最強転生勇者は悪役令嬢に愛される?~嫌がらせがツンデレにしか見えない彼の最強ポジティブ生活〜
「あら、勇者様。ようやくお目覚め? お待たせいたしました、昼食の時間ですわ」
食堂には、昼下がりの穏やかな光が差し込んでいた。
そして、真っ白なテーブルクロスが敷かれた長テーブルの向こう側。
そこに座る美女が、冷ややかな声で俺に言い放つ。
金色の流れるような長い髪に、氷のように鋭く見下すような瞳……。
世界トップレベルのモデルですら、これほどの美しさと気品を持ち合わせている人はいないだろう。
「ああ、そうだな。ソフィア」
俺も彼女と対面するように席へ着く。
彼女の名は、ソフィア・フォン・アルシュタイン。
この世界の貴族であり、俺の許婚だ。
魔王を倒した俺は、王様から彼女を紹介された。
そして、このアルシュタイン家の別荘に厄介になっている。
「本日はあなたに『特別』な料理をご用意いたしましたの。一欠片も残さず、お召し上がりなさい」
ソフィアが優雅に合図を送る。
運ばれてきたのは……。
「こ、これは!! 」
「……あら? 何か不服でもおありかしら?」
それは、生魚だった。
一切の調理を施されていない生魚が、皿の上で不気味に鎮座している。
しかも、冷え冷えだ。
「野蛮なあなたには、そのような獣の食事がお似合いでしょう?」
彼女は氷のような冷たい声で切り捨てた。
なんてことだ……。
まさか、こんな……。
「最高じゃないか! 」
「……えっ?」
そう、生魚!
この世界において、生の食材は「貧者の食べ物」として嫌われているのが一般的だ。
野菜や果物ですら火を通すのが常識とされる。
しかも、冷たい食べ物は蛮族の食べ物として嫌われている。
そう、つまり、これは!
「生の刺し身が食えるなんて! 」
旅の間、仲間の目があってどうしても口にできなかった刺し身の材料が、今、目の前にある。
鼻腔をくすぐるのは、独特の香り。
そうだ、発酵が進んでいる証拠だ。
肉も魚も、腐り掛けこそが最も旨い。
そこまで計算して提供してくれるなんて、彼女の強烈な愛を感じずにはいられない。
転生者である俺の好みを、ここまで調べてくれているなんて……こんな幸福が許されるのだろうか?
「お、お気に召しまして……? いえ、当然ですわね」
「ああ、最高だ……ありがとう! 」
感動のあまり、涙が出そうになる。
これほどまでに俺を理解してくれる人が他にいるだろうか?
思えば、風呂場でありえないほど熱いお湯を沸かされたこともあった。
あの時は驚いたが、充満する蒸気は極上のサウナ体験を俺にもたらしてくれたのだ。
異世界で「整う」感覚を味わえるとは思わなかった。
使用人用の狭い部屋を使えと言われたときもそうだ。
俺は元々ワンルームぐらしで、こっちに来てからは旅をしっぱなしだった。
俺にとって、豪華な寝室は落ち着くことができなくて当然だ。
だからその適度な狭さは実家のような安心感さえ与えてくれた。
おかげで、魔王討伐時よりも体調がいい。
彼女はいつだって、その冷徹な態度の裏側で、俺のことを一番に考えてくれている。
これが「ツンデレ」というやつに違いない。
「さて、じゃあ、まずはきちんと調理しないとな」
この世界で生魚をそのまま提供するのは、本来ありえない不名誉なことだ。
きっと彼女も、使用人にそんな無体な真似をさせるのは気が引けたのだろう。
いや、待てよ。
生食なんてこの世界では最低の行為を提案するなど、彼女の誇りを傷つける行為のはずだ。
しかも、冷えた食べ物など、貴族の彼女からしたら、見るのさえ耐え難い苦痛にすら感じるはず。
もしかしたら、周囲にすら隠して用意してくれたのかもしれない。
まさか、そこまでして俺に尽くしてくれたのか?
ならば、俺もその愛に応えなければならない!
彼女の用意した食材を俺が調理する……そう、これこそ初の共同作業と言っても過言ではないのだから。
「聖剣……抜刀……」
ナイフを握り、全神経を集中させる。
平凡な銀食器が聖なる光を纏い、眩く輝き出した。
「な、そ、それは……! 」
ソフィアの驚愕する声。
かつて魔王を滅ぼしたこの聖なる力。それを今は彼女への感謝として捧げよう。
「そは、あらゆる厄災を滅ぼすものなり」
これは、彼女への愛を証明するための一撃。
そして――アニサキスを滅ぼすもの!
