第12話 黄金のシュワシュワ水
「地下から直通トンネルを掘ってきました!?」
私の悲鳴が店内に木霊する。
店の前の駐車場には、ぽっかりと空いた大穴。そこからモグラ叩きのように次々と顔を出すのは、筋肉質で髭もじゃの小男たち――ドワーフの集団だった。
先頭に立つのは、親方らしきドワーフ、ガント。
彼は泥だらけの長靴で、私の店の自動ドアを潜ろうとしていた。
「おい、そこのネエちゃん! 酒だ! エルフの連中が『シュワシュワする透明な酒』を自慢してきやがって、我慢できなくて掘っちまった!」
「掘るにも程があります! ここは私有地ですよ!」
「ガハハ! 細かいことは気にするな! ほら、支払いはこれでどうだ?」
ガントが背負っていた麻袋をドサリと床に置く。
中から転がり出たのは、鈍い銀色の輝きを放つ金属塊だった。
「……ミスリル銀か?」
隣にいたクライド様が、目を見開いて呟く。
「しかも、最高純度の『深層ミスリル』だ。これ一つで、騎士団全員分の剣が打ち直せるほどの価値があるぞ」
「へっ、さすが旦那、目がいいな! 俺たちが掘り出した極上の鉱石だ。これでその『シュワシュワ酒』をあるだけ売ってくれ!」
ミスリル銀。ファンタジー小説でしか見たことのない伝説の金属が、無造作にコンビニの床に転がっている。
貨幣価値に換算するのが怖い。
「わ、分かりました。お酒ですね。……ですが、まずはその泥を落としてください! 店内は清潔第一なんです!」
「ちっ、口うるさい女将だぜ。おーい野郎ども! 雪で足を洗ってから入れ!」
ドワーフたちは意外と素直に、店の前の雪山でゴシゴシと泥を落とし始めた。
マナーが良いのか悪いのか分からない人たちだ。
◇
ドワーフたちが雪まみれ(泥は落ちた)で店になだれ込んでくる。
彼らの視線は、一直線に冷蔵ケースの『アルコールコーナー』に注がれていた。
私はバックヤードから、ケース売りの段ボールを運び出した。
今回、彼らに提供するのは、日本のサラリーマンの魂の燃料。
『辛口・缶ビール(350ml)』だ。
「これだ……この銀色の筒か!」
ガント親方が、冷えた缶ビールを手に取る。
キンキンに冷やされたアルミ缶の表面には、細かい水滴がつき、ひんやりとした冷気が漂っている。
「冷てぇ! なんだこりゃ、氷魔法で冷やしてんのか?」
「はい、常に飲み頃の温度をキープしています。開け方は分かりますか?」
「おうよ、エルフの自慢話で聞いてるぜ。ここの『ツマミ』を起こすんだろ?」
ガント親方は太い指で、プルタブに指をかけた。
そして、一気に引き上げる。
プシュッ!!!!
「おぉぉっ!?」
店内に、軽快にして爽快なガス抜けの音が響き渡る。
同時に、飲み口から白い冷気と、黄金色の泡がふわりと盛り上がった。
「すげぇ音だ! 生き物みたいに鳴きやがった!」
「匂いが……麦の香りだ! だが、俺たちの知ってるエールより遥かに澄んでやがる!」
「さあ、冷たいうちにどうぞ」
私が促すと、ドワーフたちは一斉に缶を掲げた。
「未知なる酒に、乾杯!!」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。
ガント親方の太い喉仏が、激しく上下する。
その勢いは凄まじい。
そして。
「カァーーーーッ!!!!」
彼は目を見開き、天に向かって咆哮した。
「なんだこの刺激はぁぁぁっ!?」
「親方、大丈夫ですか!?」
「喉が……喉が弾ける! 口に入れた瞬間、無数の小人が舌の上で踊り狂ってるみたいだ! チクチクする刺激(炭酸)が、喉の奥を洗い流していく!」
彼は缶を握りしめ、震えながら続けた。
「そして、この『キレ』だ! 俺たちのエールはもっとドロッとしてるが、これは水のようにサラサラ入ってくる。なのに、麦の苦味と旨味がガツンと来る! なんだこの『喉越し』という快楽は!」
「プハァァァッ! うめぇぇぇ!」
「冷てぇ! 胃袋に冷たい滝が落ちていくようだ!」
「なんだこの金属の器! 口当たりが鋭くて、酒の冷たさをダイレクトに伝えてきやがる!」
ドワーフたちは、あっという間に一本目を空にした。
炭酸の刺激と、キンキンに冷えた液体の衝撃。
蒸留酒や常温のエールしか知らない彼らにとって、近代冷蔵技術と炭酸ガスのコンボは魔法以上の奇跡だったようだ。
「店長! おかわりだ! それと、酒に合う『ツマミ』はないのか!」
「ありますとも。ビールには、やっぱりこれが合います」
私はおつまみコーナーから、銀色の袋と、小さな包みを取り出した。
『厚切りポテトチップス(ブラックペッパー味)』と、『ひとくちスモークチーズ』だ。
「まずは、このチーズからどうぞ」
「キャンディみてぇな包みだな……」
ガント親方がフィルムを剥き、茶色い一口サイズのチーズを口に放り込んだ。
モグッ。
「……んぐッ!?」
彼の動きが止まる。
「……燻製だ。この小さな塊の中に、焚き火の煙の香りが凝縮されてやがる……!」
「桜のチップで燻してますから、香りがいいんです」
「濃厚な乳の味と、鼻に抜けるスモーキーな香り……。これが、あのサッパリしたビールと合わないわけがねぇ!」
彼は慌てて二本目のビールを流し込んだ。
「くぅぅぅ! 煙の香りを、ビールの苦味が洗い流す! そしてまたチーズが欲しくなる! 永久機関だ! これは酒飲みの魂を堕落させる『無限回廊』だ!」
次に、ポテトチップスだ。
ブラックペッパーの黒い粒がついた、波型の厚切りポテト。
バリッ! ザクッ!
