地球滅亡予定日まで 残り24日
隕石衝突予定日まで残り24日になった朝。
由利から今日も連絡が無いことを確認し、さらに由利の家に電話をしても取り次いでもらえないことに対して落胆していると、あるニュースが目に入った。
『警視庁:通報を受けても駆けつけられず 緊急性が無ければ110番を控えて』
と言う記事だった。
その記事を要約すると、東京都内の110番通報があまりにも増えすぎてしまい、
多少のことでは110番しないようにと言うものだった。
一体「多少」とはどの程度なのか? というと殺人や、強盗、放火と言った財産や生命に直接的に影響を与えるもののみに一時的に制限するという事だった。
しかも「一時的」と言うのはどのぐらいの期間かは分からない。
隕石衝突予定日まで残りが24日しかないことを考えたら、その期間全ての可能性もあり得るわけだ。
更にすぐ下には、
『ここ数日の医療機関逼迫 緊急外来はどこもパンク』
と言った記事があった。ここにも、緊急を要する措置以外は自宅待機が求められる。普通の風邪であれば漢方薬を飲んで数日寝ていれば治るなどと書いてあった。
これも期限を設けないでこの措置が続くとのことで、簡単に風邪をひいたり怪我をすることすらも許されない状況になっちゃったなと思った。
そして、肌感覚以上にそんなところまで事態が悪化しているのか……と、その日の朝のニュースはとんでもない状況を活字ながら体感するものとなった。
◇
学校に到着すると、校庭の真ん中が“焼けていた”のが分かった。
知らない間に夜のキャンプファイヤーのイベントでも開かれたのだろうか?
落ち込んでいる皆の雰囲気を上げるために学校側がやったとか?
でもよく観察すると、カラーコーンなどが置かれており、行ってはいけない不穏な雰囲気を感じたので、
良いイベントが起きたわけではなさそうだ……。
一体何が起きたのだろうと思って、熊田君に聞いてみることにした。
「おはよう熊田君。校庭の真ん中あたりが焼け跡があるんだけど何があったか知ってる?」
「いや、興味が無かったな……。
参考書を持って登下校しているから、せいぜい誰かと追突しないように歩いているだけだ」
熊田君は年がら年中勉強のことで頭がいっぱいそうだからな……。
「ああ、あれね。どうやら、ウチの校庭を何やら怪しい宗教みたいな団体が集会に使ったらしいんだ。
どうやら何か祈禱みたいなことをやっていたみたいだね」
クラス委員長の佐藤さんがニコニコと笑いながらやってきた。
「祈祷? 何を祈ってたんだろ……」
「どうやら、”隕石を衝突を避けるための祈り”みたいだったね」
「絶対そんなことをしても無意味でしょ……。警備の人は仕事してくれないのかなぁ……」
「でも、この学校の夜間警備員の人は一人に対して向こうは30人ほど。
しかも、警察に不法侵入を通報してもまともに取り合ってくれなかったのよ」
「なんかまるで見てきたかのような言い方だね……」
「だって見ていたんですもの」
写真をピラピラと取り出してそう言った。確かに怪しいマスクを被った集団が校庭の真ん中で焚火をしながら怪しい祈りを捧げているのが分かった……。
「えっ! こんな写真いつの間にか撮ったの?」
「実は一昨日ぐらいから怪しい人たちが集まっているって話を聞いて、
シャッターチャンスを逃すまいと思って潜入したんだ。
昨日はいつになく大きな儀式が行われていたみたいで、いい写真撮れちゃった!」
随分とご機嫌で何枚か写真を取り出してきた。
「でも夜の学校は不法侵入じゃ……」
「真実を追求するためには必要なことよ。
私は将来報道関係の仕事をして、政治の巨悪を暴きたいのよ!」
「巨悪を暴くために自分が違法行為をしていたら駄目のような気もするけど……」
「ただ単に定位置でカメラを構えていてもいい記事を作れるチャンスは訪れないのよ?
勝負をかけなきゃ! 良い記者になれないんだから!」
「そ、そうなんだ……夢に向かって邁進しているんだね……」
佐藤さんのあまりの気迫を前に、これ以上反論する言葉を失った。
人それぞれ価値観はあるよね……。僕にはちょっと受け入れがたいものを感じたけど……。
この勇敢さが無謀なことをしてしまって取り返しのつかないことをやらなければ良いけど……。
「今朝、新聞で見たのよね。
その記事の限りだと、犯罪が増えすぎて殺人やら強盗以外では逮捕されなれないみたいなのよ。
“学校の不法侵入ぐらい”のことでは問題ナシなのよ!