「聖魔滅殺、神速連斬!! 」
風が巻き起こり、部屋を揺らす。
瞬きする間もなく魚が捌かれた。
内臓と骨は一瞬で浄化の力によって灰になり消え去り、その真っ白な身は美しいお造りへと姿を変えた。
学生時代の居酒屋バイトでの経験が、こんなところで生きるとは……店長、ありがとう。
「な、ななな、なんですの今の物騒な真似は!? わたくしの前で断りもなくそのような事をなさるなんてをありえませんわ!」
ソフィアが、普段の冷静さからは想像もできないほどに慌てている。。
あまりの光景に、怯えさせてしまったかもしれない。
冷酷な仮面の下に、こんな可愛らしいギャップを隠し持っているなんて。
今すぐにでも抱きしめたいほどにいとおしい。
だが、今はまずこの愛を堪能しよう。
「ああ、ソフィア.見てくれ……この完璧な断面。素晴らしいだろ!」
俺は静かに両手を合わせる。
「いただきます」
フォークで切り身を突き刺す。程よい弾力が手元に伝わった。 それを、一気に口の中へ.
「うまい!」
文句なしに最高だ。
海の魚だったおかげか、適度な塩分が熟成を助けている。
とろりとした舌触りと、濃厚な旨味が口いっぱいに広がっていった。
もはや調味料すらいらない。
……まさか!
「ソフィア! この生魚をそのまま出したのは?」
「え? ええ……あなたには、そのような何もつけない料理こそがお似合いだと思いましてよ」
彼女は再び、見下すように視線を投げてくる。
その冷たい言葉の真意……たしかに受け取った! この素材の前では、味付けも付け合わせすらも邪魔になる。 そこまで計算して、あえて「そのまま」出したというのか。
なんて素晴らしい配慮なんだ。
俺のフォークが止まらない! とめられない!
幸福感を味わいながらじっくりと味わう。
すると、ふと、廊下の方から微かな話し声が聞こえてきた。
「……可哀想に。あんな野蛮な男と無理やり結婚させられるなんて」
「本当、王命とはいえ残酷すぎるわ……」
「……『逃げません』なんて言わずに、逃げてしまえばいいのに……」
勇者としての聴覚強化が、拾わなくていいはずの雑音を拾ってしまう。
好きでもない相手と結婚などというそんな悲劇が、どこかで起きているというのか?
悲しすぎる。
俺にできることがあればいいのだが……。
目の前のソフィアが、冷ややかな視線を向けている。
……ああ、彼女もその不遇な噂を耳にしていたのだろう。
誰かの不幸に心を痛め、その悲しみを抑えようとするからこそ、あんな厳しい目をしている違いない。
使用人たちへの配慮も欠かさない彼女のことだ、当然だ。
なんて慈悲深い女性なんだろうか?
やっぱり、彼女は俺の運命の愛に違いない。
「お、お気に召したようでしたら、次はこちらをどうぞ」
ソフィアが再び合図を送り、小鉢に入ったソースが運ばれてきた。
スパイシーで食欲を刺激する、強烈な香りが漂う。
「わたくし特製のソースですわ。さあ、残さずお召し上がりなさい」
またしても、彼女は突き放すように言い放った。
参ったな。
ここで「味変」の提案とは。
最初は素材を楽しみ、飽きがくる絶妙なタイミングで調味料を出してくる。
完璧な構成だ。
俺は一口、そのソースを舐めてみる。
「こ、これは……」
舌を焼くような香辛料の刺激と、鼻に抜ける重厚なキノコの香りが爆発する。
だが、その奥に潜むものを、俺の強化された味覚は見逃さない。
……毒だ。
毒キノコの毒の成分こそが最強の旨味になる、という話は聞いたことがある。
そういうことか!
「ソフィア、これは……」
「ええ、わたくしの誇りに懸けて、あなたのような下俗な方に相応しい『素材』を厳選いたしましたわ。あまりの刺激に悶絶し、己の浅ましさを後悔させて差し上げます……。さあ、一滴も残さず、存分に苦しみ……いえ、お味わいなさいな」
クールビューティな彼女は、冷徹な仮面を崩さない。
だが、その体は小刻みに震えている。
なるほど、理解した。
彼女は心配なのだ。
勇者である俺に毒は効きにくいが、効果はある。
だが、毒というリスクを取らなければ最高の食材が用意できない。
きっと、その葛藤に揺れながらも、俺を信じてこの食材を選んでくれたのだろう。
ならば、全力で応えるのが夫となるものの義務!