「辛っ! ……いや、うめぇ!!」
若いドワーフが叫ぶ。
「この黒い粉(胡椒)が、ピリピリと舌を刺激する! 芋の甘みと油の旨味、そして塩気! これをビールで流し込む時の『完成された幸福感』はどうだ! 俺は今、ミスリル鉱脈を見つけた時より感動している!」
店内は瞬く間に大宴会場と化した。
「プシュッ!」「バリッ!」「プハァー!」という音が絶え間なく響く。
泥だらけだったおじさんたちが、子供のように瞳を輝かせてお菓子とビールを貪っている姿は、ある意味で平和の象徴だ。
◇
その喧騒から少し離れた、レジカウンターの中。
私はこっそりと、もう一人のお客様の相手をしていた。
「……リリアナ」
私の肩に、ずしりと重い頭が乗せられる。
クライド様だ。
彼の顔は、すでに茹でたタコのように真っ赤になっていた。
「クライド様、飲みすぎですよ。まだ350缶一本じゃないですか」
「……うるさい。私は飲まないとやってられないんだ」
彼はとろんとした目で私を見上げ、空になった缶を振った。
どうやらクライド様は、ドワーフたちへの対抗心から一緒になって飲み始めたものの、驚くほどお酒に弱かったらしい。
普段の「氷の公爵」の威厳は完全に溶け出し、今はただの「甘えん坊将軍」と化していた。
「あいつら……私の店で、我が物顔で騒ぎおって……」
彼はドワーフたちを睨むが、目が据わっているので迫力がない。
「リリアナの笑顔を見ていいのは、私だけだ。……あの髭面どもに、君の作ったツマミを食べさせるなんて……嫉妬で爆発しそうだ」
「作ったんじゃなくて、袋から出しただけですよ」
「同じことだ! ……君の手から渡されたものは、すべて君の一部なんだ」
彼は私の手をぎゅっと握りしめ、頬ずりをした。
熱い。体温が普段より高い。
氷魔法使いなのに、今はポカポカだ。
「……なぁ、リリアナ」
「はい、なんですか?」
「結婚したら、君を屋敷の地下に閉じ込めて、私だけのために料理を作らせるというのはどうだ?」
「ヤンデレ発言はやめてください。即刻離婚案件です」
「冗談だ……。君を閉じ込めたら、世界が悲しむ。……でも、夜だけは私に閉じ込められてくれないか?」
「ッ~~~!?」
ブフォッ! と私が噴き出しそうになった。
酔っ払いの直球ストレートは、破壊力が高すぎる。
無自覚なのか、計算なのか。彼の潤んだ瞳を見る限り、本能のままに喋っているようだ。
「……クライド様、お水飲みましょうね。酔い冷ましの『天然水』です」
「いらん。水より、君の……」
彼がさらに際どいことを言おうとした、その時だった。
「おい、店長! 大変だ!」
ガイル副団長が、血相を変えて店に飛び込んできた。
彼は外の警備に当たっていたはずだ。
「どうした、ガイル。……私のイチャイチャタイムを邪魔したら、給料を減らすぞ」
クライド様が、私の肩に頭を乗せたまま、ドスの効いた(でも呂律が怪しい)声で睨む。
「だ、団長! 酔ってる場合じゃありません! 空から……空から『船』が来ます!」
「船? ドラゴンの次は空飛ぶ船か?」
「いえ、違います! あれは……隣国、ガルガディア帝国の『魔導飛行船』です!」
「……何?」
その言葉を聞いた瞬間、クライド様の目から酔いが消えた。
彼はスッと背筋を伸ばし、瞬時に「氷の公爵」の顔に戻る。
……赤ら顔はそのままだが、纏う空気は鋭利な刃物のように変わっていた。
「帝国の飛行船だと……? なぜ、事前の通告もなく国境を越えてきた?」
「分かりません! ですが、船体に掲げられている紋章は……帝国の最大派閥、『黒鉄商会』のものです!」
黒鉄商会。
この世界で最も強大な力を持つ、軍事産業と流通を牛耳る巨大組織。
武器、兵器、そして魔導具。
あらゆるものを扱い、時には国さえも動かすと言われる「死の商人」たちだ。
ゴゴゴゴゴ……。
