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4.両親のルーツ

 その時の風はとても冷たかった。だけど、その風は私にとって最大の奇跡を運んでくれた。

 その場にはたくさんの兵士が倒れている。血が流れ、へこんだ鎧と折れた剣がそこら中に転がっている。魔獣がこちらを見つめ、その殺意を一心に受けるだけで走馬灯が私の頭に浮かび上がった。もうだめだ。この世界に神はいても、同級生を手ごまとして支配しようとした私を救う神はいない。

その魔獣に手を伸ばす。それは救いを求めるものだったのか来ないでほしいことの意思表示だったのかは分からない。だけど、何もしないことだけはできなかった。

「ハァァァァッ!」

振り降ろされた剣は、魔獣に縛られていた私の視線を開放し、その男の方へと向けさせた。

質素な鎧に身を包み、深い緑色の髪を後ろにまとめ上げ、返り血など気にすることなくこちらに手を伸ばす。私は確かに、その男に釘付けにされてしまった。

「大丈夫……な訳はないですよね!」

周りの状況を見返しその男は言葉を訂正した。

「た、助けてくださりありがとうございます。何かお礼をしたいのですが、あいにくとこの状況……図々しい頼みであることは承知の上でお願いします! 近くの町まで同行させてはもらえないでしょうか?」

ここから一番近くの町でも歩けば二日はかかる。二日あればこの体を魔物の餌にすることなどたやすいだろう。彼は少なくとも私を一度救ってくれた。下心があろうとただの善意であろうとその事実は変わらない。この願いが叶わなくとも恨むことはない。

「……いいですよ。私で良ければお供いたしましょう。私は『ブラム』王国グライッシュ公爵家長男の『ライト・グライッシュ』。微力ながらこの剣を貴方のために」

その名には聞き覚えがあった。グライッシュの家名はもちろん、ライトという名にも。

グライッシュ家は私の父が治めるブラム王国に存在する四つの公爵家の一つで、その洗礼された剣術によりこの国を魔獣から守ってきた。そんなグライッシュ家のライトと言えば自由奔放な長男として有名であり、国内屈指の剣術の腕を持ちながら、国内の騎士団に所属することはせず、世界中で魔獣との戦いを繰り広げ功績をあげている。別名が『奇才ライト』。

「そうでしたか、お初にお目にかかります。私はブラム王国第二王女、ユリーラ・ヘル・ブラムと申します」

顔を知らなかったのか、それを聞いた途端ライトは物言わぬ木偶人形となり、しばしの放心状態を乗り越えるや否や勢いよく頭を地面にたたきつけた。

「も! 申し訳ありません! 私など不出来なものが王女様にお声がけなど不敬な行いを!」

その勢いに思わず私は戸惑ってしまう。

「頭を上げてください! 人を救うことに不敬なことなどありません。改めて助けていただきありがとうございます、ライト様」 

「こちらこそお救い出来て光栄です! これからもあなたをお慕いいたします!」

噂では乱暴者という話もあるが、とても素直なお方のようだ。自由奔放などと言われているが、実際のところそれは、自分の欲のままに動き回るものではなく、好きなように人々を救って回っているということなのだろう。

そんなこと考えライトからしばらく目を離すと、木々の近くに穴を掘り始めていた。そして近くには護衛たちのご遺体がある。私はそれを見てこらからするであろうことを感じ取りそれを慌てて止めた。

「ああ! ご遺体を埋めるのは少しお待ちいただいてもよろしいですか?」

「へえ?」

ライトが手を止めた直後、私は集められていたご遺体の周りに自分の血で円を描き、文字を刻む。

「魔力の残りが少ないので効果は薄いですが、ご遺体には反射魔法と保護魔法をかけます。そのあとは王都に連絡が付き次第ご遺体を回収してご遺族の方々のもとに返すのです」

「そうだったのですね……。私はそういったことには疎く、普段も戦死した仲間の遺体は近くの魔物がいない場所に埋めてしまう……っと、王女の前ですることではありませんでした。重ね重ね申し訳ありません」

「いえ、聞いていて興味深いお話でした」

「こんな話で良ければ、道中にでもお教えいたします。ここは世界樹から少し距離があり魔物の動きも活発なので慎重に抜けましょう。そういえば、どうしてユリーラ王女はこのようなところに?」

