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追放令嬢の異世界コンビニ経営〜冷徹な辺境伯様、毎晩通うのは構いませんが、深夜の独占溺愛は追加料金です〜  作者: 九葉(くずは)


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第11話 湯切りの儀式と、ソース香る背徳の焼きそば

「リリアナ・ベルローズ。あなたに『異端審問』の嫌疑がかかっています。……直ちに同行を願いたい」


深夜のコンビニに、冷徹な宣告が響き渡った。

声の主は、純白の法衣に身を包んだ長身の男。

聖教会本部から派遣された異端審問官、ヴァルガス神父だ。


彼の背中には、人間の身の丈ほどもある巨大な銀の十字架が背負われている。

その目は眼鏡の奥で鋭く光り、私の店――明るすぎるLED照明や、自動ドア、そして色とりどりの商品を、まるで汚らわしいものを見るように睨みつけていた。


「……異端審問、だと?」


私の隣で、クライド様が低く唸る。

彼は一歩前に出て、私を背に庇った。


「ヴァルガス神父。彼女は国王陛下より『特別補給部隊長』に任命された、国の要人だぞ。教会の独断で連行など、私が許さん」


「ザルツ辺境伯。……貴方が『魔女』にたぶらかされているという噂は、どうやら真実のようですね」


ヴァルガス神父は表情一つ変えず、眼鏡の位置を直した。


「この店に溢れる、自然のことわりに反した光。季節を無視した野菜。そして何より、食べた者を虜にし、思考を奪うという『白い粉(砂糖や塩)』や『黒いコーラ』……。これらは全て、悪魔の契約による産物ではありませんか?」


「失礼な! 全部、正規ルート(問屋)から仕入れた安全な商品です!」


私が反論すると、神父は冷ややかな目を向けた。


「安全? ……民草の証言では、この店の食べ物を口にした者は皆、『天国が見える』『理性が溶ける』と口走っているそうですが。それはまさしく、禁断の果実の効果」


神父は背中の十字架に手をかけた。


「魔女よ。その力が神由来のものか、悪魔由来のものか……教会の地下牢で、たっぷりと時間をかけて(拷問して)精査する必要がある」


一触即発の空気。

クライド様の手には氷の魔力が集まり、店内の温度が急激に下がる。


「……教会の人間を斬りたくはないが、リリアナに指一本でも触れるなら、神ごとお相手しよう」


「異教の徒め。神罰を下します」


まずい。このままでは店が戦場になってしまう。

カップ麺の棚が倒れたら大惨事だ。

私は慌てて二人の間に割って入った。


「待ってください! 戦う前にお話し合いをしましょう!」


「話し合いなど無用。悪魔と交わす言葉はありません」


「じゃあ、『証拠』を見せてあげるって言ったら?」


私はニヤリと笑った。


「あなたは、私の商品を『悪魔の食べ物』だって疑ってるんですよね? だったら、実際に食べて判断してください。もし食べてみて、『これは悪魔だ』って確信したら、大人しく同行します」


「……ほう。毒を盛るつもりですか?」


「神のご加護があるなら、毒なんて効かないんでしょう? それとも、怖いんですか?」


挑発してみる。

堅物そうな彼には、これが一番効くはずだ。


「……愚かな。神の代行者たる私が、魔女の誘惑になど屈しません。いいでしょう、その『悪魔の証拠』とやら、提示なさい」


乗ってきた。

私は心の中でガッツポーズをした。

堅物で清貧を重んじる神父様。そんな彼の理性を破壊するには、もっとも暴力的で、もっとも背徳的な「あの匂い」しかない。


「分かりました。では、とっておきの『儀式』をご覧に入れます」


私は棚から、円盤状の容器を二つ取り出した。

『ソース焼きそば(大盛り)』だ。


   ◇


「……なんだ、その平たい器は。中から、乾いた麺の音がするが」


ヴァルガス神父は、私がカウンターに置いた焼きそばの容器を警戒たっぷりに見つめている。


「これは『焼きそば』と言って、麺をソースで炒めた料理を再現したものです。でも、食べるためには特別な手順が必要なんです」


私はフィルムを剥がし、蓋を半分まで開けた。

中には、乾燥した茶色い麺と、乾燥キャベツ。


「ここにお湯を注ぎます」


ジョボボボボ……。

熱湯を注ぐと、麺の香ばしい匂いが立ち上る。


「……ここまでは、他の麺料理と同じですね」


「ここからが違います。いいですか、3分待ちます」


この3分間が、沈黙の行のように重い。

クライド様は慣れたもので、「3分……麺がふやけるまでの黄金の時間だ」と呟きながら、真剣な眼差しでタイマーを見つめている。


ピピピ、ピピピ。


「はい、時間です。ここからが重要です。……『湯切り』を行います」


私は蓋の反対側にある爪を立て、『湯切り口』を開けた。

そして、シンクに向かって容器を傾ける。


ジャバババババ……!!


