3.不穏な未来
兄上が言っている帝国とは、隣国である『ガーレ帝国』のことであろう。というよりかは、それ以外にこの辺りに帝国と呼ばれる国はない。
隣国というだけありこの国との関係はそれなりに深く、この国で使われている消耗品のほとんどは帝国の商人たちから流れてきている。帝国が取引を全面的に中止すればこの国の被害はある意味で想像に難くないものだ。
しかし、そんな依存状態はこの国だけの話ではなく、ガーレ帝国と隣接している国々のほとんどは似たような状況にある。唯一かかわりが薄いと言われているのは、隣の世界樹の生える森に住む異種族『エルフ』ぐらいだ。
話は戻り、そんなガーレ帝国で数年に一度行われるのが様々な国から集められた勇士が競い合う親善試合、『バルバリーア』である。バルバリーアに難しいルールはなく、剣術、暗殺術、魔法、神術なんでもありとなっている。唯一、親善試合というだけあり、殺害または度の超えた追撃などは禁止されている。不慮の事故であっても、殺害行為を行った出場者は、帝国と各々自国の法で処罰を受けることになる。
正直、暗殺術アリで殺害ナシは矛盾している気がしなくもないが、来るもの拒まずの帝国らしいともいえる。
兄上の口からその話が出るのも、噂話が広まるのもおかしな話ではないが、寄りにもよって父上が出場されるとはどうにもきな臭さを感じる。
「兄上、その話は本当なのですか?」
「今それを確かめようとしているところだ」
兄上の目つきが少し鋭くなる。確かな答えを持っているはずのカルザを前に、真剣さを隠すことができないのだろう。
「フィルト第一王子、まずはその話の事実の有無を答えるべきですかな?」
「構わない」
その答えを聞くとカルザはどこからともなく杖を取り出し、不思議な光でこの場にいる四名を包み込んだ。
「これは結界魔法! どうしてここまで……?」
困惑するレリーナにカルザは軽く目配せしてさらに不安を煽る。
「ここからする話はあまり人に聞いてほしくない話でもある。念のためだ」
いつにもなく真剣な顔つきをするカルザに、他三名の緊張感がさらに高まる。
「まずはフィルト第一王子の聞いた話だが、それは事実だ。確かにワシと国王は三年後に行われるバルバリーアに参加することが決まっている。表向きには国同士の親善試合だが、その真相は国王のみが知っている。ワシはあくまでも数合わせじゃろう」
隠すほどの話であったかどうかは分からないが、聞いた限りではあくまでもカルザは巻き込まれただけのようだ。
「それにしたって父上だけが知っている話というのも気になるな。普段は隠し事などできない人だし、国同士の関係に関わることなら母上も知っているはず」
「それは同感じゃ。あの国王は策略などとは無縁の性格、大事な話を一人で抱えるタイプではないからのう」
「父上は剣を持っている時が一番輝かしいとも言えます。一人で考えたりする姿はあまり想像できない」
「さっきからから国王様の知略面での評価が低くはありませんか?」
レリーナの意見はもっともだが事実なのだから仕方がない。国内で行われている行事のほとんどは母上が指揮しており、父上はそれがバレないように動いているだけだ。実際レリーナには気づかれていないのだからこの国においてこのやり方は間違っていないことになる。
「策略の有無はおいておくとしても、国王がそんな危険な場所に出るのは問題じゃないか? そもそも母上がそれを許すとも思えない」
「家族会議どころの騒ぎではないだろうね。ただでさえ王が剣を握るなど戦争の助長だと貴族たちが騒ぎ立てていて、政治的に危うくなることだってあり得る」
「戦争の助長って……。国王様はこの国最強の騎士でしょ? 民を魔獣から守るために、前線に出て戦うことだってあるのに」
レリーナは悔しそうな表情を浮かべその勢いのまま気持ちを言葉にする。
そういう人がいるだけでも、国王の行いが間違っていなかったことを証明しているのだろう。魔獣の行動範囲と被害は年々拡大し続け、それを抑える者は反比例して減っている。武器が無くとも魔法という抵抗手段を持つこの世界の人間だが、素人のそれではあくまでも護身にしかならず、根本的な解決には至らない。命の取り合いにおいて後手に回れば後は時間の問題、それはゲームでも現実でも大差はない。
「やはり、父上本人に尋ねてみるのが一番なのでしょう。カルザ様、大切なお時間をいただきありがとうございました」
兄上が頭を下げるとカルザは杖を下げ、そのままどこかに隠した。
「くれぐれも深追いは禁物ですぞ、もしこの一件に帝国の闇とこの国の貴族がかかわっているのならば、王子たちにどのようなことが起こるか想像も出来ませぬ」
その忠告はあまりにも厳しい言葉であったが、子供である俺や兄上がかかわろうとしていることの危険さをよく表している。
「はぁ、なんだか難しい話になってしまったわね。ただ貴方にそれを渡しに来ただけなのに」