重低音が響き、店の窓ガラスがビリビリと震える。
ドワーフたちも飲む手を止め、警戒したように窓の外を見た。
「なんだぁ? でけぇ鉄の塊が浮いてやがる」
「ありゃ帝国の新型じゃねぇか?」
夜空を見上げると、そこには月を隠すほどの巨大な黒い影が浮かんでいた。
無骨な鉄の装甲に覆われた、全長100メートルはあろうかという飛行船。
その船底から、強力なサーチライトが照射され、私の店を昼間のように照らし出した。
『……ハロー、ハロー。地上の小さな店主さん、聞こえるかーい?』
拡声魔法による、軽薄な男の声が降ってきた。
『僕は黒鉄商会の幹部、ロレンス。君のその「面白い店」に、用があって来たんだ』
飛行船から、一本の縄梯子が下ろされる。
そこからシュタリと着地したのは、黒いスーツに身を包んだ、糸目の男だった。
細身で、一見すると優男だが、その笑顔には爬虫類のような冷たさが張り付いている。
背後には、全身を魔導アーマーで固めた私兵たちがズラリと並ぶ。
「……いらっしゃいませ。当店に何かご用でしょうか?」
私が店の前に出て対峙すると、ロレンスは値踏みするように私を上から下まで眺めた。
「君がリリアナくんか。うんうん、可愛いね。……単刀直入に言おう」
彼は懐から分厚い書類の束を取り出し、私の前に突きつけた。
「この店『コンビニエンスストア』の権利、および君の持つ『発注スキル』……すべて我々、黒鉄商会が買い取らせてもらうよ」
「……お断りします」
即答だった。
「おや、条件も聞かずに? 金貨なら山ほど用意したよ? 君が一生遊んで暮らせる額だ」
「お金の問題じゃありません。この店は、私のお客様たちのためのものです。武器商人の道具にするつもりはありません」
「ふむ……交渉決裂か。残念だなぁ」
ロレンスは大げさに肩をすくめ、そしてパチンと指を鳴らした。
「だったら、力ずくで奪うまでだ。……君のスキルは、我々の世界征服にとって、最高の兵站拠点になるからね」
ガチャリ。
背後の私兵たちが、魔導銃を一斉に私に向けた。
「やれるものなら、やってみろ」
ヒュオッ!
冷たい風が吹き抜け、ロレンスの足元が瞬時に凍りついた。
クライド様だ。
彼は剣を抜き放ち、私の前に立つ。
その顔は赤いが(酔っ払っているので)、殺気は本物だ。
「私のリリアナに手を出そうとは……帝国の商人風情が、命知らずだな」
「おや、ザルツ辺境伯。酔っ払いの千鳥足で、我々の最新鋭魔導兵器に勝てるとでも?」
「酔拳という言葉を知っているか? 今の私は、シラフの時よりタチが悪いぞ」
クライド様が不敵に笑う。
さらに、店の中から怒号が響いた。
「おいコラァ!! 誰だ俺たちの宴会を邪魔する奴は!!」
ガント親方を筆頭に、ドワーフたちがツルハシやハンマーを構えて飛び出してきた。
「俺たちの『ビール』と『ポテチ』を奪おうってのか!? 許さねぇぞ!」
「空の彼方からいい匂いがすると思えば……肉か!?」
さらに上空から、イグニス(ドラゴン形態)までもが急降下してくる。
彼の目当てはスパイシーチキンのようだが、タイミングは完璧だ。
エルフとの貿易、ドワーフの技術提供、ドラゴンの用心棒、そして酔っ払いの最強騎士。
私の店に集まった常連客たちが、帝国の侵略者の前に立ちはだかる。
「……ははっ、これは面白い」
ロレンスの糸目が、わずかに開いた。その奥には、金色に光る義眼が見える。
「いいだろう。田舎の個人商店が、世界の巨悪(ブラック企業)にどこまで抗えるか……試させてもらおうか!」
コンビニ戦争、最終章の幕開けだ。
私はエプロンの紐をきゅっと締め直し、叫んだ。
「総員、迎撃準備! 報酬は『プレミアムロールケーキ』食べ放題です!!」
「「「うおおおおおおっ!!!」」」
夜の辺境に、欲望にまみれた雄叫びが響き渡った。




