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追放令嬢の異世界コンビニ経営〜冷徹な辺境伯様、毎晩通うのは構いませんが、深夜の独占溺愛は追加料金です〜  作者: 九葉


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第4話 黒い発泡水は凄かった

「いらっしゃいませ!」


辺境の宿場町に、私の元気な声が響き渡った。

開店から数日が経過し、私のコンビニ『リリアナ商店』は、すでにこの町で一番の有名スポットになっていた。


主な客層は、ザルツ辺境伯領の騎士団員たち。

そして、噂を聞きつけた冒険者や商人もちらほらと顔を出し始めている。


「店長殿! 俺だ、ガイルだ! 例の『ポテチ』は入荷しているか!?」


昼休み。

自動ドアが開くやいなや、血相を変えて飛び込んできたのは、副団長のガイル様だった。

彼の背後には、飢えた狼のような目をした部下たちが数名続いている。


「はい、入荷しておりますよ。『コンソメパンチ味』と『のり塩味』、どちらになさいますか?」


「くっ……選べない……! 両方だ! 両方買うぞ!」


ガイル様は棚から黄金色のポテトチップスをひっ掴むと、大事そうに胸に抱えた。

彼らは先日、私が試供品として出したポテトチップスの虜になってしまったのだ。


「店長、俺にはこの『コーラ』をくれ! 昨日の夜から、喉がこの黒い水を求めて震えているんだ!」


別の騎士が、冷蔵ケースから赤いラベルの貼られた黒い液体――コーラを取り出す。


「はい、お会計ですね。コーラは振らずに開けてくださいね」


「わかっている! この『プシュッ』という音こそが、至福へのファンファーレなのだからな!」


   ◇


店の外に設置したイートインスペース(ただのベンチだが)で、騎士たちの宴が始まった。


プシュッ! シュワワワ……。


炭酸が弾ける音が連続して響く。

騎士の一人が、コーラのペットボトルを仰角45度で口に運んだ。


ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。


喉仏が大きく上下する。

そして、カッ!と目を見開き、天を仰いだ。


「プハァァァァッーー!!!」


まるでドラゴンの咆哮のような、豪快なげっぷとため息。


「き、効くぅぅぅ……! この喉を焼き尽くすような刺激! なのに、後から追いかけてくる甘美な砂糖の味! 訓練で乾ききった体に、魔力が奔流となって駆け巡るようだ!」


「おい、一口くれよ!」

「だめだ! これは俺の命のポーションだ!」


一方で、ガイル様はポテトチップスの袋を丁寧に開けていた。

中から現れたのは、薄くスライスされ、揚げられたジャガイモたち。


「……ふふふ。会いたかったぞ」


彼は一枚、指でつまみ上げ、光に透かして鑑賞する。


「この薄さ……職人芸(魔法)の極みだ。どうすれば芋をこれほど均一に薄く切り、焦がさずに揚げられるのか」


パリッ。


「んんっ……!」


咀嚼した瞬間、ガイル様の肩がビクリと震えた。


「これだ……この音だ! 軽い! 羽根のように軽いのに、噛みしめると濃厚な『コンソメ』という名の旨味の粉が、舌の上で爆発する!」


パリッ、パリッ、パリッ。


彼の手はもう止まらない。

まるで何かに操られるかのように、次々とチップスを口に運んでいく。


「塩気と旨味のバランスが狂っている……! 一度食べ始めたら、袋が空になるまで意識を中断できない呪いでもかかっているのか!?」


「副団長、指についた粉も美味いですよ」

「知っている! 行儀が悪いとは思うが……ペロリ。うおおお! この粉だけで酒が飲める!」


屈強な騎士たちが、ジャンクフードを囲んで大騒ぎしている光景は、なかなかにシュールで、そして平和だった。


私はレジカウンターの中からその様子を眺め、ほっこりと頬を緩める。


(よかった。この世界の人たちの口に合うか心配だったけど、ジャンクフードの中毒性は異世界共通みたいね)


