散れ腹黒、散るかアホ女 ―― 体育の授業は「殺し合い(ガチ)」でやるもの。
海音高校では、1年次の体育の授業はクラスごとのローテーションの選択授業を行っている。
そして本日は「剣道」の選択授業であった。本来であれば、爽やかな汗やクラスメイトとの交流、楽しい授業になるはずであったのだがー
「散れぇぇえ!腹黒ぉぉお!」
「散るかぁぁあ!アホ女ぁぁあ!」
激しいぶつかり合いと殺気が立ち込める。
今この武道場はまさに『戦場』と化していたのであったーーーー
ー武道場にてー
「剣道の授業は対戦形式で始めるので各自、自分の順番と対戦相手の確認をするように」
体育教師の声が武道場に響いてすぐ翠はユキちゃんと一緒に自分の対戦相手と順番を見ていた。
「うわぁ私、真ん中らへんかぁーまぁ女子同士だし気楽に行こっと。翠は、なん番目なの?」
「えーと、私の番は…あっ1番最初になってる。相手は…………げっ」
「どうしたの?」
「…ここ」
私の対戦相手を指を指し伝えると、ユキちゃんは「あ〜なるほどね」と苦笑いしていた。
(よりにもよって、腹黒男と…)
はぁ〜とため息をつき、下ろしていた髪をひとつに結ぶと「行ってくるね」とユキちゃんに声掛け武道場の真ん中に向かった。
(あれ…?いつもと違って珍しく翠があんまり騒いでない様…な?)
少し疑問に思ったが試合が始まるためユキも応援の方に向かって歩いて行った。
試合が始まる、まさに今この瞬間の武道場に流れている空気は、体育の授業の雰囲気とは思えないほど異常だった。何故ならそこに漂っているのは、皮膚をピリピリと刺すような濃厚な「殺気」だからだ。
「覚悟しなさい 碧。今日はアンタの嫌味や嫌がらせを言うそのニヤけたツラごと叩き斬ってあげるから」
翠は竹刀を正眼に構え、低く、冷徹な声で告げる。
袴に身を包んだ彼女の立ち姿は、授業で教わったばかりの初心者とは明らかに一線を画していた。重心は微動だにせず、鋭い視線は獲物の急所を的確に捉えている。
「へぇ、それは楽しみだな。お前こそ返り討ちに遭って泣きべそかいても知らねーからな、翠」
対する碧も、いつもの軽薄な笑みを消し、静かに竹刀を構えた。碧の構えもまた、付け焼刃ではない。翠の殺気を真っ向から受け止め、なお余りあるほどの威圧感を放っている。
「……なぁ、小坂。あいつら、防具つけてないよな? なんか俺には二人の後ろに背負ってる守護霊みたいなのが見えるんだけど」
「……気にするな。あれは『愛』という名の『殺意』なんだよ」
震えるクラスメイトたちが道場の壁際まで避難する中、ついに号令が響く。
「始め!!」
号令が響いた瞬間、翠が爆発的な踏み込みを見せた。
「散れぇぇえ、腹黒ぉぉお!!」
翠の声と共に放たれた一撃は、空気を引き裂く鋭い音を立て、碧の脳天へと吸い込まれていく。それは剣道の「面」ではない。相手の脳震盪を確実に狙った、実戦さながらの「剣術」だった。
「散るかアホ女ぁぁあ!!」
碧はそれを、紙一重のところで竹刀を垂直に立てて受け流す。
ガギィィィン!! と、竹刀同士がぶつかったとは思えない硬質な衝撃音が道場に響き渡った。
「……っ!?碧なんで今のを防げるわけ!? アンタ初心者でしょーが!」
「誰が初心者だ!つーか、初心者かもしれねぇ相手に殺傷能力高そうな技使うなよ!!こちとらお前が小さい頃に剣道ぽいやつ習ったて自慢げに話してから、必死に道場で叩き込んできたんだよ!いつかお前を打ち負かす為に!」
(訳︰こちとらお前となんでもいいから接点持ちたくて道場通ってたわ!舐めんなよ、いつか話題に出た時のために必死で叩き込んだこの俺を!)
