窓とジョージ
まだ昼前というのにカーテンは閉められており、夏希はベッドで布団にくるまっていた。
「夏希様、お開け下さい」
メイドの兎さんの声が聞こえるが夏希は動きもしない。
「夏希様、フランシス様も謝りたいと仰っております」
「・・会いたくない」
扉越しに夏希のか細い声が聞こえた。通常では聞こえない声だが兎さんの耳は高性能だ。
「夏希様の好きなお菓子もございますよ」
「いらない」
その言葉に兎さんは口元に手をやり、わなわなと震えだした。まるでこの世の終わりのような顔だ。
「な、夏希様が食べ物に釣られないなんて。そんなの夏希様ではありません」
その言葉を扉越しに聞く夏希。
確かにさっきまでだったらお菓子に釣られていただろう。
しかし今は食べたくない。
リバースしたばかりなのだ。
それになけなしの乙女心も傷ついたのだ。
本当にもう家に帰りたい、もうこんな国なんて嫌だ。
鬱々と人差し指でのの字をずっと書く。
―――カリカリ
へのへのもへじ、ののの、へのへの。
―――カリカリ
「ん?」
窓から微かな音が聞こえる。
むくりと身体を起こして薄暗い部屋を見渡す。
動物がモチーフのカーテンを開けた。
「ジョージ?」
窓のさっしにジョージがが立って前足で窓をカリカリしていた。
「・・何人たりとも、この私の心の壁を越えることを出来ない」
そう言ってカーテンを再び閉めるがカリカリと窓をかく音は止まない。
「・・・」
そう言えば、この部屋があるのは2階だったはずだ。それなのに、どうやってジョージは上ってきたのだろう。兎のジャンプ力、舐めんなよ。と言っても高がしれている。
もう一度そろりと覗いてみる。
「・・なにっ」
ジョージは指の幅しかない窓の隙間に足をのせている。
やけに毛が揺れているな、と思っていたが風のせいだと思った。
「って・・引き返せぇ」
しかし、いくら訴えかけてもジョージはその場を離れようとしない。
命の危険もあるというのに。
「ジョージ、帰るんだ」
窓をかく音は途絶えない。
「・・もしや入れて欲しいの?」
突如、音が止まった。
うん、これは窓をかくのが疲れたんだな。なんて思うわけない。
「ジョージ、私は落ち込んでいるんだ」
そんな時にジョージから逃げるという体力は使えない。
さらに落ち込んでしまう。
だが外の風が気になる。
ぐらぐらとジョージの小さな身体が揺れる。
「帰るんだよ、ジョージ」
だが全く帰ろうとしない。もしかしたら木には上ったが下りれなくなってしまった猫パターンか。
びゅうびゅうと吹く風が気になる、もしかしたら死んでしまうかも。
そう思うと自分の辛さなんて脇に置こう。
「ジョージ、入れるから待っててくれ」
窓を開けようとしたが問題が発生した。なんと窓が内開きではなく、外開きだ。
「・・・」
これは不味い。このまま開くとジョージは落下コースだ。
「ジョージ、タイミングを合わせよう。君と私なら出来るはずだ」
ジョージに真剣に語りかける。
「私が合図したら、ちょっと横に高く跳んでくれ。窓を開けたら直ぐに私が君をキャッチするから」
顔を縦に振ったジョージを見て、唾を飲みこむ。
「いち、にの、さん!」
勢いよく開けるとジョージが高く跳んだ。
そしてゆっくり落ちてくるジョージを両手でキャッチした。
「ぬあぁぁぁぁ」
声にならない声を上げて、ゆっくりとジョージを下ろした。