今こそジャーナリズムとして頑張っていける環境になったんだわ!」
「それぐらい危険な犯罪の件数が増えているってことなんだろうね……」
随分と前向きにあの記事を解釈するものだと思った……。
「あぁ! こうしちゃいられない! 帰ってカメラの手入れしなくっちゃ!」
まだ授業すら始まっていないのに佐藤さんは目を輝かせながらウキウキと教室の外を出ていくが、
先生の姿でも見たのかビクッと反応して席に戻っていった……。
流石に学級委員として授業が残っている中で堂々と帰るわけには行かないと思ったのだろう……。
この状況下でも前向きだなんて報道写真のために周りが見えなくなるタイプなんだろうな……。
「でもこうして、そう言った軽微とも言える犯罪に関しては取り締まってくれなくなるんだから困ったものだよ。
しかもこんな記事が多くの人の眼に触れるという事は今後も軽微な犯罪は見過ごしますと宣言しているようなものだし、抑止力が低下してこれから更に犯罪が増えていく可能性があるだろうな」
熊田君が小さな声でそんなことを呟いた。
「それは困ったものだね……。今は校庭が黒焦げになっている程度だけど大変なことに時期に……」
「時期に、誰かが殴りこんできたりしてな。
学校を占拠して人質を取り、身代金を要求するんだよ。
そこをヒーローが颯爽と登場して窮地を救ってくれるんだ」
あまり見せたことが無いような子供らしい笑顔を熊田君は見せた。
「熊田君。そう言うの意外と好きなの?」
「こう見えてアクション映画とか好きなんだよ。
悪い悪役をヒーローがボコボコにしてくれるシーンが堪らないんだよね。
勉強の疲れをスカッと吹き飛ばせるし」
熊田君はパンチを何発か繰り出す。スピードは無いがどことなく様になっていた。
「ホント、現実世界の悪い奴らをまとめて退治して欲しいぐらいだよね。
犯罪者やヘンなことする奴らだけでなく、悪い政治家とかグレーゾーンなことをして利益を得ている奴らとかさ……」
ある隕石が衝突してくれれば意味完全にリセットされてくれるんだから良いのかもしれない……。
未来や希望も全て吹き飛んでしまうけどね……。
熊田君は衝突しない前提で過ごしているみたいだから言わないけど……。
「ハハハ! でも、現実逃避している暇は無い。東大に入るための勉強しないとな」
そう言って真面目な顔に戻ると参考書とノートに戻っていった。
これから熊田君が言うようなアクション映画の世界になってしまうのだろうか……。
イマイチそうなる現実感が湧かないまま僕は由利とどうやって連絡を取ればいいのかをひたすら考えていた……。
◇
由利本人と連絡が取れないので、家に帰って由利の家に電話をかけると、
由利のお母さんが出たものの、まだまだ本人は電話をしたい状況ではないという返答だった。
何か重病なのかと聞いたのだが、どうにも煮え切らない。
メンタルに支障をきたしているのだろうか……。
僕には教えにくい、女性特有の何かなのだろうか……。それなら分からなくも無いけど……。
どうあれ、今日も一言も声を聞くことが出来なかった……。
しかし、真相を知るために無理やり由利の家に乗り込んだところで拒絶されるだけだろう。
それだけは絶対に避けなくてはいけないから、とにかく今は待つしかなかった。
これまで通りの現実世界を生きようとする熊田君や佐藤さん。
世の中が滅ぶことで自棄になって暴れまわっている人たち。
自分の世界に引き籠ってしまったかもしれない由利。
そしてどれにも属さない僕。特にやりたいことが無く、由利と連絡すら取れない有様の僕。
僕だけが何かつま弾きにされてしまっているようなそんな気がして、先が真っ暗になるような気がした……。
隕石衝突予定日までの間にやりたいことと言えば由利との仲直りだけなのに……。
この事態になって既に1週間が経過しようとしている。あっという間だった……。
残り日数が少なくなっていく中、焦りと不安だけが募っていった……。