「なっ!?」


ヴァルガス神父が声を上げた。


「お、お湯を捨てている!? 貴様、何をしているんだ! せっかく出来たスープを捨てるなど、食への冒涜だぞ!」


この世界では、水も燃料も貴重だ。

スープを捨てる料理なんて、狂気の沙汰に見えるだろう。


「ふふふ、これが『焼きそば』の流儀なんです。全てのお湯を捨て去ることで、麺は真の姿を現すのです……!」


私は最後の一滴までしっかりとお湯を切り、蓋を完全に剥がし取った。

そこにあるのは、ふっくらと蒸し上がり、湯気を立てる熱々の麺。


「そして、ここに『液体ソース』を投入します」


私は黒い小袋を破り、麺の上にかけた。


ジュワァァァ……!


その瞬間だった。

店内に、爆発的な香りが広がった。


「ッ……!!?」


神父が鼻を押さえて後退る。


「な、なんだこの匂いはぁぁっ!?」


野菜と果実を煮詰め、数十種類のスパイスを調合し、さらに鉄板で焦がしたような香ばしさ。

いわゆる「ソースの匂い」。

それは、人間の本能に直接訴えかける、食欲の権化だ。


「くっ……! 鼻が……鼻が曲がりそうだ! 刺激的で、酸味があって……なのに、どうしようもなく唾液が溢れてくる!?」


「仕上げに『ふりかけ』と『特製マヨネーズ』をかけます」


青のりと紅生姜の入ったふりかけをパラパラ。

そして、マヨネーズをビーム状に発射!


「完成です。さあ、よく混ぜて召し上がってください」


私は割り箸を渡し、ニッコリと微笑んだ。

隣では、クライド様がすでに自分の分を作り終え、猛烈な勢いで麺を混ぜている。

ズルズルとかき混ぜる音が、神父の神経を逆撫でする。


「……こ、こんなドロドロした黒い麺を、神に仕える私が食べるとでも……」


神父は震える手で箸を持った。

しかし、その目は麺に釘付けだ。

抗えない。ソースの魔力には、誰も勝てないのだ。


「……毒見だ。これは、あくまで調査なのだ」


彼は自分に言い聞かせるように呟き、麺を一口分持ち上げた。

ソースとマヨネーズが絡み合い、テラテラと黒光りしている。


意を決して、彼は麺を啜った。


ズズッ。


「んんっ……!!」


眼鏡がズレる。


「!?」


「どうですか?」


「……濃い!!」


彼は叫んだ。


「なんだこの味の密度は! 口に入れた瞬間、酸味と甘味、そしてスパイスの辛味が殴りかかってくる! 修道院の薄いスープとは対極にある、味の暴力だ!」


「焼きそばですからね」


「だが……不快ではない! むしろ、この濃い味が、脳髄を痺れさせるような快楽を与えてくる! もちもちとした麺がソースを吸い込み、噛むたびに旨味が溢れ出す!」


ズズズッ、ズゾゾゾッ!


神父の箸が加速する。


「そしてこの黄色いソース……マヨネーズか! そのままだと尖りすぎているソースの味を、この油と卵のコクがまろやかに包み込み、悪魔的な中毒性を生み出している!」


「キャベツもいい仕事してるでしょう?」


「ああ! 麺の中に時折現れる、このキャベツの甘みと食感! これが唯一の良心オアシスとなって、濃厚な味の中で休息を与えてくれる! 計算され尽くしている……これは、人間のカルマを煮詰めたような味だ!」


