悪質なセールスマン
また魘されながら覚醒すると、先ほどと同じベッドの上だった。何故かカエルの枕が増えている。
やめてくれ、切実に。
君に届かない想いを胸の内にしまう。
溜息をつきながら、ゆっくりと身を起こした。
今度は驚かないぞ、ファンシーな部屋に飽き飽きしながらも扉に手をかける。
開けて・・閉めた。
閉めた扉に手をかけながら冷静になる。
い、今、何か変な物が見えた気がするが、いや気のせいだろう。気のせいであってほしい。
もう一度、扉に手をかけて今度は慎重に開く。
・・やっぱり現実らしい。
目の前には大きな熊が警備服を着ながら扉の脇に立っている。夏希よりも二倍は大きい熊に身の危険を感じる。
これは確実に一呑みでいけるな、きっと熊の頭の中はそれで一杯なんだ。
自分の死期を悟った夏希のくりっとした瞳から大粒の涙が出る。ついでに鼻から口にかけて透明の架け橋も出現した。
手で拭くも後から後から溢れてくる涙は止められない。
せっかく犬を助けて、いい行いをしたのに突き落とされて目が覚めれば変態に囲まれて、逃げようとしたら兎にもさもさされて散々だ。
「ふぃー、ひっく、じゅる」
鼻をすする音は乙女にあるまじき行為だがこの際言ってられない。どうせ熊に食べられるのだ、せめて熊が食べる気をなくす顔で食われてやる。
そして目の前に影が差した。
いよいよか、と諦めてぎゅっと目を瞑るが何も起こらない。
恐る恐る目を開けると熊が夏希にハンカチを差し出していた。しかもピンク色できっちりと折りたたまれている。
「へっ?」
真っ赤になった目で見つめると熊がそのハンカチで夏希の顔を拭いてくれる。大きな手で頑張って小さな夏希の顔をごしごしと優しくこする。
「ちょ、ぶっ」
為されるがままだったが、動物にあるまじき行為に言葉を発しようとするが顔を拭かれているため出来ない。
ようやく拭き終わった熊が離れてまた扉の脇に立った。しっかりと直立して身動き一つしない。うむ、できた熊だ。
「あ、あのー」
夏希が声をかけると顔だけこちらに向けて夏希の言葉を待っている。
真顔で見られるとやはり怖い。
「拭いてもらってありがとうございました」
恐々お礼を言うと気にするなと言うように頷いた。そしてまた顔を戻して直立する。
以外にいい奴かもしれない、熊という動物は。
夏希が初めて動物に好感を抱いた時だった、その熊さんが深々とお辞儀をした。
何が来たの、扉から顔をひょっこり覗かせるとあの銀髪男が雄大に歩いてきた。そんな彼と扉越しに目が合う。
条件反射で扉を閉めようとするが、閉まらなかった。
視線を下に向けると足が見える、横に立っている熊さんの茶色い足が。
お前は悪質なセールスマンか、さきほどの恩を忘れて夏希は熊を睨むが当の本人は素知らぬ顔だ。
これが自宅だったら不法侵入で訴えられるが、ここは夏希の家じゃない。
夏希は泣く泣く国王の訪問を受けた。