アナログテレビ
美咲ちゃんは生きている
最近、自然災害が多くて悲しいけれど、なんとなく疎遠だった友人とコンタクトを取る機会になったりもする。
とはいえ、時代が変わり、通信環境が変わってメールが繋がらなくなった友人も少なくはない。
こんな時、電話番号で送るSMSというシステムはすごく便利だなと思う。
で、ダメ元でメールを送ったら、連絡が来た。
美咲ちゃんからである。
島田美咲 多分、私よりいくらか年下だとは思うが、お互い中年になるとそれほど関係はない。しかも、フリマで知り合っただけの関係だから尚更である。
ま、それでも、連絡がつくと懐かしいし、無事でいると思うと嬉しいものである。
美咲は自分の無事をSMSで知らせて、そこから、メッセージのアプリについて聞いてきた。
で、なんだかんだと通信手段が今風にアップロードしてから本題に入る。
〈月島さん、ブラウン管テレビって持ってない?買いたいんだけれど?〉
は?と思ったが、丁度いいのがあったので速攻連絡をする。
( ^ω^ ) あるよ?引き取ってくれるの?なんかチューナーとかもあるけれど、
チューナーはいらないわ。砂嵐が見られたらいいから d( ̄  ̄)
と、言った不気味な返事をもらって、なんだか心配になったけれど、でも、処分するのも大金がかかるブラウン管テレビが片付くならまあ、いいやと美咲の家に週末持って行く約束をした。
まあ、今はいろんな使い方をする人がいるし、昔の録画機器を使うのかもしれないとそこまで考えなかった。美咲の家は少し田舎の一軒家で、1年前に母親が亡くなってから1人で住んでいるらしかった。
何か、夕飯をご馳走してくれると言っていたけれど、一応、肉とビールを買って行く。
とうもろこしが元気に育つ畑を見ながら農道を進んで右に曲がると平屋の大きな一軒家が見えてくる。
美咲の家である。
「ああ、月島さん!!久しぶりっ。」
と、懐かしそうに美咲が私の車に近づいた。私は車内から笑顔で答えて美咲の誘導に合わせて車を駐車させた。
「久しぶり。元気そうだね。」
私は少し色白で太った、かつての仲間とあって嬉しいような、時の流れを感じるような、そんな気がした。
私たちはそれから、私の車で近くの温泉に行った。そして、何か珍しい調味料とかを買ったりして家に帰ると焼肉パーティーを2人でした。
ビールの酔いが少し回る頃、なんとなく聞きづらい内容を聞いてみる事にした。
「ねえ、こんなブラウン管のテレビなんでどうするの?」
私が聞くと美咲は笑って困った顔をする。
「うーんっとね、私、今、WEBで小説を書いてるの。で、書いてる時のBGMに使ってるんだ。」
美咲ちゃんの言葉に私は驚いた。が、自分も書いているというのはやめておこうと思う。
「へぇー小説書いてるの?どこで連載してるの?」
と、聞きながら聞かない方がいいのかな?とか迷ったりもする。少なくても、私はリアルに見られるのは少し恥ずかしい。ついでに、美咲の書いた欲望と性癖満載の異世界ものなんてここで読まされてもどんな顔をしていいのか分からないし、もし、私より人気と評価が上だったら、それも辛い。
なんて、黒い思惑に塗れる私の心を知らずに美咲はリラックスしたような顔になる。そして、ほろ酔いで心を緩めて話し始める。
「ふふ。私は主に動画サイトで流してるんだ。」
「え?動画???」
「うんっ。なんか、絵とかも書いたりするんだぁ。」
美咲はなんだか嬉しそうである。
「なんか凄いね!小説っていうから、小説サイトかと思ったよ。」
私は好奇心で作品が見たくて仕方なくなる。
「うん。私、キーボードとか使うの下手だし、スマホに話しかけて、そこから絵とか写真を合わせて画像を作るんだ。」
美咲は少し自慢げだった。そして、私は羨ましかった。カエルの声が遠くに聞こえて、気分よく私は酔っていた。
「いいね。見たいな。見せてくれられる??」
私の言葉に、美咲は少し頬を染めて「見たってつまらない。」とやんわりと断った。私も気持ちはわかるのでそれ以上は聞かなかった。
私たちは大いに話し、そして、酔っ払い、美咲は家に泊めてくれた。
布団を敷いて私にそこで寝ろというと、肩をすくめて
「私、ここれから小説を書かないと。更新しないとすぐに忘れられるから。」
と、恥ずかしそうにそう言った。その辺りは共感できるので黙ってそれに従う事にした。
美咲は、穏やかに笑って、
「ちょっと、うるさくなるかもしれないけれど、気にしないでね。」
と、そう言った。一瞬、『鶴の恩返し』という童話を思い出して怖くなる。
「ねえ、もしかして、気になって襖を開けたらダメとか、そういうのある?」
と、聞いてみた。が、美咲はふふっ、と、可愛らしく笑って
「大丈夫だよ。まずはテキストを作るだけだし。動画にしてアップするのは明日になると思うんだ。」
と、言った。
「なんか凄いね。でも、無理しないでね。」
私は布団に潜り込んだ。
「うん。でも、生活かかってるから、頑張らないと。」
美咲の言葉にギョッとする。生活をかけられるほど、動画で成功するって凄い事だと思うんだけれど。
こうなると、気になって寝られなくなってくる。
私は10年底辺。最近、収益化して、でも、500円すら怪しい現状である。
が、動画で金儲けなんて、小説サイトより面倒なのではないだろうか?
