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断罪された聖女は魔物の主だった ~『偽物』と笑った王太子よ、貴方が捨てたその女は、今日から魔王の妻になります~  作者: 氷室 翠


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第1話「夜会の断罪、そして解放という名の捨て方」

お読みいただきありがとうございます。

「都合のいい道具」として扱われ続けた聖女が、本当の居場所と、重すぎるほどの愛を見つける物語です。

短期連載(全5話)で一気に駆け抜けますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

断罪された聖女は魔物の主だった

第1話「夜会の断罪、そして解放という名の捨て方」


 灯台の光が届かない夜会場の片隅で、レイラ・アルヴェストは自分の婚約破棄と処刑宣告を、まるで他人事のように聞いていた。


 シャンデリアの光が、白大理石の床に幾重もの影を落としている。貴族たちの囁きが波のように広がる中、玉座の段に立つ王太子クロヴィス殿下は、よく通る声で宣告した。


「レイラ・アルヴェスト。貴女はこの三年間、聖女として聖域を守ると誓いながら、その実、何一つ成果を示さなかった。魔物は今も跋扈し、呪いは今も広がっている――その証拠に、聖域はいまだ封鎖されたままではないか」


 会場がどよめく。レイラは長い睫毛を一度だけ伏せた。


 *証拠。*


 彼は何も知らない。毎朝、夜明け前に一人で聖域へ赴き、滲み出てくる呪いを己の魔力で塗り固め、魔物たちに声をかけ、あの森の均衡を保っていたことを。誰にも告げなかった。告げる必要を感じなかった。それが自分の役目だったから。


「しかも」


 クロヴィスの声に、嘲りの色が滲む。


「近頃、我が王弟殿下の調査により、衝撃の事実が判明した。レイラ・アルヴェスト、貴女の魔力は、聖女としての最低基準にすら達していない。つまり――貴女はただの、偽聖女だ」


 今度こそ、会場が沸騰した。


 扇の陰からの嘲笑。侍女たちの忍び笑い。そしてクロヴィスの隣に並んだ妹――エリス・アルヴェストが、薔薇色の唇を弧に曲げた。


「お姉様、ごめんなさいね」


 エリスは涙の形を作りながら言う。本物の涙は、一粒も流れていない。


「私、ずっと心配していたの。お姉様に聖女の力がないって、うすうす気づいていたから。でも……まさか、こんな形で明るみに出てしまうなんて」


 レイラはエリスを見た。妹の目が、勝利の光を宿してこちらを品定めしている。


 *ああ、そういうことか。*


 腑に落ちた。王弟の「調査」という言葉の意味も、この完璧なタイミングも。すべて、仕組まれていたのだ。エリスが次の聖女に就任するために。クロヴィスの妃の座を得るために。


 レイラは、怒りを感じなかった。


 悲しみも感じなかった。


 ただ、静かに、どこか遠くなってゆく感覚があった。三年間、朝露に濡れながら聖域へ向かった道のりが。誰にも知られずに塗り固めた、無数の呪いの傷跡が。それらがすべて、ただの「無意味」として消えてゆく感覚。


「よって」とクロヴィスは続ける。「レイラ・アルヴェストを偽聖女の罪、および王家への欺瞞の罪により、婚約を破棄する。さらに、罰として――呪われた聖域への生贄として、今夜捧げることとする」


 生贄。


 その言葉を聞いて、初めて会場が静まり返った。さすがに残酷すぎると思った貴族が何人かいたのだろう。しかし誰も声を上げない。王太子の決定に、逆らえる者などいない。


「……異議は、ございません」


 レイラは、静かに答えた。


 クロヴィスが微かに眉を上げた。懇願するか、泣き崩れるかを期待していたのだろう。しかしレイラは三年間で学んでいた。この場所では、感情を見せることは弱さにしかならない。


 彼女はドレスの裾を持ち、丁寧に礼をした。


「謹んで、お受けいたします」


-----


 夜半、護衛騎士二人に両腕を掴まれ、レイラは聖域の入り口まで連行された。


 月も出ていない夜だった。聖域の境界線は、闇の中でも微かに青白く輝いている。あの光がレイラには分かる。呪いが境界で押し留められている、その痕跡の光だ。


「では、ここで」


 騎士の一人が、明らかに後ろめたそうに言った。レイラは振り返らずに答えた。


「ご苦労様でした」


 そして、一歩、境界を越えた。


 その瞬間。


 レイラの体から、見えない何かが、ずるりと解けた。


 三年間、絶え間なく張り続けていた「壁」が、役目を終えて崩れ落ちる感覚。無意識に身を縮めていた何かが、一気に広がる。月のない夜に、彼女の周囲だけ、淡い金色の光が滲んだ。


 木々の間から、音がした。


 葉を踏む音。枝をしならせる音。そして――


 複数の、巨大な気配。


 常人なら逃げ出す。泣き叫ぶ。しかしレイラは、その気配の一つひとつを知っていた。


 月影狼のグレイ。毎朝、彼女が聖域へ来るたびに先導してくれた、灰銀の毛並みの長老。樹皮の鎧を持つ石根熊のドン。レイラが始めて名前をつけてやった時、うれしそうに地面をぐるぐると回っていた。それから、名前のない小さな光の精たちが、無数に。


 彼らが、一斉に頭を垂れた。


 巨大な生き物たちが、地に伏す。


 月影狼のグレイが低く、穏やかに唸る。それはレイラには分かった。長い年月、共に交わしてきた、言葉ではない対話。


 ――おかえり、主よ。


 レイラは、三年間で初めて、唇を震わせた。


 泣くまいと思った。でも、目の奥が焼けるように熱くなる。


 この森だけが、知っていたのだ。彼女が何者で、何をしてきたかを。


「……ただいま」


 声が掠れた。


 その時だった。


 森の奥から、馬の蹄の音が一つ。それだけで、月影狼たちが道を開けた。


 現れた馬は漆黒。跨る人物は外套を纏い、闇と同化するような出で立ちをしていたが、月光が差した一瞬、その顔が露わになった。


 端正な、しかし圧倒的な威圧を持つ容貌。


 深紅の瞳が、まっすぐにレイラを見つめている。


 男は馬を止め、静かに告げた。


「――遅くなった。迎えに来た」


 その声は、夜の底から届くように深く、そしてなぜか、どこか懐かしかった。


 レイラは、この男を知らない。


 知らないはずなのに。


――この「死神」と呼ばれた男が、なぜ彼女を「迎えに来た」のか。その答えは、十年前の記憶の中に眠っていた。


(第2話へ続く)

読んでくださりありがとうございました。

捨てられたはずの森で、彼女を待っていたのは……。


第2話は、王国側のパニックと、魔王城での「異常な歓迎」をお届けします。

「ブックマーク」をして、更新を楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!

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