ため息交じりに落ち込む姿は年相応に見える。レリーナは同じ年頃の子供と比べれば十分大人びている。が、中身がいい歳している俺や良い意味で歳不相応兄上と比べるとそうでもなく、時々年相応の反応が見て取れる。そんな彼女相手にこれ以上つまらない話を続けるのも良くはないだろう。祝ってもらった手前楽しんでもらうべきだ。
「それじゃあこの話はここで終わりだな。兄上、俺はこういったことは上手くありませんのであとはお任せいたします」
「話をしておいてあれだけど、もとよりかわいい弟を巻き込むつもりはないよ。あとはまかせて」
その笑顔は頼もしく、それと同時に儚くも見える。数年来の兄弟でしかないが、それでも大切な兄上だ、どうか最悪な事態だけは起きないでほし。
後日の剣術授業、相手が父上だったためそれとなく例の件を話に混ぜてみた。
「父上、とてもためになるお時間でした。さすがは国内最強の騎士」
「はっはっは! 七才にしてそのおべっかは母親の血をしっかりと受け継いでいる証だな。剣術は確かに私似なのだが……うむ、うれしいものだな!」
父上もまた私を良くほめてくれる。父親の記憶というものがあまりない俺にとってはとても新鮮なものだ。
「父上ほどの実力であれば国内どころか、世界でも通じるはず。やはり世界というのは広いものなのでしょうか?」
父上はやはり良い顔はしない。しかし、それでもその事実を否定しようとはせず、真っすぐに語る。
「私もかつて世界で戦っていたことがある。世界中にいる魔獣と戦い、世界中にいる実力強者と戦場を駆けた。そんな中で私は、自分自身の力などちっぽけなことに気が付いたのだ。私が一匹を狩る間にほかの者は十匹、百匹と数を重ねる。そうして積まれた魔獣の山はまさに実力差の壁のようであった。それでも私はそれを卑下たことはない。この世界にはこれだけの強者がいる、それはこの世界に生きるものにとっての希望になるものだからだ」
そう語ってくれたその話は、とても父上の性格を表したものであった。
「父上、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、なんでも聞くとよい」
俺はその言葉を信じ、つかず離れずの言い方で問う。
「父上はその者たちと戦ってみたいとお思いですか?」
父上の沈黙と共に風が吹き、それは地に生える草花を揺らす。それはまるで父上の葛藤のようであり、どの気持ちが優勢ということもない。
「そうだな。正直に言えば挑みたい。今の自分がどこまで戦えるのかが知りたい気持ちがある。だがそれはあくまでも、騎士としての考えだ。今だからこそ言える心の内でもある。あまり周りに言い広めてくれるな」
「もちろんここだけの話です」
俺がそういうと父上は剣を収めた。きっとこの状態がこの国の国王としての状態なのだろう。改めて俺は頭を下げ、稽古にお付き合いいただいた礼を姿勢で示す。
「これからも努力を続けるとよい。お前ならきっと、私が届くことのなかった境地に踏み込めるはずだ。期待しているぞ」
その言葉と共にその日の剣術の授業は終わりを告げた。
今の俺の実力では父上の足元にも及ばない。今はまだ七歳であるものの、この世界でいつ争いに巻き込まれるかわからない以上、今すぐ強くなる必要がある。異世界に来たついでに特別な異能の一つでもおまけしてくれればよかったのだが、残念ながら今のところそれらしいモノはない。地道にコツコツと、死ぬことよりはマシなのだろうが努力が嫌で死んだ俺からすればいつ折れるともわからない崖の吊り橋であることに変わりなかった
「暗い顔をしてどうしたの?」
さすがというべきか、剣術指南を受け終えた俺の心を見透かしたかのように、母上は声をかけてきた。
「いえ、すこし不安なことがあるだけです」
「不安なことですか、この国の王女としてこの国の未来が不安であることは看過できません。よければ母に言ってみなさい?」
母上に相談。母上はとても賢い方だ、俺の悩みも帝国の一件も相談すれば納得する答えを聞かせてくれるだろう。しかし納得できるだけではダメだ。納得した上で俺にできることをやる必要がる。心配性でもある母上は俺や兄上が国の問題に首を出すことを良く思わないだろう。だからここは、無理にでも俺という存在を母上に理解してもらう必要があるのだ。
「俺は……俺には王になる素質はありません。ですが、国民を思う気持ちは確かにあります。いざとなればこの剣を振るうこともためらいません。それを宣言した上で教えてください。帝国で行われるバルバリーアへの父上の参加には、どのような意図があるのでしょうか?」
母上はすべてわかっていたかのようにため息をつき、庭の中心に刺さる剣を見つめる。
「ライト・ヘル・ブラム。王のことを私が好きになったのは今より何十年も前の話です。そこからあなたが何を得られるかはあなた次第。良ければ少し、母上の話にお付き合いいただけるかしら?」
「俺で良ければぜひ」
「これは私が森で死にかけた頃の話です」
あまり平和な恋路でもなさそうだ。




