第13話 魔導兵器VSエナジードリンク
「総員、迎撃準備! 報酬は『プレミアムロールケーキ』食べ放題です!!」
私の号令が、雪原の夜空に響き渡る。
それは、帝国最強の商会に対する、小さなコンビニからの宣戦布告だった。
「プレミアム……なんだと!? よく分からんが、美味いものに違いねぇ!」
ガント親方を筆頭に、ドワーフたちがツルハシを振り上げる。
「行くぞ野郎ども! 俺たちの『ビール』と『ポテチ』を守り抜けぇぇ!」
「「「うおおおおおっ!!!」」」
ドワーフたちが雪煙を上げて突撃する。
対する黒鉄商会の私兵団は、魔導アーマーの駆動音を響かせて銃口を向けた。
ダダダダッ!!
魔導銃から放たれた魔力弾が、ドワーフたちに降り注ぐ。
しかし。
「甘ぇ! ミスリル鉱脈の岩盤に比べりゃ、こんな豆鉄砲!」
ガント親方はツルハシ一本で魔力弾を弾き飛ばすと、そのまま魔導アーマーの足元に滑り込んだ。
「ここが脆いんだよ!」
カキンッ!!
一撃。
分厚い装甲が、まるでアルミ缶のように容易く穿たれた。
「なっ!? 最新鋭の重装甲だぞ!?」
兵士が狼狽える。
「へっ! 俺たちが毎日開けてる『缶ビールのプルタブ』の方がよっぽど硬てぇよ! あの絶妙な指先の力加減に比べりゃ、お前らの装甲なんざ紙切れだ!」
ドワーフたちは、ビール缶を開ける日々の鍛錬(晩酌)によって、指先の力と精密動作性が異常に強化されていたのだ。
次々と無力化されていく魔導アーマーたち。
一方、上空では。
『グルルルッ……! 我が獲物を狙う不届き者め!』
イグニス(ドラゴン形態)が、飛行船に向かって紅蓮の炎を吐き出した。
ゴオオオオオッ!!
『バリア展開! くっ、なんて火力だ!』
飛行船の周囲に展開された魔法障壁が、悲鳴を上げて軋む。
イグニスは空腹によるイライラも相まって、普段以上の凶暴さを発揮していた。
『さっさと消え失せろ! 我は早く、あのカリカリでジューシーな肉を食いたいのだ! 貴様らのような鉄屑に食欲は湧かん!』
地上のドワーフ、空のドラゴン。
規格外の常連客たちの猛攻に、帝国のエリート部隊は完全に浮足立っていた。
◇
そして、私の目の前でも、頂上決戦が行われていた。
「……ふふっ、ヒック」
顔を真っ赤にしたクライド様が、ふらふらと千鳥足で歩みを進める。
その手には氷の剣。
対峙するのは、黒鉄商会の幹部ロレンスだ。
「ザルツ辺境伯、泥酔状態で何ができる! 死になさい!」
ロレンスが義眼を光らせ、掌から圧縮された魔力レーザーを放つ。
殺意の塊のような光線が、クライド様の心臓を貫く――はずだった。
ヒョイ。
クライド様は、まるであくびでもするかのように、半歩だけ体をずらしてレーザーを回避した。
「遅い……。リリアナが『レンジでチン』を待つ3分間に比べれば、貴様の攻撃など止まって見える」
「なっ……!?」
「それに、軸がブレているぞ。ほら」
クライド様が剣を軽く一閃させる。
パキィィン!!
