シマリスって可愛いものなのに
今、地獄の扉が重々しく開かれた。
「よく来たな」
「私は負けはしないぞ、魔王め。この正義の鉄槌を受けてみよ」
「・・馬鹿か」
せっかく勇者になりきったというのに相手はのりが悪いです。
「馬鹿と天才は紙一重です」
「そうか、お前は馬鹿のほうへ傾いてしまったようだな」
「・・酷い」
残念ながら自分が持っているだけの語彙力では強敵を倒すことができません。だれか私に天才児を味方に下さい。
「とまあ、前戯はこれまでにして。用は何でしょう」
首を傾げながら銀髪の国王、フランシスを見つめる。何か怒られることをしただろうか?・・うん、いっぱいした気がする。例えば変態と呼んだり、変態と罵ったり、変態と蔑んだりしたことだろうか。
だがフランシスは夏希が予想していたこととは違ったことを言った。
「何故、私に黙って城下へ行った?」
「え?」
「黙って城下に行くなどと聞いていなかった」
「・・・」
何で自分の行動をいちいち赤の他人に言わねばならんのだ。
しかも自分が行きたいと言ったのではない。
無理矢理、君の弟であるアベルに無理矢理連れていかれたのだ。不可抗力だ、むしろ拉致だ。
最後の方は自分から進んで屋台で食べ物を強請りまくったのだが、それは棚に上げておく。
「アベルに文句は言ってよ」
「でも私に黙って行ったのだろう」
「だってアベルが言ってると思ったんだもん」
頬を膨らませて反論すると、フランシスがじっと見つめる。何故か潤んだ瞳で。
「お前は本当にシマリスに似ているな」
「黙れ!」
勢いよくつっこんでしまったが、よく考えるとシマリスというのは可愛いものではないか。
「しかも繁殖期中の」
「死ね!」
シマリスのメスは繁殖期になると頬を膨らませ鳴き声をあげるらしい。
繁殖期て、ちょっと待て。私は年中発情期のメスではないし妄想に生きているわけではない。
「何故だ、私は可愛らしいと思っているのだぞ」
「あんたの基準は一般人とは違うんじゃ」
夏希は手に持った袋を鍛えた剛腕で投げる。さすがハンドボール部の部長であると言うべきだろう、その袋はフランシスの顎にヒットした。
ただ袋の中に入っているものは柔らかいため、さほどダメージなどないが今まで人に物を投げられたことなど無かったフランシスは精神的にダメージを受けた。
「この鹿め!」
悪口なのだろうか、分からない言葉を残して夏希は出て行った。
後に残されたフランシスが袋の中を見るとフランシスの好きな伝統料理、ファリィニがまだ温かさを残したままあった。
ファリィニは林檎を甘く煮てパンに挟む食べ物だがフランシスは昔からこれが大好きだった。
まさかこれを買いに行ったのだろうか。
自分勝手な勘違いをしながらもフランシスはファリィニを一切れかじった。
「・・やっぱり旨いな」
悪いことをしたと思いながら食べるには気が引けたが、最近食べていなかったファリィニを口いっぱいに含んで変わらぬ味を楽しんだ。