私のスキル『コンビニエンス』は、売上が上がると「店舗レベル」が上がり、仕入れられる商品の種類が増える仕組みだ。

彼らが爆買いしてくれるおかげで、最近はデザート類や日用品も充実してきた。


「さて、品出ししなくちゃ」


私は裏から段ボールを運び出し、棚に新しい商品を並べ始めた。

平和な午後。

けれど、この平穏は、夜になるとやってくる「あの方」によって、甘く乱されることになる。


   ◇


深夜2時。

客足が途絶え、私はレジ横で売上計算をしていた。

外は相変わらずの吹雪。


ウィン、と静かに自動ドアが開いた。


「……いらっしゃいませ」


顔を上げると、そこには雪まみれのマントを羽織ったクライド様が立っていた。

昼間の騎士たちとは違い、彼一人の時はいつも静かだ。


けれど、今日の彼は明らかに様子が違った。


「……リリアナ殿」


声に覇気がない。

美しい銀髪は乱れ、目の下にはうっすらとクマができている。

足取りも重く、カウンターまでたどり着くと、ふらりとその場に突っ伏してしまいそうだった。


「クライド様!? どうされたんですか、その顔色は!」


「……ああ、すまない。ここ数日、魔物の活性化が激しくてな。不眠不休で結界の修復をしていたんだ」


彼は重たげにまつ毛を伏せ、ため息をついた。


「部下たちには休めと言って、交代でここに来させていたのだが……指揮官である私が抜けるわけにはいかないからな」


「そんな……! ちゃんと休まないと倒れてしまいますよ!」


「ふ……ここに来たら、君の顔を見たら、急に糸が切れてしまったようだ。……少しだけ、ここにいてもいいだろうか」


「もちろんです! イートインスペースを使ってください。何か温かいものを――」


「いや、今日は胃が受け付けそうにない。……ただ、甘いものが欲しい。頭が痺れるほど甘くて、優しいものが」


甘くて、優しいもの。

疲労困憊の彼に必要なのは、即効性の糖分と、心を溶かすような食感だ。


私は冷蔵ケースへ走り、とっておきの新商品を取り出した。

そして、ホットコーヒーと一緒に彼の前のテーブルに置く。


「どうぞ。新商品の『カスタードプリン』です」


「……プリン?」


彼は怪訝そうに、プラスチックのカップを見つめた。

黄金色のプルプルとした物体と、底に沈む黒いカラメルソース。


「卵と牛乳と砂糖で作ったお菓子です。スプーンですくって食べてください」


「……頂こう」


クライド様はスプーンを手に取り、震える手つきでプリンの表面を掬った。

スプーンが入った瞬間、その柔らかさに驚いたように目を見開く。


そして、一口。


パクッ。


「……ッ」


時が、止まった。


クライド様はスプーンを口に入れたまま、動きを止めた。

ゆっくりとスプーンを引き抜くと、信じられないものを見る目で、手元のカップを凝視する。


「……消えた」


「はい?」


「今、口に入れたはずなのに……舌の上に乗せた瞬間、ほどけるように溶けて消えたんだ。残ったのは、濃厚な卵のコクと、鼻に抜けるバニラの香りだけ……」


「ふふ、なめらかプリンですからね」


「なんだこれは……。クリームのようだが、もっと繊細で……」


彼は二口目を掬う。今度は底のカラメルソースも一緒に。


「ん……っ!」


口に入れた瞬間、彼の肩がビクンと跳ねた。


「に、苦い!? いや、違う! 香ばしい焦がし砂糖のほろ苦さが、上の甘さを引き立てて……! 甘い、苦い、甘い……このコントラストは、まるで芸術だ……!」


あ、言葉数が増えてきた。

どうやら糖分が脳に回ってきたらしい。


「んふぅ……」


クライド様は頬を緩め、とろんとした瞳でプリンを味わっている。

先ほどまでの、張り詰めた指揮官の顔はどこへやら。

今の彼は、まるで初めておやつを貰った子供のようだ。


「……おいしい」


ぽつり、と漏れた本音。

その無防備な表情があまりに可愛らしくて、私は思わず「可愛いですね」と言いそうになるのを必死で飲み込んだ。

言ったら絶対に、氷の彫像に戻ってしまうから。


「……リリアナ」


食べ終わった彼は、満足げにホットコーヒーを啜り、私を見上げた。

呼び捨て。

心臓がドキリと跳ねる。


「君は、魔法使いというより……魔女だな」


「えっ? 魔女ですか?」


「ああ。こんな、人を駄目にするような甘美な毒を盛るなんて」


