その伝言、殺意につき。―― バグった言葉がいちばんの真実。
平和な昼休み。海音高校の1年3組の教室では、今まさに恐ろしい遊びが始まろうとしていた。
きっかけは、お昼ご飯を食べてゆっくりしていた頃。
「ねえ〜、暇だし伝言ゲームでもしない?」
「伝言ゲーム?」
「そうそう〜クラスの皆でさ、親睦を深めるって事も兼ねて!暇つぶしにもなるし面白そうじゃない?」
同意を求められるように言われたので翠は首を縦に振って頷いた。
(ユキちゃん…後半部分が絶対本音だよね…)
なんてことを思いながら。
「よし、じゃあお題は如月からな! んで、アンカーは翠ちゃんで!」
小坂くんの仕切りで、教室の端から端までクラスメイトが並ぶ。
先頭に立った碧は、少し面倒くさそうにしながらも、ニヤリと口角を上げた。
(…めんどくせぇけど、このゲームに乗っかって普段は捻くれ過ぎて言えねー事伝えてみるか。………ゲームなら『お題だから』で済むしな)
碧は、後ろのクラスメイトの耳に、ごく小さな声で囁いた。
「これ、お題な……『翠、お前ってホント死ぬほど可愛いな』……以上」
「……っは!?(え、如月マジかよ!?)」
聞いたクラスメイトは顔を真っ赤にするが、碧は「早く回せよ」と冷たい視線を向けた。
(いや…俺の気の所為かもしれない。第一、翠ちゃんへ捻くれた方法でしかアピール出来ない如月がゲームだからって素直に言うとは…やっぱり皮肉を言ったのを俺が聞き間違っちまったんだよな)
「翠、お前ってホント死ぬほど…いや『死ぬほどヤバい』」
こうして、素直な気持ちを伝えた伝言ゲームは、クラスメイトの勘違いによって「大破滅」となってスタートした。
5番目
「翠、お前ってホント死ぬほどヤバ過ぎ」
(如月くん…それは捻くれすぎじゃないの?……このまま伝わったら翠ちゃんと戦争になっちゃう。)
そう考えながら後ろのクラスメイトに伝言を託す。
「……『翠、お前の存在は俺が死ぬほど、ヤバ過ぎ』」
15番目
「翠、お前の存在は、俺が死ぬほどヤバ過ぎ」
(うわぁ伝言ゲームとは言え、さすが如月。素直に伝えるどころか捻くれた言葉のチョイスってのがアイツらしいわ。)
そして後ろのクラスメイトに伝えた言葉は、
「『翠、お前の存在は、俺が死ぬほどの猛毒だ』」
だった。
(安心しろ…如月、お前が翠ちゃんに毒されて…いや、染まりきってるのは分かってるから!)
少しお前の気持ちに寄り添いながら改変してやったぜ、と碧に向けてやりきった笑みを浮かべた。
その後もゲームは続き、碧の言葉はもやは原型が無くなるほど改変に改変を重ねられていたのだった。
25番目
「翠、お前の存在は、災害レベルでヤバすぎる。」
(おぃぃぃい!なんて事を伝言ゲームで伝えてるんだよ!?)
健太の所に回ってきた頃にはもはや原型など無く、言葉通りの悪口になっていた。
(如月、お前それで良いのかよ!?災害レベルとか人権侵害し過ぎだろ!けど、アイツ…あんなに自信満々にマジの顔になって…怒らせると分かってて怒らせたいとか…まさかMなのか…!?)
恐ろしく間違った解釈をしながら、
「『翠…お前の存在は、災害レベルでマジ興奮する』」
誤った伝言を伝えてしまった小坂であった。
そして長かった伝言はとうとうアンカーの翠の所まで来てゲームの終わりを迎えようとしていた。
「翠…ごめん、この伝言伝えるのホントに嫌なんだけど…」
「えっなになに。そんなにヤバい伝言をアイツ伝えてるの?!」
「いくよ?…『翠、お前が存在するだけで災害レベルで興奮する。まじ最悪』…だって」
シーン
「キモすぎるぅぅぅぅ!変態がぁぁぁあ!」
翠の絶叫か教室中に響き渡った。
伝言が翠に届くまで、碧は教室の反対側で、壁に寄りかかりながら翠の反応を待っていた。
(……そろそろ伝わったか?あ〜恥ずい、けどこれで少しは俺の気持ち伝わるよな…?やっぱ照れてる…のか? それとも怒ったフリしてこっち来るのか?)