私は語るべきこととしてライトにありのまま状況を語った。

そもそもここは世界樹のあるエルフの管理する森だ。そんな中でも魔物たちが世界樹に近づけるギリギリの位置であり、世界樹の恩恵を受ける動物たちを餌とするには都合の良い場所だ。そんな土地に私がきたのはとある植物を探すためだ。

 『霊葉フェニル』。それは奇跡の一葉ともいわれるもので、人間の病に対してはかなりの特攻を持っている。森に住むエルフですら見つけるのが困難で、探すものに見つからないまさに奇跡の葉だ。私は姉である第一王女のために独断で学園の長期休暇を利用してこのフェニルを探していたが、休暇の残り日数を考え最終手段である直接の入手という手段を取らざるを得ない状況に陥った。そしてつい先ほどの出来事、無理を承知の上でここまで来てしまったことによる今回の一件を私は嘆くことも許されはしない。

 その話を聞いたライトは、意外な言葉を私にかけてくれた。

 「確かに今回の一件は軽率だったかもしれません。ですが、告げ口すれば逃れられたこの道を選んだのは彼らです。もしかすれば貴女の第一王女を思う気持ちに感化されたのかもしれませんが、一番は貴女一人に行かせ無駄死にすることを避けたかったからでしょう。実際、彼らがいたことで私が貴女を助ける道筋が出来た。彼らの死は貴女が生きている限り名誉あることです。必ず帰りましょう。私はブラム王国の騎士ではありませんが、貴女を命ある限り守った彼らの仲間であるつもりですから」

 その言葉にライトの性格が詰まっていた気がする。安心した。自分本位で愚かな私にも生きなければいけない理由があったのだ。私の罪は死ぬことでは晴れはしない、生きて彼らを家族のもとへ返すまでは死ぬことは許されない。

 「お話のところ申し訳ありませんが、どうもこの辺りの魔獣は鼻が利くようです。戦闘に入ります。護衛はしますが必ず達成出来るわけではありません。最大限の自己防衛を」

 彼はそういい終わるなり剣を抜き飛び掛かる魔獣の首を撥ねて見せた。

 返り血が服につくがそのようなことを気にしている場合ではない。私は急ぎ魔獣から距離を取り、数少ない戦闘に行かせる魔法の準備を整える。

私はタイミングを見計らうと、魔獣が跳ね飛ばされると同時に持っていた魔石に魔力を込め投げつけた。

空中で爆発が起こり魔獣たちの視線がそちらへと集まり、私はとっさにライトに向かって叫んだ。

「今です!」

その声にこう押したかのようにライトは魔獣との距離を詰め、その剣を力強く振りかぶった。

その後も何度か似たように攻撃を繰り返すと、魔獣の群れを撤退させることが出来た。

「お疲れ様です! 他国の冒険者に負けず劣らずの素晴らしいサポートでした」

実は私も驚いている。先ほどまで魔物の群れに対して動けずにいたはずなのに、打って変って今回は先ほどのようなことが出来たのだ。もしかすれば、生きねばならない私の生存本能が助けてくれたのかもしれない。

「先ほどの攻撃はどのようにして?」

ライトは不思議そうに魔獣に残っているやけどの跡を眺めていた。

「魔石です。魔力を込めすぎると爆発する個体がいくつかあって、普段であればそのようなものは使えませんので砕くのですか、今は魔力がないので数少ない武器になると思い持て来ていたのです」

ライトはフムフムと言わんばかりの表情で魔石の破片を観察している。そしてしばらく長考したのちに質問をひねり出した。

「よくそのようなことをご存じでしたね。もしその発想が王女自身から出たものであるのなら、私は貴女を見くびっていたようです」

そういってくれるのはうれしかったが、実際のところは自分で考えたものではない。学園の魔法科担当である『カルザ・ベルガ』先生が豆知識として教えてくれていたことだ。

「学園の教員であるカルザ先生という方が教えてくださったのです。魔獣との戦闘経験が豊富な方で、「ゼロとはいかないが、魔力の消費量を極限まで抑えることのできる攻撃法だ。魔力を込める量や魔石の個体によって爆発時間が異なるので気を付けるように」とおっしゃっておりました」

