第1話 深夜のいらっしゃいませ
「リリアナ・ベルローズ。貴様のような何の役にも立たない『ゴミ魔法』しか使えない女は、我が国の王太子である俺の婚約者にふさわしくない!」
シャンデリアが煌めく王宮の舞踏会場。
その中心で、王太子ジェラルドの高らかな声が響き渡った。
私の周囲から、さあっと人が引いていく。
嘲笑、憐れみ、そして蔑みの視線。
ジェラルド様の隣には、私の義妹であるマリアが寄り添っていた。彼女は聖女としての「光魔法」に目覚めたばかりで、勝ち誇ったような笑みを浮かべて私を見下ろしている。
「お義姉様、残念ですわ。でも、仕方ありませんよね? お義姉様の魔法って『箱に入れる』だけですもの。そんな地味な魔法、王妃教育の邪魔にしかなりませんわ」
「マリアの言う通りだ! 貴様のその『収納魔法』とやらは、ゴミ箱代わりにもなりやしない。即刻、この国から出ていけ!」
婚約破棄、そして国外追放。
あまりにも一方的で、理不尽な通告だった。
けれど、不思議と私の心は凪いでいた。
悲しみよりも、どこか「ああ、やっぱりか」という納得感があったのだ。
私は前世の記憶を持っていた。
日本という国で、「コンビニエンスストア」という何でも売っている店の店長として働き、過労で倒れた記憶を。
だからこそ、この世界の窮屈な貴族生活よりも、もっと自由で、自分の手で何かを動かす生活に憧れていたのかもしれない。
「……承知いたしました」
私はカーテシー(礼)を一つだけ残し、背を向けた。
ドレスの裾を翻し、一度も振り返ることなく会場を後にする。
背後で「なんだその態度は!」とジェラルド様が喚いていたけれど、もう私には関係のないことだ。
こうして私は、着の身着のままで国を追い出され――。
魔物が蔓延ると恐れられる、北の最果て「ザルツ辺境伯領」へとたどり着いたのだった。
◇
「……寒すぎる」
ザルツ辺境伯領の宿場町、その外れにある廃屋の前で、私はガタガタと震えていた。
王都とは比べ物にならない極寒の風が、薄いドレスの上に羽織っただけの外套を突き抜けてくる。
ここはかつて商店だったらしいが、今は屋根が半分崩れ、扉も蝶番が外れかけている。
手持ちの資金で借りられる物件はここしかなかった。
「でも、やるしかないわ」
私はかじかむ両手を打ち合わせ、崩れかけた店舗の中に足を踏み入れた。
埃っぽい空気と、カビの臭い。
普通なら絶望して泣き崩れるところかもしれない。
でも、今の私には確信があった。
王都を出てからずっと、私の頭の中で『システム』の音声が鳴り響いていたからだ。
――条件を満たしました。固有魔法【空間収納】が覚醒します。
――リンク先:異世界物流システム『JP・ネットワーク』接続完了。
――店舗展開スキル【24時間営業】を発動しますか?
「発動……お願いします!」
私が魔力を込めて念じた、その瞬間だった。
カッ!!
廃屋の中が、目を開けていられないほどの白い光に包まれた。
「え、うそ……!?」
光が収まった時、そこに広がっていたのは「廃屋」ではなかった。
磨き上げられた真っ白なタイル床。
天井には、影一つ作らないほど明るく輝く長方形の魔道具(LED照明)。
壁一面に並んだ、商品ひとつない清潔な白い棚。
そして入り口には、透明なガラスの自動ドアと、見たこともない機械――レジスターカウンター。
そこはまさしく、私の知っている「日本のコンビニ」そのものだったのだ。
「す、すごい……! お店ができちゃった……!」
感動している場合ではない。
この魔法、ただ箱を作るだけじゃない。
私は震える手で、空中に浮かぶ半透明のウィンドウを操作した。
『発注画面』
そこには、見覚えのある商品リストがずらりと並んでいる。
おにぎり、パン、お弁当、日用品、雑誌……。
ただし、発注するには「魔力」をコストとして支払う必要があった。
「今の私の残魔力だと……これくらいしか出せないかな」
私はリストの中から、もっとも安価で、かつ今の空腹を満たせそうなものを選んでタップした。
ポンッ!
軽快な音と共に、レジ横のホットスナックケースの中に「それ」が現れる。
同時に、店内に暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満した。
揚げ油の香ばしい匂い。
醤油と生姜、そしてニンニクが熱せられた刺激的な香り。
空腹の胃袋を鷲掴みにする、魅惑の茶色い塊。
「からあげ……!」
ああ、懐かしい。涙が出そうだ。
それに、冷蔵ケースには一つだけ「栄養ドリンク」も実体化させておいた。
「よし、開店準備完了……って言っても、こんな深夜にお客さんなんて来るわけないけど」
私はレジカウンターの中に入り、ふう、と息を吐いた。
外は猛吹雪。聞こえるのは風の音と、遠くで響く魔物の遠吠えだけ。
――ウィーン。
不意に、軽快な電子音と共に自動ドアが開いた。
「!?」
反射的に顔を上げる。
そこに立っていたのは、幽鬼のような男だった。
全身を覆う黒銀の鎧は、あちこちが砕け、赤黒い血がべっとりと付着している。
銀色の髪は凍りつき、美しい顔立ちは土気色になり、焦点が合っていない。
そして何より、彼の周囲には触れただけで凍傷になりそうなほどの冷気が漂っていた。
(ひっ……! ま、魔物!? いや、人間……?)