少しの期待を胸に抱きながら、今か今かと待ちわびていると、突然、翠の叫び声が響き渡った。そして声が止むと同時に、翠が無言で近づいてくる。その目は完全に光を失い、体からは冷気が出ているのかと思うほど冷たく凍るような雰囲気を醸し出している。
「……翠? 届いたか? 俺の言葉」
「安心して……きっちり届いたから、あんたの言葉。……碧」
「…ッ!そ、そうかよ。で、どう思ったんだよ」
「……二度と姿を見せるなぁぁあ、ド変態ヤローがぁぁぁぁあ!!」
翠が全力で振り下ろした出席簿が、碧の脳天を直撃する。
「いっってぇぇえ!いきなり何すんだ、このバカ女!」
「何すんだ、はこっちのセリフだぁあ!変態男!公共の学び舎で『存在するだけで興奮する』とか、何言ってんのよ!?警察呼ばれたいの!?」
「はぁぁあ!?言ってねーわ!そんな事、どんだけねじ曲がればそんな変態じみた言葉に変換されんだよ!?」
「あんたが言った言葉が元から変態じみてたんじゃないの!!」
「んな訳ねーだろ!?」
くそっ「死ぬほど可愛い」がなんでそんな変態じみた言葉に…!小さく呟いた碧の言葉を小坂は聞き取り、(あぁ…やっぱりそういう感じだったのかよ)と思いながら震えながら隅っこに避難していた。
「ったく、マジで死ぬかと思った……」
終業を告げるチャイムが鳴り、碧は乱れたままだった服を整えながら教室を出ようとした、その時だ。
「…ん?なにこれ」
翠の足元に、小さく折り畳まれた紙が落ちていた。
「あ、おい! 触るな!」
碧が慌てて手を伸ばすが、翠が紙を開くのが一瞬早かった。
広げられた紙には、少し乱暴だけど丁寧な字でこう書かれていた。
『翠、お前ってホント死ぬほど可愛いな。』
「へっ」
翠の動きが、ピタリと止まる。
先程までの冷たい雰囲気はどこへやら、その大きな瞳が呆然と紙を見つめ、みるみるうちに頬が林檎のように赤く染まっていく。
(……やべぇ、見られた。……今度こそ、今度こそアイツに全部伝わっちまった……!)
碧が心臓の鼓動を爆速させながら、奪い取ろうと手をかけた、その瞬間。
「…………ふふっ。誰が書いたの、これ。照れるなぁ」
翠が、どこか嬉しそうに、それでいて少し寂しそうに笑った。
「え?」
「碧が、私のこと『可愛い』なんて……ねぇ? これって誰か他の子が書いた伝言メモか何かでしょ?もしかして私に向けたラブレターとか?」
そんな訳ないか、と笑いながら翠は話す。
「……翠、それ」
「まぁでも……これ書いた人、私のこと、そんなに好きなのかな。……『死ぬほど』なんて」
翠が恥ずかしそうに、でも大切そうにその紙を指でなぞる。
それを見た碧は、一瞬だけ何かを言いかけて――けれど、全てを諦めたように遠い目をして笑った。
「……あぁ。そーそー、そいつ、お前のことがすげぇ好きなんだよ。それこそ災害レベルでな」
「……はぁ?なんでアンタが書いた本人っぽくなってんのよ。碧がそんな甘いこと書くわけないって、毎日嫌味を言われてる私が一番分かってんだから!」
「……だよな。お前は、やっぱりそういう奴だよ……」
碧の視線の先では、夕暮れの教室がオレンジ色に染まっている。
本当の主に届かなかった言葉を乗せた紙は、翠の手の中で優しく折り畳まれた。
――二人の夏休みまで、あと少し。




