数学の神様は腹黒につき。―― 策士、策に溺れて四九点の誤算。
「翠は夏休みの予定もう決まった?」
「まだ決まってないかも」
「ホント?それなら一緒に海行かない?」
「海!いいね!絶対楽しそう」
期末テストが目前に迫っている中、呑気に2人は夏休みの話をしていた。
「でしょでしょ!あとは夏祭りとかも浴衣着てお祭りも楽しそうじゃない?」
「うんうん!屋台もあるし、あっ綿あめとか焼きそばとか、たこ焼きも美味しそうだよねぇ」
「食い気しかないじゃん」
「えへへっ」
「可愛くしても褒めてないから」
「何日が空いてる〜?」と夏休みの予定の確認をしていた時、グイッと頬を掴まれて正面を向かされた。
「へぇ〜お前、海行くの?その体型でスク水着たら犯罪になるからやめとけって」
「誰がスク水を着るなんて言った、この犯罪者が」
頬を掴んでいた手を力ずくで離しながら前に座る碧を冷たい目で見た。
「んな変質者を見るような目で見るなよ、心がえぐれるだろうが」
「えぐられる様に見てるんだけど」
「おい。つーか本気で翠、水着なんて学校用以外で持ってないだろ」
「あったわ!アンタが見る機会無かっただけでしょ。また今年新調するつもりだし、てかなんでアンタに私の水着事情を知られなきゃいけないのよ」
「まぁ…幼なじみ、だし?」
「そんな幼なじみいてたまるか!」
さっきまでの穏やかな雰囲気から一転して、一触即発の雰囲気になりかけようとしていたが、
「2人だけってのも楽しそうだけど、人数多い方が楽しいから如月君も一緒にどう?」
「えっ」
「なっ」
2人がピシリと固まる中、爆弾を投下したユキだけが、ニコニコと笑っていた。
その後、硬直が解けた翠が「なんで夏休みまでコイツと会わなきゃ行けないの!?」と拒絶を示し、それに対し碧が「まぁ暇だし別に行ってもいーけど」と意地悪く笑いながらいい、2人の争いを見てたユキが「いっその事、みんなで行こっか」なんて言うので結局、予定が空いてる人達で海に行くことが決定したのであった。
「ダメだ…勉強が…数学なんてこの世から滅べばいいのに」
なんだ、このXとかYとか関数なんて絶対社会に出た時に使わないだろう、なんて思いながら翠はテスト勉強をしていた。
ユキの提案でみんなで行くことが決定していたが、それでも翠の碧への拒絶によって、二人の間で1つの賭け事をしたのだ。
『私が1つでも50点とったらアンタは絶対来るの禁止だから!』
『へぇ〜ならお前が赤点取らずに50点以下を全て取ったら俺も行くからな』
『臨むところ!』
『楽しみにしてるぜ』
なんて事を言ってしまったので、テスト目前に迫る中、必死に勉強をするのだが、
「ヤバい…数学だけ30点にしてて言えばよかった」
そう、全教科の中でも最も翠が苦手とするのが数学だった。普段の授業でも全く分からず、テストでも赤点を取るか取らないかの境目にあるのだ。しかし、碧に対し啖呵をきった手前そんな事を言えるはずも無く。
(かといって、ユキちゃんや他の人に頼ろうにもみんな赤点で夏休み潰されないよう勉強してるし…)
チラリとクラスメイトを見るが、自習の時間に騒ぎもせず、目前にあるテストの為にみんな黙々と勉強をしている。はぁーとため息をつきながら、
(少しだけ休もう)
煮詰まった頭を落ち着かせる為にも腕に頭を乗せてうつ伏せになり、翠は目を閉じた。
少しして、頭に違和感があり起きると、起きた拍子に滑り落ちてきたのか、誰のか分からないノートがあった。
(えっこれ…誰の?)
戸惑いながら、ノートを見ると付箋が張ってあり【よければ使ってください】と、丁寧な字で書かれていた。そしてノートを開いてみると翠が勉強していた数学の全くわからない部分や毎回つまづいてしまう部分について詳しく丁寧に書かれていた。
「えっ!なにこれ?……神?数学の神様が私の降臨したの!?めっちゃ分かりやすいんだけど」
感動で少し大きい声を出したせいか、前に座っていた碧が後ろを振り向いた。
「なに、ぴーちくぱーちく騒いでんだよ。」
「これ!なんか分からないけど多分数学が分からない私の為に神様が降臨してこのノートをくれたの!」
「は?あー…それはよかったな。どっかの暇な神様に助けて貰って」
これで、アンタとの賭けは私の勝ちね!と自信満々に言う翠に対し碧は顔を横に逸らしながら答えていた。そして、その2人の様子を横で見ていた健太は、
(…その神様、神じゃなくて悪魔だけどね…なんなら目の前で耳まで赤くしてノートから目ぇ逸らしてるけどな。)
まぁ翠ちゃんにだけは優しい神様なのか…と口には出さずに心の中で呟いていた。
そして期末テストが終わり、テストの答案が帰ってきた月曜日。翠は答案を片手に絶望していた。
「翠ちゃーん?答案帰ってきたけどどうだった?」
私の顔を見て結果なんてわかってる癖に、碧はニヤニヤと意地悪く聞いていた。
「うぅ…あと1点、1点がぁぁぁあ」
「どんまいどんまい、まぁそーゆこともあるって。……じゃ、俺も一緒に海に行くって事で。」
「ぁぁあ!私の平穏な夏休みがぁぁぁあ」
机に向かって叫ぶ私を横目に碧は何故か機嫌良さげに笑っていた。
「けど、お前にしては頑張ったじゃねーの。数学とか、あと1点で50点だったし」
慰めのように言われても全くもって響かないのはこの男だからなのか。しかし、その通り。翠はいちばん苦手な数学が最も点数が高く、そして残り一点で50点だったのだ。
「数学の神様が渡してくれたノートがあったから赤点は撮らなかったけど…でも!それならせめて50点とって平穏な夏休みを送りたかったぁぁあ」
そんな翠のその叫び声は、先生に注意されるまで止まらなかった。
そして、絶望している翠は碧がボソッと呟いた声が聞こえていなかった。
「チッ…あと1点足りなかったとか、調整ミスったわ」
「は?なに。なんか言った!?まさか『ふっ所詮お前ごときが簡単に越えられる壁じゃねーんだよ。バカが』て言ったとか!?」
「言ってねーわ!アホ女!想像で変な事言わせるなや!」
「アンタが言うことは私の想像以上に意地悪い事ばかりだもん!」
「はぁ?何言ってんだ。俺なら『ふっさすが。ミジンコの様に頭が小さいお前なら50点は行かないと思ったぜ』て言うね」
「想像でもイラつくのに実物で、ここまでねじ曲がった言い方されると余計腹ただしいわ!」
「キレんなキレんな。カルシウム不足じゃねーの?」
「誰のせいで不足してると思ってるの!この腹黒ぉおお!」
二人の口喧嘩はヒートアップしていく中、波乱の夏休みが始まるのであったーー。