彼はふにゃりと、力なく笑った。

その笑顔の破壊力たるや。


「この店に来ると、私が私でいられなくなる。部下の前で築き上げた『氷の公爵』の仮面が、君の前では熱で溶かされた氷のように意味をなさなくなるんだ」


「それは……リラックスできているということなら、店長冥利に尽きます」


「リラックス……そうだな。こんなに安らいだのは、何年ぶりだろうか」


彼はテーブルに肘をつき、掌に頬を預けて私を見つめた。

長い睫毛が影を落とす。


「……なぁ、リリアナ。私はもう、君の淹れるコーヒーと、君の笑顔がないと生きていけない体になってしまったようだ」


「えっ……」


「責任、取ってくれるんだろう?」


甘い。

プリンよりも甘い声で、彼は囁いた。

それは冗談なのか、本気なのか。

熱っぽい視線に射抜かれ、私は顔が沸騰しそうになる。


「そ、それは常連様へのサービスという事で……!」


「ふふ、つれないな。……だが、今はそれでもいい」


彼は満足そうに目を細め、最後の一口のコーヒーを飲み干した。


「ああ、生き返った。……ありがとう、リリアナ。君のおかげで、また戦える」


彼は立ち上がり、マントを翻す。

その背中は、店に入ってきた時よりもずっと大きく、力強く見えた。


「無理はしないでくださいね」


「善処する。……また明日、必ず来る」


彼は最後に一度だけ振り返り、今度はいつもの凛々しい顔で、けれど瞳だけは優しく微笑んで、店を出て行った。


残された私は、しばらく心臓のバクバクが止まらなかった。

あんなギャップを見せられたら、誰だって好きになってしまうじゃない。


……なんて、自覚しそうになった気持ちに蓋をして。


   ◇


だが、そんな平穏な日々は、唐突に終わりを告げようとしていた。


翌日の昼下がり。

いつものように騎士たちがカップ麺をすする平和な店内に、一台の豪奢な馬車が横付けされた。


馬車の扉には、見覚えのある紋章。

王家の紋章だ。


「……え?」


自動ドアが開き、店に入ってきたのは、傲慢そうな表情の太った男。

王宮で財務大臣を務めていた、私の父の知人だった。


「ふん、ここか。噂の『異界の店』というのは」


男は鼻にハンカチを当て、店内のジャンクな香りを嫌悪するように顔をしかめた。


「な、何のご用でしょうか……?」


私が声をかけると、男は値踏みするような目で私を舐め回した。


「リリアナ・ベルローズだな。王太子殿下からの勅命だ」


男は羊皮紙を広げ、高らかに宣言した。


「『辺境にて不当に利益を上げ、怪しげな物資を流通させているとの報告を受けた。よって、この店舗および全商品を王家の管理下に置くものとする』」


「は……?」


「聞こえなかったか? この店は今日から王家のものだと言っているんだ。利益も、商品も、そして貴様自身もな」


男の後ろから、武装した王宮騎士たちがぞろぞろと入ってくる。

店内で食事をしていた辺境騎士たちが、一斉に立ち上がり、殺気立った視線を向けた。


「おい……俺たちの楽園に土足で踏み込んで、何を言っているんだ?」


ガイル副団長が、手に持っていたポテトチップスを置き、剣の柄に手をかけた。


「辺境騎士ごときが、王家の使いに逆らう気か!?」


一触即発の空気。

私の大切な店が、居場所が、理不尽な権力によって奪われようとしている。


「断ります」


私は震える声を抑え、きっぱりと言い放った。


「この店は、私と……私のお客様たちのものです。王家などに渡すつもりはありません!」


「ほう、逆らうか。追放された分際で」


男が下卑た笑みを浮かべ、合図を送る。

王宮騎士たちが私を取り囲もうと、一歩踏み出した――その時だった。


ピキキッ……!


店内の空気が、一瞬にして凍りついた。

物理的な意味で。

足元の床から、鋭い氷の棘が突き出し、王宮騎士たちの行く手を阻んだのだ。


「誰の許可を得て、私の領地で騒いでいる?」


地獄の底から響くような、絶対零度の声。


自動ドアの向こうに、青白い魔力を全身から立ち昇らせた、クライド様が立っていた。

その瞳は、昨夜の甘い色など微塵もなく、すべてを凍てつかせる氷雪の王のそれだった。

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