新婚ごっこは命がけ!? ――嫉妬の炎と地獄の激アツあーん
今日は快晴。絶好のキャンプ日和。
だが、海音高校1年のとあるクラスの3班だけは、不穏な熱量に包まれていた。
「ねぇユキちゃん、腹黒がまだ来ないんだけど。あいつ、道中で穴にでも落ちたのかな?」
翠が鍋をかき混ぜながら首を傾げると、親友のユキは遠くの薪割り場から響く『バキィッ!』という凄まじい破壊音を聞きながら、静かに目を細めた。
「……大丈夫だよ翠。如月くんは今、自分の妄想を現実にするために、命を削ってエネルギーを蓄えてる最中だから」
「エネルギー? いやいや…どうせまた、ろくでもないことでも考えてるに決まってるよ」
翠のその予想は、ある意味で正解だった。
一方その頃、薪割り場。
「――オラァッ!!」
乾いた音と共に、太い丸太が無残なほど真っ二つに叩き割られた。
およそ親睦を深める行事には似つかわしくない殺伐とした空気が、碧の周囲だけ漂っている。
(……翠まだ料理してる…よな?あー早く会いてぇ…)
碧の脳内では、完璧な輝きを放つ工程表がスクロールされていた。
薪割りを早く終わらせる。翠のところへ行く。翠が「味見して?」とあの天使の笑顔で言う。俺が口を開ける。……完璧だ。
(あーーー!早く『新婚ごっこ』やりてぇ!)
「おい、如月……お前、もうそのくらいで良くないか? 薪っていうか、それもう割り箸だぞ」
クラスメイトの制止すら、今の碧には届かない。
「……終わった。今行くからな、翠……!」
碧は薪を抱え、まるで戦場に赴く戦士のような(実際は妄想全開の)顔で調理場へと走り出した。
だが、調理場が見えた瞬間。碧の視界に飛び込んできたのは、キャンプ場の穏やかな木漏れ日を反射する、あまりにも「天国」で、己からすれば地獄の様な光景だった。
「うっっま!翠ちゃん、このカレーめっちゃ美味い! もうお嫁さんに行けるんじゃね?翠ちゃんがお嫁さんなら、俺、一生独身でいいわ……あれ、今の矛盾してた?」
「あはは、何言ってるの小坂くん。照れるなぁ〜、そんなに気に入ったなら、もう一口食べる? はい、あーん」
パリンッ。
碧の中で、何かが、確実に折れた。
握りしめていた薪が、彼の殺意(と握力)に耐えきれず真っ二つに爆ぜる。だが、それ以上に無残に砕け散ったのは、昨晩から丁寧に組み立ててきた彼のピュアな妄想設計図だった。
それも、今さっき叩き割った薪よりも、もっと無残に。
「……おーい、如月? 薪、そんなに強く握ったら折れ……あ、もう折れてるわ」
碧は無言で、手にした薪を握りつぶしながら、どす黒いオーラを纏って一歩、また一歩と「幸せの調理場」へ歩み出した。
(……よし、味見してもらったしカレーはこれでバッチリかな。あとはアイツが嫌味を言ってきても投げ飛ばせるくらいの対応をできるようシュミレーションを―)
翠が『耐︰碧用シュミレーション』を復習していると、背後から火山のマグマのような殺気が押し寄せてきた。
「…………よお。小坂。消灯する準備はできたか?」
背後から聞こえた地獄の底のような声に、健太の肩が跳ね上がる。
「いやぁぁあ!翠ちゃん助けて! 俺、ついに今日ここで消灯されんの!? まだ16年しか生きてないんだけど! 街灯レベルの寿命で終わるの嫌なんだけど!!」
隣から小坂くんの叫び声が聞こえるが碧は、さも聞いていないかのように「翠…そ、それ……俺にも食わせろ」と言い出してきた。
(来たか……!今こそシュミレーションを活かす時…!!)
ふっと笑い小坂くんに笑顔を向け「安心して、小坂くん!害虫を駆除する算段はシュミレーション済みだから!」
お鍋の具材を大きいスプーンで掬うと翠は碧の口めがけて突き刺した。
「くらぇえ!闇を切り裂く特大のジャガイモ!
チェストォォォォ!!」
「(……っあづぅぅぅ!!)……ゲホッ、ゴフッ!! お前、っこのバカ女!! 人に食わせるもんじゃねーだろ、殺す気か! 喉元が溶けてなくなるかと思ったわ!!」
「何言ってんの?料理を食べて昇天できるなんてむしろ幸せな死因じゃない。」
「どう見たって悪意100パーセントの死因だろーが!口の中が焼け野原だわ!このアホ!」
「はぁぁあ??そんなに言うなら食べなきゃいいじゃん!碧の分まで班のみんなと美味しく食べるからアンタは草でも食ってなさいよ!」
いつもの様に口喧嘩をし、碧に突き刺したスプーンを取ろうとすると、突然腕を捕まれ碧の動きが停止した。
「?なに」
「……やだ。……翠と一緒に、食う」
「はぁ!? 熱いとか文句ばっかり言ってたくせに、なんでよ!」
そう言うと、碧は目線を逸らして「……こんなにヤバいの俺が率先して毒味役として食わないと他の班の奴らにも迷惑かけんだろ(訳︰こんなに美味しいカレー俺が1番多く食べたいわ)」
(ま、まさか小坂くん美味しいて言ったけど実は気を使ってただけだった!?)
まさかの事実に翠は固まった。
(こうなったら碧に沢山毒味してもらって最高のカレーを作り直すしかないっ…!)
「分かった碧、アンタが納得するまで全部毒味していいから! ほら、これも! 次はルー! 最後に福神漬けもよ!」
「……あぐっ(っ熱いけど、翠がめちゃくちゃ食わせてくる……はっ!待てよ、これ、もしかして……延々と『あーん』が続くボーナスタイムじゃねーか!?)
その後、翠は碧に味見ならぬ毒味を沢山させ、碧も不測の事態にはなったが『翠と新婚ごっこ』ができて満足そうにしていた。
その後、2人を見るクラスメイト達は二人の間に流れる空気が真逆な事に風邪をひきそうになり、
(……いや如月、お前それもうただの独占欲の塊じゃん。てかジャガイモ一個で飯が食える食えないの争いが起きるのかよ、お前らは!?)
隣でその光景を見ていた健太はひそかにそう思っていた。




