表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢の異世界コンビニ経営〜冷徹な辺境伯様、毎晩通うのは構いませんが、深夜の独占溺愛は追加料金です〜  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/14

第8話 国王陛下のたまごサンド

「父上! こいつらです! 私とマリアを雪の中に放置し、侮辱した逆賊は!」


王太子ジェラルドの金切り声が、極寒の夜空に響き渡った。

店の前の広場には、数百の王室近衛騎士団が展開している。彼らの装備は豪華だが、その表情は一様に暗く、そして痩せこけていた。

王都からの強行軍、しかも食料事情が悪化している中での遠征。彼らの疲労は限界に達しているように見えた。


その中心で、国王陛下が重々しく馬車から降り立つ。

白髭を蓄えた老王。その眼光は鋭く、しかし深い隈が刻まれている。


「……ジェラルド。騒ぐな」


「ですが父上! この店です! リリアナが隠し持っていた魔導具で、不当に私腹を肥やしているのです! 直ちに没収し、私の管理下に――」


「黙れと言っている」


国王陛下の一喝。

その声には、怒りよりも深い失望が滲んでいた。

ジェラルドがビクリと肩を震わせて口をつぐむ。


陛下は雪を踏みしめ、私の店――『リリアナ商店』へと歩み寄ってきた。

その背後には、護衛の騎士たちが続くが、彼らの視線はすでに店内の明かりと、漂ってくる匂いに釘付けになっている。


ウィン。


自動ドアが開く。

極寒の外気とは無縁の、暖房が効いた快適な空気が流れ出る。


「……ほう」


陛下が短く感嘆の声を漏らした。

私はレジカウンターの中で、背筋を伸ばして一礼した。


「いらっしゃいませ、国王陛下。ザルツ辺境伯領へようこそお越しくださいました」


「うむ。……貴様が、追放されたベルローズ家の娘か」


「はい。現在は、このコンビニエンスストアの店長を務めております」


私の隣には、クライド様が立っている。

彼は剣の柄に手をかけ、陛下と対等な視線で対峙していた。


「陛下。この店での乱暴狼藉は、たとえ国王といえども容認できません。……お帰りを願いたいところですが」


クライド様の言葉に、近衛騎士たちが色めき立つ。

しかし、陛下はそれを手で制し、ふう、と深く溜息をついた。


「……よい、ザルツ辺境伯。余は争いに来たのではない。……ただ、確認しに来たのだ」


「確認、でございますか?」


「ああ。……それに、正直に言おう。余も、余の騎士たちも、もう限界なのだ」


陛下の腹の虫が、王者の威厳を台無しにするほど盛大に鳴り響いた。

その音は連鎖し、背後の近衛騎士たちからも「グゥゥ……」という悲痛な合唱が聞こえてくる。


「……店長と言ったな。余に、何かすぐに食べられるものを用意してはくれぬか。代金は弾む」


どうやら、王都の食糧難は深刻らしい。

私は店長としての顔になり、ニッコリと微笑んだ。


「かしこまりました。疲労困憊の陛下には、胃に優しく、かつ栄養価の高いこちらをおすすめいたします」


私は冷蔵ケース(オープンショーケース)から、黄金色のパッケージに包まれた商品を取り出した。

『プレミアムたまごサンド(特製だし巻き&マヨ)』だ。

それと、温かい『缶コーヒー(微糖)』。


「どうぞ。こちらの席へ」


私はイートインスペースの椅子を引いた。

陛下は重いマントを引きずりながら椅子に座り、差し出されたサンドイッチを手に取った。


「……パン、か? しかし、なんと白い……。雪のように白く、そして異常なほど柔らかい」


陛下はビニールの包装を開け(ここも私がサポートした)、三角形のサンドイッチをつまみ上げた。

指が沈み込む。


「ぬぉっ!? なんだこの感触は!?」


陛下が驚愕の声を上げる。


「柔らかすぎる! まるで赤子の肌か、最高級のシルクを触っているようだ! これがパンだと? 余が知っている硬い黒パンとは、根本的に物質の構成が違うのではないか?」


「日本の技術で作られた『食パン』です。耳まで柔らかいですよ」


「……頂こう」


陛下は震える手で、サンドイッチを口へと運んだ。


ハムッ。


静寂。

陛下の動きが止まる。

そして、ゆっくりと、その目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……へ、陛下!?」


側近が慌てるが、陛下は空を仰ぎ、震える声で呟いた。


「……雲だ。余は今、雲を食べている」


「は、はい?」


「噛む必要すらない。パンが舌の上で溶け、中から溢れ出すこの黄金色のペースト……卵か? だが、余の知るボソボソしたゆで卵ではない。滑らかで、濃厚で、出汁の旨味が爆発している……!」


