もさもさ
走っても走っても見えるのは白い大理石の壁、あのど変態兄弟から逃げたはいいものの夏希は完全に迷ってしまった。
「ここどこ?ってか日本にこんな城が建ってるとこなんてあったっけ」
ようやく走るのをやめて辺りを見回してみる。
高い天井にどこもかしこも輝いている廊下、猫の銅像や青銅の犬の耳をつけた鎧、色とりどりの鳥の絵画がそこらじゅう至るところにある。
金持ちの家に見られる物ばかりだが、ちょっと待て、あきらかに動物が混じっている。
「なんでパンダの花瓶・・」
パンダの頭から見事な花が咲いている、それを見て夏希は脱力した。
「おかしいだろ、何なんだここは」
うへぇーと舌を出しながら手当たり次第に部屋を開けてみる。
出口が分からないのだから近くの部屋の窓から外に出て帰ればいい。そして変な人がいると警察に訴えればいいだろう。
すぐ近くの部屋から幼い声が聞こえた。
もしかしてあの変態に捕えられた子供かもしれない、夏希は正義感から扉を開けた。
「うっぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
だが中にいたのは一面の白、そこには赤ちゃん兎が部屋一面にいたのだ。
もさもさとしていて可愛らしいな、なんて思うこともなく、夏希は盛大な悲鳴を上げる。
その声に驚いた兎たちは一斉に後ろへと飛び跳ねた。
その動きにまた夏希はびくりとする。
だ、だめだ。跳ねる動物だけは駄目だ。
動物自体あまり好きではない夏希だが、跳ねる動物は一番嫌いだ。
「う、そのまま動いちゃ駄目だぞ。いいか君たち、動いたら私が死んでしまうからな」
手のひらを向けて兎たちの動きを制して逃げようと扉を引こうとしたが外から聞こえた声に思わず扉を閉めて自分の逃げ道をふさいでしまった。
「どうした!?何があった?」
「うるさい、変態。黙れ」
「へ、変態だと。私はフランシスという名がある」
扉をしっかりと両手で塞いで鍵を閉めた。
ドンドンと叩く音が聞こえたが聞こえないふりをして、もさもさ達と対峙する。
赤い瞳がこちらを怪訝に窺っている、きょとんとした仕草が人間のようで愛らしい。だが今はそんなことを考えている場合ではない。
夏希は兎たちの後ろにある窓を見た。
大きな窓は外に続いているようで、ここから見える青い空が眩しい。
「くそう、シャバに出たい」
だがその外という名の自由を手にいれるにはこの看守共の壁を越さなければならない。自由を手にするにはいつも障害がつきものだ。
「いいか、絶対に動いちゃ駄目だぞ。絶対に、そこを一歩たりとも動いてはならない」
動物相手に本気になりながら摺り足で窓際に寄る。短い距離なのにまるで長距離走のようにひどく疲れる。いや、長距離以上だ。
ああ、自由が、私の自由が見えてきた。
窓の鍵に手をかけ、いざ羽ばたかんとしようてしている時に目の端で白い物が動く。
ま、まさか、ギギギと顔を動かすと、ちょこんと小さなベイビー兎が夏希の足元に座っている。興味津津の瞳が夏希に真っ直ぐに向いている。
純粋な瞳だ、全く曇っていない。
だがそれは他の機会の時に向けてくれ。
「ストーップ、そこで止まれ止まるんだ、ジョージ」
ジョージとは誰なんだ、自分でも分からないが口が勝手に動くのだ。仕方がない。
しかし夏希が勝手にジョージと呼んだ小さな兎は嬉しそうに跳ねて喜びを全身で表そうとする。しかもだんだんと夏希に寄って来る。
「ひっ、ぬおおおう。駄目だ、近寄ってはいけない。いいか、私は動物に触れたら死んでしまう病なんだ。君なら分かってくれるだろう」
はてそんな病気があっただろうか、もはや夏希の頭に「正常」という言葉はない。あるのは「逃走」という文字のみ。
だがそんな夏希の気持ちも虚しく、兎は夏希の足にすりすりと柔らかい身体をくっつけた。
その瞬間、夏希の視界がブラックアウトした。
兎は可愛いでしょう・・・
ですが虹乃も跳ねる動物には少し、トラウマがあります・・・
それはおいおいね★