神父は汗だくになりながら、一心不乱に麺を啜り続けた。

法衣にソースが跳ねても気にしていない。

「清貧」などという言葉は、ソースの香りの前に消し飛んだようだ。


ふと横を見ると、クライド様もまた、焼きそばとの戦いに没頭していた。


「……んぐ、うまい」


クライド様は、口の端に青のりをつけながら、幸せそうに頬張っている。


「リリアナ。この『焼きそば』という料理は……魔術だ。湯切りの瞬間の虚無感から、ソースをかけた瞬間の高揚感への転換。この落差がたまらない」


「あ、クライド様。青のりがついてますよ」


「ん? どこだ?」


「前歯です」


「ッ!?」


クライド様が慌てて口元を手で隠す。

氷の公爵が、前歯に青のり。

ギャップ萌えにも程がある。


「ふふ、取ってあげますから」


私がハンカチで拭ってあげると、彼は耳まで真っ赤にして俯いた。


「……不覚だ。焼きそばの前では、私は無力な子供になってしまう」


「可愛いからいいんですよ」


そんなイチャイチャを繰り広げている間に、神父の方は完食していた。

彼は空になった容器を見つめ、呆然としている。


「……食べた。食べてしまった。あんなに背徳的な味を、最後の一本まで……」


彼は震える手で眼鏡を直した。


「……認めましょう」


「えっ?」


「これは、悪魔の食べ物ではありません」


神父は、どこか憑き物が落ちたような、清々しい顔で私を見た。


「悪魔の誘惑とは、もっと甘く、人を堕落させるもの。……しかし、この料理には『力強さ』があった。生きるための活力、明日への渇望……そう、これは労働者のための『聖なる糧』です!」


すごい解釈だ。

ガッツリ系炭水化物が、聖なる糧に昇華された。


「店主リリアナよ。……貴女の店の嫌疑は晴れました。このような素晴らしい兵糧を作り出せる者が、魔女であるはずがない」


「よかったです! 分かっていただけて」


「ただし!」


神父はビシッと指を立てた。


「この『ヤキソバ』は、あまりに刺激が強すぎる。修道士たちが修行を放り出して中毒になる恐れがあるため、修道院への持ち込みは『週一回』に制限させていただきます」


「あ、持ち込むのは確定なんですね」


「当然です。……私も、来週の巡回楽しみにしていますので」


神父はそう言うと、懐から財布を取り出し、しっかりと代金を支払った。

そして、最後にもう一度、名残惜しそうに店内の匂いを嗅いでから、背中の十字架を担ぎ直した。


「では、失礼する。……神のご加護とマヨネーズがあらんことを」


彼は颯爽と自動ドアを抜けて去っていった。

嵐のような異端審問は、ソースの香りと共に去りぬ。


「……やれやれ。一時はどうなることかと思ったが」


クライド様が、青のりの取れた綺麗な顔でため息をつく。


「さすがだな、リリアナ。堅物の神父まで籠絡するとは」


「ふふ、美味しいものは正義ですから」


「全くだ。……だが」


クライド様は立ち上がり、私の腰に手を回した。

その距離が、いつもより近い。


「他所の男に食事を振る舞う君を見るのは、あまり面白くないな」


「えっ?」


「君の料理を一番美味しそうに食べるのは、私でありたいんだが」


彼は少し拗ねたように唇を尖らせた。

嫉妬だ。

最強の魔法使いが、焼きそばごときで嫉妬している。


「大丈夫ですよ。クライド様は特別ですから」


「特別……? 本当か?」


「はい。だって……」


私が言いかけた、その時だった。


ザァァァァァ……ッ!!


窓の外で、猛烈な雪崩のような音が響いた。

そして、地面が大きく揺れる。

今度は魔物ではない。自然災害に近い振動だ。


「なんだ!? 雪崩か!?」


クライド様が瞬時に騎士の顔に戻り、外を見る。

しかし、そこに広がっていたのは雪崩ではなかった。


雪をかき分け、地面を掘り進んできた「何か」が、店の前の駐車場にボコォッ!!と飛び出してきたのだ。


「プハァッ!! ……やっと着いた!!」


土煙と共に現れたのは、全身が泥だらけの、小柄な少年……に見える、ドワーフの男だった。

彼は巨大なツルハシを担ぎ、ゴーグルを外して私の店を見上げた。


「ここか! 噂の『24時間光る魔法の箱』は!」


「ド、ドワーフ!?」


「おい、そこのネエちゃん! 酒だ! ドワーフの里じゃ、ここの『しゅわしゅわするビール』が美味いって噂で持ちきりなんだよ!」


彼は土足で店に駆け寄ってくる。

その後ろには、地面に空いた大穴から、次々とドワーフたちが顔を出している。


「地下から直通トンネルを掘ってきました!?」


エルフ、ドラゴン、教会ときて、今度は地底からの来訪者。

私のコンビニは、ついに陸・まだないけど・空・地下の全方位からターゲットにされてしまったようだ。


「リリアナ、迎撃するか?」


クライド様が剣に手をかけるが、相手はお客様だ。


「いえ、ウェルカムです! ……ただし、まずは泥を落としてからにしてくださいーっ!」


私が叫ぶと、ドワーフたちは「うおっ、厳しいな!」と笑いながら雪で足を洗い始めた。


「さあ、クライド様。今夜も忙しくなりますよ?」


「……やれやれ。君の特別になるには、まだまだ競争率が高そうだな」


クライド様は苦笑しつつも、しっかりと私の隣に立ってくれた。

新しいお客様、新しいトラブル、そして新しい恋の予感。

辺境のコンビニの夜は、まだまだ終わらない!

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