陛下は夢中で二口、三口と頬張った。


「うまい……。甘みのあるマヨネーズというソースが、卵のコクを引き立てている。そして何より、このパンの優しさよ……。国政に疲れ、息子の愚行に傷ついた余の心を、母のように包み込んでくれる……!」


陛下はあっという間に一つを食べ終え、缶コーヒーをプシュッと開けた。

香ばしい香りが立ち上る。


ゴクリ。


「ふぅぅぅ……。染みる。温かさと、程よい甘みが、冷え切った内臓に活力を与えてくれる……」


陛下が食事を終えると、その顔色は劇的に良くなっていた。

彼は満足げに息をつき、そして鋭い眼光を、入り口で凍えているジェラルドに向けた。


「……おい、ジェラルド。入れ」


「は、はい! 父上!」


ジェラルドとマリアが、ガタガタ震えながら店に入ってくる。

二人は陛下のテーブルに残されたサンドイッチの袋を見て、ゴクリと喉を鳴らした。


「父上、その美味しそうなものは……? 私にも!」


「ならん」


陛下は冷たく言い放った。


「ジェラルドよ。お前は言ったな。『リリアナは無能だ』と。そして『辺境伯は反逆を企てている』と」


「は、はい! その通りです! こいつらは国の物資を横流しして――」


「目を開けてよく見ろ」


陛下は、窓の外を指差した。

そこには、店の外で警備に当たっているザルツ辺境伯領の騎士たちと、陛下が連れてきた近衛騎士たちが並んでいる。


一目瞭然だった。

肌ツヤが良く、筋肉が充実し、生気に満ち溢れた辺境騎士たち。

対して、頬がこけ、鎧が重そうにぐったりとしている近衛騎士たち。


「辺境は魔物が蔓延る死地のはず。だが、彼らは余の騎士よりも遥かに健康的で、士気も高い。……その理由が、この『食事』にあることは明白だ」


陛下は立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げた。


「リリアナ殿。……余の目が曇っていた。国の物流と食料事情を支えていたのは、聖女の祈りなどではなく、そなたの『補給能力』だったのだな」


「へ、陛下!?」


国王が頭を下げるなんて、前代未聞だ。

私は慌てて「頭を上げてください!」と言おうとしたが、陛下はそのままジェラルドに向き直った。


「ジェラルド。そしてマリア。貴様らは、国家の生命線である彼女を追放し、あまつさえその功績を自分のものだと偽った。その結果が、王都の崩壊だ」


「ち、違います! 全部リリアナが悪いんです! あいつが魔法を持ち逃げしたから!」


マリアが金切り声を上げて私を指差す。

その醜い姿に、陛下は静かに首を振った。


「……連れて行け」


「え?」


「廃嫡だ。ジェラルド、貴様には王位を継ぐ資格はない。マリア、貴様も聖女の称号を剥奪し、北の修道院へ送る。……二度と、余の前に顔を見せるな」


「そ、そんなぁぁぁ! いやだぁぁ! 私はドレスが欲しいだけなのにぃぃ!」

「父上! 待ってください! 私は王になる男だぞぉぉぉ!」


近衛騎士たちが、無表情に二人を捕縛する。

彼らもまた、自分たちを飢えさせた元凶が誰なのか、理解していたのだ。


「連れて行け! ……そして騎士たちよ! この店で食料を購入することを許可する! 存分に食って、体を休めよ!」


「「「うおおおおおおっ!! 陛下万歳!! コンビニ万歳!!」」」


近衛騎士たちが歓喜の雄叫びを上げ、棚に向かって突撃していく。

ジェラルドとマリアの悲鳴は、彼らの「カップ麺だぁ!」「おにぎりだぁ!」という歓声にかき消されていった。


   ◇


嵐のような騒ぎが収まり、店内には平和な空気が戻っていた。

近衛騎士と辺境騎士が入り混じり、カップ麺やおでんを囲んで談笑している。

昨日の敵は今日の友。美味しいものは国境を越えるのだ。


「……終わったな」


クライド様が、カウンターの端でふぅ、と息をついた。

その横顔は、少し疲れているようにも、安堵しているようにも見える。


「はい。長い一日でしたね」


「全くだ。……だが、これで君を害する者は誰もいなくなった」


彼は私を見て、優しく微笑んだ。

その笑顔を見たら、私も張り詰めていた糸が切れてしまった。


「……お腹、空きましたね」


「ああ。そういえば、私はまだ夕食を食べていなかった」


「勝利の祝杯をあげましょうか」


私はレジ横のホットスナックケースから、アメリカンドッグを二本取り出した。

衣をつけて揚げたソーセージ。シンプルだが、無性に食べたくなる味だ。


「はい、クライド様。これには『ケチャップ&マスタード』をつけて食べるのが流儀です」


私は『パキッテ』と呼ばれる、二つ折りにするとソースが出る小袋を手渡した。


「これを……二つに折るのか?」


「そうです。ソーセージの上で、パキッとやってください」


クライド様は真剣な表情で、アメリカンドッグに狙いを定めた。

魔物を一撃で仕留める剣技を持つ彼だ。こんなソースかけなんて、造作もないはず――


パキッ!


