1.転生というルート
セルブラム王国第二王子『グライト・ヘル・ブラム』
かつて、ブラム王国初代国王『ヘライ・ヘル・ブラム』は王城の庭に一本の剣を突き立て家臣へと言葉を残した。
「この剣は吾輩をこの国王へとのし上げた愛剣。装飾などほとんどなされていないこの剣は、王である吾輩が持つにはちと不恰好である、と大臣どもに言われ泣く泣くここに残すこととした。将来、この国に災いが訪れるようなことがあれば、この剣を持った英雄がこの国を救う。そんなロマンの溢れる事態になることを願ってここに残す」
この王は賢王でない。ただ強く、他者を凌駕する力があったからこそこの国の王となった。この剣は、初代国王最大の知略にして剣が突き立てられてから500年後のセルブラム王国一番の語り草となった。
セルブラム王国にはそれに並ぶほど有名な話がある。齢五歳にして剣を振るい、長きにわたる呪いとの争いに勝利をおさめ、その性格から生涯独り身であった男の話。それが、初代国王の剣を抜き、後に「王城の騎士〈自宅の警備員〉」と呼ばれるその男の前世の終わりと今世での物語、セルブラム王国第二王子『グライト・ヘル・ブラム』の伝説。
俺は今日もここにいる。自宅、そう称されるこの場所はこの俺の世界そのものだ。
俺の手には本が握られている。なんの派手さもない自己啓発本だ。俺は派手な表紙のものは好まない。見た目ばかりに惹かれた消費者を『カップメンの作り方を記載した料理雑誌』程度の薄い内容で騙す魂胆を感じたからだ。
しかし俺は、ペラペラと捲られていくこの本に不信感を募らせる。おかしい、自分が知らない世界のはずなのに、なぜこんなにも理解がたやすいのだろうか、と。
読み進めていくごとに感じる違和感。俺は半分程度に差し掛かりようやくその正体とも言える一文と目が合った。
『この本の内容がすらすらと頭に入ってくる、またはこの本の内容が理解できるあなたは商才があります!』
これが推理小説であれば愚作駄作に間違いないだろう。しかしこれは、天才の書いた本であり、理解できることと当てはまることが多ければ多いほど売れる本なのだ。天才の考えに共感でき、天才の行動に納得がいき、天才と同じ事をしたことがあると読み手に思い込ませることができたなら、それは読み手を天才だと称えるのと同義。そうやって読者または消費者を満足させ、偶像の天才と現実の天才である自分を重ね合わさせ、持っていないものを見つけさせ、買わせる。所詮はこの本も同じ穴のムジナだったわけだ。
俺は勢いよく本を閉じる。よく見ると表紙のホワイトスペースの多さが、「自分はホワイトスペースを理解しているデザインセンスのある人間だよ!」と言っているような気がして腹が立ってきた。そしてその本を怒りのまま本棚の最上段、そのもっとも左の位置に詰め込んだ。
怒りが収まり我に返った俺は、スマホを開くと検索エンジンにこう入力した。
『23歳 ニート 人生 やり直し 方法』
入力し終えた途端、俺はすべての文字を消し始める。
『23歳 ニート 人生 やり』
『23歳 ニ』
『』
そうして改めて、俺はできる限り言葉を短くして打ち直した。
『人生 やり直し』
虫眼鏡のマークをタップし映し出されたのは、たくさんのURLが並べられた画面だった。
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俺はそっとブラウザバックした。
ダメだったようだ。やはり短い言葉では適切な検索結果が表示されない。ではやはり最初の文字列が適切であったのだろう。俺はもう一度先ほどの文字を入力しなおし検索し直した。
●ニート 自宅内でしぼうか 最後の手紙には「やりなおしたい」の一言だけが……
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●ニートは改名すべき 俺たちは自宅警備員だ! Part210
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俺は、唯一気になった『ニートの呼び名は改名すべき』に指を伸ばした。
タイトル ニートは自宅警備員に改名すべき
001 俺たちは自宅警備員だ!