「大奇跡……発動……」
集中すると同時に、俺の体が、温かな黄金の光に包まれる。
「そは、あらゆる不浄を反転させるもの……」
ソフィアが驚愕に目を見開いている。
あの技に引き続き驚かせたしまって申し訳ない。
だが、この愛を証明するにはこれしかないんだ!
魔王戦で呪いを力に変えた、神聖魔法の極致。
その奇跡をもって、この毒を純粋な旨味へと昇華させる!
「厄災昇華! いただきます!」
ソースをたっぷりと付けて、一切れ口に。
「な、なんてこった!」
旨すぎる。
魚とキノコ.海と山の旨味が同盟を組み、俺の舌を容赦なく蹂躙する。
そして、伏兵のスパイスたち。
戦場を混乱に陥れるどころか、さらにその同盟を強固なものへと作り変えていた。
口の中は、もはや大戦争だ。
あの魔王軍との最終決戦を彷彿とさせる衝撃に、食事の手が止まらない。
ふと見れば、彼女が俯いていた。
冷酷を装っていた彼女が、あんな姿を見せるなんて。
きっと、俺が無事だったことに安堵しているのだろう。
こんなにも尽くしてくれる彼女に、伝えなければならない言葉がある。
「ソフィア……」
彼女が顔を上げる。
その瞳は、やはり吸い込まれるほどに美しい。
ああ、君はいつもそうだ。
その凛とした眼差しで、恐れずにまっすぐに見てくれている。
元の世界に帰れず、魔王を倒し最強となってしまったこの俺を。
「ありがとう」
「突然、何を……?」
怪訝そうな顔すらも愛おしい。
こんなありきたりな感謝では、まだ足りない。
俺は彼女の青い瞳を、じっと見つめ返した。
「人々が歓喜する豊かな小麦畑を思わせる、その美しい金色の髪。世界一深いとされるあの深い海のような青い瞳。この世の至宝と呼ばれるあの陶磁器よりも、はるかに艶やかで白い肌……」
吟遊詩人の仲間に、女性の褒め方を教わっておいて本当に良かった。
この胸のときめきを伝えられる幸せを噛みしめる。
この幸福の前には、魔王が何百人いようと敵ではない。
「な、ななな、何をおっしゃっていますの!? お、おおおお戯れはおやめなさい! 使用人たちが見ておりますわ!」
熟したリンゴのように真っ赤に染まる顔。
普段の彼女の凛としか声からは想像もつかない、裏返った声。
その反応一つ一つが愛らしすぎて堪らない。
「ああ、麗しの姫君ソフィア……愛してる」
まだまだ褒め足りないが、今の俺の語彙力ではこれが限界だ。
もっと彼女を讃えるために、勉強しなくては。
「じょ、冗談はおやめになって!」
彼女は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
相当な混乱ぶりだ。
ドレスの裾を翻して部屋を飛び出そうとする。
だが、その時。
「きゃっ!」
彼女が足をもつれさせ、倒れ込んだ。
「危ない!! 」
俺は即座に立ち上がり、風のような速さで彼女のもとへ駆け寄る。
そして、その柔らかな体をしっかりと腕の中に受け止めた。
「大丈夫か?」
「ええ……はっ!」
顔が、触れ合うほどに近い。
吸い込まれそうな青い瞳と、みずみずしい唇。
まるで魅了魔法をかけられたように、指一本動かせなくなる。
「お……」
「お?」
彼女は俺の腕の中で震えている。
足をくじいてしまったのだろうか?
だけど――
「お、覚えてらっしゃい!! 」
彼女は俺を力任せに突き飛ばすと、逃げるように部屋を去っていった。
どうやら、相当に恥ずかしかったらしい。
「覚えてらっしゃい……か」
ああ、もちろんだ。
だって、君のその深い愛を――。
「忘れることなんてできるわけがない!」
お読みいただきありがとうございます。
こちらも勘違いラブコものです。よろしかったらどうぞ。
・幼馴染のガチ恋ラブレター、相手が俺だと気づかず神アドバイスしてたらキレられた
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