ロレンスの周囲の空間が凍りつき、無数の氷柱が彼を拘束した。
「ぐっ、動けん……!?」
「私のリリアナに手を出そうとした罪だ。……全身凍らせて、かき氷にしてやろうか」
クライド様の瞳が、酔いのせいか、それとも怒りのせいか、妖しく光る。
その姿は、冷徹な「氷の公爵」というより、恋路を邪魔されて荒ぶる魔王のようだ。
「くそっ、化け物どもめ……!」
ロレンスが焦りの表情を浮かべた。
戦況は圧倒的にコンビニ側が有利だ。
しかし、相手は腐っても帝国の最大派閥。このまま引き下がるはずがない。
「……いいだろう。遊びは終わりだ」
ロレンスが懐から、禍々しい黒色の結晶を取り出した。
「商会の切り札、『魔獣合成石』を使わせてもらう。この場の魔力を吸い尽くし、破壊の限りを尽くす合成獣となれ!!」
彼が結晶を地面に叩きつける。
ドス黒い霧が噴き出し、周囲の空間を侵食し始めた。
「グルルルル……!」
霧の中から現れたのは、獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ巨大な合成獣。
その大きさはイグニスにも匹敵し、何よりその体から放たれる瘴気が、周囲の草木を一瞬で枯らせていく。
「まずい……! あの瘴気、吸い込むと魔力酔いを起こすぞ!」
ガイル副団長が叫ぶ。
ドワーフたちが苦しげに膝をつき、クライド様もふらりと体勢を崩した。
「うっ……頭が……」
二日酔い(予定)と瘴気のダブルパンチだ。
イグニスも鼻が利く分、悪臭に悶絶して空中で動きが鈍っている。
「ははは! どうだ! このキメラは周囲の魔力を喰らう! 貴様らが魔法を使えば使うほど、奴は強くなるのだ!」
ロレンスが高笑いする。
戦況が一気に逆転した。
魔力が使えない。体力も奪われていく。
このままでは、店もみんなもやられてしまう。
「……みんな、スタミナ切れね」
私はレジカウンターの後ろで、拳を握りしめた。
魔力がダメなら、物理で回復すればいい。
それも、劇的に効くやつを。
「ガイルさん! これを配って!!」
私は冷蔵ケースから、極彩色の缶を大量に取り出し、ガイル副団長に投げ渡した。
『エナジードリンク・モンスター(500ml缶)』だ。
「な、なんですかこの毒々しい色の缶は!?」
「『元気の前借り』ができる魔法の聖水です! 疲れた体にカフェインとアルギニンを注入して、強制的に覚醒させます! 全員、一気飲みして!」
ガイル副団長は躊躇したが、私の真剣な目を見て頷いた。
彼はドワーフやクライド様に缶を配り、自分もプルタブを開けた。
プシュッ!
中から漂うのは、ケミカルで甘ったるい、独特の薬のような香り。
「い、いくぞ! 乾杯!」
全員が缶を仰ぐ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。
ドクンッ!!
飲んだ瞬間、彼らの心臓が早鐘を打った。
「うおおおおおっ!?」
ガント親方が雄叫びを上げる。
「なんだこりゃ!? 体の中から熱いものが込み上げてくる! 疲れが吹き飛んだ!? いや、心臓がバクバクして止まらねぇ!」
「甘い! 薬臭い! だが……力がみなぎる!」
クライド様も、カッ!と目を見開いた。
酔いでとろんとしていた瞳が、カフェインの覚醒作用でギンギンに冴え渡る。
アルコールとエナジードリンクの混合摂取。
医学的には推奨されないが、今の状況では最強のバーサーカーモード突入だ。
「フフフ……見える。力が、溢れてくるぞ……!」
クライド様の全身から、青白いオーラが噴出する。
その冷気は瘴気を吹き飛ばし、キメラをも凍りつかせる勢いだ。
「リリアナがくれた『翼』だ……! これで私は、空さえ飛べる!」
「飛びませんけど戦ってください!」
「承知!」
覚醒したクライド様は速かった。
キメラが爪を振り下ろすよりも早く、その懐に飛び込む。
「氷魔剣・カフェインスラッシュ!!」
ネーミングセンスはどうかと思うが、威力は絶大だった。
剣閃が走った瞬間、キメラの巨体が真横に一刀両断され、その断面が一瞬で凍結した。
「ギャァァァッ!?」
キメラが断末魔を上げて崩れ落ちる。
再生する間もなく、絶対零度の冷気が細胞の一つ一つまで破壊し尽くしたのだ。
「ば、馬鹿な……! 私の最高傑作が、一撃で!?」
ロレンスが腰を抜かす。
その背後には、エナジードリンクでハイになったドワーフたちが、殺気立った笑顔で迫っていた。
「へっへっへ……親分さんよぉ。俺たちの宴会を邪魔した詫びは、高いぜ?」
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
ロレンスは魔導アーマーを捨て、這々の体で飛行船に逃げ帰った。