002 使い古された言い訳してないで寝ろ
003 「自宅」を「警備」することのできないくそ人「員」の略だぞ。
004 実際なにもまもれない
005 おれはその考えに賛同するで
006 実際昔は言われてた。家を守れて一人前
007 なお守れる保証はない模様
俺は流されるがままに999まで続くその長い文字列を読み進め、ある決意をした。「そうだ。俺も家を守るのが職業だといえばいい」と。
決意を固めた俺の行動は早い、俺の唯一の長所だ。飽きないように念入りにイメージトレーニングを行い、40回と定めた室内でできる運動を各10回ほどこなすと、流れる汗により疲労感と不快感を流しに浴室へと駆けていった。
汗を気が済むまで流した俺は、新しい着替えに身を包み脱衣所を後にする。そんな時だ、廊下に出た俺の鼓膜を刺激したのは誰もいないはずのリビングから響くタンスの引き出しがこすれる音であった。
決して耳残りの良い音ではないが、俺の頭の中ではその音が妙に反芻している。なぜそのような音がしたのか? その理由を考え、ありえないと否定するごとに恐怖が増してゆく。そしてもっとも可能性の高い答えにたどり着いたとき、答え合わせは既に始まっていた。
立っている。こっちを向いている。赤いヘルメットで顔を隠し、全身は正体を決してばらさないという決意のもと真っ黒に染め上げられていた。しかしそれでもわかる。その人は、とてつもない不安と恐怖によって判断力が低下し、自分が持っているものが何なのかもわからず、それでも無意識に使い方を自覚し実践しようとしている。
刃物を持っているその人は、それを向けると俺との間などないかのように近づき腹にめがけて刃を突き立てた。
滴り落ちるは血。だんだんと勢いを増して出てゆくことに恐怖し、俺は腹部に刺さった刃物を抜こうとした。だが俺はその刃物を視界にとらえた途端すべてを悟った。
今流れている血はきっと、これまでに失われてきた親から自分自身への信頼なのだろう。赤いのはきっと愛情だ、だんだんと強く流れてゆくのはきっと、過去に行った親孝行という土嚢がなくなった証拠だろう。
俺はじっと刃物を見つめる。
七年ほど前に料理が好きであった母親に送った包丁。初めてのバイト代で買ったそれを母親はたいそう喜んだ。そんな俺と母親の気持ちの塊でもあった包丁が、不幸にも俺の思い出のメインディッシュになったのだ。
俺はやがて眠りに落ちる。瞑れば二度と見ることのできないであろう、家族の顔を一生懸命に思い出しながら……
――目が覚めるとそこは、庵のような場所であった。
目の前には座布団が敷かれ、寂しく飾られた花瓶とその花がとても安心する雰囲気を醸し出す。
俺は、数少ない知識の一つにあった畳の縁を踏んではいけないということだけをとっさに考え座布団の前に立つ。すると、俺の背後にあったふすまがゆっくりと開き、薄紫色のショートヘアーをした少女がお盆を両手で持ち入ってきた。
その少女の姿とこの状況に俺は何も声に出せずに立ちすくむ。
「そう緊張しなさんな。ここには礼儀もマナーもない、あるのは生から解放され自由になりはったおまえさんの魂と、私だけさかい」
その言葉に多少疑問符が浮かぶが、俺は少女のその言葉を言葉通りに受け止め座布団に腰を下ろした。
その姿を見て少女は安心したように微笑むと、俺の前に湯呑を置き対面になるように座った。湯呑を直接畳に置くところや座る姿勢が胡坐なのを見ると、確かにマナーや作法など無いことがうかがえる。
「おまえさんは、どないしてこんなさ自分はおるっちゃと思っていなはるやろうが、あまり深く考えすぎちゃいけまへんで。ここは死者を迎え入れる場所、おまえさんは死んだ、ただそれだけのことさかい」
俺は黙って少女の言葉を聞いた。そして、驚くべきところなのだろうが、その独特な言葉遣いがどうしても引っ掛かり反応に困った。さてこのまま自分が死んだ事実を受け入れて話を進めるべきか、それとも言葉遣いに何かしらの修正を求めるか。俺はしばらく事実を受け入れられないという顔をしながら考え、やがて答えを口にした。
「お……私自身、あまり日本語が得意ではないんだが、もう少し私でも理解ができるよう言い換えてもらうことはできませんか?」
俺の言葉に少女はその紅く綺麗な瞳を丸くし、申し訳なさそうな顔をしながら話した。
「す、すまんのぉ……、ここ最近はあまりにも多種多様な人間と話す機会があったのでな、言葉遣いが少々引きずられてしまっておるのじゃ」