「カルザで魔獣との戦闘経験が豊富というと、ブラム最強の魔法使いと言われるカルザ・ベルガのことですね。私も昔彼に魔獣についていくつか知識をご教授いただいたことがあります」

その意外な共通点に話の花が咲き、しばらくの間話題に困ることはなかった。

それでも二日以上の道はなかなかに長く、ライトは一度も眠ることなく三日目に突入した。

「もうしばらくすれば帝国の領土に入ります。そして町に着いたら一度そこの領主に今回の一件を話し、助けを求めましょう。」

「は、はい。それは良いのですが……ライト様は睡眠をとられていないですよね? 守られている身で言うのもおかしなことですが、お体はその……大丈夫なのですか?」

その心配をよそに、ライトは出会った時と同じような姿を私に見せた。

「……心配していただきありがとうございます。確かに疲れはないと言えばうそになりますが、大きな問題でもないことも事実です。安心して眠ることのできない環境で何日も過ごすことは多々ありますから」

 ライトのその言葉に安堵し、私は「引き続きよろしくお願いします」と声をかけ、まだまだ続く木々の生い茂る森を進んだ。

 その景色に慣れ始め、生える花々に目を向ける余裕が出来た頃、私は一つの違和感からライトに声をかけた。

 「ライト様、先ほどから……」

そこまで言いかけると、これまで以上に切迫した雰囲気で話を切った。

 「わかっています。私たちを追いかけている者たちがいますね。私たちが動き始めてから長いこと見張られています」

 「……え?」

 自分とは違う意見を述べるライトに対して私は動揺する。私が言いたかったのは、先ほどから周囲に人の足跡が散見されていることだったのだが、その表情を見れば人がいる可能性が確実であることがわかる。

 「……敵、なのでしょうか?」

 「確定はできません。今はこちらに接触する気はないようですが、迷い人であれば合流しようとするはずですし、賊であれば長時間狙ってくることはあまりありませんので少し妙です」

 「賊は長時間狙わないのですか?」

 「賊のなかにもいくつか考え方があります。奪うものは食糧なのか金品なのか、金品を運んでいる商人には護衛がつきものですから、その護衛をどうにか出来るのかなどですね。その中には、慎重になるか大雑把になるかというのも含まれるんです」

 「慎重になるのはわかりますが、大雑把になるのはただの悪手なのでは?」

 「そうでもありません。大雑把ということは、どういう成果であれ早く終わるということです。時間をかけて追いかければその分ターゲットに気づかれる可能性が上がるので、そういう意味で取捨選択の即断即決が重要視されることもあります」

 「では今追いかけてきている人たちが賊で、誰かに頼まれて時間をかけて私たちを狙っている可能性があるのですね」

 「その通りです。一方は公爵家の長男、一方は一国の王女様ですから、充分にそう考えられるでしょう」

 いつの間にか始まった賊についての説明、それによって私は自分の敵が魔獣だけでないことを再認識した。

 「撒く方法はないのですか?」

 「あります。ですがここでそれを行うには魔獣の数が少なすぎる」

 景色があまり変わらないため定かではないが、ここは魔獣が大量に生息している場所から離れ、かなり帝国の領土に近い場所だろう。帝国では領土周辺の魔獣狩りが頻繁に行われており、帝国に隣接しているこの森の魔獣も数を減らすことがある。

帝国の近くに生息すれば帝国兵に駆られ、森に入るのであれば旨い餌がる最初の場所に集まる。つまりこの辺りは魔獣が少ないのだ。そのおかげで安全ではあるのだが、今はそれがかえって選択肢を減らすことになっている。

「撒くことは出来ないと思いますが、気配からすれば相手にできない数ではないと思います。ユリーラ様、前に使用していた魔石はどの程度残っていますか?」

「あと四つほどです。必ず成功するモノでもありませんのでそこは……」

「もちろんです。それを前提とした作戦は立てません」

この魔石はそれなりにサイズがある。個体差とは言ったが、実際には大きいほうが魔力を溜められるため爆発の威力があり、威力を考慮するとあまり数を持てない。爆発により砕けサイズが小さくなり、魔力を溜めるのが早い魔石も持ってはいるが、その分威力は低いため無いも同然だ。わざわざライトに期待させるようなことは言わない方がいいだろうが、それでもライトなら何らかの形で役に立ててくれるかもしれない。