彼はふらりと店内に足を踏み入れ、あまりの明るさに目を細めた。
そして、その視線がレジ横のホットスナックに釘付けになる。
「……いい匂い、だ」
掠れた、けれど低く響く美声。
彼はそのままカウンターの前まで来ると、ガシャンと大きな音を立てて倒れ込みそうになった。
「きゃっ! だ、大丈夫ですか!?」
私は慌ててカウンターから飛び出し、彼の体を支えた。
重い。鎧の冷たさが伝わってくる。
「……すまない。魔物の群れを討伐した帰りで……魔力も体力も、限界だ……。ここは、天国か……?」
「いいえ、ここはコンビニです! とにかく、何か胃に入れないと!」
私は彼を無理やりレジ前の椅子に座らせると、冷蔵ケースから栄養ドリンク『リポ・チャージZ(タウリン3000mg配合)』を取り出し、キャップを捻って開けた。
「これを! 回復ポーションの代わりになるはずです!」
「……ポーション? 変わった瓶だが……」
彼は疑う様子もなく、震える手で茶色い小瓶を受け取り、一気に煽った。
グビッ、グビッ、プハァッ!
「なっ……なんだこれは!?」
カッ、と彼の瞳が見開かれる。
「舌の上で弾けるような……泡!? それに、飲んだ瞬間、体の中から熱い塊が湧き上がってくる……! 泥のようだった思考が、一瞬で晴れていくぞ……!」
炭酸の刺激とカフェインの覚醒作用に、彼は衝撃を受けているようだ。異世界人にとっての炭酸飲料は、未知の衝撃体験らしい。
「まだ顔色が真っ白です。これも食べてください!」
私はすかさず、ホットスナックケースから『特製からあげ(醤油味)』をトングで取り出し、紙袋に入れて渡した。
揚げたて熱々のからあげ。
紙袋から立ち上る湯気が、彼の鼻孔をくすぐる。
彼は呆然としながら、その黄金色の塊を口に運んだ。
カリッ、サクッ。
静まり返った店内に、衣が砕ける小気味良い音が響く。
「……っ!!」
彼の動きが止まった。
次の瞬間、ジュワッという音と共に、熱々の肉汁が口の中に溢れ出したのが見て取れた。
「んぐっ! ふ、ふあ……っ!?」
冷徹な彫像のようだった彼の表情が、一瞬で崩れる。
「あ、あつ……! でも、なんだこの旨味は……! 肉が、信じられないほど柔らかい……! 噛むたびに、濃厚な汁が……」
ハフッ、ハフッ、と彼は口元を押さえながら、必死に熱さと戦っている。
氷の貴公子のような見た目なのに、口いっぱいにからあげを頬張り、熱さで目を潤ませている姿は、なんだか……。
(か、可愛い……?)
「うまい、うまいぞ……! 城のシェフが作る肉料理より、遥かに……!」
彼は夢中で二個目、三個目と口に放り込む。
食べるごとに、彼の顔に赤みが戻り、その瞳に生気が宿っていくのがわかった。
あっという間に紙袋を空にした彼は、名残惜しそうに指についた油を舐め取ると、ハッとして私を見た。
その瞳は、先ほどの虚ろなものとは別人なほど、ギラギラと輝いている。
「……すまない、取り乱した」
彼は咳払いを一つして、居住まいを正した。
けれど、口の端に衣のかけらがついているので説得力がない。
「礼を言う。貴女のおかげで命拾いをした。……その、追加はあるか?」
「え?」
「この『カラアゲ』だ。あと百個……いや、この店にある全てを買い占めたい」
「ひゃ、百個ですか!?」
「金ならある。言い値で構わない。頼む、この通りだ……!」
あの、氷のような美貌の騎士様が、身を乗り出して懇願してくる。
そのあまりの必死さと、至近距離で見つめられる整った顔立ちに、私は思わず心臓が跳ねた。
「そ、そんなに一度に揚げられません! それに、まだ他にも商品はありますから……!」
「他だと……? これ以上に美味いものが、まだあるというのか?」
彼はゴクリと喉を鳴らし、私の背後にある棚――カップ麺やおにぎりが並ぶ棚を、まるで宝の山を見るような目で見つめた。
「貴女は……一体何者なんだ? こんな辺境で、王城にもない未知の秘薬と極上の糧食を扱うなんて」
彼は私の手を取り、その冷たくて大きな手で包み込むように握りしめた。
「返さないぞ。貴女も、この店のものも。……私が、全て守ってみせる」
その瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように熱っぽく、そしてどこか甘く蕩けていて。
……えっと。
私、ただのコンビニ店長になっただけなんですけど。
まさか最初のお客様に、いきなり監禁(?)宣言されてしまうなんて!?
「お客様、困ります!!」
深夜の辺境、24時間営業の明かりの下で。
私と冷徹騎士様の、おかしな攻防戦が幕を開けたのだった。