少々というレベルだったのかは置いておいて、それよりも口調は先ほどより聞き取りやすくはなった。
「お気遣いいただきありがとうございます。あとお茶いただきます」
「おっおう、飲んでくれ飲んでくれ。茶を淹れるのにはなれたものだが、私が入れるとどうしても苦みが増すみたいなのじゃがそこは――」
お茶を一口、その苦みは口内刺激し味覚に感じたことのない衝撃を与える。喉元を流れたお茶はやがて胃に入るが、その苦みははるか彼方に流れようとも俺の味覚を刺激し続けた。しかし喉元過ぎれば熱さを忘れる、やがてそのお茶を飲みほした俺は、二杯目が飲みたくなっていた。「お代わりもらえますか?」俺がそういうと、驚きつつも急須を持ってきてくれた。
その後も俺はお茶を飲み続け落ち着きを取り戻すと、湯呑を一度置き、話を戻した。
「私は……死んだんですよね?」
「そうじゃ、おまえさんは死んでここに来た」
「死因はナイフによる出血多量?」
「正しく」
その言葉で俺の中に、一言では表せないような感情が心にあふれた。
やはり俺は最後の最後までロクでもない息子だった。前々から分かっていたのだ、手を変え品を変え呼び名を変えてごまかしてはきたものの、結局のところ自分は穀潰しの親不孝者だと。そしてあまつさえ数少ない親孝行ですらも、捨ててしまいたい思い出にしてしまった。あの時俺がニートではなくごくごく普通の社会人であったのなら、あの時就職支援センターにでも行き職を探していたのならこのようなことになりはしなかっただろう。一言では表せないなどと言うことはない、これは紛れもなく後悔であった。
「浮かない顔をしているな。安心しろ、自分が死人だと気づいたとき大抵の奴はそんな顔をするものじゃ。そして私の話を聞くと瞬く間に明るくなる」
「というのは?」
その前置きに少しの期待感が芽生える。もしかすれば条件付きでよみがえることができるのかもしれない。そうすれば、今度こそ親の自慢話の一つになれるのかもしれないと。
「お前さんに転生のチャンスをやろう!」
「転生の……チャンス!」
「うむ。お前さんにはこれから『元生きた世界とは違う』異なる世界で活躍してもらうのじゃ!」
少女はバッと扇子を広げこちらを見つめる。しかし、その少女の瞳に反射しているのは、見間違えるはずもなく更なる深みに落ちた俺の顔だった。
「お、おい。どうしたのじゃ?」
「あ……いえ……」
期待通りの反応ではなかったか、随分とひどい顔をしていたのだろう。少女は扇子を落とし前のめりとなって俺に顔を近づけた。
「大丈夫です! いいですね異世界! 俺も一度でいいから行ってみたいとおもってたんですよ。あれですか? すごい力とかもらっちゃって無双してみたいな……」
動揺の表れか、俺の口からは次々と動揺のボロが出る。俺の感情は確かに下に落ちた。
「一度落ち着くがよい。別に強制ではない、もしよければという話だ。別に断ってもらっても構わぬぞ。その場合はまぁなんだ、そのまま輪廻に廻されるだけじゃが……」
その言葉に少し落ち着く。そうだ、別に有り得ない話が有り得なかっただけのことだ。そんなに落ち込むようなことでもない、このままどちらの選択肢を取ろうとも、二度と家族に会うことがないだけだ。
俺は今一度深呼吸をする。
「あの、なんで俺なんかにそんな話が? 正直、俺は聖人君子じゃありませんしとても良い人間とは言えません。転生して誰かを助けろと言われても約束を守るかどうか怪しい部類の人間ですよ?」
「お前さんにとって聖人君子とは何か、良い人とは何かを問いたいところじゃが、話したいのはそういうことでもあるまい」
少女は自分の分のお茶を飲むとこっちらを真っすぐと見つめて説明を始めた。
「結論から言えば、お前さんを異なる世界に送る理由は世界の進展のためじゃ」
「世界の進展?」
「そのあたりは説明すると長くなるのでな、軽く要約すると、世界には進展度という私たちが定めたA~Eまでのランクがあってじゃな、そのランクは高ければ高いほど良いというわけでもないが、基本数百年程度でワンランクアップするように線引きがされておる」
「ランクごとの詳細とかは聞いたら長くなりますか?」
「Eが誕生直後、Aまで行くと近々滅びる。お前さんの生きた世界はB、これから話次第で行くことになる異なる世界はDじゃな」
「B……もう少し行けば滅びるけどその世界の人間次第見たいな感じですか?」