「撤退だ! 全速力で逃げろぉぉ!」
巨大な飛行船が、逃げるように夜空へと消えていく。
勝った。
コンビニと常連客たちの完全勝利だ。
「「「うおおおおおおっ!! コンビニ最強!! リリアナ万歳!!」」」
雪原に歓喜の勝どきが上がった。
◇
戦いが終わり、興奮が冷めやらぬ店内。
約束通り、私は戦勝パーティーの準備をしていた。
「はい、お待たせしました! 本日のMVP報酬、『プレミアムロールケーキ』です!」
私は人数分のロールケーキをテーブルに並べた。
コンビニスイーツの王様。
きめ細やかなスポンジ生地の真ん中に、これでもかというほどたっぷりの純生クリームが詰まっている。
「おぉ……」
荒くれ者たちが、ゴクリと唾を飲む。
さっきまで暴れまわっていた彼らが、小さなケーキを前に緊張している。
「まずはスプーンで、真ん中のクリームだけを食べてみてください」
クライド様が、代表してスプーンを入れた。
ふわっ、という感触が手から伝わる。
彼は真っ白なクリームをすくい、口へと運んだ。
パクッ。
「…………」
クライド様が、天を仰いでフリーズした。
「だ、団長?」
「……雲だ。いや、天使の羽衣か」
彼は夢見心地で呟いた。
「濃厚なミルクの風味が広がるのに、後味は驚くほど軽い。口に入れた瞬間、すぅっと溶けて消えてしまう……。これは、戦いで荒ぶった魂を浄化する、聖なる食べ物だ」
「スポンジと一緒に食べると、もっと美味しいですよ」
彼が言われた通りにすると、今度は卵の優しい甘みが加わり、至福の表情になった。
「うまい……! エナジードリンクで高ぶった神経が、優しく撫でられているようだ」
ドワーフたちも、イグニス(人型)も、一口食べるごとに「んんっ~!」と悶絶している。
強面のおじさんたちが、スイーツで骨抜きにされている光景。
これぞ、コンビニスイーツの魔力だ。
「リリアナ」
食べ終わったクライド様が、口元にクリームをつけたまま(まただ)、私の方へ向き直った。
酔いとカフェインが切れかかり、程よい脱力感と甘えん坊モードが戻ってきている。
「……あーん、してくれ」
「はい?」
「両手が……筋肉痛で動かないんだ(嘘)」
彼は子供のように口を開けて待っている。
周りの騎士たちが「団長、あざといっす」と小声で言っているが、本人は気にしていない。
「もう……今日だけですよ? MVPなんですから」
私は自分の分のロールケーキをすくい、彼の口へと運んだ。
「はい、あーん」
パクッ。
彼は私の指ごと食べる勢いで頬張り、そして私の指先をチュッと吸った。
「……甘い」
彼はとろんとした瞳で私を見つめ、ニッコリと微笑んだ。
「ケーキも美味いが……やっぱり、君が一番だ」
「~~っ! バカっ!」
顔が爆発しそうだ。
この人は、どうしてこう、サラッと恥ずかしいセリフを言えるのか。
平和な夜が更けていく。
外の雪は止み、綺麗な星空が広がっていた。
だが。
私の店には、本当の意味での「平穏」は訪れない運命らしい。
カランコロン♪
深夜3時。
こんな時間に、自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
私が条件反射で顔を上げると、そこには黒いタキシードを着た、長身の老紳士が立っていた。
一見すると普通の人間だが、その背後には影がない。
そして、彼が入ってきた瞬間、店内の空気がピリリと張り詰めた。
クライド様も、イグニスも、瞬時に表情を硬くする。
「……おや、ここが噂の店ですか」
老紳士は、品定めするように店内を見回し、そして私を見て優雅に一礼した。
「初めまして、お嬢さん。私はしがない『執事』でございます」
「執事……さんですか?」
「ええ。我が主が、近々行われる『結婚式』のために、この店の料理をコースで出したいと申しておりまして」
結婚式。
なんて素敵なお話だろう。私は警戒を解いて微笑んだ。
「それはおめでとうございます! どのような方のご結婚式ですか?」
老紳士は、ニッコリと笑った。
その笑顔の奥に、底知れぬ闇を覗かせながら。
「我が主――『魔王』様の、結婚式でございます」
「…………はい?」
店内が静まり返った。
魔王。
人類の敵。ラスボス。
「魔王様が、人間の娘(さらってきた姫君)と結婚することになりましてな。……ついては、店長殿。あなたに『魔界』まで出張していただきたい」
「ええええええええっ!?」
コンビニ経営、ついに異世界(魔界)進出!?
しかもケータリングサービス!?
「断れば……世界が闇に包まれるかもしれませんな」
究極の脅し文句と共に、私の次なるミッションが決定した。
辺境のコンビニ店長、次は魔王の結婚式をプロデュースします!?




