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届かなかった声

作者: 音瀬 琴架
掲載日:2026/04/30

「行ってきます」


 返事はない。

 この部屋で、「いってらっしゃい」を聞いた事は一度もなかった。


 両親は離婚し、私—山田舞依—は父に引き取られた。

 長距離トラック運転手の父は、ほとんど家にいない。

 帰ってきても、言葉を交わす事はなかった。


 薄暗い部屋で、一人で夕飯を食べる。

 それが、私の日常だった。


 本当は、家族で食卓を囲むような生活に小さい頃から憧れていた。

 でも、それは叶わなかった。


 高校を卒業して、私は上京した。

 上京すれば、父に会わなくて済むと思ったからだ。


 新しい生活は、少しだけ明るくなった。

 友達ができて、恋人もできた。

 寂しさを忘れられるようになった。


 その日も、いつも通りの夜だった。

 くつろいでいると、知らない番号から電話がかかってきた。


「……はい。」


「若葉丘病院ですが。ご家族の方で間違いないですか」


「……はい。」


「突然のご連絡で申し訳ありません。山田様が、本日交通事故に遭われまして—」


 最後まで話は聞かず、気づけば、家を飛び出していた。

 せめて、最後に今までの感謝を伝えたい—。


 —間に合わなかった。


 病院に着いたとき、父はもう、息を引き取っていた。


 久しぶりに帰った家は、ひどく荒れていた。

 床に散らばる服、積まれたゴミ袋。


 その中で、私は一冊の日記を見つけた。


 四月十日—舞依が小学校に入学した。

 三月九日—舞依が卒業した。あっという間に大きくなっていて嬉しかった。

 六月二十九日—中学の授業参観に行けなかった。次こそは絶対に行くと決めた。


 ページは、すべて私に関する事だった。


「……私の事、見てくれてたんだ」


 最後のページに、封筒が挟まっていた。


 —舞依のための貯金—


 中には、分厚い札束が入っていた。


「見放されてなんか、いなかったんだ……」


 視界が滲む。


 もっと、話せば良かった。

 もっと、ちゃんと向き合えば良かった。


「お父さん—」


 遅すぎた言葉が、零れた。


「今までありがとう。」


「……大好きだよ。」

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