もしかして、18禁??
いや、いや、いやぁ。もう、それはない。だって、18禁では動画サイトに削除されるに違いない。
と、考えて、そして、思い直す。いや、サイト名を聞いてないし、大人の小説を上げるサイトだってあるんだから、ないとは言えない。
と、なると、ここから、深夜、そんな話を1人深夜に垂れ流す美咲の声を、襖越しに聞かないといけないのだろうか??
地獄である。
ドキドキする。いや、私だって、すでに壮年。もう、どうにでもなれってぐらいの年を重ねて、小説サイトで連載もしてるし、18禁の小説だって参考のために読んだりもする。
こんな、昭和の少女漫画のヒロインみたいにドキドキしなくても、こんなのは、クリエーターなら、当たり前じゃないの。
クリエーター
ああ、なんて素敵な響きなのだろう?クリエーターの友達。18禁でもなんでも、生活できるほど稼ぐのは至難の業なのである。私は彼女を応援するわ。
私はなんか変なテンションで鞄からスマホを取り出して音楽を聴き始めた。
ああ、邪魔はするまい。
私はあなたのその芸術を否定なんてしないわ。がんばれ。
と、思いながら、その場は寝た。
でも、動画を聞きながら寝てしまうと、深夜に目が覚めるものなのである。
なんか、脳は寝られないから、よくないらしい。
そして、目が覚めると、気になる。
既に動画は終わっていて、スマホは沈黙していた。
遠くからカエルの鳴く声がする。
うっすらと、襖の合わせのあたりから、灰色の弱い光が漏れ出てくる。
多分、テレビをつけているんだと思った。
そう考えると、テレビのノイズが聞こえてくる気がした。
昔、ブラウン管のテレビでアナログ放送の頃は、12時くらいでテレビ放送は終わって、砂嵐と言われる白黒の波とノイズが流れるのだった。
今は、結構長く放送しているし、私もよくは分からないけれど、砂嵐の画面にはならないと思う。
そして、耳を澄ます。
友達の、しかも中年の女友達の、エロい話なんて、あまり聞きたくはないとは思った。
でも、動画を再生しながらモヤモヤするのも嫌な気がした。
と、いうより、音がしてこない。
ただ、砂嵐が心地よく一定の周期で流れてくる。
人は、こういったホワイトノイズを聴きながらだと安眠できると聞いたことがある。
夜も更けて、少し、疲れて眠い感じがしてきたので、このまま寝てしまえると思った。
大きく深呼吸をして、そして、目を閉じる。このまま眠れると思った。
夢を見た。
音楽が流れていた。少し寂しげで、それでいて少し音程が壊れたような…
それは昔見たアメリカ映画のテーマソングで、暗い部屋の中で砂嵐のテレビから何かがやってくる…
そんな内容だったと思う。
耳元で誰かが解説し始める。
「テレビはね、空中を飛んでいる目に見えない電波を拾って画像にするんだよ。
だからね、目に見えない 霊 を画像化して部屋に取り込むことができるんだ。」
ああ、それは誰のセリフだっただろう?
