じゃあ、また明日来ます」
「ん。ちゃんとメシ食えよ」
さよならー、と言わんばかりに手を振って真治さんの家を立ち去った。
僕は1人で一軒家に暮らしているのだが、明らかにメリットよりデメリットの方が大きい気がする。1人であろうと無かろうと結局電気代はかかるのだ。そんなのだったらもう1人か2人居たほうがいいに決まっている。だが、この高校生の身分で誰かもう1人住むというと―――――。
「……同棲……ぐらいしか無いよな………」ありえない。誰とすんだよ。まず彼女が存在しないのでムリデスネ、ハイ。
いや、まて。こんな謎アイテムで不思議ランドに行こうとしてる時にこんな事を思いつくって言うのは何かのフラグなのか?もしかして人外の彼女が今から出来てしまったりするのだろうか。さすがに人外の存在はお断りしたい。僕は一応人間だから。……まだ。
「…………ダメだなぁ…………」
どうも思考がマイナスに入ってしまって困る。おとなしくこの謎アイテムに身をゆだねることにしますかね。
じゃ、おやすみなさいっと。
そんなことを心の中で呟いて、目を閉じた。寝付きがいいことについては自慢できるので、すぐに意識が希薄になってゆく。自分が永遠の闇に落ちていくような感覚と一緒に、いっしょに、いしょに………………………―――――――――――――――――――――――――――――――――――おちていく。
人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い人じゃ無い。
お前は人間じゃあ、無い。
「―――――――ああああああぁぁっぁぁぁああぁぁぁあぁっっっっっっっ!!!!!!!!!」
絶叫と共に跳ね起きた。
「ッ!ハッ!ハァッ!ゴフッ!ゴハッ!」
呼吸が整わずにむせ返る。
上体を起こしたままでしばらく深呼吸を繰り返していたが、あることに気が付いた。
いつものベッドじゃ無い。
そして。
「生きているか、人の子よ?まぁ、この『夢の国』で死ぬというのはとてつもなく愚かしいことなのだがな。ちなみに言っておくがそこまで恐怖に怯えてここに来たものはおらんぞ?更に言っておくが、その夢は私のせいではない。そなた自身の夢だ。そういう意味ではこの夢に来られて幸せと思っておくがよい。そうでなければ一晩中その悪夢に脅かされることとなっていたであろうよ」
声がした。
どんな声とは名状できない。清らかなのか、おぞましいのか、判断できなかった。
首を回し、その声の持ち主の方を見た。
自分の目が信じられなかった。
そこには玉座があり、そこには少女が退屈そうに、実に暇だと言わんばかりの態度で座っていた。そこまでは理解できる。
だが、その少女は、墨のような漆黒に見えながらも雪のような白銀にも見える髪を持っていた。
その少女は、透き通るような白さを持ちながらも大地のような褐色をしている肌を持っていた。
そして、その少女は、
女神のような神々しさを纏いながらも、悪魔のような禍々しさを漂わせていた。
そして、その名状しがたき少女はあの名状しがたき声で告げた。
「ようこそ、一人の狂喜に囚われた作家が創り出した世界、『夢の国』へ。
我こそは千なる異形の神。這いよる混沌ナイアラルトテップ」
名状しがたき美貌を持った少女は邪神の名を語り、
僕は何かが初まる予感を感じていた。