「……いや、努力の方向性、間違ってない?」
バチバチと火花を散らす二人を、防具すら着けさせてもらえなかった小坂たちが、道場の隅で震えながら見守っている。
「……なぁ、あいつらどこであんな殺傷能力の高いもん教わってんだよ。ここ、平和な高校だよな?」
「なんかあの二人見てると竹刀で打ち合ってるはずなのに真剣で戦ってるように見えるよね…」
「俺なんて、あの二人を見て先生が『まさか…北辰一刀流と柳生新陰流!?…どこでそんな剣術習ったんだ、あの子達は…』て呟いたの聞いたんだけど」
「いやそれ、幕末の頃のガチもんの剣術の流派じゃねーか」
クラスメイト達がそんな話をしてる中、道場に、竹刀のぶつかり合う音とは思えない轟音が響き渡る。
「北辰一刀流が真髄……と見せかけて! 『全集中・火の呼吸』!!」
「それが許されるのは版権が許す世界線だけだバカ女!!くらえ! 柳生新陰流・『天翔龍閃』!!」
「アンタのもでしょーがぁぁあ!!」
翠は北辰一刀流の鋭い踏み込みから、どこかで見たような「全集中」の構えを無理やりミックスさせ、碧は柳生新陰流の「殺人剣」を、超有名抜刀術へと魔改造して迎え撃つ。
「くたばれ腹黒ぉぉお! 『九頭龍閃』!!」
「甘ぇ! 『霹靂一閃』!!」
二人の竹刀が高速で交差し、もはやクラスメイトには残像しか見えていない。
「……なぁ、健太。あいつら、何流なんだっけ?」
「……翠ちゃんが『北辰一刀流』で、如月が『柳生新陰流』のはずなんだけど……」
「いやもうやってることが、ジャンプとサンデーの合併号なんだよなぁ……」
小坂のツッコミも虚しく、二人の戦いはさらにヒートアップしていく。
碧は柳生新陰流の理にかなった動きで翠の懐に潜り込むと、竹刀の柄で翠の手首を制し、至近距離で鼻先が触れそうなほど顔を寄せた。
「……お前、柳生の殺人剣をまともに受けて、まだ動けんのかよ」
「アンタこそ……北辰一刀流の速さについてくるなんて、変態を通り越してただの怪物ね!」
「テメェに言われたくねーわ!鈍感バカ女ぁぁあ!」
「うるさいっ変態腹黒嫌味男がぁぁあ!」
お互いに一歩も引かない、まさに意地と意地のぶつかり合い。
しかし、その瞳にはどこか楽しげな色も混じっており、端から見れば「命の削り合い」という名の「盛大な痴話喧嘩」にしか見えなかった。
「2人ともやめやめーい! そこまでだ!!」
体育教師の制止によって、ようやく二人の「果し合い」に終止符が打たれた。
道場の床には、激しい足さばきでついた無数の擦れ跡。
竹刀を収め、肩で息をしながらも、二人はお互いを睨みつけるのをやめない。
「……道場で習ったって言った割には詰めが甘いんじゃない」
「お前こそ、親族に習ったわりには後半の技、全部アニメのパクリじゃねーか」
「碧だって後半パクってたじゃない」
軽口を言い合う二人を、もはや恐怖すら通り越して「無」の境地に達した小坂が、遠巻きに問いかけた。
「……なぁ、お前ら。一応聞くけど、今の動き……どこで教わったんだよ。普通の高校生は『火の呼吸』とか『天翔龍閃』を実戦で再現できねーんだわ」
すると、碧と翠は、まるで見計らったかのようなタイミングで、フイッと顔を背け答えた。
「小さい頃に道場で習った。」
「小さい頃に親の親族に習った。」
2人の完璧なシンクロと、あまりにも「某名探偵」じみた言い訳に、クラスメイト全員の心の声が一致した。
(((ハワイで親父に習ったみたいなノリで言うんじゃねぇえええ!!)))




