もう助けません
誰もが死を確信した瞬間、トラックが耳を劈くブレーキ音とクラクションを鳴らした。
「おい、気をつけろよ!」
「は、はい」
犬を抱きかかえながら呆然と夏希は返事をした。
トラックの運転手は毒づきながら去っていた。生温かい排気ガスが千夏の髪を揺らして行った。
「夏希、大丈夫!?」
反対側から涙声がかかる。
見ると腰を抜かした友達が涙を流しながら心配している。
「あー、うん」
聞き慣れた声に安堵して夏希はやっと動きだした。
しかし犬が気の緩んだ夏希の腕からするりと抜け地面に立った。
「ったく、もう迷惑かけるなよー」
夏希はしっしと追い払うが犬は何故か夏希をじっと下から見上げている。
「なんだよ」
夏希はもう用は済んだとばかりに皆の元へ戻ろうと犬を無視し立ち去ろうとしたが犬は夏希のズボンを口で引っ張る。
「離せっつの」
「くぅーん」
「くぅーんじゃない。甘えた声を出すな」
小さな身体の癖に力が強い犬に引きずられて工事中で穴が開いているところに連れて行こうとしているようだ。
「ちょ、ちょっと待て。私はお前を助けたんだぞ。それなのにこの仕打ちは無いだろう」
後ろから友達の笑い声が聞こえる。普段から動きや小柄な体格が犬に似ていると言われている夏希が本当の犬に懐かれているために笑っているのだ。
先ほどの心配なんてこれっぽっちも無い。
他人事だと思って、ぐぬぬと犬と根競べをする。部活で鍛えた筋肉で踏ん張るがずるずる少しずつ真っ暗な穴に近づく。
「待つんだ、犬よ。さっきの態度は謝ろう、だから離してくれ。離してくれたら美味しいご飯をあげよう」
美味しいご飯で犬の耳がぴくりと動いたが動きは止まらない。
「夏希、危ないよ!」
本日二度目の友達の悲鳴を聞きながら犬と一緒に足が暗闇の中に入った。
なんとか踏ん張るがこの犬は見た目より重いのか、犬がつかまっている足に体重がかかる。
なんとかもう一方の足と両手でバランスをとろうとしたがバランス感覚が乏しい夏希は真っ暗な闇にとダイブする。
「の、のぉーーーーー!!」
せっかく一難去ったのにまた生命が脅かされた。
一難去ってまた一難・・
これが人生・・・ふっ