隣は天国、前は地獄、外から見ればバカップル
「詰んだ…………」
黒板に並ぶ x だの y だの、記号の羅列を前に、私の思考は停止した。
1ミリも理解ができない。1ミクロンも脳に浸透しない。
私の数学の才能は前世できっと全て使い果たしたに違いない。
(今は授業中だしユキちゃんの席まで行くことは出来ないし…)
かと言って前に居る幼なじみに聞くのはなんと言うか嫌だ。
(絶対教えてくれなさそーだし、なんなら『教えるんならお返し100倍なとか、こんなのも出来ないとかお前バカすぎだろ』て嫌味を言われるに違いない……!)
必死に問題を解こうとするも、問題文が何かの呪文に見え手は全く進まない。
半ば諦めモードに入ろうとした翠に隣から救いの手が差し伸べられた。
「どしたの翠ちゃん、魂抜けてるよ?(笑) あーこの問題なら、こう解くんだよ 」
隣から天使……いや救世主こと小坂くんが声をかけてくれた。
「小坂くん……!ありがとう!!」
「どうってことないよ〜また分からない問題あったらどんどん聞いてよ」
「俺、こー見えて数学はいける口よ?」と、得意げに笑いながら言うので私もつられて笑った。
ーーーその時だった。
前の席で、カツカツと優等生らしく問題を解いていたはずの碧が、音もなく振り返る。
その口元には、三日月の形をした「邪悪な微笑」が浮かんでいた。
「……小坂くん。そんな『優しすぎる』教え方じゃ、このミジンコ並みの脳みそには届かないよ。もっとこう、『刻みつける』ように教えないとさ」
先程までの穏やかな空気を一瞬で切り裂くかの様な冷たく低い声で小坂くんに向かって言い放った。
(『刻みつける』…て私の皮膚に何を彫り込む気だよ!?このイカれた幼なじみは…!)
そんな私をよそに、碧は私のノートを奪い取ると、サラサラと驚くほど綺麗な図解を書き込み、私の方へ突き出した。
「ほら、これを見ろ。………バカなお前のために、一番逃げ道のない解き方で書いてやったから」
「(逃げ道がない…だと!? まさかコイツ…私が解けないからってめちゃくちゃ分かりにくい解き方を教えようとしてるのか…!)」
思わず碧を親の仇を見るかの如く睨みつけた。
「いや、如月。お前、今のって、ぶっちゃけ『俺が教えたいからお前はどけ』って言ってるだけだよね?翠ちゃんへのアピールの仕方が激し過ぎじゃーー」
何かを呟いた小坂くんに対し、碧は腹黒い笑みを浮かべ悪魔の言葉を囁いた。
「小坂くん。……いや小坂、てめぇ余計なこと言うんじゃねーぞ。でないと今すぐ消灯させるぞ」
「こっっっわ!笑顔で言うセリフじゃねーだろ!?…お、おい真顔になんの辞めろよ………
……………すんまっっっせんしたーー!」
健太は見事な勢いで机に頭を叩きつけていた。ガタンッ!という音に、一瞬クラス中の視線が突き刺さる。
その音で私はハッとして隣を見た
(なんか睨んでる間に小坂くんが机に頭を叩きつけながら何か叫んでいる……?!)
元凶から小坂くんを救い出さないと!
覚悟を決め、私は小坂くんを庇うように前に立った。そしてーーー
「碧、やめて! アンタの嫌味がこもったノートをちゃんと見るから!だから小坂くんに意地悪しないで!」
そう言い放った。
ピシッ
その瞬間、碧のニヤニヤしていた笑顔が固まった。
(プルプル震えて小動物かよ、可愛いな、おい……!)
(顔を赤くして…まさか怒った!?さすが器も小さい男だ……!)
赤くなった顔を片手で隠し、碧はボソボソと呟いた。
「……じゃあ…ここ、ちゃんと見とけよ。ほら、ここ…ここ見れば解るから」
結局、私は授業が終わるまで、碧の「嫌味(という名の、実は丁寧な解説)」がこもったノートを、まるで爆弾を解体するような緊張感で見つめ続けることになった。
(如月のヤツ、ニヤけ過ぎだろ…てか翠ちゃんもどんだけ食い入るように見つめてるわけ)
その光景を見て、椅子に座り直した健太は思った。
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ー授業終了のチャイム後。
碧が「……これ、やるよ」と、翠が苦手なとこだけをまとめたメモを渡してきた。
見るとそのメモは、私の苦手な数式が驚くほど分かりやすく整理されていた。
翠は「弱点リストを渡された……!ぐうぅ…あんの性悪幼なじみ、私の弱みを握って更なる嫌がらせや嫌味をする気なんだ!なんて嫌な奴だっ」
これからの未来に絶望して青ざめる私と、耳まで赤くしてそっぽを向く碧。
それを見ていた健太と、固唾を呑んで見守っていたクラスメイトたちの声が重なった。
「「「いや、結局お前ら、めちゃくちゃ仲良いんかい!!!」」」