でも、そんな説が物語の世界では当たり前のように使われていた。
幽霊はアポロが月に上陸した時から、シャーマンよりも化学的な物に憑依を始めるのだった。
人間との交信よりも正確に伝わるからか、それとも、広範囲に広められるからなのか…
「テレビなんて見ているとバカになるよ。もう少し、本を読まないと。」
少し怒った母の声を聞いた気がした。耳鳴りがする。心に不安が一滴のインクの滲みのように広がる。
テレビを見るとバカになるって、それ、ゴールデンタイムの放送についてだったのかな?
急に変なことを考えた。そして、言い知れない『何か』の気配に脈拍が早まるのを感じた。
美咲ちゃんは…何をしているのだろう?
急に心配になる。大体、動画の配信で生活って、なんだかおかしい。
お母さんが亡くなって、心が疲れてしまっているのかもしれない。
仕事を探すこともなく、この、暗い家で1人で動画を作り続けていたのだろうか?
今度は砂嵐より、美咲の心の方に恐怖を感じた。
そして、急に心配になる。こんなところで1人、何を考えて生きていたのだろう?亡くなった母親の思い出と共に。
私は美咲の様子が気になり始めた。何かあるなら、なんとかしてあげるべきな気がした。
襖から漏れる光に、その向こうに行こうと思った。でも、深夜の睡魔と気だるさに体がうまく動かなかった。自分の心臓の音が大きく、早く聞こえてくる。しばらくすると、襖の向こうから少し大きな息づかいが聞こえてきた。
それは呼吸というには大きくて、うめきというには小さい感じの、周期を帯びた呼吸で、何やら苦しそうに感じた。
美咲ちゃん、大丈夫かな?
私はあまりの心配に寝返りをうってゆっくりと匍匐前進で襖に近づいた。
襖に手をかける。漏れる光に不安を感じる。
美咲の息遣いが少し荒くなって、私は不安になった。
怪談じゃなくて、猥談の方だったらどうしよう??
何でそんなふうに感じてのかは、今となっては分からない。多分、美咲の息遣いに何か、色気の様なものを感じたからかもしれない。
もし、エロい文章を書いていたのだとしたら、ここで突撃なんてしたら居た堪れない。
それに、ホラーだって、エロシーンは重大な山場である。
昔は、よく、山とかキャンプ場を荒らす若者が車でエロい行為をしようとして土地のモンスターに成敗されていた。
美咲もそっち系の話を書いていたら、急に友人が登場するのは創作活動を中断させることになるのではないだろうか?
私は襖のところでしばらく考え、少し寝て、そして、やはり思い返して、そっと襖を開けることにした。
部屋は暗く、あの、私のテレビが砂嵐を放送していた。
美咲はその音をヘッフォンで聴いていた。
そして、画面を見ながらスマホのマイクに語りかけていた。
初めは好奇心が湧いてきた。人の執筆活動なんて見る機会はそうないし、こんな不思議な書き方もあるんだとそんな事に気が取られた。
が、観察が進んでくると、美咲が砂嵐の画面を読んでいることに気がついた。
背筋が冷たくなった。
アナログ放送の砂嵐に何が書いてあるというのだろう?それとも、そんな雰囲気で執筆しているのだろうか?
そんな事を考えていると、美咲の部屋から冷気が流れてくる。
美咲の家にはクーラーはない。そんな物が無くても涼しいからだと言っていた、その言葉がホラーを帯びて思い出せる。
何か、色々なものが、色々なジャンルで怖く感じた。
ホラー的にもメンタル的にも、そして、ここで違和感に気がついた。
美咲はヘットフォンを使ってホワイトノイズを聴いている。今ではBluetoothで無線通信をして、ヘットフォンで聴きながらテレビからも音が出せるけれど、私の持ってきたテレビにはそんな機能はないのである。では、私の耳に聞こえる、この砂嵐の音は?
「ああ、君も、人気作家になりたいんなだね?いいよ、僕の『異世界』の物語を話してあげよう。」
耳元でやけに滑舌のいい声がした。私は勇気を振り絞ってこう言った。
「いいえ!私は自分の作品で上を目指したいのです。」
私はそこで気絶した。
私の家にはもう、アナログのテレビはない。そして、美咲には会ってない。
でも、美咲の作品は動画サイトで地味に収益化に成功して頑張っているようだ。
〈作品を読むと元気が出ます。〉
〈先生の作品を見た次の日はいいことがあるんです。〉
などとスピチュアルなコメントを沢山もらいながら。
そんな美咲の動画サイトを見ていると、あの時、違う返事をしていたら、と、考えてしまうのである。