「四つとは言いましたが、実際にはいくつか小さいものが残っています。前に使用した魔石の破片ですので、大した威力は出ないとは思いますが」

ライトはしばらく無言の時間を作り、何かを思いついたようにこちらへ振り返った。

「その破片をいくつかいただけますか?」

それが何の役に立つか思いつかなかった私は、ライトに聞き返した。

「何に使われるのですか? この程度では多少の衝撃を生み出すだけですよ?」

「ご存じだとは思いますが、私……というかグライッシュ家は体内の魔力があまり多くありません。溜められるとしてもこの程度が限界だと思います。それに、近接戦においては多少の衝撃でも十分隙を作ることはできますから」

なるほど、遠距離からの使用ばかりを考えていたが近距離であればまだ用途があるのか。遠距離戦を主とする魔法使いには思いつかない方法だ。だが、騎士の家系であるライトが果たして魔力を素早く流せるだろうか……。

「ライト様は魔石への魔力の流し方はご存じですか?」

私がそう聞くとライトは自信満々に答えた。

「そう思われますよね。でも大丈夫です。自慢ではありありませんが、実家で魔剣を何度か使用したことがありますから」

なるほど魔剣を使用したことがあるなら納得だ。魔剣は魔石を媒体に剣全体に魔力を流すことが出来る代物。そのメリットとして剣への属性付与、デメリットとして耐久性が低いことがあげられる。魔剣作成の難易度が高い今の時代、魔剣はあまり作られるものではないが、使用歴があるのは流石のグライッシュ家だ。

「では使う方は大丈夫そうですね」

「爆発するタイミングのほうが問題ですが、そこはこれまでの感を頼りにします」

そういいライトは魔石を腰にかけている袋へとしまった。

いまさらながらライトはかなりの軽装だ。

ほとんどの荷物が魔獣によって失われた私とは違い、ほとんど無傷であったはずのライトはなぜこんなにも軽装なのか、その答えは思いもよらぬタイミングで知ることとなった。

「よう坊主、おまえさんグライッシュ家の長男坊だったんだな」

森の中、突如現れたのは魔獣と見間違えるかと思えるほどの巨体をした男だった。その顔と服装にはいくつもの傷があり、男のこれまでの戦いの激しさを感じ取れる。

「あいつは!」

その男に見覚えがあったのか、ライトは睨みつけながらそう口にする。

「あの方は?」

「賊だ。お前に合う少しばかり前にモノを取られたんだ。もうやるモノなんてないんだけどな」

「え?」

突然変わった口調に驚くが、なんとなく意図がつかめたのでそのまま話を合わせた。

「なるほどねぇ、随分と運が無いじゃない。ていうかあなたグライッシュ家だったのね」

「言ってなかったか、お前とは全然釣り合わないだろ?」

「おい! さっきから仲良く俺を無視してんじゃねえよ!」

男は持っている斧を振り上げ、体格に似合わない速度でこちらと距離を詰める。

「ユラ、後方で援護しろ! これでもあいつの実力は確かだ!」

「ええ」

後方で援護とは言っていたが、あまり期待はしていないだろう。魔石は乱用できない、攻撃魔法は魔力の都合でほとんど使えない。これは下手に近づくなというライトの警告だ。

ライトは賊の男と武器をぶつけている。力強く振りかぶった攻撃は綺麗に流し、相手のスキを見つけては切りつけていた。しかしその攻撃が浅いのか賊の男はダメージを気にしておらず決定打とはなりそうにない。

私は残りの魔石を強く握りしめた。

「おいおいおい! その程度じゃ俺は倒せないぜ! お前を倒したら次は女の番だ!」

より早く振り回される斧をライトは何とか受けるが、隙を打つ余裕がなくなり始めた。

鉄同士がこすれる音がさらに強まる。なぎ倒される木々は歩くことを困難にさせ、押されるライトの姿勢を崩し始めた。

私は周りを見渡し、落ちている石を当たるか当たらないか程度の位置に投げ始める。

「ライト! そいつから少し離れて!」

ライトはすかさず斧の勢いを利用し後方へと下がり、私は魔力を溜めた魔石を男へと投げだ。

しかし、その魔石は確かに男の頭部に直撃し爆発したにかかわらず、俟った砂埃が晴れた向こうには無傷の男が立っていた。


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