「うわっ!?」


ブチュッ!!


勢い余ったのか、力の加減を間違えたのか。

ソースはアメリカンドッグを飛び越え、クライド様の鼻の頭と、頬に直撃した。


「……」


赤いケチャップと黄色いマスタードが、美しい顔にべっとりとついている。

「氷の公爵」が、「ケチャップ公爵」になった瞬間だった。


「…………やってしまった」


彼は呆然と呟き、耳まで真っ赤になった。


「あはははっ! クライド様、不器用すぎます!」


私は堪えきれずにお腹を抱えて笑った。

彼が部下の前で見せる完璧な姿とのギャップが、あまりにも愛おしい。


「笑うな……。これでも真剣だったんだ」


彼は恥ずかしそうに俯き、ハンカチで拭おうとする。


「待ってください。私が取ってあげます」


私はカウンター越しに身を乗り出し、彼の顔についたソースを指で拭った。

そして、そのまま自分の口へ。


ペロリ。


「ん、マスタードが効いてて美味しいです」


「ッ!?」


クライド様が石のように固まった。

顔の赤さが、ケチャップを超えて限界突破していく。


「り、リリアナ……君は、なんてことを……」


「え? もったいないですから」


「……挑発しているのか?」


彼の瞳が、不意に揺らめいた。

恥じらいの色が消え、代わりに熱っぽい、男の人の色が宿る。


「君がその気なら……私にも考えがある」


彼は私の手首を掴み、グイッと引き寄せた。

カウンター越しに、顔が急接近する。


「え、ちょっ……クライド様!?」


「ソースの味見は、私にもさせてくれないか?」


彼が顔を傾け、唇が触れそうになった――その時。


「おほん!!」


わざとらしい咳払いが、二人の間に割って入った。


「へっ!?」


バッと離れる私たち。

そこには、満足げにコーヒーを飲んでいる国王陛下が立っていた。

いつの間にそこに!?


「若いのは結構だが、店番を忘れてはいかんぞ」


陛下はニヤニヤと笑い、そして真剣な表情に戻って一枚の羊皮紙をカウンターに置いた。


「……リリアナ殿。今回の功績に報い、新たな辞令を持ってまいった」


「辞令……ですか?」


王都に戻れとか、そういう話だろうか。

私が身構えると、陛下はとんでもないことを言い出した。


「うむ。『王室御用達・特別補給部隊長』への任命。そして――」


陛下はチラリと、赤面したままのクライド様を見た。


「ザルツ辺境伯クライドとの、正式な婚姻を許可する」


「「はい!?」」


私とクライド様の声が重なった。


「な、なんでですか!?」


「物流の要であるそなたを、王家に取り込むにはそれが一番だ。それに……」


陛下は私の耳元で、悪戯っぽく囁いた。


息子クライドのあんな顔、初めて見たのでな。責任を取ってもらわねば困る」


「む、息子……?」


私は混乱してクライド様を見た。

クライド様は天を仰ぎ、深く溜息をついた。


「……言っていなかったか? 私は現国王の甥……つまり、王族の端くれだ」


「聞いてませんよおおおお!!」


私の絶叫が、深夜のコンビニに響き渡る。

ただの辺境伯だと思っていた常連客が、まさかの王族!?

しかも、国王公認で結婚!?


「というわけで、リリアナ。……覚悟を決めてくれ」


クライド様が、ケチャップを拭ったばかりの顔で、でも最高に格好いい笑顔で手を差し出した。


「私はもう、君なしでは生きられない。……公私共に、私のパートナーになってくれないか?」


目の前には、差し出された手。

背後には、ニヤニヤする国王と、ガッツポーズをする騎士たち。

そして棚には、今日も輝くコンビニ商品たち。


私の答えは、もう決まっていた。


「……はい! 喜んで!」


私は彼の手をしっかりと握り返した。

これからもっと忙しくなりそうだ。

コンビニ経営に、辺境伯夫人(王族入り)としての生活。


でも、この人の隣で、美味しいものを食べて生きていけるなら、それも悪くない。


「それでは、新商品『幸せな結婚生活』……入荷いたしました!」


私の元気な声と共に、辺境のコンビニは今日も24時間、愛と便利を営業中なのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