「その理解で問題はない」
「そうなるとDがどの程度かわかりづらいですね」
「Dは独自の方向性を定めかねている状態じゃ。お前さんの世界の歴史で言えば恐竜が滅びるかどうかぐらいじゃったか」
「人間が生まれるかどうかレベルの話ってことですよね。だとしたら俺にできることなんてあるんですか?」
「何もすべての世界がビックバンから始まっているとも限らん。その世界は確かに存在する神が世界を作り、様々な種族の祖を無機物から生み出したのか始まりじゃ」
「それじゃあ定めかねている方向性というのは?」
「どの種族が一番神に愛されているのかを決めることだ」
「神さまのくせに一番とかこだわるんですね」
その言葉を聞くや否や、少女は困ったように俯いた。
「ごもっともじゃ。だが、神にもリソースというものはある。人間からすれば無限に近しい量なのだろうが、神からすれば有限なモノ。すべての者に平等に、などときれいごとをいう余裕はないのじゃ」
「だから、最優先でリソースを割く先を決めるんですね」
俺がそうまとめると、少女は話を区切るように自分の太ももを強くたたいた。
「そういうわけじゃ。話を聞いたばかりで申し訳ないが、早めに結論を出してもらえると助かる」
そのことばで俺はこの話が他人事でないことを思い出した。
俺はこれから、今話に上がった世界で生き、神の寵愛を受けるにふさわしい種族を決める手助けをするか、このまま輪廻に戻り次の人生を待つかの二択を迫られている。
他種族同士が一番を決め合い、十中八九穏やかな口喧嘩だけでは済まないだろう。時には血が流れ、俺自身が二度目の死を味わうことになるかもしれない。だからと言ってこのまま同じ世界で二度目を送ったところで俺自身の結末は大して変わらないと思う。勇気を振り絞って前に進むか、同じことを繰り返すか……。
「一つだけいいですか?」
「一つとは言わずにいくつでもよいぞ。急な話だ、心配事は尽きぬであろうしな」
「……その世界で役目を終えたら、俺はどうなる?」
「方向性を定め終え、ランクがCに到達したとこちらが判断したら、元の世界に記憶をそのままに生まれ変わらせる。要は元の輪廻の輪に戻すということじゃな」
その返答に俺は疑問が増え、先ほどのお言葉に甘えて質問を増やす。
「向かった世界で死んだら?」
「向こうの世界のルールで循環することになるじゃろう。それこそ、方向性を定めるまではな」
「その時の記憶は?」
「それもまた向こうの気分次第。まあ協力的であれば残してくれるじゃろう」
死んでも役目を終えるまで向こうで生まれ変われる。役目を終えればまたこちらの輪廻に戻る、それも今の記憶を保持したままだ。正直いつ戻るかも分からないし、戻っても向こうで死んだら覚えているのかもわからない。だけど……だけどもし、もしも俺自身が向こうで変われて、この世界で同じことを繰り返すことがなくなったら、俺はまたどこかの親と『仲良く暮らせるのかもしれない』。
「……決めました。俺、その話を承諾します!」
力強く、俺は覚悟を振りかざし言葉を上げる。この決断が後悔になる日がいつか来るだろう。そんな時に自分を否定してしまわないように、今の覚悟を声にあげて宣誓する。今だけでなんとかしようとしていたあの時の自分から変わるために。
「その判断をうれしく思う。では改めて、私は世界の進行を維持する者、名をジクシャ。お前さんの役目が無事に終わることを常に願っておるぞ」
「お名前、そういえば初めて聞きましたね」
俺が少し驚いたようにそういうと、ジクシャさんは申し訳なさそうに教えてくれた。
「私は、あまりお前さんらの世界とかかわってはいけないタイプの存在でな。こうして声をかけても影響がないように、名前は話を承諾した者にのみ教えるようにしているのじゃ」
「そういうことなら、やっぱり無理とは言えませんね」
「そうとも言えん。忙しなく自己紹介をしてしまったが、正式な契約はこの後じゃ。お前さんが自分の名を名乗り、まあ意気込みでの言ってくれればよい」
「意気込みですか?」
「ほれさっさと言え、言えばすぐに向こうの世界で生まれ変わる」
ジクシャさんはなにかに迫られるようにことを推し進めようとしている。
さて何を言ったものか。格好のつく言葉もそれらしい名言も今の俺の頭には何一つとして浮かばない。なので、ただただ思った先ほどの言葉を繰り返す。「どんな家族とも、仲良く暮らしてみせます」と。




